遅咲きの桜は式典にさよならを 〈ほ〉

「えーここが職員室です!」

 縦に長い部屋にドアが三か所。ドアに付いているモザイク窓からは白い光がぼやけて透ける。職員室から廊下を挟んだ窓の外を見てみれば、野球部、バスケ部、サッカー部……など運動部の部室が連なった小さな棟が見える。

「手前の机が一年生の担任、その奥が二年生の担任で、一番奥が三年生担任。用がある二年生は大体みんな、二番目の扉から用件を伝えることが多いよ」

「なるほど」


「はい、ここが体育館です!」

 中からバスケ部やバレー部が練習している声がしている。なので、扉の外までの紹介だった。

「慣習の温床……」

「え、なになに?」

「いや、何でもない」


「ここが普段使われない別棟のコミュニケーションルームです!」

 本校舎と比べて、比較的に綺麗な外観をした二階建ての建物を指してそう言った。

「コミュニケーションルームとはどういう目的なんだ?」

「うーんと、多分この名づけに意味なんかないと思うよ?」

「そういうものか」

「そういうものだよ」


「……それで、これが桜の木です!」

「桜の木……何故、桜の木?」

 それは、グラウンドの端っこにひっそりと植えられたまだ開花しきっていない一本の桜だった。

 何かの特徴があるわけでもない、ただ何の変哲もない桜の木。

 それに、桜の木は校舎の周りに結構な数植えられているわけで、骸井は本当にその意図を測りかねていた。


「骸井君は知っている? 桜の木の下には……」


「梶井基次郎だな」

「そうだけど、でも違うよ。その場合は画数が多い方の「樹」を使わなきゃだもん!」

「口頭じゃあ分からないだろう」

「じゃあ次から「樹」って使うときは、『き』の部分を強調して言うことにします! 《き!》……ってね。はい、これでいい?」

「なんでこっちが悪いみたいな感じにさせられているんだ……」

 ――骸井は嵯峨野から理不尽に少し嫌われた!


「……んで、なんだよ」

「だから! ……えーっと?」

「おい」

「冗談、冗談! ちょっと意趣を返したくなっただけだよ。こほん。……この桜の木、変じゃない?」

「変? 変だってそんな様には……」

 でも、よくよく見ると確かに雰囲気が違う気がする。

 そんなような、合っているのか間違っているのかが一目でわかるようなものではない。それほど小さな違和感だった。

 だけど、確かに何かが違うという感覚がある。

 それは、「何か変わったの気づかない?」と付き合っている彼女に詰め寄られるも、全くもって見た目の変化が見られずに口ごもって、結果としてキレられるようなそんな些細なものだった。それで詳細が、前髪五ミリの変化という難解ミステリーであり、その小さな変化は四捨五入してゼロになる――という世界の法則はまだ発見されていないのだろうか、と仮想の彼女に対してげんなりする骸井であった。

 そんな様子の骸井を見て、嵯峨野は心配そうに口を開く。

「顔色悪そうだけどどうしたの?」

「何でもない。続けてくれ」

「そう? えっとね……って、そっちが答える番でしょ!」

「あぁ、そうだった。と言っても、この木自体は普通だし、無理矢理何かないか探したとしても、それは木の個体差かただのこじつけにしかならないような考えしか浮かばないからな……」


「ふっふっふ……骸井君もまだまだだね」


 普通ならいらいらしそうなセリフも、嵯峨野が言うと不思議と気にならなかった。

「それで、答えは何なんだ?」

「花だよ花。お・は・な!」

 そう言われたので、骸井は木の枝に近づいてよく見てみる。

 しかし、どの枝を見ても小さな蕾がなっているだけで、まだどれも開花していなかった。

「まだ咲いてないじゃないか」

「うん。そうだよ」

「はぁ?」

 骸井は一瞬、理解に苦しんだが、すぐに嵯峨野が言いたいことを理解する。


「逆だ……何でこの木だけ一つも開花していない?」


 他の桜の枝にも蕾はあるが、一つも開花していない桜は目の前の以外に一本も見当たらない。

「そうなんだよー。不思議だよね」

「これ本当に〝桜の木〟で合っているのか? もしかしたら実は〝梅の木〟で、咲く季節がずれているだけなんじゃないのか?」

「いや、それは無いよ。だって一年前の四月後半、この桜の木が全開に咲いていたのを私はこの(目)(目)で見たからね」

 ここで嘘をつく意味がないはずなので、ひとまずその意見を飲む骸井。

「じゃあ、仮にこの木が桜だったとして。そして、他に植えてある桜とは別の種類であるとするならば、だ。それ以上の情報が何かあるっていうのか? それともただ自慢したかっただけか?」


「勿論! そんな事は無いから安心して考えてどうぞ」


 その物言いからおそらく、何かのメッセージがあるから推理して当ててみろ、という事を遠回しに言っているのだろう。

 そして、嵯峨野のその笑顔から思い浮かぶのは、掌の上で踊らされている自分だ――と、骸井は動揺したが、その様を察される前にむりやり思考を前傾させる。

「――この木の種類を聞いてもいいか?」

「ヒントなら出せますよ!」

「……もうちょっと考える」

 骸井の中で『ヒントを貰う』という事は、=『僕は自分で考えても答えが導き出せない馬鹿なので助けてください』と同意であった。

 なので、おいそれとヒントをもらう事などあってはならないのだった。

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