幽刻時の鐘が鳴る 〈へ〉

 教室に戻ると水拭きに乾拭きを重ね、隅々まで綺麗になっていた。

「お前たち、ありがとね」

 隅で待機していた下級幽霊達は、再び風船のように萎んで小さくなっていく。

 骸井と白井はソファーとパイプ椅子に腰掛ける。もちろん、ソファーが白井でパイプ椅子が骸井である。

「九ちゃん、入学してからここまで、約八か月あったけどどう感じたかしら」

「振り返れば、学びになることも後悔することもあった。そういう点で言えば、良い経験になったと言えるだろう。これが個人的な感想。そして、実際の話をするとすれば、この学校というのか土地というのかにこびりついた違和感を完全に拭いきれたかと言えば、いまいちな気はするかもな」

「それについては私も同じ意見だわ。しかも、これは多分、霊のじゃない。霊の残影は昨日で綺麗さっぱり無くなっているから。ではこれは何なのか」

「白井君は祠に行った事あるか?」

「一度だけ。社長と共に海辺の祠に行った事があるわ」

「そこでの雰囲気とここの雰囲気に似たところはあるか」

「うーん……原存が封印されている祠はそれぞれ違うと社長から聞いているの。だから、雰囲気が同じだからと言って、ここに誰かが眠っていると言えるかは微妙、というよりその可能性は低いと私なら考えるわ」

「そういうものか」

「そういうものよ。ただ、もう一度ここに来る事になる可能性なら高い、と私は考えるわ」

「まぁ、規格外の悪霊が何の跡地でもないただの学校に何の前触れもなく現れたんだ。偶然で済ませるのもおかしい。後で誰かが派遣されるか、他の奴が嗅ぎ付けて調査するだろうな」

「そうね。今すぐどうにかできることじゃないだろうから、後に任せるとしましょうか」

 ここで、あ! と何かを思い出したように白井の声が漏れる。

「九ちゃんに渡したいものがあったんだ」

 白井はそう言うと、再び胸元の隙間に手を突っ込む。

「お前の谷間は異次元空間なのか」

「九ちゃんも手を入れてみる?」

「遠慮する」

「そう」

 白井はそう返事されると思っていたような反応で、特に意に介さないまま胸元から数枚の紙きれを骸井に渡した。

「これは?」

「幽霊文字って知ってるかしら?」

「あぁ、JISに登録されているけど、誰がどういう由来で登録したかが不明の文字か」

「……千年も封印されてた割に詳しいわね」

「僕もそれに関して不思議に思っているのだが、どうやらこの千年間、定期的に情報を共有してくれた誰かがいた、ということだけは覚えているけど、それが誰かは分からない」

「へぇ……うん、不思議な方がいたのね」

「それで?」

「その不特定で奇妙な文字を、九ちゃんの能力で発現してほしいと思って」

「またどうして」

「ん、ちょっと気になっちゃったの!」

「全く……なんでおんなじ気持ちなんだろうな」

「やっぱりね! ほら、やって! やって!」

 わざとらしく子供みたいに催促をする白井と、

「ったく、しょうがねぇな……」

 わざとらしくその父親みたいなイメージで返事をする骸井。

 そして、骸井は白井から渡された幽霊文字「挧」を、人差し指と中指の間に挟んで能力を発動した。


伴露字はんろじ


 ――――――………………


 この後、二人がどうなったのか。

 それは誰にも知りえないことであったが、後に骸井はこの件に関して、何かを後悔をすることはなかった。

 ただ自分の不甲斐なさを感じて、同時に嬉しくなっただけだった。


 そして。


 ――これが、骸井九の封印解除から二年後の出来事である。


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