第81話『美人だけどちょっと冷たそうな感じだよね、ああいうの好みなんだ?』

「そしたら俺たちはどうする?」


 魔導士を襲った犯人を見つけなきゃならないんだけど、ハヤの何かの魔法が効いてキヨは何とか起きてられるようになったとは言え、ちょっと動けば疲れちゃうみたいだし、ハヤは魔導士二人を見てないとならないし、シマはキヨと行っちゃったし。……実働部隊がこれで見つけられるのかな。


「犯人捜し、手伝うにしても何していいかもわかんないね」

 レツはうーんと唸って腕を組んだ。

「捜すって言っちゃったけど、上手くやらないと反感買うだけなんだよね。キヨとかシマとか団長なら絶対大丈夫なんだけど、俺たちが勝手すると邪魔しちゃう」


 それは確かに。「魔導士が倒れる前、最後に会ったのは誰ですか」とか、どうしたって船員に話を聞かないとならない。でもコウが出した時に毒が盛られてなかったとしたら、それ以後に毒を盛られたんだもんな。最後に会った人が犯人。

「そんなの犯人しか知らないじゃん」

 そっか。そしたら俺たちは船員に「あなたは犯人ですか」って聞いて回るようなモンなのか。絶対やっちゃいけないヤツじゃん。

 俺はレツと同じ格好で腕を組んで唸った。


「……よし、考えてもわかんないから、とりあえずわかる人のトコに行こう」

 レツはそう言って、俺に笑いかけた。そだね、キヨとかに何すればいいか聞いた方が早い。

 俺とレツは揃って上甲板から降りると、キヨの船室のあるキャビンへと移動した。


「うわ、お前らずぶ濡れじゃんか」

 キヨの部屋をノックしようとしたら、出てきたシマが驚いて見た。

「さっきので思いっきり海水かぶっちゃって」

 そう言えばあの時、狭い船室にいて大丈夫だったのかな。俺がそう言うと、シマは苦笑した。

「危うくキヨを押し倒すところだった」

 レツがブフッと吹き出す。あー。あれだけ傾いたんだから、吹っ飛ばされるよりはいいのかもしれないけども。


「半病人のキヨがもろ壁に飛ばされるのを防いだんだよ。あいつ団長が回復魔法かけまくってんのにフラフラなの、昨日から何も食ってないからだろ」


 食ったら吐く感じだったもんな、それでなくても食わない人が。っつかもう二日も食ってないみたいな時間じゃんか。やっぱり食べるのって大事なんだ。

「そしたら、ハヤが回復魔法かけてても、魔導士一人で結界敷き続けるのってやっぱ無理があるのかな」

 シマは少し難しい顔をして「たぶんな」と言った。


「俺はこれから団長んとこ行って、それから何か聞けるか回るんだけど、お前たちはキヨに会いに来たのか?」

 俺とレツは顔を見合わせた。別に絶対キヨにって来たわけじゃないけど。でもこれ二人してシマについて行ったら確実に邪魔しちゃうやつだな。

「キヨって寝てるの? 俺、何かあったら連絡係できるように、キヨのとこに居ようかな」

 ご飯だってできれば食べた方がいいみたいだし、そういうの運ぶのも必要じゃんね。シマは俺の頭をくしゃりと撫でた。

「じゃ、キヨの護衛頼むわ」

 シマとレツはそう言ってキャビンから出て行った。俺はキヨの部屋をノックした。


「キヨ寝てる?」

 キヨはベッドに寝たまま腕で顔を覆っていたけど、俺が部屋に入るとチラリとこっちを見た。

「何だお前、ずぶ濡れで。ここは日が入らない分冷えるから着替えてこい」

 体壊すぞと、掠れた声で付け加えた。

 自分のがずっと病人なのに。あれ、船酔いは病人とは違うのかな。

 キヨのベッドの向こうには小さな丸い窓が付いていて、嵌め殺しのガラス窓から海の様子が伺えた。今は穏やかに航行してる。


「大丈夫だよ、このくらい。何かおつかいがあったら、ついでに行ってくる」

 俺はそう言って椅子に腰掛けた。

「ハヤの魔法って効いてる感じなの? どういう魔法?」

 さっきかけた魔法、一時的にでも立ち上がって動けたんだもんな。でもあの舞台に引っ張り出されて疲れちゃったみたいだけど。やっぱ食べさせるためにご飯貰ってこようかな。

「団長が言ってた通りだよ、俺のバランス感覚を鈍らせて船に酔うのを防ごうとしたんだ」

 船酔いってバランス感覚でなるのか。つまり鈍感だと船酔いしないってことなのかな。鈍感もたまにはいいことあるんだな。


 キヨは寝返りをうって俺の方に体を向けた。顔色はだいぶ良くなってる。

 なんか、寝てるキヨをこんな近くで見下ろすのって新鮮。キヨのがずっと大人だし強いんだけど、何となく、守らなきゃって気持ちになる感じある。

 こういうの難しい言葉だと何て言うんだろう。


「……キヨが捜査できないと、魔導士の事件解決できないね」

「そんなことねぇよ、シマだって団長だって調べられるだろ」

 そりゃそうだけど、いつだって結局キヨが解決してるしさ。俺がそう言うと、キヨは自分の腕を枕にしたままちょっとだけ視線を落とした。

「……俺ができるのは、解決じゃない」

 そうかなぁ。一見訳がわからない謎が面白くて、何でそうなったのかを知ろうとしてるだけってことなのかな。

「でもあの本を狙ってくるだけかと思ったのに、そうじゃないかもしれないなんて訳がわからないよ。キヨってあの本まだ身につけてるの?」

 キヨはちょっとだけきょとんとしたけど、指先で近づくように呼んだ。なんだ? 俺は耳を近づける。


「俺を脱がすか、ベッドで奪うかしないと盗れないよ」


 ベッドで奪うってどういう意味ですか! 俺は飛び起きて、わざと掠れた声で囁くように言ったキヨから視線を外した。あああ顔が熱い。マジくっそ……

「キヨを脱がすなんて、ハヤならソッコーじゃん」

 そう言ったけど、なんか微妙に負け惜しみみたいだ。

 そしたらパチッと小さく頬の辺りで何かが弾ける痛みがあった。……あれ、もしかしてこれ、いつものデコピン? 

「あー、くそ。やっぱりな」

 キヨはそう言ってため息をついた。


 もしかして、ハヤの魔法が効いててバランス感覚鈍らせてるから、狙いが定まらないのか? それであの時風の魔法で避けたのに、コウの胸に飛び込むみたいになってたのか!

「魔法解かないと、デコピンもちゃんとできないね」

 でも解いたらまた船酔いだし。俺は何もしてないけど、なんだかやり返せたみたいでにやにやした。


「今モンスターが来たらまともに魔法攻撃できないから、困るのはお前らだけどな」


 え、いやそれは困るじゃん! 海のモンスターは至近距離に来ないんだから、キヨの魔法かシマの鳥モンスターしか攻撃力無いってのに! さっきの蛇みたいのが来たらどうすんだ……

 愕然とする俺を見て、キヨは面白そうに笑った。

「ま、その辺は団長が頑張るだろ。俺もいい加減ちょっとはまともに回復しないと」

 やることもあるしと、キヨは付け加えた。

 一応何か考えあるんだ。さっきの会話もあったし、キヨたちには魔導士事件が見えてきてるんだろうか。でも復活するなら何か食べた方がよさそう。


「シマが、キヨが回復しないのは食べてないからだって言ってたよ。吐き気とか治まってるなら、食べた方がいいんじゃない?」

 今ならコウが作ってるから美味しい料理のはず。それともさっきの船長が言ったように、コウとショラが別々に作ってるのかな。

 俺がそう言うと、キヨがちょっとだけ首を傾げた。


「あ、ショラっていうのは厨房をやってる水夫で、なんかコウといい感じなんだ」


 俺はなんだかウキウキとそう言った。変なことは言ってないよな。

 でもキヨは更にきょとんとするだけだった。だからいい感じなんだってば。コウにだってそういうのあっても不思議はないだろ、察しろよ。


「あの時間厨房で飯作ってたのは、コウだけじゃないってことか?」


 いや、今そんな話してな……ん? そうなのかな?

 確かコウは、魔導士に出したご飯が鍋の最後でその後片付けしたから、魔導士がどこで誰と食べたかわかんないって言ってたんだよな。だから魔導士のご飯はコウの料理だったのは確実だけど、同時に誰かが調理してたかどうかはわかんないな。


「もともと俺たちが食べたご飯作ってた水夫はいたんだし、コウだけってことはないんじゃない?」

 俺たちが食べたのがショラのかはわかんないけど。でも煮て塩入れただけって言ってたから、それっぽいかもな。

 俺がそう言うと、キヨは「ふーん」と言って、うつ伏せて自分の腕に顔を埋めた。

「そしたら、ご飯持ってくるね。ちゃんと寝てなよ」

 俺が立ち上がると、キヨは顔も上げずに手だけ挙げた。俺はちょっとため息をついて部屋を出た。


 下層に降りて、厨房へ行く途中に自分たちの船室に入って着替えをした。

 下層の船室は、船本体とあまり変わらない材質の木材で壁や扉が作られていて、何の装飾もないからパッと見は部屋というより小屋だ。

 壁だって裏から壁材が貼られているわけでも漆喰が塗られているわけでもないから、船長室や一等の船室と違ってホントに小屋っぽさがある。まぁ、俺の故郷の家はこんな感じだったけど。


 船の外側の壁はみっちり水が染みないようになってるけど、内側にその必要はあんまり無いのか、扉や廊下側の船室の壁は隙間だらけだった。プライバシーとセキュリティ的にどうなんだ。

 俺たちが借りた船室はいくつか部屋が並び扉がついていて船室っぽさあるけど、下層のフロアに唐突に壁を作って部屋をこしらえたみたいな作りで、それ以外は廊下というより素のフロアだった。

 ロープや荷物が積んであるし、部屋になっていないところに船員のハンモックが吊されている。


 あんなに水かぶったってのに、思ったほど染みてきてないんだな。一応なんとなく壁際にベンチみたいな高さの棚があって、そこへ濡らしたくない荷物は積まれている。

 キヨの部屋にもあった嵌め殺しの窓が、ここにもいくつか付いていて海が見えるけど、キヨのところよりも一階層分水面が近い。俺は濡れた服を適当に荷物の箱やハンモックに掛けてから部屋を出た。


 厨房はそこそこ人が集まっていた。

 もう夕飯時なのか、順番にできた皿を貰って離れていく。一度に作れる量は決まってるから、時間差で貰いに来ないとならないもんな。


「あ、君も飯取りに来たんだ」

 ショラが並べた皿に平たいパンみたいなものを添えながら言った。そこへコウが出来上がった煮込みを掛けていく。

 煮込みはマッシュポテトが溶けているのか、どろどろと濃い感じだった。これなら十分お腹にも貯まりそう。盛りつけられた皿は、すぐに船員たちが取っていく。

「すごいだろ、コウ、粉と水を混ぜて簡単にこんなの作っちゃうんだ」


 ショラは俺に自慢するように言った。いやパンになってることを考えても、たぶん粉と水だけじゃないだろうけど。もしかして、ショラにはふくらし粉も粉なのか。コウは煮込みを分けながら「昼の間に発酵させといたんだ」と言った。


「お前、キヨくんに持ってくのか」

「うん、いい加減何か食べないと復活できないし」


 コウはちょっとだけ顔をしかめた。

 今日のメニューじゃ、二日食べてないキヨには食べにくいとかかな。パンに煮込みだしね。


「待ってろ、ちょっと別に作る」

「え、特別扱い?」

 ショラはそう言ってコウの背後から覗き込んだ。

「二日食ってねぇのに、いきなりこれは重いからな。まだふらついてたし」

「そのキヨくんって、コウの弁護した人? ……いい仲だとか言ってた」

 コウはちょっとだけ不機嫌そうに見やって「んなわけねぇだろ」と呟いた。

「美人だけどちょっと冷たそうな感じだよね、ああいうの好みなんだ?」


 はー、キヨみたいの、美人って訳す人もいるんだな。普段の言動や行動見てるとどうしたってそうは思えないんだけど。美少年みと同じく。

「うるさいな、邪魔すんならあっち行ってろ」

 ショラは面白そうに笑って両手を挙げ、コンロから遠ざかった。俺はぼんやりと仕事をするコウの背中を眺めていた。あれは照れ隠しなのか、どっちだ。


「ねぇ、ホントにいい仲とかじゃないの?」

 ショラは俺に顔を近づけて小さく聞いた。これはもしかして、本気で狙ってる? ここは協力すべきだよな。俺はちょっとだけ笑った。

「違うよ、キヨにはハルさんって恋人がいるもん」

 俺の言葉にショラは「そうなんだ!」と言って明らかに嬉しそうな顔をした。よしよし。


「あ、でも彼一等に一人でいるんだっけ? 一応部屋の鍵はちゃんとしておけって伝えなよ。いくら船長室に近いからって、変な気起こしたヤツが行かないとも限らないから」


 えええええそんなのあるの! っていうかそれ、あってはならないだろ!

 ショラは別にすごいこと言った感じもなく、手近にあった干し肉を小さくちぎってぽいっと口に放り込んだ。

「船員の間はタブーな分、客は船員じゃないってイカレたヤツがいたりするからさ」

 彼結構美人だしと、ショラは他人事みたいに言った。

「本を守るために一人だけ違う船室なのに……」


 逆に一人になるから危険とか、それみんな考えてあったのかな。普段のキヨなら魔法があるから心配ないけど、今は半病人だからな。いっそ腕力で負けないコウとかシマとかが本の番をすべきだったのでは。


「あ、そっか、そういう狙いもあるんだ。でもその辺は上手く隠してるんだろ?」

 脱がすかベッドで奪うかしないとならないヤツ。でもそんなイカレたのが襲ってきたら、そんなこと言ってられないじゃんか。

「何それ面白いこと言うね。身に付けてるってこと? すごいな、そこまでするんだ。そしたら脱がすとご褒美付きってことじゃん」

 どっちの方がご褒美かなぁと、ショラはにこにこして言った。

 えーと、それ、もしかしてその比較対象って……


「ガキにバカな話聞かせてんじゃねぇよ」


 コウがドスを利かせた声で言って、俺の前にスープボウルを置いた。あ、やっぱ指導が入るヤツでしたね。

「ほら、なるべく食べやすいようにしたから。キヨくん、自分で食えそう?」

「だいぶ顔色も良くなってたけど、自分で食えって置いてったら絶対食べないと思う」

 コウは俺の言葉に「あー……」とか言って脱力した。その辺は一番身をもって知ってるじゃんね。


「……ここ、もうちょっとやったら終わるから、そしたら見に行くかな」

「なにそれ甲斐甲斐しい。コウがそこまですることねぇだろ、いい大人なんだから。それともやっぱいい仲なんだ?」


 あれ、俺がさっき教えてあげたのに。

 って、これわざとなのかな。俺はちょっとだけ伺うようにコウを見た。ここの返答、ショラを掴むのに重要なのでは……!

 でもコウはなんだか拗ねたように視線を外し、小さく「旅の仲間だからだよ」と言った。いやそれだとはっきり否定してないしダメじゃん! もっと頑張って!


「なになに、僕のご飯もちゃんと残ってる?」

「ハヤ!」

 コウは話から逃げるみたいに慌ててコンロに戻ると、皿にパンを添えて煮込みをよそった。

「よかった、コウちゃんの料理が残ってて。これはキヨリンの?」

 ハヤは言いながら添えてあったスプーンで一口食べた。それキヨのだって言ってるのに。でもハヤは「こっちも美味しいー」と満足そうに言った。


「魔導士たちはどんな感じ? 大丈夫そう?」

 ハヤは俺をチラッと見て笑った。

「頑張ってるから、コウちゃんの美味しいご飯持って行ってあげないとね」


 ハヤはそう言うと、俺に皿を指さして「それ持ってきて」と言った。自分はキヨのスープと自分の分の皿を取る。

 俺はキヨのおつかいなんだけど、キヨの分はハヤが持ってっちゃったから、ハヤのおつかいするしかないか。


 俺は自分と魔導士の分の皿を持って、慌ててハヤについて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る