開示 〈に〉
「はい、これ」
「……え、悪いよ」
「勝負に負けたからな。約束は守るさ」
「実質引き分けみたいなものだけどね。まぁ、ありがと!」
骸井が教室へと入り自分の席へ着くと、嵯峨野花が前の席で何かしらの課題をしていた。なので、さっき自販機で見繕ったネクター缶を嵯峨野花の机に置いたのだった。
「それで……会議の方はどうなったのかな?」
「あぁ……お前の言った通り、三人が主導となってするすると決まったよ」
「でしょ! やっぱりそうなるんだよね! ――『部員がいなくなって今は存在していなかった文芸部を利用して、夏休みになったとしてもすんなり学校に入れる権利を取った』なんて見事としか言いようがないもん」
「……聞くのも億劫なぐらいだが一応聞こう。なぜそれを知っているんだ」
それは……♥。
「君の顔に書いてあるから」
「……」
「僕が凄腕の占い師だから!」
「……!」
「千年前の予言を聞いたから?」
「……?」
「実は……もう現世の存在ではないので♪」
「……♪」
さて……。
「今僕が言った言葉のどれかが本当だと言ったら貴方は信じます?」
「信じるわけないだろ」
骸井は食い気味にきっぱりとそう言い切った。
嵯峨野花は嘘っぽい飾った顔で笑った。
「ひひ、流石骸井君! もうすっかり僕のことが分かってきたね……丸裸にされちゃってもう困っちゃうなぁー」
「……そうやってまた誤魔化すのか」
【〔〈(……誤魔化してないもん)〉〕】
嵯峨野花は珍しくムッとした表情で黙ってしまった。
「……えーっと? どうした――いや、すまない」
「……ううん、たまには秘密にしてもいいかなって思っただけ! というか、乙女の秘密は簡単に見せちゃいけないんだよ? 知らないの?」
いつもの嵯峨野花だった。
「そうなんだな。次からは肝に銘じておくよ……で、ここに僕を呼びだした理由を教えてもらっても?」
「うん! 結論から言うと……僕がこの学校にいて、それでこうやって色々と動いている理由をそろそろ言っちゃおうかなっていう話だね!」
なんてことの無いテンションで言ってしまってはいけない重さの内容だった。
「……続けてくれ」
「今から教えることを骸井君がどこまで知っているか分からないけど、伝えられる範囲は伝えた方がこっちとしてもそっちとしてもいいはずだから、という事を留意したうえで聞いてね!」
「あぁ」
「僕、こう見えて結界術も得意なんだ。トイレで話しかけたのもその一部。そして、僕がこの学校にいるのも君たちとおんなじ理由……僕の場合は一年生の時からいて、ずっとこの学校に張られた特殊な結界の解除をしてるんだ」
「〝同業だった〟という事か」
「と言っても僕は原存じゃないよ? ちょっとこっち側に詳しいだけ。しかも、僕自身依頼されてここにいるわけではない」
「不法侵入」
「違うよ? ちょっと経歴をちょろまかして入学しただけだから」
「それを不法侵入っていうんじゃないのか」
「細かいなぁー! いいじゃないか! 一人ぐらいこういうやつが紛れていたとしても! 現に気づかれてないし、君たちも人に言える立場じゃないからね!」
「それは、ごもっとも」
「もう……それで話を戻すと……まず学校サイドの認識を確認したの。そしたら、この学校にいる先生は、原存という存在も、結界とは何かも分からないから『不可解な現象が多発している=幽霊がいる』と考えて、除霊を頼まなければならない、っていうまぁ一般人ならそう考えるのが普通だよねっていう感じだった」
「でも、現代において〝幽霊の所為だ〟っていう考えになるのもちょっと変じゃあないか?」
「まぁ田舎の学校だからそういう考えが残っているのかもね!」
「〝田舎〟という言葉の汎用性……」
「そんな田舎の学校に高度の結界術がある……どう考えても訳アリなわけで、それとは別に、僕個人的に今探しているものがあって、それがこの学校に隠されているかも! ってなって偽装入学ってワケ!」
「……杞憂かもしれないが、時々見るお前の変な言動は――」
「わざとだよ! 一般の生徒にこの調査のことを知られると面倒くさいから、一人で行動するに越したことはないって話さ! 君もわかるでしょ?」
「僕はそんなにプロフェッショナルじゃない。気分と好奇心が指針になることもあり得るからな」
「それも大事だよ。僕だって本当はそっちの方が好き」
「信念よりも大事な探し物ということか」
「うん。とっても、とーっても大事なもの」
その言い方からしてもどれだけ大切なのかがひしひしと伝わってくる。
骸井にとってそれほどまでに大切なものがあるだろうかと自問自答して……、
「……それで、その結界術の調査はどこまで進んでいるんだ?」
嵯峨野はうーん……と少し言い淀んで、
「もう解除は出来るんだ」
「! いいじゃないか、かなり複雑だと言っていたのに結局一人で解除してしまうとは、結界術に長けていると言うだけある」
「でしょ! へへ……でもすべてが順調ってわけにはいかなくてね。というのも、結界そのものも複雑だった。でも、それと別の要因でもう一つ複雑な要素があるっていうことらしいんだ」
「お前の心が?」
「……」
「すまん」
「謝るなら言わないで」
「反省する」
「そうして。……話を戻して、厄介なのはこの結界を解除すると現れるんだ」
「現れる?」
一呼吸置いて。
「その隠されていた幽霊とは別の空間みたいな何かが」
「〝みたいな何か〟って言うという事はよく分かっていないのか」
「そうなんだよ。実は結界って大元の構造を読み解けば何となく内容が読めるもので、それで読んでみた感じ、多分それは出現する。でも不可解なのが、意図的なのかその詳細というか内容が靄がかかったみたいに読み取れないんだ」
「じゃあ、やる事は一つって事か」
「え、一つ?」
嵯峨野はきょとんとした顔をした。
「僕がそいつをぶっとばして、お前が結界を解除する。やることは単純明快じゃあないか」
骸井は高らかに、自信満々にそう言い放った。
骸井のその言葉が意外だったのか、嵯峨野は驚いたような複雑な表情で骸井を見つめる。
「どうした?」
「いや、何というか……骸井君がそんな事を言うなんて、少し意外かも」
骸井はその言葉を聞いて思考する。
「そうなのか、気付かなかった」
鈍感な返事を聞いてやや気まずくなりながら、嵯峨野が口を開く。
「……えぇっと、じゃあ、最初の結界を解除するのは夏休みの初日でいいかな?」
「ああ、問題ない」
じゃあその方向でよろしく、と解散の流れになったところで、
「ところで、嵯峨野。お前は僕達と協力体制を結ぼうとしないけれど、そこに理由はあるのか?」
「? 絶対的な理由はないけど、さっきも言った通り複数人で動いていれば目立つし、一人で動いた方が臨機応変に対応できる。ただそれだけだよ」
「じゃあ、なんで君は僕とこうやって頻繁にコンタクトをとるんだ?」
嵯峨野のこの行動と言動が矛盾していることに対して、骸井の中で引っかかっていた。
情報共有をしてくれることから信用が多少あるものの、その動機が掴めないとそれがどんな善人であっても怪しく映る。
嵯峨野花は骸井にとって、『取引相手としてはありがたいが、信頼を置き頼る相手としては不安が残る存在』であり、それが惜しくもどかしいのが正直な心情であった。
「ただの恩返しかな」
嵯峨野花は真っ直ぐな目でそう言った。
その目にはちょうど反射した太陽の光が重なって、黄金の煌めきと見紛う程の魂が透けて見える気がしたのだった。
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