第5話 拳聖ギャルはブチギレる
「……酷い目に遭った」
「アハハハッ、楽しかったね〜〜」
シッピングモールの駐輪場にて、自転車にへたり込む俺とは対照に拳堂はそれはそれは楽しそうな笑い声をあげていた。
道中、フェンスにぶつかりかけたり、警察に見つかりかけたりと、俺からすれば命の危機を感じる最悪の旅路だったが、異世界で死戦を潜った彼女からすれば遊園地のアトラクション程度だったらしい。
「よしっ!漫画を買いに行こ。早くしないと売り切れちゃうかも」
大きく伸びをした後、俺の腕を取る拳堂。
「……おー」
正直ツッコミたいことが色々あるが、疲労困憊なことと漫画を絶対に手に入れたいという気持ちから、大人しく彼女に引っ張られる事にした。
モールの中に入ると、平日にも関わらずかなりの人がいた。
その中には、チラホラとウチの制服を着た奴らがいて。
俺は彼らに見つからないかと内心ヒヤヒヤしたが、拳堂のルート選びが的確だったのか本屋に着くまで一度も見つかることはなかった。
「おっ、あったあったよ!しかも、丁度残り二冊!ラッキー!」
本屋に入ってすぐ、拳堂が漫画コーナーを指さして飛び跳ねる。
その際に、ブラをしているとは思えないほど大きな胸が揺れて、視線が思わず吸い寄せられかけたが鋼の意志で何とか耐えた。
「マジか。急ぐぞ」
「ハリーハリー」
俺達はそのまま歩調を速め、本に手を伸ばしたところで新たな腕が一つ生えてきた。
「「「あっ」」」
顔を上げるとそこには、眼鏡をかけた他校の女子が立っていた。
どうやら彼女も同じ漫画を買いに来たらしい。
しかし、残念ながらここにいるのは人が三人と本が二冊。
誰かが一人我慢しなければならない状況。
お互いを顔を見合わせ、一瞬の逡巡後全員が同時に動いた。
「「「どうぞ」」」
結果、日本人の控えめな血が色濃く出てしまった。
それを受けて、俺達は目を丸める。
が、すぐに拳堂が吹き出した。
「ぷっ、ウチら皆んなおそろじゃん。オモロ」
「えっ、えっと、あの、その私は本当に良いので」
相手の女の子は陽キャ耐性があまり無いのだろう。
すぐにその場から
しかし、それを
「いや、全然遠慮せんで。ウチらは二人でこれ読むから。はい、どーぞ」
そう言って、二冊の内一冊を差し出す拳堂。
無理矢理受け取らされた眼鏡ちゃんは、困まり顔を浮かべ、次いで俺の方へ助けを求めるような、探るような視線を飛ばしてきた。
「えっ、と、いいんですか?」
「もち。やっぱり面白い作品は皆んなで楽しまないとね。ねっ、物部っち」
「あぁ、そうだな」
流石にこの状況でNOと言い出すことは出来ず、俺は首を縦に振る。
すると、眼鏡ちゃんは逃げ場を失ったように視線を彷徨わせ、やがて「あ、ありがとうございます」と頭を下げた。
下を向いているので分かりづらかったが、申し訳なさそうな顔をしつつも彼女の口元は微かに緩んでいて。
「(ブイ)」
(こういうのも悪くねぇな)
こちらを向いてはにかむ拳堂に俺は苦笑を返した。
それからぺこぺこと頭を下げる眼鏡ちゃんを見送り、拳堂と俺だけになる。
すると、拳堂は「じゃっ、買って?」と言って漫画を俺に手渡してきた。
「おい。そこはお前が買って俺に貸す流れじゃねぇのかよ」
「え〜、でも物部っちはこういうのちゃんと自分のお金で買って揃えたいタイプでしょ?」
「うぐっ、それはそうだが。よく分かったな?」
「まっ、マァ〜ネェ〜。な、何となく私の勘が言ってたんだよね」
「そう言って自分の金で買いたくないだけじゃないのか?」
「ちゃうし!別にめっちゃ金持ってるから。何ならウチが買ってプレゼントとしてあげても良かったし。人が気を利かせてあげたのに、そういうこと言うんだ物部っち、ひどーい!」
「悪い悪い。あの、結構痛いんで背中殴るのやめてくれません?」
(ポカポカという可愛らしい音なのに、内へ響くダメージの量が結構エグいんですけど)
「ふんつ」
俺はぷくっと頰を膨らませる拳堂に困っている視線を飛ばしたが、見事に無視。
レジに行くまで、サンドバッグにされるのだった。
「良い加減、機嫌治せよ」
「別に〜全然ウチ機嫌いいし〜。悪くないし〜」
「その顔で言われても説得力ねぇよ」
本屋を出てからも、ご機嫌斜めなのは変わらず。
眉を顰めて不機嫌そうな銀髪美少女様をどうしたものかと思っていると、甘い匂いが鼻を掠める。
匂いのした方を辿ると、そこにはクレープ屋が。
(確か拳堂って大の甘党だったよな)
それにより、彼女の設定を思い出した俺は財布を確認。
バイトの給料を今日下ろしたばかりなので、そこそこ余裕があった。
(しゃーねぇな)
「ちょい、トイレ」
「あっそ。お好きにどーぞ」
元を辿れば俺に多少の非があると自分に言い聞かせ、俺は拳堂の横を離れた。
「イチゴスペシャル一つ」
「はい。イチゴスペシャルがおひとつですね。八百八十円になります」
「千円で」
「ありがとうございます。では、百二十円のお返しですね。商品の方は今から用意するので少々お待ちください」
「うっす」
それから会計を済ませ、クレープ作りを右目で、左目で拳堂の方を見る。
彼女は少し離れた場所でスマホを弄っていたが、妙にそわそわしていて落ち着かない様子。
(何を気にしてんだ、アイツは?)
俺はそんな拳堂の様子を訝しんでいると、少しして彼女の前を二人の男が遮った。
「ナンパされてる。流石はメインヒロイン様だな」
現実では一度も見たことがなかったイベントの発生に、俺は改めて拳堂の美貌に舌を巻く。
(まぁ、拳堂なら慣れてるだろうし上手くやるだろ。
…………長いな)
クレープが完成するまで様子を見ていたのだが、どうも相手が粘着質らしく未だに話しかけられている。
「そろそろ助けてやるか」
先ほどの演技とは違って、ガチの不機嫌顔を浮かべる拳堂を流石に放置することは出来ず。
俺はクレープを片手に彼女の元へ向かった。
「マジで俺達と一緒に来たら楽しいから」
「そうそう。寂しい思いとか絶対させねぇし」
「おい、ウチのクラスメイトが嫌がってるだろ。良い加減離れろや」
ナンパ大学生の片割れを掴んで注意すると、グルンッと男二人の顔がこっちに向いた。
「あぁん?何だてめぇ?今いいところなんだよ、邪魔すんな」
「気安く触ってんじゃねぇっ、よ!」
「ぐっ」
てっきり、このまま口論に発展すると思っていた俺は、いきなり飛んできた拳をもろに顔に喰らい、たたらを踏む。
揺れる視界の中、痛む顔に手を当てるとぬるりと生温いものが触れた。
どうやら鼻の何処かが切れてしまったらしい。
(こっちの世界も、治安悪過ぎだろ。クソが……)
俺は心の中で悪態を吐きつつ、何とか震える身体を奮い立たせる。
けれど、視界の揺れは止まることはなく。
俺は思わず近くの壁に身体を預ける。
「はっ、だっせ。しゃしゃり出たくせにこの様かよ」
「それな。どうせならもう一発いっとくか」
「(逃げろ)」
それでも何かしなければと思い、拳堂に向けて口パクをすると彼女は目を見開く。
その後、世界が軋んだ。
原因は拳堂。
彼女の周りに謎のオーラが立ち込め、陽炎のように揺れる。
「──しね」
その後、底冷えするような低い声が聞こえたかと思うと、俺の一番近くにいた男の姿が消えた。
「「はっ?」」
俺とナンパ師の片割れは揃って間抜けな声を上げ、固まる。
そして、恐る恐る後ろの方を見れば、先ほど俺を殴った男が血の海を作っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます