第4話 放課後、拳聖ギャルに絡まれる


 腹の圧迫感に苦しみながら、午後の授業を乗り切りようやく迎えた放課後。

 俺は荷物を素早くまとめて教室を出た。

 いつもなら友人と軽く談笑してから帰るところなのだが、生憎と今日はずっと待っていた漫画の発売日。

 今日まで週刊誌勢のネタバレを避けて、ずっと楽しみにしていため、気が付けば身体が勝手に動いていたのである。

 決して、やたら話しかけてくる聖さんの対応に困っているとかではない。


(東って恋人がいるのにあの距離感は大丈夫なのか?)


 そういえば東の様子を見てなかったと思いながら、通学カバンを籠に放り込み自転車に跨る。

 最寄りの蔦谷書店へ向けてペダルを漕ぎ出したところで、妙に進みが悪い事に気付く。

 まるで重いものが乗っているように。

 俺はその原因を探るべく、後ろを向こうとしたところで、頰に何かが突き刺さった。


「ふぎゅ」

「アハハッ、変な声。オモロ」

拳堂けんどう?何で俺の自転車に」

「ふふっ、さぁ、何でだろうね〜?」


 人差し指で俺の頰をぷにぷにしながら、自転車の荷台で悪戯な笑みを浮かべている美少女の名前は拳堂けんどう美涼みすず

 少し癖っ毛のある銀髪ウルフヘアーとルビー色の瞳に、国民的アイドルのように可愛らしい笑顔が眩しいギャル。

 また、女子の理想を具現化したような抜群のスタイルをしており、読者モデルをしている。

 その上、他のメインヒロイン達と比べて天真爛漫な性格をしているため、男子人気は圧倒的一位を誇る超絶美少女。

 同じクラスになって、二ヶ月ほど経って交流はそこそこある方だが、こんな事をされたのは初めてで動揺がヤバい。


(相変わらずビジュ良!指スベスベで気持ちいい!後、背中に当たってるけどいいんか?いいんすか?あざます)


 聖さんに顔クイをされた時と同じくらい身体が熱を帯びていくのを感じた俺は、咄嗟に自転車を降りた。


「……タクシーが欲しいなら別の奴を捕まえろ。俺は自転車通学で駅には行かねぇぞ」

「ぶっ、ぶぅ〜!不正解。今日は撮影が無いので違いま〜す〜」


 俺の答えを聞いて、大きなバッテンを作る拳堂。

 あざと可愛い。

 しかし、てっきり雑誌の撮影に行くための足を求めていたと思っていたのだが、それ以外となると彼女が急ぐ理由の検討がつかない。


(異世界でのことなら前世の知識があるから分かるんだがなぁ)


 全く役に立たない前世の記憶に辟易しながら、拳堂が俺の自転車に乗っていた理由を考えることしばらく。


「『メインヒロインより可愛いモブの田中さん』」

「っ!?」


 不意に拳堂がとある作品名を口にした。


「まさか、お前も?」

「イエス、オフコース」


 そう言って、親指を立てる拳堂。

 

(そうか。拳堂は同志だったのか)


 先程彼女が名前を上げた作品は俺が今日買いに行くつもりだったラブコメ漫画。

 ……まさか、それを拳堂も知っているとは。

 原作では明かされていなかったが、どうやら彼女は意外にもサブカルチャーに詳しいらしい。

 

「よし、じゃあ拳堂も頑張れよ」

「ほえっ?」


 まぁ、だからと言って俺が連れて行く理由にはならないんだけどな。

 自転車の荷台に乗っていた拳堂を下ろして、俺は自転車を走らせた。

 そんな俺を拳堂はしばらく呆然と眺めていたが、ある時「ちょいちょいちょ〜〜い〜〜!!」と大声を上げて猛スピードで追いかけてきた。

 はやっ!?

 いくらゆっくりめに漕いでいたとは言え、たった数秒で残り数メートルまで距離を縮められるとかやば過ぎるだろ!?

 俺はその光景に驚愕している間に、荷台を掴まれ拳堂が再び乗っかってきた。


「別に一緒の本を買いに行くんだから連れてってくれても良くない!?」

「良くない!昔ならともかく今は二人乗りは法律で禁止されてるんだぞ!?警察に捕まって買えなくなったらどうするんだ!?」

「大丈夫だって。この辺は警察居ないから。余裕余裕」

「嫌。万が一があるだろ?」

「無い。あっても私が全部殴ってどうにかするから大丈夫」

「全然大丈夫じゃないんだが!?」


 説得に失敗した俺は強引に振り解こうとしたが。いかんせん彼女の抱きつく力が強くて叶わない。

 それでも何とかしようと後二、三回頑張ったが、びくともせず。


「ぜぇぜぇ、捕まったらお前のせいだからな」

「はいはい。それで良いから連れてって」

「良くねぇだろーーーー!」


 仕方なしに、俺は警察に見つからない事を祈りながら全速力で漕ぎ出した。


「……本当──よね。──っちは」


 その間際、小さく彼女が何かを呟いたが聞き取れず。

 「あん?なんか言ったか!?」と大声で聞き返す。


「別にーー!何でもないよぉーー!」

「ぎゃあーー!うっせぇ!」

「ちょっ!フラフラしないで!危ないじゃん!」

「誰のせいだと思ってたんだーー!」


 すると、それ以上の大声が返ってきて無事鼓膜が終了。

 自転車の体勢を崩れ、そのまま下り坂突入した俺達は、ジェットコースターに乗った時のように悲鳴を上げながら超スピードで駆け降りるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る