終わりを結ぶ
終わりを結ぶ 〈い〉
僕はある日夢を見た。
その夢はあまりにもリアルで、目を覚ました時、その光景を鮮明に思い起こすことができた。
その夢の内容はというと、
〝骸井九〟が〝白井有栖〟というやたらと派手でセクシーな女の人と一緒に協力して、〝北白川高校という場所で除霊をする〟という内容だった。
最悪の気分で迎えた朝。
だけど、これも半分自己責任でこうなっているものだから、それも相まって余計に気持ちの行き場を失うのだった。
だけど。
ただ最悪な夢を見たってだけだったらまだいい。
残酷なことに、さっき見た光景は〝近い将来必ず訪れる〟という事が確定しているのだから、本当に鬱だった。
――予知夢、と言ったら分かりやすいかもしれないけど、私のこれはちょっと違う。
何故ならこれ自体、儀式によって人為的に起こして見ているから、いわゆる原存の人たちが能力でやっている類とは少し異なる。
なんせ僕はこれで〝千年前〟から食ってきてるからね! こちとら年季が違うんじゃい! ってなところで話を戻して……。
要は、自分自身の目的のために一日かけて準備した大占術の結果が、僕の敬愛する恩人とどこぞの馬の骨とも知らん女とのイチャイチャ(当〝僕〟比)を見せられるなんて、どんな拷問よりも最悪だったということ。
特に、抑えられない嫉妬が脳を破壊してくる。
だけど、こんな気分になった分、結構なヒントはあった。
とりあえずは北白川高校がどこにあるかを調べて、それからどういう流れでこんな状況になってしまうのかを考えておかないと。
……というか、この時も僕がいるはずなのになんで出てこなかったんだ?
色々と積もった疑問に沿った対策や考察、そして、諸々の根回しを早めに行わないといけない。
それと、もう一つの案件もそろそろ準備をしなければならない。
あぁ、やっと会えるっていうのに、朝からこれだもの! 全く、これからどんな気持ちで会いに行けばいいのか分からなくなりそうだよ……はぁ。
明後日、骸井九が封印された祠に行く。
しかし、祠に行くと言っても、つまるところ結局は山である。
しかも結構奥地にある為、ガチ登山である。
当然登山道具とプラスして、結界関連の道具も持たなければならず、かなりの重量になることが予想できて、そこだけ考えると嫌になる。
けど、そんなことなど気にならないくらい骸井九に会えることが嬉しいんだ。
「はぁ……」
昔の記憶がぼんやりと流れる頭から思考を切り離し、嵯峨野花は一つ大きなため息を漏らす。
骸井九と白井有栖がこの結界からいなくなってどのぐらい経っただろうか。
それすらも知りえないこの結界内部に苛立ちを覚えながら、嵯峨野はただ大の字に四肢を放り出して天井を見つめていた。
三階にある空き教室で一人寝そべっていた。
基本的に大占術で見た夢について、ずっと意識して生活することはない。
何故なら、夢で見たその瞬間は意識していたとしても避けられず、そして、突然訪れることがほとんどのため、心づもりと予測によるささやかな準備程度しかできない。
未来を予測できたとしても、意味の分からないルートを辿られてしまったら対処とかいう話ではないのだ。
諦観と落胆が心を支配する――そう思っていたけど、実際の嵯峨野の心は驚くほどに晴れていた。
僕、嵯峨野花は結界術師であり、大占術師であり、そして、骸井九の〝唯一の弟子〟である。
その自覚があるのならば、この状況で笑わずしてどうする。
嵯峨野はワクワクが湧き上がってく心と向き合って、そして、安心する。
あぁ、骸井九に――いや、〝お姉さま〟に全てを話せる時が来るのだと。
嵯峨野花は自然と上がる自身の口角を触りながら起き上がって、大量の文字を教室の床にこれでもかと、一心不乱に書き殴る。
誰もいない教室や職員室、倉庫などを歩いて回り、見つけた油性ペンや水性ペン、鉛筆や絵の具など黒色が出るものを片っ端からかき集めてきた。
そしてすべてを駆使し、ひたすらに書いて、書いて、書き続ける。
――やっぱりこの結界術が一番好き! この全身を使って魂で塗りたくるようなこの結界術が一番……いいっ!
一通り書き終えた嵯峨野花は、真っ黒に塗られた床の真ん中に立つ。
そして自身の足元に、〝あの時貰った〟物を胸ポケットから取り出して置く。
「結局、僕の考えを口にすることは無かった。いや、出来なかった。それはやっぱり苦しいし寂しいけど、でも絶対に伝わってると思う。僕があの死にかけの幽霊から貰った〝エノコログサ〟に暖かさを感じたように、僕もあのエノコログサにはとびっきりの想いと気持ちを込めた。だから届け!」
誰の耳にも届かない独白が教室に鳴り響く。
ダンッッ――。
高く振り上げた足を真っ直ぐに振り下ろした。
靴の裏のエノコログサが、「かさりっ」と小さく呟く。
その瞬間――床一面に広がる黒が嵯峨野を中心としてゆっくりと渦巻いて蠢きだした。
嵯峨野の瞳には、決して濁ることの無い確かな信念が宿っていた。
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