遅咲きの桜は式典にさよならを 〈へ〉

「それで……お前はどう思うんだ?」

 嵯峨野からのヒントを拒絶してから、木の幹や枝、葉っぱに蕾をくまなく観察した後に、自分自身のスマホで『桜 四月下旬』や『桜 蕾 一覧』などで検索した結果、似通った画像の群集が指を動かすごとに通り過ぎていくだけで、虚しくも特定できそうなものではなかった。

 それはまるで、大して興味もないおじさんらが、テレビに映るアイドル達を横目に、

「最近の若い子は皆おんなじ顔に見えるよな!」

「はっはは! だよな! えっと、あれなんだっけ……あれだ! 量産型っちゅう言葉なかったっけ?」

「あった、あった! 絶対それだ! 絶対それ! 工場で造られたロボットみたいに並んでよー、その言葉ピッタリ過ぎねえか? ははは、個性無しじゃ生き残れねぇわな!」

「ははは、残酷なこと言ってやんの! ははっ」

 ……という会話が聞こえてきそうなぐらいには、骸井自身興味がなかったのでそれも仕方がないのかもしれない。なんて、言い訳じみた現実逃避な妄想を膨らませていると、


「今から一分以内に何かしらの答えを導き出してください」


 と口添えされる。

 そして、それから一分後のセリフが、

 ――「それで……お前はどう思うんだ?」だった。



「え、ヒント貰うってこと?」

「いや、違う。〝開花が遅い桜が一本だけある〟ということに初めて気づいた時、君はどう思ったのか聞いたんだ」

「あぁそういう……えぇっとね、最初にこの桜を見つけた時は大喜びしたよ! この学校でこの桜のことを知ってるのは自分だけかもしれない……ってね! 僕だけが知ってる秘密。誰にも気づかれない美しさを僕だけが知っているんだ、ってね」

「なるほど……」

 つまり、〝今この段階でも〟見た目で他の桜と区別できるということであり、枝を見た感じ枝垂桜ではなく、咲くのが遅めの珍しい桜ということになる。

「ってこれほぼヒントになるんじゃ……」

「いや、個人的な感想を聞いただけだから、全くもってノーカウントだ。そして……」


「その桜は秋に紅葉するはずだ」


「……うーん?」


「――普賢像〈ふげんぞう〉だな」


「……正解」

 嵯峨野は感嘆の表情でそう言った。

「で……」

「で?」

「だから、なんなんだ。桜の種類を当てたが、特に得られた情報がないじゃあないか」

「だって、もう答え言われちゃったんだもん」

「それはどういう――」


「桜の樹の下には死体が埋まっているって話」


「梶井がどうした」


「……今はフィクションの話をしていないよ?」


「……じゃあ、本当に死体が埋まってるって?」

「そう言ってるじゃーん」

「この桜には幻覚作用でもあるんじゃないか?」

「そこまで原作順守だったら、梶井の方がフィクションなのか怪しくなって来ない?」

「それもそうではあるか」

 真っ当な反論に納得して落ち着きかけたが、そもそもの議題の突飛とっぴさを前に落ち着いている暇などなかった事を骸井は思い出す。

「そもそもの話をしよう。どうしてその『死体が埋まっている』ということが分かるのか聞いてもいいか?」

「うーんとねぇ……骸井君ってそのー、怖い話とか大丈夫な人?」

「別に大丈夫だが」

「じゃあ、話してもいいかな……」

 チラッと周りを確認して、校舎の方を一瞥すると、改めて口を開いた。


「この学校……出るんだよ……」


 嵯峨野はなるべく低い声でゆっくりとそう言った。

「場所プラス〝出る〟を付けた場合、何が出るかがすぐ分かるんだから日本語ってのは便利だな」

「ちょっと茶化さないでよ、怖いの? まぁ合ってるんだけどね……そう、女の子の霊がでるの。この学校の制服を着た首の無い幽霊がね。どうやらその子は、夜な夜な自分の首を探し回るように校内やグラウンドを徘徊するらしいよ。そして、その霊に見つかっちゃったら……」

「見つかったら?」


「その霊が首をちょん切ってくるってさ! あー怖ー」


 嵯峨野はわざとらしく自分の肩を抱きかかえるようにして、震えるジェスチャーをした。

「……」

 骸井の中で、嵯峨野がしたこの話と、今回の潜入作戦との繋がりがある確かな確証はなかった。

 しかし、今持ち合わせている情報を足し合わせた時、どうしても関連性があると推測してしまうのは避け難いという現実。

 果たして、この事を他のメンバーに共有していいのかどうか。

「骸井君どうしたの? やっぱり怖くなっちゃった?」

「……いや、存外、結構リアリティがあって関心してな。もしよかったら、他の人にもその話をしてみたいのだが、いいか?」

「えー! そんなに話すの上手だったかな……っていうか良いよ話して! こんなの単なるそこら辺の創作怪談の廉価版みたいなものだろうから!」

「分かった、ありがとう」

「うん!」


 ――――――………………


 それから、さくさくと校内を巡り廻った末、嵯峨野と骸井は荷物を置いていた自教室へと帰っていく。

 その途中のこと。


「ねえ骸井君?」


 前を歩いていた嵯峨野が急に振り返って、後ろ歩きをしながら訪ねてきた。

「どうした」

「あの桜の名前……まだ覚えてる?」

「あぁ……普賢像な」

「そうそれ。その桜のお花ってね? 大きな花びらが、重なって傘なって、一つの花になるんだよ」

「そうらしいな。さっき画像で確認した」

「そのお花が散る時、どんな感じに散るか知ってる?」

「いや、そこまで詳しくは目を通してないな」

「あのねぇ……」

 わざと間を作り、目を伏せて佇まいを整える。


「花びらのまとまりごとポトリ……って落ちるらしいよ。まるで人の首が落ちるみたいにね」


「これまた随分と……仄暗い比喩だな」

「これは僕が考えたんじゃなくって、そんな言い伝えが昔からあるんだよ。まぁここら辺の言い伝えじゃないっぽいけどね」

「……知らないが、船に乗って一緒に伝播でもしてきたのかもな」

「確かに! そんなこと考えもしなかったけど、その節はあるかも……いや、ある! これはすごいかも、論文にしたためた方がいいんじゃ……」

「一般人の考える学説なんてものは、往々にして大昔の賢い人が先んじて調べていたっていうのがオチだからな。期待値は限りなく0に等しいと考えていい」

「そういうものかー」

「そういうものさ」

 (しかし)と心の中で自分自身に疑問を呈する骸井。

 嵯峨野花にとってのユーモアとして、あの桜の樹まで案内したのだろうか。

 もしも彼女が悪霊について何か知っていたとして、そのことを知らせたがっているとしたら。


 もしも、彼女が悪霊であったら?


 [[疑心暗鬼]]の牢獄に囚われている感覚が、たちまち骸井に不安を煽ってくる。

 骸井がそんなことを考えているなんて露知らず、嵯峨野は何かしらの植物をブンブン振り回して陽気に前を歩いていた。

 一体いつ取ったのか、そして、いつどこに仕舞ったのか分からないそれは、骸井にとって何だかとっても見覚えがあった。


 【エノコログサ】通称、猫じゃらし。


 昨年の秋ごろ、穂を付けた大量のエノコログサを川辺で見たその光景が未だに骸井の中に残っていた。

 しかし、今は春である。

 夏から秋にかけて穂を付ける植物であるがために、今その状態で持っているのはおかしいのである。

 なので、造花の可能性が高いけれど、わざわざエノコログサの造花を作るやつがどこにいるのか。

 もしかしたら、市販されているそういうタイプの猫じゃらしなのかもしれないと思ったが、下の方にはしっかりと葉っぽいものが付いている。

 ここで骸井は、先程、嵯峨野が桜の樹の下に死体が埋まっていると言っていたのを思い出した。

 確かに嵯峨野花は〔死体が埋まっている〕と言ったが、『人間の死体が埋まっている』とは一言も言っていなかった。

 そして、今、どうして嵯峨野は猫じゃらしを持っているのか。

 点と点が繋がりそうな感覚だけがちらつくが、どこか掴みどころのない実態だけが浮き彫りになるようだと骸井は思った。

 今日は四月一日。

 まだまだこの新しい学校生活は始まったばかりである。

 焦る気持ちを落ち着かせながら、骸井九は結論を保留することにして嵯峨野花と一緒に自教室へと戻っていく。

 骸井の頭にはもうすっかり式典への文句など残されてはいなかった。

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