第12話 剣聖は得物を選ばない
三年の使う校舎から謎の叫び声が上がってからしばらく。
「東君。昨日買ったものは役立っていますか?」
「聖さん。うん、まぁ、役立ってるよ。凄い楽になったけど……」
「……?何か不満があるの?あっちでは意外とノリノリ──「うわぁっーーーー!?変なこと言わないでよ。賢野さんっ!?」──うるさい」
「んふっほぉおうなんふぁふぉふぁ」
「なんて?」
「飯を食いながら喋るんじゃねぇよ」
俺は友人である中村と田島と弁当を食いながら、東と美少女達の方を観察していた。
体育の一件から気になって昼休みまでずっと続けているのだが、今のところヒロイン達と不仲な様子はない。
というか、かなり仲が良さそう。
例えば、一限目終わりに聖さんから
「昨日買った制汗剤付けてみたんですけど、どうですか?」
と話しかけられていて、手首を突き出されていた。
それを受けて東は「うん、凄くいいと思う。女の子らしいというか、その聖さんのイメージに合ってて」と鼻を鳴らしながら感想を溢していた。
このリア充がよぉ。羨ましい。
また、その後に拳堂と賢野も「ウチも変えてみたんだけど、どうよ?」、「こっちもどう?」と混ざって、四人で制汗剤についての感想会が行われていた。
いや、絶対付き合ってるよなあいつら。
同性同士なら普通に行われる日常風景だが、異性同士となると幼馴染とか恋人レベルでしか起きないイベントだぞ。
しかも、クラスメイトの奴らはそんな東に妬ましい視線を向けるどころか、てぇてぇみたいな反応をしていたので絶対恋人確定案件だ。
ただ、それでも少し引っかかることもあった。
それは、原作だと東はいくつもの修羅場を共に潜ったことで、皆んな下の名前を呼び捨てするようになっていたはずなのに何故か苗字呼びに戻っているのだ。
まぁ、昨日の夜に俺から距離感について揶揄われたから、気を付けているだけなのかもしれないが。
とりあえず、結論としてはアイツらは間違いなく付き合ってる。
賢野の彼氏居ない発言は俺にバレたくないがための可愛い照れ隠しだったというわけだ。
きっとあの「ぎぃやぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛〜〜〜〜!!」というクソ情けない叫び声は気のせいだったんや。
そんなことを考えながら、母さんの弁当を食べていると「なぁ、物部」と仲村から名前を呼ばれた。
「んっ、どうした?」
「この前、借りてた三百円返すわ」
「……いつのだっけ?」
「そう言いながらきっちり受け取るんじゃねぇよ。これはこの前遊びに行った時、帰りの運賃が足りなかった俺に貸してくれてたやつだ」
「ああっ、そんなこともあったけな」
完全に返ってこないと思って忘れていた。
ていうか、こいつ異世界で数年過ごしてたはずなのによく覚えてるな。
そんな印象的な内容でもないのに。
ただ、覚えてくれていたのには感謝だな。
丁度ジュースが欲しいと思ってたところだったし、これで適当になんか買おう。
そう考えたところで、「ジュース買ってくるわ」と言って立ち上がると、仲村が俺の肩を掴んだ。
「おい、早速使おうとするなよ。もうちょい大切にしろ」
「え〜、金なんて使ってなんぼだろ?」
「そうだが。もうちょい、こう友情的なのがあるじゃん」
「わーったよ。別の金を使うわ」
「それならよし」
「……いいのかよ」
どうやら仲村は、返した金をすぐに使われるのがよほど気に入らなかったらしい。
まぁ、気分的に良くないのは分からなくもないが。
変なところで拘りを見せる友人に俺は呆れつつ、財布を持って教室を出た。
廊下をぼーっとしながら歩いていると、曲がり角から美剣先生こと心姉ちゃんが現れた。
次の瞬間、目が合い、ロックオンされた。
「いぶっ──物部少し付き合いなさい」
「えっ?ちょっ」
嫌な予感を覚えたの束の間。
瞬く間に距離を詰められ、気が付けば俺は心姉ちゃんに襟を掴まれていた。
モンスターをバッサバッサと切り倒していた剣聖様に当然抗えるはずもなく。
俺はズルズルと生徒会倉庫まで連行されてしまった。
着いて早々、心姉ちゃんは倉庫から長机を二つ持って出てくると「机運ぶから、そっち持って」と何故か両手で抱えて運べていたものを重ねた。
「了解」
(いや、あんたそれ自分一人で運べてましたやん。俺がいる意味あんの?)
心の中で俺はそんなことを思いながらも、反抗すると碌なことにならさそうなので渋々と、机の反対側を持った。
「ねぇ、そろそろ気になる子でも出来た?」
「姉ちゃん。昨日聞くの忘れたから俺のこと捕まえただろ」
「そ、そんなことないわよ。丁度人手が必要だったから連れてきただけなんだから」
そう言って、ヒューと掠れた口笛を吹く心姉ちゃん。
いや、下手くそ過ぎだろ。
昔から知っていたが、相変わらず口笛も嘘も最底辺レベルだ。
俺は溜息を吐き、「別にいねぇよ。まだ入学して二ヶ月だぞ」と仕方なく答えてやった。
「えぇ〜、そんなこと言って本当はいるんでしょぉ〜?誰も聞いてないから姉さんに教えて」
「うぜぇ、だからいねぇっての」
しかし、そんな俺の気遣いも虚しく、心姉ちゃんはニマニマといやらしい笑みを浮かべてきた。
凄いぶん殴りてぇ。
だが、残念ながら相手は剣聖。
そんなことをすれば、呆気なく返り討ちに遭うのは目に見えているので何とか堪える。
額に青筋を密かに立てながら、姉からの「絶対誰にも言わないから」、「先っちょだけでもいいから!」等々のうざい口撃を受け流して机を運び続けること数分。
俺達は数学の授業で使われている空き教室に到着した。
「どこ置けばいいの?」
「好きな人教えてくれないと教えてあげない」
「手放していい?」
依然として、俺の恋愛事情を知りたがる心姉ちゃんにほとほと呆れつつ、本当に手を離してやろうかと思案していると、雲とは違う浮遊物を見つけた。
「何だあれ?」
俺はその正体を探るべくそれをジッと観察していると、急に「っ!?伊吹、伏せなさい!」と心姉ちゃんが叫んだ。
「えっ!?のわあっ!」
突然のことに意味が分からず固まっていると、無理矢理頭を押さえられた。
次の瞬間、パリンッとガラスが割れる音が響き、目の前に大量のガラス片が舞う。
「伊吹。聞いて。ちょっとだけ目を瞑ってて」
「えっ、なんで?」
「いいから!」
「おっす!」
切羽詰まった心姉ちゃんの怒声を受け、反射的に目を瞑る。
が、すぐに何か起きているのか気になって薄く目を開くと、姉ちゃんが長机で居合を構えていた。
「シッ!」
刹那。
気合いの籠った声と共に姉ちゃんが机を超高速で振り抜く。
すると、空に浮かんでいた白い物体が半分になり、地面に落ちていった。
「すげぇ」
剣聖の力の一端を目の当たりにして思わず、俺は思わず感嘆の声を上げると、ギギギッと心の姉ちゃんの首がこちらへ向かって曲がった。
「い・ぶ・き〜〜〜〜!」
(あっ、やっべ)
ワナワナと身を震わせる心姉ちゃんを見て、俺は背中から滝のように冷や汗を流しながら頰を引き攣らせるのだった。
あとがき
そろそろ話を進めようの回。
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