第84話『勇者一行ってみんなそんなすごいの』

 声に振り返るとハヤがいた。

「うん、今キヨ手伝ってコウが船室に入ってて」

「そんで出てくるの待ってんの? 好きにヤらせてあげればいいのにー」

 好きにって何してると思ってんのさ!

 ハヤは「急かすと気持ちよくなれないじゃん」とか言ってる。それどういう意味だよ。っつかショラがいるってのに。俺は無言でハヤを睨んだ。伝われ。


「ま、でもあの狭いベッドじゃ混ざるわけにいかないよね。こんなとこで聞き耳立ててるのも野暮だし、ちょっと僕にお茶でも入れてよ」

 厨房の人だよねと、ハヤはショラの腕を叩いて促した。

 全っっ然伝わってなかった。でもショラは断る理由もなかったのか、そのまま船室を離れた。


 キヨたちは気になるけど、俺だけ船室に入るのも不自然だよな。でもハヤたちを見たら、俺に構わず下層へ行ってしまった。

 あれ、俺を呼ばないのって、もしかしてショラを隅々調べるって言ってたヤツか? それか中の様子を確認してほしいとか。

 俺はしばらく船室の扉を眺めていたけど、考えてもわからないからハヤたちを追うことにした。


「おっと、ごめんよ」

 唐突に振り返ったらすれ違おうとした船員とぶち当たった。見上げたらカソルラだった。

「俺も、ごめんなさい」

 カソルラは笑って応えた。それから船室を指さす。

「彼、大丈夫?」

 万年船酔いって感じです。俺がそう言うとカソルラは苦笑した。

「普通はそれでも何日か乗っていれば慣れるもんなんだけど」


 たぶん昨日ハヤの魔法で無理矢理酔わないようにしたから、それで余計に慣れられなかったんじゃないかな。ハヤの魔法かけてた間もその前の悪心が取れるまで苦しんでたから、結局船に乗ってからまともな体調だったことが無い。

 カソルラは甲板へ出る方へ歩き出したから、俺もなんとなくついて行った。


「この船、明日にはグースドゥアールに着くんだよね?」

「ああ、いい風が吹いてるから早いかもしれないな」

 そっか。そしたら犯人を見つけるまでにあと一日くらいしかないのか。なんとかなるのかな。

 俺たちは揃って甲板に出た。カソルラはそのまま上甲板に移動すると、脇に抱えていた箱を置いた。


「この船って大きい方なの? 小さい方なの?」

「この船は中くらいかな、軽く作られてるから船員の数もそこまで必要じゃないし、風に乗れば速い。逃げ足に特化した造りだね」

 なるほど。あのモンスターを考えると、逃げ足って重要だ。

「これってエメリ船長の船?」

「まさか、船長以下船員はみんな雇われだよ。君のところの人が雇ったんじゃん」

 あ、シマのことかな。シマじゃなくて、シマのお兄さんになるんだけど。

 俺はわかんない振りして大げさに首を傾げた。カソルラにはそれで何となく通じたっぽい。……いいんだ、たまには子どもの振りだってするのさ。


「船は君のところの人の持ち物だよ。俺たちは雇われて、その船を運行してるだけ」

「じゃあ、カソルラが乗る前からこの船はいろいろ航海してたんだ」

 カソルラは「そうだな」と言いながら箱を開いた。なんかいろいろ器具が入ってる。俺は箱を覗き込んだ。

「前にも乗ったことある?」

「いや初めてだよ。でも結構いい船だよね」

 カソルラは言いながら器具を組み立てる。

 俺たちが寝てる船室はあんなだけど、あんな感じでいい船なのか。別に客船じゃないから普通なのかな。

「そういえば、船長すごいね。あんなモンスターを回避できるなんて。あんなのにぶち当たったら船なんて一発で終わりじゃん」

 カソルラは器具を操作しながら、チラッと笑った。


「ああ、俺たちは船を航行することしかできないから、モンスターに襲われたらそれこそ一巻の終わりだよ。だから乗る船を選ぶ時は、予算が潤沢で安全な結界を約束されてる船か、長くこの仕事をやってるエメリのような船長がいる船を選ぶんだ」


 長くやってると、経験豊富ってことなのかな? 俺が首を傾げているとカソルラは面白そうに笑った。

「あのモンスター見ただろ、運だけじゃ生き残れないから。長くやってるってことは、長くやれる能力があるんだよ」

 そっか、そしたらエメリがあの年まで船長を任されるのは、モンスター回避に絶対の信頼があるってことになるんだな。すごいな。それってどういう力なんだろ。


「船長に聞いてみたことがあるよ、そしたら『嫌な予感がするだけだ』って言われた」


 魔術師とかじゃないから、そこ掘り下げないのか。でも才能だから誰かに引き継げるわけじゃないし、しょうがないのかも。

 時々船の近くを小物のモンスターが通り過ぎることがあるけど、そんな時も向こうが気付かないならスルーしろと言われた。せっかく倦厭の結界が効いてるのに、わざわざ気付かせて襲わせる必要もない。船の航行はゴールドを稼ぐためのものじゃないのだ。

 カソルラはカラカラと鳴る風車を回したりして、何かをメモしていた。


「みんな船に乗る時はそうやって選ぶもんなの? 俺は船長が選んでるんだと思った」

「俺たちは応募の段階で選んでるって感じかな。その後船に乗れるかどうかは船長が選んだりするけど、その辺は雇い主が用意しちゃうこともあるし。エメリは自分で選ぶ人なんだ」

 そしたら本当にエメリが選んだ船員の中に、魔導士を襲った人がいるんだな。いい船長が選んでるだけに、なんだか複雑。


「でもそんな人気の船長だったら、みんなエメリの船に乗りたいじゃん。どうやったら選ばれるの?」

 カソルラはちょっと考えるように視線を上げて、「評価基準かぁ」と言った。

「俺みたいな航海士や操舵士とか、何らかの技術が必要なのはやっぱ経験とかかな。基本作業の水夫だと経験もだけど、荷運びしてたとか体力的なのでもOKは出る気がする。あとは船酔いしない人」

 俺とカソルラは顔を見合わせて笑った。キヨには絶対無理だ。


「船には医者がいないからね」

 え、医者がいないの? 白魔術師も? そしたら病人とか怪我人が出たら大変じゃん!

「医者はおかでも貴重だろ、陸で稼げるのにわざわざ危険な船に乗るヤツなんていないよ」


 ……そうだ、そうだった。ハヤがモグリの医者をやるのは稼げるからじゃない、お金のない人たちがちゃんとした医者にかかれないからなんだった。

 その上で、腕がいいからお金持ちが来ちゃったりするんだけど。問題があると困るから免許が必要な職業だけど、その免許だって簡単に取れるもんじゃない。

 そしたらあの魔導士、やっぱり最初から助からないつもりで襲ったってことになるのでは? チート級のハヤですら難しい処置だったことを考えると、医者がいないのが普通の船上では諦めるだけだったはず。


「じゃあ、ルカは運がよかったよね」

 俺がそう言うと、カソルラはにっこり笑った。

「ああ、そうだな。白魔術師崩れみたいな船員がいないこともないみたいだけど、その程度のが助けられる感じじゃなかったもんな」

 それって星読みの里のマフレズみたいな感じなのかな。冒険者として旅を始めたけど、向いてなくて結局辞めてしまったみたいな。ギルド登録をしてないんだったら、誰が魔術師崩れなのかはわからない。


「魔術師崩れでも、医者がいないんだったら貴重だね。俺も前に旅で会ったことがあるよ。小さな里で医者代わりに働いてた」

 魔法での処置は見なかったけど、知識があるだけでも違うだろうし。でもカソルラは器具を分解して片付けながら首を傾げた。

「人づてに聞いた話ではあったけど、魔術を使ってるところは見たことないんだよな。だからホントかどうかは知らないんだ」


 あ、そうなんだ。そしたらホントにそこまでの魔術師じゃないのかもな。冒険者を辞めてギルド登録も必要ない程度の魔術師ってことだし。

 それがスベルディアくらいを指すのだったら、申し訳ないけど全然って感じがしちゃう。ハヤやキヨレベルに慣れてると。


「それにしても君のところの白魔術師はすごいね、呪文使わないで回復魔法使うのなんて初めて見た」

 あの人たち、国家戦略クラスのチートですから。全然そういう風にしないけど。カソルラは国家戦略の言葉に驚いて俺を見た。

「勇者一行ってみんなそんなすごいの」

「そんなことないよ、あの人たちは別格」


 俺がそう言った瞬間、船がぐいーーっと左へ傾いた。うわうわ!

 慌てて手すりを掴むと、大波と共に船の右舷に小山みたいに海がせり上がってきた。あれモンレアルの冒険にあったヤツ! くじらのバケモノ!


 ほぼ船サイズの巨大モンスターは海上に顔を出すと明らかにこっちを見た。見つかった?! 船は波を乗り越えたけど、帆がはためいてしまって風を掴みきれていない。カソルラは甲板に走り出した。


「シュレシュタヴィエトル」


 唐突にものすごい突風がくじら目がけて吹き出した。くじらは変な風に凹みを作って、一瞬耐えたのちに盛大に吹っ飛ばされた。耳をつんざく悲鳴のような音が聞こえる。あれ、キヨ!?

 キヨの周りには光の粒が渦巻いていて、甲板から浮いてるように見えた。


 キヨが腕を開くと、キヨの周辺に小さな魔法陣がモンスターに向かっていくつも描かれた。え、あんな魔法見たこと無い……

 魔法陣の赤い光が最大限まで明るくなったところで、キヨがモンスターに向かって腕を振ると魔法陣から真っ赤な炎の球がいくつも発射され、くじらに辿り着いた炎は連続して大爆発を起こした。

 すご……相手が巨大だからか、いつもの数倍はでかい魔法だ。無惨に破壊されたくじらの体はそのまま海に沈んでいき、キヨの光の粒がゴールドを拾ってキヨに戻る。

 あのサイズを反撃させず二ターンで倒したよ……


 あれって深海のモンスターってモンレアルの冒険に書いてあった。こんな至近距離に下から来ちゃったから、エメリでも避けられなかったのかも。マジでキヨがハヤの魔法解いてもらってて助かった……なんで外に居たんだろ。

 俺がキヨのところに辿り着くと、キヨは舷縁に手を着いて俯いていた。

「よかったキヨがいて! もう動いて大丈夫なの?」

 俺が覗き込むと、キヨはゆっくりと体を起こした。ん……?


「……吐く」


 そう言って、舷縁から外へ思いっきり吐いた。あー……

 ふと気付くと、隣にカソルラが立っていた。


「……黒魔術師もすごいね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る