第82話『勇者一行の桁違いな魔術師がいてくれて助かったよ』
「あの子、コウちゃん狙ってんの?」
ハヤはすたすた歩きながらそう言った。え、なんでわかった。
「僕がわかんないわけないじゃーん」
そう言われるとそういう気がするけど、何の説明にもなってないな。キヨには全然通じてなかったのに。同じ読みが鋭いんでも、ハヤとキヨだと違うのかな。
するとハヤはチラッと俺を振り返った。
「キヨリンにも話したの?」
「え、うん。コウといい感じだって」
でもキヨはそこじゃなくて、同じ時間に厨房にいたことのが気にしてたけど。俺がそう言うと、ハヤは無言で頷いていた。これ、応援する気あるのかな。
魔導士が結界を敷いている部屋は船の真ん中だから、俺たちの船室よりも厨房に近い。通り過ぎる時に気にして見てなかったけど、あの魔導士が倒れていた場所のすぐ近くだ。ホントに、仕事場の目前で倒れたんだな。ハヤはノックして部屋に入る。
「ご飯持ってきたよ。ちょっとだけなら僕が代わるから」
「ありがとう」
魔導士はそう言って微笑むと、力を抜いてその場から立ち上がった。あ、意外と年いってる人だった。優しげな、いい人オーラが出てる感じの男性だ。
ハヤは彼が座っていたところに立つと意識を集中した。途端にハヤから細い光の線が走っていくのが見えた気がした。魔導士は部屋の片隅のベンチに腰掛けて俺が差し出した皿を受け取りながら、スベルディアと名乗った。
何かこれなら、ハヤにもできそうなのにな。普段旅で寝るときに敷く結界とどう違うんだろう。
「基本的には一緒なんじゃないかな……彼は白魔術師だけどかなり力が強いみたいだから、魔導士じゃなくてもキープしていることはできると思うよ」
そういうもんなんだ? っつか、魔導士と魔術師の違いも俺はわかんないんだけど。そう言うと、魔導士は弱々しく笑った。
「魔術師は、自分で魔法を練れる人だよ。魔導士は魔法陣を取り扱うことはできても魔術は使えないんだ。ただ魔力は持っているから、それを引き出す魔法陣を稼働させて結界を敷いたりすることはできる」
「え、でも魔法陣って敷く時に魔力を練って作るんじゃないの?」
ハヤが結界の魔法陣を敷いたりする時って、他の魔法使う時と似てるし呪文言うか言わないかの違いくらいに見えるんだけど。
「いや俺たちが魔法陣を敷く時は、魔力でやらないんだ。描くんだよ」
スベルディアはそう言って、指先で空中に円を描いてみせた。描くの! 言われて見てみると、ハヤを真ん中にしてうっすら何かが描かれている。あれ物理的に描いた魔法陣だったのか。
「魔術師は魔力練って敷いちゃうけど、魔導士は描いた魔法陣に魔力を流して使わせる。魔術師と違うのは、魔導士の場合自分で魔法を練られなくて他動的に力を魔法陣に使わせてる分、安定して固定させることができるんだ」
ってことは、ハヤは魔術師だからもっと色々な魔法ができるけど、自分で引き出して使うからその分不安定になっちゃうのか。魔法陣を敷いたら、勝手に吸い出して使ってくれればいいのに。
「魔法陣はたぶん、魔導士が使う時も魔術師が使う時も同じ作用をしてるんだよ。ただ魔術師にはそれ以上の力があるから、余計な力を載せちゃうんだろうね。そこの制御ができるかどうかって感じかな」
そっかー、じゃあ力が強ければいいってもんでもないんだな。それでギルド登録に魔術師も魔導士もいるのか。
ハヤも旅のキャンプの時に結界を敷くけど、魔法道具で固定してるから問題ないとかなのかな。魔法道具で固定できるなら休めそうだけど、そうしないのは船サイズになると無理ってことなのかも。
俺はスベルディアをチラッと見た。海の魔導士ってギルド登録でやっていけないタイプの魔導士って言ってたけど、この人もそうなのかな。
「この船に敷いてる魔法陣ってどういうのなの?」
俺が聞くと、視界の端でハヤがチラッと目を開けたのが見えた。スベルディアはもぐもぐとパンを頬張っていたけど、きちんと飲み込んでから口を開いた。
「モンスターが嫌がって逃げていく魔法陣だよ。航行中にモンスターにぶつかっていたら、なかなか進められないからね」
なるほど基本。でもこれだと、今この魔法陣に他の要素があることに気付いているのかわからないな。
「逃げてくだけ? ハヤはいつもキャンプの時には目くらましの結界を敷くんだ。結界の中の俺たちは、モンスターに気付かれないんだよ」
俺は煮込みを頬張った。なるべく自然に聞いた振りだ。スベルディアは、なるほどと言った風に何度か頷いた。
「そうか、そう言えばそんな感じの効果があるかもしれないな」
え、何その言い方、わかんないの? 俺がそう言うと、スベルディアは苦笑して俺を見た。
「僕はこの船に乗った時に、この魔法陣を敷くように指定されただけだからね」
それってつまり、誰かがこの魔法陣を先に作ってたってことなのか? 感知の魔法を妨害する魔法陣を? 俺はよくわかんない風を装って首を傾げた。
「船に乗る時は普通そうなの?」
スベルディアは少し難しい顔をして、思い出そうとするように視線を上げた。
「だいたいそうかな……船の構造もあるし大きさもあるから、以前に誰かが作った魔法陣があって、みんなでそれを使ってるってことが多いかもしれない。まぁ無かったとしても、敷くのは普通に倦厭の結界だけど。どっちにしろ航海の時の魔導士は複数人数必要だから、決まった魔法陣がある方が引き継ぎしやすいんだ」
彼は床の魔法陣を指さした。それから「今回は短期間だったから二人だったんだけど」と付け加えた。
なるほど、その場の誰かが作るよりも、もともとある同じ物を共有しちゃった方がいいのか。
「じゃあこの船の魔法陣は誰が作ったのかな。もう一人の魔導士かな」
「それは無いんじゃないかな。魔法陣を作るのは魔術師だし、敷くとしたら稼働可能な魔法陣だけだけど、もう一人の魔導士……ルカっていうんだけど、彼も僕と同じタイミングでクダホルドにいて仕事を依頼されたから、先に乗ってて敷いたとかは無いと思うよ」
「じゃあ前からあったんだ」
スベルディアは煮込みを頬張りながら「たぶんね」と言った。
そしたら、感知の魔法を制限する魔法陣は、前からこの船に使われていたことになる。船に? それって船長がそうさせたってこと?
スベルディアは食事を平らげると、「お待たせ、ありがとう」とハヤに声を掛けた。ハヤは閉じていた目を開くと、にっこり笑って場所を替わった。
「少しでも寝られるように、ちょっと方法考えてくるから。もしダメでも、また代わるから休んで」
「勇者一行の桁違いな魔術師がいてくれて助かったよ」
桁違いでも、魔法陣維持には意味がないんじゃなかったのかな。ハヤは少し笑って部屋を出た。
俺は振り返って魔法を発動するスベルディアを見たけど、ハヤがやったみたいに光の線を感じることは無かった。
「はい、あーん」
楽しそうなハヤに対して、心底嫌そうなキヨはハヤの差し出したスプーンを禍々しいものでも見るような顔で見た。
「いや……自分で食うし」
「う そ だ ね。そう言って渡したら、まともに食べないでしょ。あーん」
「いや、食うって、それやられるくらいなら自分で食う」
そう言ってキヨは手を出した。
「絶対? 絶対全部食べる?」
「全部は……無理かもだけど」
「じゃだめ、あーん」
ハヤはスプーンを差し出す。いくら病人用になってるとは言え、もともと小食のキヨに全部は無理だろ。これ、わかっててやってるんだろな。
キヨはやっぱり情けない顔でスプーンとハヤを見比べ、さらにチラッと俺も見た。それから深いため息をつくと「全部食うから寄越せ」と呟いた。おお、すごい言質取った。
ハヤは何だか拗ねた顔をしてスプーンを戻すと、スープボウルをキヨに渡した。キヨはゆっくりと少しずつスープを食べた。
「とりあえず、食べながら話すね」
ハヤも自分の皿を取る。そう言えば俺とスベルディアが食べてる間、結界を維持してたからハヤも食べてないんだもんな。
狭い一等船室は、キヨがベッドの上で、ハヤが椅子に座っているから、俺は扉を背にして立っているしかない。
「何から聞きたい? コウちゃんの彼氏?」
ハヤがそう言うと、キヨは半眼で見た。まったく興味なさそう。
「そんな顔して、ホントは気になってるクセに」
キヨはちょっとだけ首を傾げたけど、視線は何となく何か考えてるみたいに固定していた。
「気になるっちゃ、気になる……かな」
「キヨリン、そういうのも浮気だからねー」
スプーンで指すハヤに、キヨは眉間に皺を寄せて「何でだよ」と言った。
「まぁ、僕もまだその辺は調査不足なんで、次までに隅々調べておくよ」
ハヤはそう言って不敵に笑った。いやその辺調べる必要なくないですか。つかハヤに隅々調べるって言われるのって怖いな。
「キヨリンが気になりそうなネタと言えば、ここの魔法陣だけど前から受け継がれたものらしいよ」
ハヤは「このネタ、見習いの功績ね」と付け加えた。キヨはちょっとだけ意外そうに俺を見た。俺だって情報収集できるんだぜ。
「やっぱ船ごと決まった魔法陣がある感じなのか」
ハヤはもぐもぐしながら頷いて、肩越しに俺を見た。
「うん、あと今回の魔法陣、ルカのでもないっぽいって言ってた」
俺がそう言うとハヤは二人の魔導士の名前をキヨに説明した。
「でもそうだとすると、魔導士が襲われたのと魔法陣が不自然なのはリンクしないかもしれないね」
魔導士が襲われたのは、魔法陣に不自然な効果を載せているのに気付いたからかと思ったけど、そういう訳じゃないのかもしれない。前から使っていた魔法陣なら、今回に限ってわざわざ問題になるはずはないのだ。
「病人の、ルカの方はどうなんだ?」
「今は安定してるけど、いつ突然悪化するのかわからないって感じかな。その辺のきっかけになるものがわかんないんだよね」
「そう言えば、ホントに毒じゃなかったの?」
俺の言葉に、ハヤは「毒かぁ……」と呟いた。
「何か体に入ったってのは正しいと思うんだけど、それが何かがねぇ……なんであんな反応してるのか」
ハヤ、前にモンスターの解毒についての勉強も、進んでないところあるとか話してたっけ。これもそういうヤツなのかな。
「だから僕ができるのは対処療法。ヤバい反応した時にそれを抑えることしかできないから、手遅れになる前に対応できるようにするだけだよ」
ハヤは言いながらシチューを食べた。はっきりとこの毒って言えないから、解毒剤があるのかもわからないのか。ルカ、ちゃんと回復できるのかな。
「……じゃあ、お前たちの荷物を張っていても、犯人が現れるかわからないな」
え? なんで俺たちの荷物に犯人が現れんの? 俺が言うとハヤは「あー」と言って納得した。
「犯人に仕立てるために、僕たちの荷物に毒を仕込むかもと」
「そうするつもりじゃないかと思ったんだ……コウを犯人に仕立てようとしたことを考えると」
そうか、あの船員にコウが毒を盛ったと疑惑を持たせ、その上で俺たちの荷物に毒を仕込む。証拠が見つかれば、簡単に断罪できる。
でもあの時キヨが弁護の場で言っちゃったのに、今更そんなことするかな?
「言ったからだよ。言ったから、ホントかどうか誰かが探りに来るんじゃないか」
え、じゃああれって弁護だけど、そういうヤツらを誘ってたってこと?! 証拠を探しに来るかもとわかってて、わざと言ったのか!
乗っておくってそういうこと……
「知らんヤツが探しに行く前に仕込まないとならなくなったからな。あの後すぐ仕込んでるんじゃないかなって思ったんだけど」
「キヨリン、探しに行ったの?」
キヨは小さく肩をすくめて「俺は行ってない」と言った。まぁ、ふらついてたもんな。そしたらシマか。でもシマ、何も言ってなかったな。
「でも僕たちの船室、プライバシーもセキュリティも残念極まりない感じだけど、荷物用のチェストだけはちゃんとした鍵付きなんだよね」
チェストは最初から船室に置いてあった。大事なものだけはそこに入れるんだなって思ったから、俺たちはめいめい財布とか魔法道具とかをしまった。レツが剣を入れようとしたから、「お前それは、いくらなんでも職務放棄しすぎ」とシマに止められていた。
鍵はシマが持ってる。それ以外の旅のキャンプ用品や着替えなんかは外に出してあるんだけど。するとキヨは罪のない顔で俺たちを見た。
「チェストの鍵が一つとは限らないだろ」
うわ……俺とハヤは嫌そうな顔で見合った。セキュリティ意識は高いけど、そういう何でも疑ってかかるようになったら、人生苦しそうだ。
でもキヨは何だか考えてるみたいにスープを見つめ「そうか、残念極まりないのか……」と呟いた。
そう言えばキヨ、下層には行ってないんだもんな。自分の船室に荷物を運び込んで出航しただけで酔ったから。
「壁も扉もこんなにちゃんとしてるのは二等までだって。下層は壁板もすっかすかで隙間から中が覗けるし、とりあえず部屋って範囲を壁作って決めただけって感じ」
「壁材も貼られてないしね。ここのと同じ窓はいくつかあるけど薄暗いし、なんだか懐かしい感じだよ」
俺がそう言うとハヤもキヨもちょっとだけきょとんとした。あ、うん、俺の育った家ね。そう言うと無言で二人とも小さく頷いた。
「そうだ鍵と言えば、キヨ、この部屋ちゃんと鍵閉めてなよ? ショラが、『彼って美人だしイカレたヤツが襲いに来たりするかも』って、」
俺が言った途端にハヤが盛大に吹き出した。キヨはあからさまにバカにしたような顔で「はぁ?」と言った。
「えー、ちょっとそれなら僕キヨリンの護衛に一緒に寝る! 僕より先にモブが奪うとか許せない!」
「この狭さ見て不可能ってわからないのかお前は」
「狭いところで密着してると燃えるってのあるじゃん、クローゼットの中とか」
身を乗り出すハヤに、キヨは真顔で「ねぇよ」と返した。
「でも本のこともあるし、そういうの冗談にしてられないじゃん! キヨ今、普段にも増して貧弱なんだから!」
俺がそう言うとまた耳の辺りでぱちっと音がした。ほらー、デコピンがまともに当たらないんだぞ。
「脱がすとご褒美増えるんだーとかってショラも言ってたし、そういうの、しゃれになんないからな!」
俺はふてくされて違う方を見た。まったく、心配してやってんのに!
チラッと見てみたら、ひーひー笑ってるハヤの向こうで、キヨは少し眉をひそめていた。……ちょっとは身の危険を考えてくれたのかな。
「……鍵は、かけるようにする」
キヨは小さくそう言った。そうだ、それでいい。俺は大仰に頷いた。
「あ、そうそう、あとキヨリンにお願いがあったんだけど」
お願い? ハヤがキヨにとか珍しい。
「この結界の魔法陣、なんとかしばらくキープさせることってできないかな、魔導士が仮眠取る間。このサイズだと魔法道具で固定はできないし、そうすると、ちょっと僕には難しいんだよね」
魔力が強いから、魔導士みたいに安定させるのが難しいんだっけ。ハヤなんてそれでなくてもチート級なんだから余計に大変そうだ。
「大きい魔法道具があれば大丈夫だったの?」
キャンプの時に結界の端に挿して使うヤツ。ハヤは俺を見て少し笑った。
「あれは魔力を注ぎ込んで、魔法陣をキープするのに一定量コンスタントに魔力を使い続けるっていう道具なんだ。だから僕自身が寝てても大丈夫。けどここの結界はキャンプサイズじゃないからね。そういう魔法道具を作るとなると鉱石もデカいのが必要になるし、注ぎ込んでおく魔法量もハンパなくなる。実現は現実的じゃないかな」
それから「微量の魔力を細々と一定量使うって、逆に難しいんだよ」と言ってため息をついた。
スベルディアは一応ちゃんと集中して魔法発動してたけど、微量って言い切ったな。
キヨはしばらく首を傾げて考えていた。あと二日、何とかさせないとならないもんな。
「団長が魔法陣をキープできるようにするのが一番簡単。あとは寝ている間も魔導士の魔力を使うようにするのもできる……かも」
それだと何にも休まらないのでは。俺がそう言うと、ハヤもちょっと顔をしかめて頷いた。
「もう一個、手が無くはないけど……結構難しいし、上手くいくかわからないから、最初は俺が見れるように起きてる間に試したいかな……」
「じゃ、キヨリンそれ今すぐ試して。上手くいくならそれで、ダメなら僕のヤツで」
やっぱハヤ、魔導士の体が第一なんだ。ホントにちゃんと医療従事者なんだな、時々忘れちゃうけど。
キヨは難しそうな顔でハヤを見てから、パッと笑った。
「いくら払う?」
それいつもハヤが言うヤツ! キヨまでお金にがめつくなったか。ハヤはキヨの顎を指先で撫で上げた。
「体で払っていい?」
「お前それ、逆でも言うじゃんよ」
半眼で突っ込むキヨに、ハヤは楽しそうに笑った。
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