遅咲きの桜は式典にさよならを 〈ろ〉

「おっすー!」

「お、お疲れ様です……」

 骸井は読んでいたプリントを机の上に置いた。

 最初に入ってきたのが、背が低くて元気で気が強そうな雰囲気の女子生徒。その後ろから入ってきた背が高くておどおどした様子のもう一人の女子生徒。

 この二人がさっき話していた新井姉妹だろうと認識すると同時に、見るからに性格が真反対であるということが一目瞭然だと骸井は思った。

 しかし、どっちが姉でどっちが妹かまでは、流石の骸井であっても推測しかねていた。

「お疲れ様! ささ、二人共座って座って!」

 そう言って、神下は立ち上がって二人掛けのソファーに新井姉妹を誘導して座らせる。

 その二人からテーブルを挟んで向かい側に骸井がいて、神下は相変わらず仕事用机の事務椅子に座った。

「よし、じゃあこれで全員揃ったね! とりあえず、自己紹介みたいなのしてみる?」


「別に構わない」

「いいよー」

「わ、分かりました」


 神下の提案に合わせて、四人はまず互いを知りあうところから始めてみる。

「じゃあ、俺から提案したから初めは俺がやろうかな! はい、とりあえず皆一回は会ったことあると思います、神下冬太郎です! 悪霊退治は専門じゃないけど、自分にできることはしっかりとやっていきたいと思ってます! よろしくね」

 と、神下はスムーズに自己紹介を言い終えた。

「じゃあ、次はあたしが言う!」

 最初に教室に入ってきた、元気で気の強そうであった女子生徒が元気よく手を挙げた。

「はい! 二年一組の新井リコ! 背は小っちゃいけど態度と胸は大きいです! この背の高い無口の姉です! よろしくー!」

 はい、あんたの番! と背の高い無口の妹へとバトンタッチして、

「えーっと……さっき言ってくれた通り、お姉ちゃんの妹の新井リタです。一年二組です。背が高いけど、その、お、お胸は小っちゃいです……」


 しょぼしょぼしょぼ……。


 自分で言ったはずなのに恥ずかしそうに俯いてしまった。

 しばらくして、骸井へと視線が集まる。

 当の骸井は、腕を組んでめんどくさそうに口を開く。

「骸井九だ。正直、成り行きで参加しているから、今の所あんまりモチベーションが無いが……まぁ、言われたことはやろうと思っている。以上だ」

 骸井の自己紹介が終わって、しばしの沈黙があった後、神下が口を開く。

「じゃあ、まず現状確認と作戦の共有をしようかな。まず……この学校に悪霊が出て、そいつが悪さをしているという連絡が入りました。なので、まず下調べとして俺一人で近辺調査を行いましたが、全くと言って良いほど何にも手掛かりが掴めませんでした。

 なので、この件を危険度ランク一から二へと引き上げて応援を呼ぶことにしました。そこで、手が空いていて頼りになる人材がいないか探した結果、選ばれたのが新井リコ、リタ、そして、知り合いのツテでたまたま来てくれることとなった骸井九。

 この四人が潜入調査として形式上この学校に生徒と先生として入ることになりました。今回の目的は悪霊の完全除去と邪気払いの結界展開、その両方の原因究明と報告になります。……以上が今回の手短な概要って感じかな?」

「はい」

 静かに聞いていた背の小さい方こと新井家長女――新井リコが手を挙げた。

「はい、リコさんどうぞ」

「あたし達幽霊の除霊方法とか知らないんだけど、それって教えてもらったりとかはないの? って言っても勉強とかマジで〝無理〟……なんだけどさ」


「えー、後で渡して説明しますが、新井リコさんの場合については単純明快。特殊な素材の数珠を持って、その手で殴り倒せばオッケーという簡単なお仕事だね」


「はっ――え、マジ!?」

「本当。リコさんの能力だったら、下準備なしで暴れちゃっても大丈夫かなって感じ」

「それだったら馬鹿なあたしでもできる! うおぉー! なんかテンション上がってきたー!」

 勢いのまま椅子から立ちあがって、腕に力を込めながら小さなガッツポーズで叫ぶ新井リコ。

「あの、わたしはどうすればいいんでしょうか……」

 小さくなっているが、背は高い方の新井家次女――新井リコはおずおずと質問した。

「リタさんと骸井君にはめんどくさいけど儀式的な除霊方法を教えるよ。これなら、攻撃に特化した能力を持っていなくても幽霊を払えるからね。じゃあ、教えるけど……もしものために一応リコさんも聞いておきますか」

「分かった!」

 新井リコは威勢よく返事をした。

「はい! ではまず、幽霊を視認出来るかどうかだけど、「原存」であれば難なく視認できるはず。絶対的かどうかは置いておいて、知っている限り俺の知り合いの「抽象原存」も「具体原存」も皆見えるから、そう仮定して次に進むとして……。

 最初の工程はまず、空間を規定して逃げ道をなくすという手順を施す、いわゆる結界を作ってあげる。対角線上になるよう四方向に、出来れば東西南北に合うように貼り付けてくれると、それだけで効果が強まるのでご参考までに。これで、幽霊を閉じ込める簡易的な結界を張れる」

 骸井が口を開く。

「四方向に貼らなきゃにせよ、そんだけで結界が作れるもんなのか? 意外に簡単だと逆に怪しいけど」

「このお札には、あらかじめ代々口伝の強力な呪詛思念を唱えてある特注品だからね。その分、量産できるものじゃないけれど、速攻で使えてかつ強力な代物だから大事に使ってくれると、じいちゃんも喜ぶよ」

「そうなんですね……それを聞いちゃうと使うのが少し躊躇われるというか、何というか……」

「あ、そんなこと考えないでいいよ! 大事なのは札の無駄遣いよりも危ない目に遭わないようにする事だから、もったいぶらずに使ってね」

「ここまではあたしでも使ってよさそうだな!」

「うん。むしろここまでは誰が使っても損がないからね! あとそれと、まだ、下準備しなきゃで……」

 そう言って神下は、席を立ちロッカーに入っていたリュックから数個何かの道具を取り出して、また席へと戻って来る。

 そして、そのいくつかの道具を机の上に並べた。

「あ、これがさっき言ってたお札ね」

 神下はいくつか並べた道具の中にあった長方形の紙の束を持ってそう言った。

「何か気になるものはあるかい?」

「これは何でしょうか?」

 リタが黒と白のグラデーションでできた数珠っぽいものを指してそう言った。


「これは幽線合致ゆうせんがっちの数珠だよ」


「あ、怪しい……」

 新井リコは長身ながらに小さく警戒した。

「別にこれを高値で売りつけるとかそんなことはしないよ? どうせ生まれつき霊媒の能力がある人か、原存の能力が使える人にしか意味ないし……えーっとね、これを付けると幽霊の存在している世界と、この世界との乖離を近づけることができて、その状態で能力を使うと霊力が自身の能力に伝播して幽霊にも届くようになるんだ」

「凄い代物ですね、それ」

「でしょ? 全然怪しくないでしょ?」

「それは、まだ分かんないですけど……」

「そんなぁ~」

 ふと、骸井の頭の中に単純な疑問が浮かぶ。

「さっきから聞いてて不思議だったのだが、神下家って何をしている所なんだ?」

 それを聞いて、新井姉妹も同意する。

「まぁ、確かに普通じゃない」

「そうですね……幽霊に詳しかったり、原存わたしたちに詳しかったり」

 骸井と新井姉妹がそう言うと、神下は少し困ったような笑顔で後ろ頭をかく。

「この事は別に誇れることでもなくて、寧ろ、普段はあんまり口外したくないことではあるんだけど、君たちはそこらの人間とはワケが違うからね。……察しているとは思うけど、家業が霊媒とか除霊を専門にしていてね。それに関連して神社とかも運営したりしてるけど、まぁ、それは表向きで。実際は君たちみたいな原存関連のことだったり、今回みたいな表向きでは大きな声で言いにくい依頼を受けている会社みたいなものだね」

 その言葉のお尻に「ほぼ家族経営に近いけど」と付け足して、神下は弱く笑った。

「今はそんなことよりも、だ! さぁ、続きを話そうか……えーっとどこまで話したっけな」

「数珠のところまでですね」

「あぁ、そうそうそうだった……最初にお札を張って、数珠を付けてもらって、そこからだったね。リコさんはこっから存分に殴り合ってもらって……よし、こっからが本番だ」

 そう言って、机の上にある道具の中でも一際異彩を放っている道具を取る。

「これは一見、習字に使うただの太筆だが、実際は全くもって違う。何故なら……」

 神下は紙コップに市販の墨汁を注いで、軸も毛も何もかもが漆黒でできた筆の毛先に墨を付ける。

 そして、コップの縁で毛先を整えて、そのまま真っ白なソファーの背もたれに一文字の線を思いっきり引いた。

「ふへっ!?」

 咄嗟に声が出たのはリタだった。せっかくの綺麗な白を墨で汚し始めたその行動は、新井リタが描く神下冬太郎像の想像を超えた奇抜な行動だったのだろう。

「……あれ」

「え、黒くなってないじゃん! すご!」

「骸井君はちょっと知ってるかもしれない。この筆はある特定の墨に付けないと色が乗らずに吸収してしまう代物なんだ。そして、その墨っていうのがー……」

 神下は再びリュックの下まで行き、何やらどす黒い液体が入った瓶を持ってきた。

「よっと、これだよ」

 表面に一枚のお札が貼られている以外は特に普通の、どこにでもあるような透明の瓶に、禍々しいほど真っ黒な液体が入っている。

「まぁ、今日は本番じゃないから普通の筆に水を付けてやってもらうので、実際にこれは使わないんだけどね。でも一応見てみたいかなって思って」

「神下……」

「何かな?」

「いや、何でもない」

 骸井は言いかけた言葉を口の中で咀嚼し、そのまま飲み込んだ。

「そう? 聞きたいことあったら何でも聞いてね」

「あぁ、分かった」

「……じゃあ、除霊の儀式について話すね」

 神下は小さく微笑みながら、楽しそうな表情でそう言った。

 それを聞いたリタは「チョットマッテクダサイ!」と、何故かカタコトなイントネーションで制止しながら、自身のカバンまで走ってゆき、メモ帳とボールペンを持ってから、再び席へと戻ってくる。

「準備はいいかな?」

「はい、大丈夫です」

「……いわゆる魔法陣って言ったら分かりやすいかな? まず、自分自身を真ん中として、囲む形で大きな円を描く。次にその半分の大きさの円を内側に描く。そして、最初に説明した四方にあるはずの札の位置を確認し、その方向の円周に点を四つ置く。まず外側の円で隣り合っている点同士を結んで四角を作る。また、同様に内側の円でも結ぶ。……ここまではいいかな?」

 容量が良いのだろう、神下の言葉を聞きながらスムーズに図に起こしていたリタは、神下の返事に対し、真剣な表情で頷いた。

「オッケー……じゃあ、次を話すね。そして、描き終えた魔法陣から大きく動かないようしながら、北の方角が正面になるように体の向きを回転。それから正面に『ネカン』と唱え、次に西の方向に回転して『ダトリ』と唱え、次は南の方向に回転して『リウマ』、そして、最後に東の方向に回転して『ウシン』と唱え、最初に戻って北を向く。それが終わったら悪霊のいる方を向いて『悪霊退散、悪霊退散。悪を払いて天へと召したまへ』……と唱える」

 そう言い終えると、神下は小さく「ふー……」と一息はいてから、ぬるくなり始めたダージリンを一口含んだ。

「まぁ、本当はもっと細かい所作とか慣例に従った、いわゆる〝儀式!〟って感じにやるんだけど、今回に関しては⦅凶悪な大悪霊⦆ってわけでもないだろうから、特に重要じゃない細かい所は省いたよ。だからまだ覚えられる範囲かなって気がするけど、実際のところどんな感じかな」

「これってその、メモ見ながらやってもいいんですかね?」

「全然良いよー、最初からバッチリ覚えて全部暗記でやっちゃう人もいるけど、みんながみんなそれやられちゃ、俺たちの仕事無くなるからね……とりあえず、弱めの悪霊の除霊から始めるから段々覚えていってくれたらいい」

「ありがとうございます! なるべく早く覚えられるように頑張ります!」

「よし! 良い意気だ!」

 そんなやり取りをわき目に、さっきから静かだったリコが骸井の下へと(こそこそ)やってきて、耳元で小さく「難しいことはあいつらに任せて、あたし達はあたしたちなりにやっていこうぜ……兄弟!」と、肩に手を置いて、サムズアップとともに、仲間を見つけた時のいい笑顔を向けたのだった。


 ――――――………………


 その後、神下とリタ間でいくつかの質疑応答があったり、リコが骸井に対して「宿題の答えを見せろ!」としつこくせがむ一幕があったりしてしばらく。

「はい! まぁ、学校生活も除霊に関しても、始まってみないと分からないことがたくさんあるだろうから、頭の整理の為にも今日はこれくらいにして、一旦お開きにしようと思うけどどうかな?」

「了解!」「はい、分かりました」「……あぁ」

 各々が各々の返事をしてこの顔合わせ会はお開きとなったのだった。

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