第85話『こら眠り姫、起きないとキスするぞ』

 エメリは船長室で、再度俺たちに感謝の意を述べた。

 昼に出現したモンスターを撃退したことに関してだ。まぁ、今回も対応した本人はこの場にいなかったんだけど。キヨは自室で寝ている。


 あの時は、エメリが唐突に船長室を飛び出して行ったのに気付いたキヨが、モンスターの出現と気付いて出て行ったらしい。それで外に居たんだな。

 キャビンから出ればすぐあの甲板だし、そこまでは気力で出てこれたのかも。


「それで、捜査の件なんだが」

 俺たちを見回してエメリは言った。俺はハヤとシマを見る。

「まだ明確なことは言えませんね」

 シマは小さく肩をすくめてチラッとハヤを見た。

「犯人が証拠隠滅をはかるとは思ってないけど、船長含め船員の中の誰にも疑惑を持たれてないことを考えても、結構上手いんだと思う。だったら知らないでいてくれた方がいい」


 下手を打つこともないしと、ハヤは続けた。カソルラは複雑な顔をする。

 明確に騙されているわけじゃないけど、気付かせないようにできる人ってことなのか。一体どんなヤツなんだろ。

 この船には三十人くらいの船員が乗ってるって言ってた。俺が話したことがあるのは五人だけ。これじゃ疑惑も持てない。


「……船乗りなんぞ、みんな単純な連中だ。そんな謀ったり騙したりで犯罪を犯すようなのが仲間にいるとは端から思ってない。だが……それだから騙しやすいんだろうな」

 エメリがそう言うと、カソルラが少し悔しそうに「船長、」と言った。

「俺たちは人を助けるお告げの旅をしてるけど、残念ながら人の手による犯罪をどうにかしないとならないこともよくあって。だから……慣れてます」


 レツはちょっとだけ苦笑してそう言った。この前のクダホルドなんか、まさにそうだったもんな。

 知らない土地で、知り合って、いい人そうって思った人が、そうじゃなかったりして……俺たちはそういうことに慣れてきてしまっている。それでも人を信じて助ける旅をする。


 エメリはしばらく手元を見ていたけど、小さく頷いた。

「この船は、明日にはグースドゥアールに着く予定だ。昼間に予期しないモンスターが現れたことで早急に5レクス圏内に入るよう舵を取ったから、予定より少し時間はかかるが、それでも明日中には港に入れる」

 そう言って海図の端にある陸地を示した。

「それってつまり、それまでに犯人見つけないとならないってこと?」

 俺が小さく言うと、レツはチラッと笑って俺を見た。


 明日までに犯人を挙げることができるのかな。魔導士を襲った証拠とか見つけなきゃならないけど、だいたい魔導士が襲われたところを見た人はいないんだ。だからそんな証拠なんて無いような気がする。どうするんだろ。

「じゃあ俺は、またちょっと聞いてくるかー」

 シマは頭をがしがしかきながら扉に向かった。同時にレツも立ち上がる。

 するとノックの音がした。みんなが顔を上げると、薄く扉を開けてコウが顔を出した。

「ああ、団長、ちょっと来て」

 ハヤたちはちょっと顔を見合わせて、それからコウに着いていく。俺も一緒に船長室を出た。シマとレツはそのまま下層に下りていった。

 コウはキヨの船室の前に居た。


「ちょっとキヨくん診てもらえる?」


 ハヤはすぐさま船室に入った。

 扉から覗くと、ハヤが寝ているキヨに魔法を発動しているところだった。昼間にあのモンスター相手にいつもより強い魔法発動して、疲れちゃったとかじゃないのかな。

「それにしても吐き方が違う気がして」

 ハヤは診察する時みたいな光の魔法を展開し、時々口の中で呪文を唱えてるみたいだった。

 え、ハヤが呪文唱えるって、いつもの回復魔法じゃないのか? 診察だから?

 しばらくしてから温かい光は消えていき、ハヤは翳していた両手を下ろした。


「……今日、キヨリンの行動と食べた物を朝から全部教えて」


 え、キヨの行動? 俺たちは顔を見合わせた。行動って特に何もしてないような。

「ほぼ寝てただけじゃね?」

「あのモンスター倒したりしたでしょ、それ以外に」

 ハヤはキヨを見たままだ。どういうことだろ。

「朝は、コウのスープ飲んだよね?」

 俺はコウを見上げた。コウは頷く。

「他のヤツはパンとかだけどキヨくんにはまだ無理そうだから、昨日の残りを粥にして出した。一応昨日は食えてたから」

 うん、そんでそれは一応食べられてた。だからモンスター戦の後に吐いたんだと思うけど。ご飯の後は、俺と甲板で風に当たってたよな。


「その後にハヤに会ったじゃん」

「じゃあその前にコウちゃんに会ったってこと?」

 あ、そっか。ショラがキヨを運んで、船室の前でコウが来た。

「ショラがキヨをお姫様抱っこで運んだんだ。コウが見たらヤキモチ焼くかもだからって」

 コウに「見てた?」と聞いたら、コウは眉間に皺を寄せて「見てねぇよ」と答えた。それじゃ恥ずかしい思いしてキヨの運ばれ損だな。


「キヨくん、なんか調子悪くなったって言うから、上着脱がせて服緩めてしばらく一緒にいたよ。でも寝てれば大丈夫っつーんで、俺は仕事に戻ったんだけど」


 モンスターが出たのはそれより後だよな。俺がカソルラと一緒にいた後だし。

 モンスター戦の後、ゲロゲロ吐いたキヨはぐったりして今度こそまともに動けなかった。でも運ぶって言ってくれたカソルラを固辞して甲板に座ってたんだよな。座ってたっつーか、ロープの束に寄りかかって座ってるような格好だっただけだ。あれ、寄りかかるところがなかったら寝ちゃってたはず。


「なんか全然動けなかったから、逆に船室戻ったらまたモンスター来た時に困ると思ってたみたい」


 吐いたことで蒼白だったから、日光の下では余計ヤバそうに見えた。俺はずっと一緒にいたけど、そのうちモンスターの危険も無さそうってわかったから、

「俺がコウを呼びに行って、そんで運んでもらったんだ」

 コウは俺に頷いた。運ぶにしても仲間以外じゃ嫌がるし。


「俺はまた胃が空だろうから、スープ作って持ってきたんだ。でも全然ダメだった」

 水分と塩分だけでも摂らないと体に悪いってコウが言ってたけど、キヨは全然飲もうとしなかった。その内寒気がするとか言って、毛布に潜り込んでいた。

「それからは俺がついてたよ。なんかちょっと心配だったし、飯の仕込みは終わってたから」

 だから食ったのと行動はそれで全部と、コウは言った。コウは少し視線を落とした。

「時々吐きたがってたんだけど、それがなんか気になる感じだったんだよね。胃に何もないから吐けなかったし。落ち着いたから団長呼びに行ったんだ」


 ハヤはしばらく考えるようにキヨを見つめてから、ため息をついた。

「コウちゃん、ここは僕が代わるから仕事に戻ってくれて大丈夫だよ」

 コウはそう言われてちょっとだけ逡巡したけど、そろそろ夕飯時だからか「じゃ、団長お願い」と言って部屋を離れていった。


 コウがいなくなったので、俺は部屋に一歩入って扉を閉めた。

「キヨ、大丈夫なの?」

 ハヤはキヨに向いたままだ。それからさっきよりも深いため息をついた。


「何なのか全然わかんない。全然わかんないけど、キヨリンの症状はルカと同じ」

「えええ!」


 それってどういうこと? だって魔導士は誰かに命を狙われて毒を盛られたんだよね? 今日朝からほとんどキヨといたけど、誰かに毒なんて盛られてない。しかもキヨにご飯を持ってきたのは俺とコウだ。毒なんて盛るはずがない。

 ハヤはチラッと机の上のスープを見た。それからおもむろにスープに向かって魔法を発動する。……何、してるんだ?


「あ、なるほど、感知は無理だけど分析は効くんだ」

 ハヤはそう言って頷いた。分析?

「いや、これに毒を盛られたんだったら残ってるだろうなと」

 いやいやいやそれ持ってきたのコウだってば! そんなことするはずないじゃん!

「コウちゃんがそんなことするハズないけどね、でもコウちゃんが気付かない時に盛られたらわからない」

 それ……もしかして、それを確認するためにコウを仕事に送り出したのかな。


「キヨリンのが全然軽いけど、でもたぶんこれは同じだと思う。キヨリンがどこかでルカと同じ毒を摂取したんだとしても、たぶんごく微量。ただキヨリン自身が絶不調だからこんな風に出ちゃったんじゃないかな」

 ハヤは小さく息をついて腕を組んだ。

「微量だから盛られたって可能性は低いのかも……でもそしたらどこでそんなもんを摂取したのか……」


 それでキヨの今日の行動を聞いたのか。でもどこにも不自然な行動はないんだよな、行動範囲だって船室から上甲板までしかない。モンスターだって接近戦じゃなかったから、モンスターの影響も考えられないし。


「キヨが起きたら聞いてみるとか」

「ホントにね、こら眠り姫、起きないとキスするぞ」


 ハヤはキヨの額を指先でつついた。今は落ち着いて眠っている。ハヤはそう言ったけど、きっと処置して眠らせたんだろうな。

「ルカの方も、落ち着いてるの?」

 ハヤはしばらくキヨをつついて遊んでたけど、俺に向き直った。

「一応ね。今日キヨリンに言われて試すことあったのに、当の本人がこれじゃなー」

 ハヤは嘆くように天井を見上げた。っていうか、スベルディアの仮眠どうすんの。

「あ、そうじゃん。うーん……やっぱ起こすしかないのか……」

 ハヤは躊躇うようにキヨを見やってため息をついた。


「しばらくはこのまま寝かせてあげよう。そんで最悪、僕が頑張って仮眠中の結界を維持するしかないかな」

 そうは言っても、ハヤだって眠った方がいいのに。そしたら今から仮眠とればいいのかな。

「じゃあ僕もキヨリンの隣で寝ようかなー」

 そう言ってやっぱりキヨの頬をつついた。

「突っ込んでくれるキヨがいないと寂しいね」

「お子様は甘いな、寝てる間に既成事実作るって手があるんだよ」

 ハヤはそう言って不敵に笑う。きせいじじつ……ってなんだ。怪訝な顔をした俺にハヤは苦笑した。


「とりあえず、眠り姫を一人にしてモブに奪われても困るから僕はここにいるんで、ご飯取ってきて」


 うん。っつか、その眠り姫ってまたキヨに聞かせたら不機嫌になるやつでは。

 俺は船室を出ると、下層への階段へ向かった。

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