第10話 聖女様と保健室
東を家に泊めた次の日。
「忘れ物ねぇか?」
俺は靴紐を結びながら後ろにいる友人に尋ねると、彼はコクリと頷いた。
「うん、大丈夫」
そう言う彼の瞳は少しトロンとしていて眠そうだったが、紙袋だけは相変わらず大事そうに抱えている。
(チッ、タンク系の職業じゃないくせに本当守備が硬い奴だぜ。寝起きならいけると思ったが、超反応で飛び起きてきたしマジで化け物だわ)
結局東の弱みを握ることが出来なかったことなと内心で悔やみつつ、立ち上がる。
そして、大量の鍵が入った籠からハウスキーとチャリキーを手に取って、「いってきます」とリビングでテレビを見ている母親に告げて家を出た。
本日の空模様は快晴。
頰を撫でる風は久しぶりにカラッとしており心地良い。
「絶好の体育日和だな」
「そ、そうだね」
遅れてやってきた東に同意を求めると、何故か彼は紙袋をギュッと強く抱きしめた。
俺は反射的に手を伸ばすと、ざっと東の姿が消え、気がつけば目の前に移動していた。
「物部君?良い加減しつこいよ」
「悪い悪い」
(やっぱ、だめか。コイツが挙動不審な理由に絶対関わるものが入ってるのが分かってるのに、生殺し過ぎるぜ)
東からのジト目を頂戴した俺は肩をすくめ、今度こそ紙袋の中身を見ることを諦めた。
まぁ、今さっきのはどうしても諦められないため出た最後っ屁みたいなもので、元々駄目だったら辞めるつもりだったけど。
俺は庭に置いている自転車のロックをチャリキー外し自転車に跨ると、東に目で荷台に乗るよう促す。
「二人乗りは犯罪だよ?」
「知ってるか?犯罪はバレなきゃ犯罪じゃねぇんだよ?」
「はぁ、見つかっても知らないからね」
「大丈夫。そんときはお前も仲良く道連れだ」
「はぁ、最悪の泥舟だよ。全く」
ぶつくさと文句を言いながらも、自転車に跨る東。
まぁ、口ではどうのこうの言ってもこの時間だと、二人乗りしないと間違いなく遅刻するからな。
いや、正確には間に合うだろうがそれをすると異世界帰りのことが表沙汰になる。
それなら警察に見つかって怒られる方がまだマシだと判断したのだろう。
主人公を悪の道に引き込んでしまったことにそこはかとない快感を覚えつつ、俺はペダルを回して道路に出た。
二人乗りしているとは思えない安定感で、学生や通勤のサラリーマン達で賑やかな朝の道を駆け抜けること十数分。
俺達は無事警察に見つかることなく、学校の近くまで辿り着いた。
「じゃっ、僕はここで。また後でね」
「おうよ」
この先には警察とは別の教師という危険生物がいるため、東とは別れて、ひと足先に俺だけ門を潜った。
入る間際に、立っていた生徒指導のゴリ山に声を掛けられなかったことに、密かに安堵しつつ自転車を駐輪場に停める。
そして、チャリキーを外したところで不意に視線を感じた俺は、右を向くと何故か不満顔な美少女ギャルがいた。
「どうした?なんか機嫌悪そうだな」
「別に〜〜。ちょっと昨日夜更かしして寝不足なだけだし」
「そうか」
明らかに違うことで腹を立てているのは分かるのだが、それを突っ込むのは藪蛇になりそうだったので口を噤んだ。
が、その後に起きたことについては流石に言わないと不味そうだったので俺は口を開いた。
「なんでめっちゃもたれかかってきてんの?」
そう。
隣に何故かやって来た拳堂が俺の肩に頭を乗っけて体を預けてきているのだ。
それによって二の腕に彼女の豊満な胸が当たってヤバい。
理性とか、学校の立場とか色んな意味でマジヤバい。
「……眠さが限界だから教室に行くまでの支えにしようと思って」
「そうか。でも、変な噂流されると嫌だからやめてくんね?」
「ウチは気にしないから大丈夫」
「俺が嫌だって言ってんだろ」
「じゃあ、報酬にジュース一本」
「もう一声」
「もう欲しがりだね、物部っちは。じゃあ、仕方ない。特別に学食奢りと食後の膝枕も付けてあげよう」
「おぉー、最後のは要らんがそれなら引き受けよう。ただし、条件として運び方はこちらの自由にさせてもらうぜ」
「えぇ〜、このままがいい」
「駄目だ」
(それだと俺が死ぬからな)
ブゥブゥと文句を垂れる拳堂を無視して、俺は彼女の背後に周り背中を押した。
これなら周りから美少女ギャルにダル絡みされている
我ながら完璧な作戦だぜ。
「ひゃっ!?ちょっと、物部っちブラのホックが」
「ぬっ?」
「えっ?」
「てめぇ!?変なこと言ってんじゃねぇーー!!」
しかし、拳堂の一言によって一気に瓦解しそうになった俺は、変な勘違い生まれる前に一陣の風となり校舎の中へ一気に駆け抜けるのだった。
◇
「あっ、やべ」
何とか女子のブラを外した変態の汚名を回避してから、一時間後。
俺はグラウンドの前で、体操服に袖を通したことを後悔した。
何故なら──
ズパァッン!
ズパァーーーーーッン!
「もうちょい軽く投げろよ」
「悪い悪い。力加減が難しくってよ」
「すまぬ。拙者の秘められた力が暴走しまったようだ」
──目の前で、プロ野球選手並みの豪速球がグラウンドのあちこちを飛び交っているから。
(こんな化け物達だらけの体育に参加するとか馬鹿すぎる。普通に死ぬわ!くそっ、拳堂のおっぱいで思考が乱されなければこんなことにはならなかったはずなのに。許すまじ爆乳ギャル)
俺は猛烈に体育の授業に参加してしまった愚かな自分を呪った。
しかし、時既に遅し。
体調チェックの段階はとっくに終わっている。
今更体調不良ですと言っても信じてもらえるわけがない。
となると、とれる作戦は一つ。
「ぐっ、悪い。めっちゃ腹痛くなってきた。トイレ」
「お、おう。分かった」
この場から合法的に離脱できる唯一の作戦にして、ウンコマンの称号がつく可能性のある諸刃の剣。
しかし、例えウンコマンとクラスメイト達から罵られようとも、豪速球によって手の骨をバキバキに折られる方が俺は嫌だ。
(まぁ、俺が居ないほうがみんなやり易いだろうしな)
そんなわけで俺は全力で腹を下している演技をしながら、その場から駆け出した。
ボールを防ぐために設置された高いネットの下を潜り、校舎の壁沿いに歩くこと少し。
入り口前まで辿り着いた俺は、ボールが飛んでこなかったことにホッと息を吐きつつ足を踏み出した。
次の瞬間、死角から金髪の美少女が現れた。
「っ!?」
俺は咄嗟のことに身を捩って回避しようとしたが、かなり強引に行ったせいで足がもつれてしまう。
身体が段々と地面に向かって倒れていくのを感じ、俺は痛みに備えて目を瞑った。
しかし、次に感じたのは身体を地面に打ち付けた痛みではなく、ふよんと柔らかな何かが頰に当たる感触。
つい最近感じたことのある感触だと思いつつ、目を開けるとそこには見覚えのある白色の生地があった。
次いで、上から「大丈夫ですか?物部君」とこちらを心配する優しい声が聞こえてきて。
(これは、もしやおっぱいに受け止められてねぇか!?)
「っ!?」
超速思考で現在の状況を正確に把握してしまい、身体の中にある血という血が沸騰。
慌ててその場から飛び退くと、案の定というべきか俺の肩を掴むように手を伸ばしている聖さんの姿があった。
「す、すまん!聖さんの姿が見えてなくて、わざとじゃないんだ!」
「ふふっ、そんなことは分かっていますよ。だって、物部君は私にぶつからないようにしてくれていましたから」
「そ、そうか。それは有難いッテェ!?」
聖さんに変な誤解を持たれていなかった安堵感によって、アドレナリンの効果が切れたらしい。
左足首に鋭い痛みが走り、俺は顔を顰めた。
「大丈夫ですか!?」
「あっ、いや、ちょっと捻っただけだから」
血相を変えてこちらに駆け寄ってくる聖さんに笑みを浮かべながら手で制す。
背中の裏は滝のように冷や汗が流れているが、ここで嘘がバレては心優しい聖さんはきっと自分を責めるだろう。
なんてたって、聖のどかというヒロインはとても責任感が強いから。
原作では仲間が怪我を負うのは自分が弱いから、悪いからと自分を責めるシーンがよくあった。
しかも、酷い時は自傷にまで走ることもあって、今回は流石にそこまでしないだろうが、とにかく彼女にだけはマジでバレたくない。
「じゃっ、俺トイレ急いでいるから。またな」
そんな一心で精一杯気丈に振る舞い、痛みを堪えながら俺はその場から離れようとすると、彼女の細い腕がこちらに伸びて来て左腕を掴まれる。
「物部君。保健室に行きましょう」
有無を言わせぬ迫力で聖さんはそう言い切ったかと思うと、次の瞬間俺の身体が浮いた。
「えっ?」
「しっかり捕まっててください」
「のわあっ!?」
自分が彼女にお姫様抱っこをされていると自覚してすぐ、今度は景色が一瞬で流れ思わず目を瞑る。
そして、数秒後に揺れが止まったと思いを目を開けるとそこは保健室の中だった。
「そこでじっとしてて下さいね」
「うっ、うっす」
人差し指でコツンと俺のデコを突いて離れていく聖女様に、俺は生返事を返すことしか出来ず。
しばらくの間、彼女が棚からテーピングやら何やらを取るのをぼんやりと眺めていた。
「少しだけ我慢して下さいね」
「おう。ッ!?」
それから道具を持って戻って早々に、聖さんに足を掴まれた俺はポーカーフェイスを維持しながら無言の悲鳴を上げる。
十秒か二十秒か一分か痛みのせいで分からないが、とりあえずそんなに長くない時間が経ったところで痛みがパタリと止んだ。
ふと、視線を下に向けるとそこには完璧にテーピングされた左足があった。
「すげぇ、ありがとな」
「いえいえ、私のせいでこうなったんですから。これくらいは普通です」
俺はあまりの出来に聖さんにお礼を言ったが、やはり責任感を感じているのか、こちらに微笑む彼女の顔にはいつにも増して影が落ちていた。
(……気まずい)
正直こうなりたくないから頑張って嘘をついたのに最悪だ。
俺は内心で頭を抱えながら、どうやったら彼女の罪悪感を軽く出来るか考える。
そして、何とか絞り出したのは──
「おっぱいで受け止めてくれてありがとうございました。最高の経験をさせてくれてマジで聖さんには感謝してる。ナイスおっぱい」
「ふえっ?」
──
そんなものを聞いた聖さんは当然、大きな目をまん丸にする。
まぁ、当然だ。
普通こんなこと言われるとは誰も思うまい。
けれど、俺にはこれしか思い浮かばなかった。
彼女が望む言葉を俺は知っているが、それを言うのはあまりにも狡過ぎるというかキャラじゃない。
だから、俺は自分らしく好感度が犠牲にする方を選んだ。
純情な聖さんのことだ。
さぞ、今頃こんな下衆い発言をした俺のことを軽蔑しているに違いない。
(まぁ、聖さんは東の彼女だし。ここで嫌われた方が変な勘違いをこれ以上しなくて済む。我ながら良い作戦だ。グスンッ)
推しの美少女に嫌われるという事実に俺は心の中で涙しつつ、プルプルと震え出した聖さんから飛び出すであろう罵倒の言葉に備える。
「こんなもので物部君が喜んでくれるのなら、もっと触ってもいいですよ?」
「はっ?」
だが、俺の思惑とは裏腹に飛んできたのは超絶魔球。
記憶にある彼女らしからぬ発言に、今度は俺は目を丸める。
その間に、聖さんは潤んだ瞳でこちらを見ながら近づいて来て、パニックになっている頭はさらに大パニック。
理性が完全に仕事をしなくなり、本能が彼女の甘言につられて右手が動いてしまう。
(っ!?それは流石にライン超えだろ!)
「トイレ行ってくるーーーー!!」
最低最悪の愚行を犯す直前に、理性を取り戻した俺は聖さんを置いて全力で保健室から逃亡。
反対校舎にある男子トイレまで爆速で廊下を駆け抜けるのだった。
だから当たり前なのだが、保健室の中で一人「あははは、本当伊吹君は変わりませんね」と笑い声を上げている少女の声は耳に届かなかった。
あとがき
物部君の考察当たってる人今のところゼロでニマニマにしてる。
まぁ、そんな凝った理由じゃないので近いうちにバレそうですけど笑。
物語でカミングアウトするまで、正答者がいないことを祈ってます(似たような答えはいくつか出てるので完璧な答えって意味です)。
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