幽刻時の鐘が鳴る 〈ろ〉
「えーっと、放課後になったら大体、いつもここでこうやって過ごしてる……かな」
お茶を出してくれた
「そうか。……そういえば思ったのだが、なんで部室に電気ケトルが置いてあるんだ?」
「あー、これはアニメとか見てて、なんかお茶淹れたりするの良いなって思って、先生に許可貰って置いてみたんですけど、その、使う前にみんないなくなっちゃいまして……」
「……ズズッ」
聞いた当人のはずなのに興味なさそうに文庫本へと目を滑らせながらお茶を啜る骸井。
「え、聞いたのそっち、だよね?」
「……今日は寒いな」
「えぇ……」
白井有栖は困惑しながら電気をつけた。LED蛍光灯が部屋を白く照らす。
そして、骸井と机を挟んだ向かいの椅子に座る。
電気ヒーターの心許ない温風で一向に暖かくならない部室の中、なけなしのお茶を飲み、暖をとる。
季節は冬。
まだ雪は降っていない。
「そういえば、明日めっちゃ雪が降る……らしいですよ」
「そうか」
骸井は文庫本を閉じた。
「……お前が一人になったのはいつ頃だ」
「え、あ! えーっと一か月ぐらい前かな?」
「先輩は何人いた?」
「二人」
「同級生は?」
「三人」
骸井は足を組んで、深くソファーに背を持たれて腕を組む。白井有栖はそれを見て不安そうに小さくなった。
「思い当たる原因はあるか?」
「いや、よくわかんないです」
「……ちょっと部室を見て回ってもいいか?」
「うん。大丈夫」
骸井は立ち上がり、伸びをしながら首や手首を回して音を鳴らす。
まず向かったのは様々な本が並んでいる本棚の前だった。
上から下までじっくりと目を通しながら、何か要素があるか思案しながら眺めている。
「全部で大体百五十冊ぐらいか。ジャンルバラバラで純文に恋愛にSF、はたまたホラーとか歌集とかノンフィクションまで」
「この文芸部もわりかし歴史があるみたいです」
「まぁ、あるだろうな。でもな、背表紙に焼け方にムラがないのが引っ掛かる。決して新品ではないのは分かるんだが、かと言って古本ぐらいまでいくと言い過ぎな気もするというか……」
「時々、本棚に布をかけているの見たから、そういうことかも」
骸井は白井有栖を一瞥して一考する。
窓の外を見れば空が薄紫色になっていて、夜が帳を下ろしている。
「そいつらがいつ辞めたか覚えているか」
「それは二ヶ月前です。文化祭の一週間後ぐらい、だったかな」
「何か前触れは?」
「分かんない」
「文化祭が終わってすぐ、ね。……なぁ、お前たちは文化祭なにしたんだ」
「え、文化祭? ……文化祭好きなの?」
「別に好きじゃない。単なる事情聴取だ」
「そ、そう……文芸部は毎年文集を出しているの。だから去年と同じように文集を出したよ」
「見せてくれ」
「いいよ」
白井有栖は席を立ちあがり、本棚の下に置いてあった段ボール箱を開けて、一冊の冊子を取り出した。そして、それを骸井に手渡した。
『旬か集と兎 44号』
表紙をめくると目次が現れる。
『水溺』、『合わせ鏡』、『黒の魔法陣結界師』、『首切カッター』、『鮮血』。
そして、最後にあとがき。
カッターに魔法陣に血。
パッとタイトルを見た時に何となく傾向が似ていて、重度の中二病患者が在籍していたのかもしれないと骸井は思った。
「これほどまでに読む気が起きないタイトルは初めて見たな。こういう類で成立するのは大賞を取った作品か、もうある程度内容が保証されていて一定のファンがついている作家でなければならないだろう」
「厳しい意見」
「そうか?」
骸井は五つの作品群に全く目を通さずに飛ばしていく。
そのページを弾く風圧で前髪が少しはためく。
最後のページ。
そこにはあとがきが書いてある。
『騙してごめんなさい。でも、私が存在するにはこうするしかないんです。文芸部があったのは五年前まで、今はもう廃部になってます。……罪悪感はあります。なので、お別れする前には必ず伝えるようにしています。あなたの命は大切にします。 白井有栖』
骸井は手に持っていた文集を閉じた。そして、瞳も閉じた。
部室を取り巻く空気が強く冷える。
鋭く、冷たく。
夜が完全に帳を下ろした。
天井からぷつりと小さく音が聞こえて、辺りが真っ暗になる。
氷のように冷たく、雪のように柔らかい手が骸井の首にかかる。
「恨まれても仕方ありません。恨めし屋さんなので。……最後に言いたいことは、ありますか?」
「……」
骸井は何も言わずに動かない。白井有栖は心を決めて手に力をこめる。
「ふぅー……ごめんね」
――
白井有栖の指先が骸井の首を透けて沈む。
そして、そのまま第一関節、手のひら、手首と沈んでいき……。
そのまま何かを掴むこともなくするりと通り抜けた。
「え……?」
「心配するな。恨めしいことなんか何にもないさ」
その言葉と共に骸井の首がゆっくりと傾いてゆき、そして、地面へと落下した。
ごとり……。
白井有栖は後ろに飛び上がりながら、咄嗟にその首を見た。
その顔には油性ペンでへのへのもへじ、と乱雑に書いてあった。
そして、体だけとなった骸井九の首あたりからぬっと頭が生える。
そのまま骸井がソファーから立ち上がり、首や背中をグッと伸ばしてストレッチしながら部屋の電灯スイッチまで歩く。
「んん……っと。君、強いな」
白井有栖の見据える先には、瞳に
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