遅咲きの桜は式典にさよならを 〈は〉
「骸井君、二人に初めて会ってみた感じどうだった?」
柔らかい口調でそんなことを聞きながら、神下は空になったマグカップを洗面台へと置いた。
それに対して骸井は、文庫本に目を通しながら淡々と答える。
「正直、彼女たちが悪霊退治やらに向いている気がしない。特に新井リコ、あいつは絶対無理だ。というか、それ以前に性格が普通にめんどくさい。僕とは真反対過ぎて絶望的に相性が悪い。だから幸先なんかまったく見えていない」
「ふーん……なんだか、仲良くなってくれたみたいで良かったよ」
「耳が腐っているのか? ……とにかく。足手まといになる可能性が拭えないから、個人行動を願いたいというのが感想だ」
「君の言葉はいつもオブラートがないね」
「……オブラートを実際に見たことないけど、それって飲みやすくなるものなのか」
「それはまぁ、薬を包む技術次第かもね。京都の人とかは上手なんじゃないかな」
「……そういえば、忘れていたけど君も京都出身だったな」
「え、違うよ?」
神下はわざとなのか、天然なのか、少し困惑した笑顔でそう答えた。
あまりにも短すぎる顔合わせ会で浮き出る〔人となり〕など、指先ほどでしかなく、また、これから始まる[学校生活]という未知の概念に対してどう接していいかもよくわからなく、ただただ未確定事項が滞積する現実を目の前に、骸井はとりあえず考えることを辞めた。
そして、目の前を見る。
白いベッドの周りを囲むように付いている白いカーテン、白い壁に白い天井の部屋であることを確認する。そして、白衣を着た白い肌の男がいる。
身近な現状把握という小さな関心への集中により、頭をスッキリさせて心を落ち着かせる。
「骸井君は『原存』について何か知っているかい?」
神下はまた何でもない雑談みたいなテンションでそう言った。
「それは……どういう意味で聞いているんだ」
「別に、そのままの意味だよ。君も自分自身で原存だと自覚した「いつかの日」があるはずで。それで言うと、最初から『原存』の自覚があったなんて奴は、いままで関わってきた中で一人もいないんだ。だから不思議に思ってね」
「……」
骸井はしばらく口を閉ざして、思考した。
その間、神下は急かすこともなくゆっくりと骸井の言葉を待つ。
「能力が一般の人々と比べて少しだけはみ出した存在であり、だから偉いとか凄いとかは無い。『原存』だと自覚するけど、それは自分の知らない一面を知れたあの時みたいな感覚に似ていて、些細だし特別とか唯一無二とは程遠いごくありふれた感情の一つだった」
「うん」
「だから、神に選ばれたとかそういうものじゃないんだろうと思う。人間だったら……いや、【日本という歴史的に見て特異な島国に生まれた】という条件に当てはまっていたのならば、いつ誰がそうなっても変じゃないと僕は考える」
「俺も近い考えだね。もしかしたら、一種の病気なのか、はたまた君が言ったみたいに日本という〝島国の特殊性〟による歪みでそうなってしまったのか、は定かではないけれど、でも、そこに{選択された}という意思は感じない」
「神下はどう考えるんだ」
「進化の予兆かな」
「進化の予兆……」
「突然変異がその時代に生き残るには、淘汰をはねのけて環境に適応する必要がある。そして、君とか新井姉妹みたいな突然変異が、⁅この時代と環境に淘汰されて居なくなる⁆という想像が俺にはできなくてね」
「そう考えると、僕が最近になって目を覚ました、っていうのも何か関係がありそうなのが何とも」
「まぁ、どういう経緯があったにせよ、君みたいなのがその身を滅ぼされずにこの時代にまで淘汰されていないのが、俺の考える進化というものの論証の一つなのか、それとも君が特殊事例なだけなのか……それは、考えても埒が明かないかもね」
「まぁ、それはそうかも知れない」
「……うん、ありがとう! 重要参考情報として今後の考証に役立たせてもらうよ」
「好きにしてくれ」
そして、神下は嬉しそうな表情で窓の外に流れていく、まばらな桜雨を目で追った。
しばらく時間が経過して、お開きの合図かのように、校舎の遠くの方で管楽器の音合わせの旋律が鳴り始めた。
「じゃあ、そろそろ……悪霊が座ってたむろしてそうな場所がないか調べる――もとい、学校の構造とか調べるために散歩してから帰ることにしよう」
こうやって現状把握の範囲を広げていくことが、問題解決の近道へとつながるのだ、と心の中で自問自答して、神下の返事を待つ骸井。
「分かったよー……あ、この後、保健室で先輩の先生と学校生活での勝手とか、作法とか掟とか諸々を教えてもらう会が開かれるから、俺に用があったらメールにしておいてくれるとありがたいかな」
「了解。……じゃあな」
「うん! バイバイだ」
そう言い交わして、骸井は保健室を後にするのだった。
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