第11話 賢者様には彼氏がいないらしい

 

 聖さんから逃亡してから少し。

 足のテーピングを理由に見学をもぎ取った俺は、グラウンドの端で膝に顔を埋めていた。

 当然それはクラスの輪に入らなくて拗ねているというわけではなく、別の理由がある。

 

(何なんだ!?あの淫乱○女は!?あんなの俺の知っている聖さんじゃない!)


 胸を持ち上げながらこちらに迫ってくる聖さんの破壊力が凄まじく、どうしても思い出してしまい何度も顔が赤くなってしまうのだ。

 で、それを膝で隠しているってわけ。

 いや、マジであの聖さんという超絶美少女から放たれる『もっと触ってもいいですよ?』はエグ過ぎだろ。

 

(何で顔もいい癖に身体の方も最高なんですかね?本当彼女を生み出してくれた絵師さんありがとうございます!)


 俺は心の中で、別次元と同次元にいる彼女の母親に感謝し恨みつつ、膝を抱える力を強めた。

 丁度そのタイミングで「大丈夫?」と頭上から声が聞こえて来て。

 俺はチラッと顔を上げると、真顔でこちらを見下ろすロリ巨乳美少女の姿があった。


「軽く捻っただけだから大したことねぇよ。てか、何で賢野がいんの?女子は確か別コートでソフテのはずだろ?」

「飽きたから抜けてきた」


 ツンツンと俺の足首をつつきながら、堂々のサボり宣言をする賢者様に俺は頭を抱える。

 まぁ、こいつらからしたら普通の高校生に見えるよう加減しながらするのは酷く面倒で退屈だと思うが。

 もうちょい頑張れよ。その不自由の中で色々楽しもうとしろ。

 ていうか、いくら暇だからって何でモブの俺のところに来るんだ?

 お前は授業中の殆どは寝て、テストで満点をあっさり取る無気力系天才美少女だろうが!

 大人しくその辺にあるベンチで寝てろよ。


(クラスの奴ら、もとい東に見られたらマジでやばい。早く追っ払わねぇと)


 一塁ベースに立っている東がまだこちらの方を見ていないことを確認した俺は「怒られるから早く戻れよ。シッシッ」と、手で追い払う仕草をする。

 が、賢野は特に意に介した様子もなく、俺の隣に腰を下ろした。

 

「大丈夫。完璧なダミーを置いてきたから」

「ダミー?」

「んっ、あれ」

 

 自信満々に賢野が指を指した方を見ると、そこには退屈そうにコートの端でラケットを回す賢野の姿があった。


「何でお前がもう一人いんの?」


 現代日本ではあり得ない超常現象について指摘された賢野は「それはまほ──あっ」と言って、固まった。


(こいつ今、『あっ』って言った!絶対言った!隠す気があるんならちゃんとしろよーーーー!!?)


 俺はそんなドジっ子賢者に、心中で激しいツッコミを入れつつ、どうやってこの場を乗り切るべきか考える。


「さ、最近の変装技術は凄いな。どこからどう見ても賢野にしか見えねぇじゃん。どうやってんだ?」

「えっと、プロに任せていい感じに?」

「プロの技術ってすげーー!ていうか、授業をサボるのに本気過ぎだろ!?」


 結局俺に出来たのは、魔法の存在を知らない馬鹿のフリをすることだった。

 まぁ、元々この世界の人達は魔法が存在していないと思っているため、違和感のない反応だと思う。

 が、俺の場合知ってしまっているのでめっちゃ恥ずかしい。


(本当何やってくれたんだこの賢者様は!?)


 とてつもないやらかしをかましてきた賢者を俺は恨みながら、チラッと横を見ればホッと息を吐いていた。

 その顔は何とか誤魔化せたぜという達成感に満ち溢れていて、クソほど腹が立つ。

 が、ここで『誤魔化せてないからな!』などとツッコミを入れれば、今までの全てが水の泡となる。

 それだけはどうしても避けたかった俺はグッと言葉を堪え、彼女から距離を少し取りグラウンドの方に視線を戻した。

 意外と皆んな野球に熱中しているようで、まだこちらに気付いている者は誰もいなさそう。

 そのことを確認した俺は胸を撫で下ろし、賢野を追い払う方法を考えていると「物部は食べ物だったら何が好き?」と隣から質問が飛んできた。


「唐揚げとハンバーグ」

 

 脳のリソースを追い払うことに集中させている俺は反射で答えると、間髪入れず「じゃあ、嫌いな食べ物は?」と新しい質問が飛んでくる。


「パクチーと生トマト」

「トマトは生じゃなかったらいける?」

「何かしら加工してあればな」

「なる。ナポリタンとかはいける感じ」

「そうそう」

「苦手な教科は?」

「英語」

「逆に得意なのは?」

「現代文」

「スマホゲームは何してる?」

「モンス○とシャド○」

「YouTub○でおすすめに出るのは?」

「ゲーム実況とvtuverと料理とキャンプ」

「じゃあ、好みの女のタイプは?」

「胸がデカくて顔のいい女」

「よし、付き合おう」

「告白じゃねぇよ。ていうか、お前そもそも今彼氏いるだろ?」

「はっ?」

「っ!?」


 賢野から次々と飛んでくる質問ボールを返していたら、急に酷く冷めた低い声が聞こえてきて俺は思わず肩を跳ねさせた。

 恐る恐る、隣を見ると賢野がとんでもない圧を放っていて。

 俺はそこで彼女の地雷を踏んでしまったことを悟った。


「どこでそんなことを聞いた?」

「えっと──「どこのどいつが言ってた?」」

「あっ─「何月何日何時何分地球が何回回った時?」」

「ち「早く。その不届ものについて教えて」」

「「地の果てまで追いかけて殺すから」──ちょいちょいちょいちょい落ち着けよ!」


 顔をギリギリまで近づけて問い詰めてくる賢野を、何とか押し返す宥める。

 どうやら彼女に今彼氏というワードはNGワードだったらしい。


(もしかして、東と上手くいっていないのか?)


 そんな格好のゴシップを手にした俺はついつい邪推をしてしまったが、賢野の仄暗い瞳と目が合った瞬間にそんなものはどこかへ飛んでった。


「私は冷静。至急、速やかに、情報を求む」


 とりあえずこの暴走した賢者を止めるのが先決だと判断した俺は、「三年の先輩がこの間そんなことを廊下で言ってて」と適当なことを言って誤魔化した。

 我ながら良い誤魔化しだと思う。

 これなら誰が相手か特定出来ないはずだ。

 

「……アイツか」


 しかし、そんな俺の考えとは裏腹に何故か賢野には心当たりがあったようで、ギリリと奥歯を噛み締めた。

 どうやら彼女に今まで告白してきた多くの男の中にそう言うタイプが居たようだ。


「ありがとう。今から処してくる」

「お、おう」

(すんません。何とか生き延びてください)


 ズンズンと校舎に向かって歩いていく賢野を見送りながら、俺は顔も知らぬ先輩に手を合わせた。


(しかし、何とかこれで賢野を追い払え──「物部」


「うおっ!?」


 安堵したのも束の間、何故か目の前に戻ってきた賢野にやって来て、俺は思わず驚きの声を上げた。

 もしや、俺の嘘がバレたのだろうか?

 そんな不安に駆られつつ、能面な賢者様の言葉を待つ。


「私、彼氏いないから」

「えっ?」


 次いで、放たれた言葉に俺は思わず目を丸める。


「唇も下の穴も新品だから」

「お、おう」

 

 それから矢継ぎ早によく分からない情報を残して、今度こそ賢野は校舎の中に入って行く。


(マジで何だったんだ?ていうか、キスは東としてるだろ?もしかして、そんな大事なことを忘れたいほど東と大喧嘩したのか?めっちゃ気になるんですけど)


 遠ざかっていく背中を眺めながら、これから起きるであろう波乱修羅場のラブコメ展開に心躍らせるのだった。


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