幽刻時の鐘が鳴る 〈ほ〉
悪霊を倒した後、骸井と白井は職員室へと向かっていた。
「依頼した幽霊はこれで祓われました」
「そうですか、そうですか。いや、ありがとうございます。報酬に関しては後日振り込みますので、今日のところは帰ってゆっくり休んで下さい! 長い間調査から除霊までご苦労様でした」
そう答えたのは除霊を依頼した当人、北上川高校の教頭先生であった。
「ではお言葉に甘えて、教室の片付けなどは明日やらせていただきますね」
白井は丁寧な口調でそう言った。
「はい、よろしくお願いします」
「では」
――――――……………―
結局、能力を使用した後ということもあって、骸井も白井も精神が削られていて何をするにも手がつかなかったので、さっさと帰宅して後日。
一夜が明けてお昼過ぎ、昨日ぶりのあの教室に骸井と白井はいた。
「じゃあ、片づけましょう」
「本とかソファーとか戻しておくから、君は埃とかゴミを片付けてくれ」
「分かったわ」
二人は各々分担をし、手分けをして教室の復旧作業を始める。
「……関係ない生徒が間違って近づかないように誘導していた間に、私の方が教室に入れなくなったのだけれど、何があったか教えてくれないかしら」
「それを聞きたいのはこっちの方だ。何故、君ともあろうものが入ってこれなかった? 相手は一幽霊で、君はその本家大本で総本山――幽霊原存だっていうのに」
「九ちゃんも気づいたと思うけど、彼女、怨霊化していたでしょ。それが大きな要因だと思うわ」
「怨霊化……だからあいつの出した結界を突破できなかってことか」
「簡単に言えばそうね。九ちゃんも普通の幽霊じゃないことにはすぐ気が付いたでしょ?」
「まぁ、そりゃあ、あんなに強い幽霊がそこら中に居たら今頃、日本は魑魅魍魎で住めやしないだろうから、これが特殊なケースの幽霊だと判断したけれど……まさか、あんなに強力な能力を使ってくるなんて思わなかったし、君も入ってこれない程の結界を張れるなんて、思わず陰陽師か呪術師、霊媒師の幽霊かなんかだと疑ったぐらいだ」
「このことを知らない人の方が多いから安心して」
「まだまだ知らない事だらけなんだなって思い知らされるってもんだな」
「……そうね」
本棚の半分が埋まり、埃が辺りを舞う。
頃合いだと思い、骸井はこの事件の顛末を白井に話した。作業をしながら、まるで何ともない日常のように語った。
「……ふーん。探してもなかなか見つからないものって、案外向こうから近づいてきたりするものなのかしら」
「だとしても、あいつがお前の名前を名乗った時は本当に驚いた。もしかしたら、こっちの事情を全部知っているんじゃないかと警戒したが、そんなこともなかったらしい」
「それは……私が幽霊原存ということと関係あるのかしらね」
「むしろそれ以外に何がある」
「そうかしら? きっかけは幾らでも、どこにでも落ちているものよ」
「じゃあ他に心当たりがあるのか?」
「んん? ないわよ」
「……だろうな」
言ってみたかっただけよ、とほうきを持った白井が楽しげに笑った。
そうやって雑談をしたり、黙々と集中して掃除をしたりして、ようやく本棚が埋まり、ずっと続いていた埃のスターダストの勢いはようやく落ち着いてきた。
「ふぅ……あとは雑巾がけして終わりか」
「はぁ……めんどくさいわね。足でやってもいいかしら?」
「いいわけないだろう……そんなに嫌なら下級霊にでもやらせたらどうだ」
「それ良いアイデアね! あとは下級霊達に任せて、私達はちょっと休憩しましょ」
「あぁ。ずっと埃っぽい場所にいたから喉がイガイガするし、散歩がてらに自販機の方まで行くか」
「そうね、そうしましょ」
そう言うと白井は、ワイシャツの胸元に開いた隙間から小さい風船みたいなものを五、六個ぐらいポイポイと投げた。
「じゃあ、あなた達後はお願いね」
その風船はむくむくと膨らんで腕らしきものを形成したあたりで、骸井と白井は教室の外に出て扉を閉めて鍵をかけるのだった。
――――――………………
ピッ、ガシャン!
自販機がブラックの缶コーヒーをはきだし、それを骸井が拾って白井に投げる。
「ありがと」
骸井は水を買って白井が座っているベンチに近づき、ベンチ近くの壁にもたれてさっき買った水で喉を潤した。
「あ、そうだ九ちゃんに言わなきゃいけないことが」
「なんだ」
「今度、山の方なんだけど、その都合で私の別荘に泊まることになったわ」
「ん、なんでそれを今言うんだ?」
「貴方も一緒に来るのよ」
「おい待て、そんなの一切聞いてな――」
「当たり前じゃない。だって……私が決めたもの」
「君……上司だからと言って、そんな裁量を超えた決定に強制力があると思っているのか? 無論ない。だからその依頼は断る」
白井はブラックコーヒーを一口流し込み、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「それは出来ないわ……ごめんなさいね。これは私の私情と温情と独断で受けた依頼だから」
「……それでも断ると言ったら?」
「それは出来ない……いや、しないわ。だってそうすれば九ちゃんは、長い時間をかけて助け出してくれた恩人を裏切ることになる。そう、恩義を無為にする覚悟と性格を持ち合わせていない。だから貴方は絶対に断らない」
「それは脅しか?」
「違うわ。これは言ってしまえば甘えよ。私達は貴方に甘えないと前に進めない。だから、私達は頼るのよ」
「……」
骸井はもし喫煙していたのなら、今一息吸って煙を吐いているのだろうと思った。
その代わりなのか、お互いに持っている飲み物を一口含んで飲み込む。
「それと、九ちゃんが今住んでいる会社払いの借家から引っ越して、今日から私と一緒に住んでもらうことになったわ」
「おいおい、それはさすがに甘えすぎてないか?」
「多分、今頃、九ちゃんの部屋から荷物を全部運びだしたころかしら。あー、安心して! 私のお家自慢じゃないけど結構広いし、空いてる部屋もたくさんあるからね」
「そういう話じゃないだろう」
「あら、何か気に入らないことでも? あ、理由が知りたいのかしら」
「……そうだな。それでまだ納得できるかもしれない、という余地はあるかもな」
「それはね……私が九ちゃんと住みたいから」
大人っぽい白井有栖が、無邪気で暖かくてまん丸な笑顔を浮かべて、そう言った。
骸井は一瞬だけ動揺したが、すぐ冷静になって返事をする。
「……その欲望に忠実な所があんたの美徳なんだろうな」
「無理を言っているのは分かるわ。貴方を自由にしてあげたいって社長は思っているだろうし。でも、私はそうはしない。私の手が届く範囲にいて欲しいからそこに縛るの。だって私はわがままな女だから」
「……それは甘えか?」
「ふふっ、どうかしらね」
その言い方だと、さっきのやり取りからして「脅し」ってことになるがそれはいいのか、と骸井は疑問に思った。
「……まぁ、いい。今は大きな目的や使命、やりたいことがあるわけじゃない。少しの間一緒に居ても取って食われやしないと思っていいなら納得してやるさ」
「あら、取って食べちゃダメなの?」
舌なめずりをするその表情に恥じらいなど何もなかった。むしろ、前のめりに高揚している捕食者の目をしていた。
「……冗談だよな?」
「ふふっ、はははっ! ……そろそろ教室戻りましょうか」
笑ってごまかしたのか、含みを持たせたかったのか、明確な返事を提示することなく白井は席を立って歩き出した。
そして、骸井はというと、成り行きでしてしまった返事を取り消した方がいいんじゃないか、という葛藤に苛まされながら、白井の後を付いていくことしかできないのだった。
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