第80話『いやぁ、こんなところでコウちゃんに春が来るとは』

 カソルラがエメリに近づいて、何か話しながら歩いていった。船員たちも三々五々散っていく。

 俺たちはぼんやりそれを見送った。コウも何となく俺たちのところに戻ってくる。


「……こういうの、たまにやるのかな」

「結構、職場環境としては平等なんだね」

 そうなの? 俺はレツを見上げた。

「だって何か意見があったらみんなで聞くわけじゃん? しかもこの場でコウちゃんが断罪されたわけでもないし、私刑があるわけでもないし」


 私刑って怖すぎなんですが、海賊船じゃないんだから。まぁコウが相手なら返り討ちに遭いそうだけど。

「っていうか、ホントに毒じゃなかったのかな」

「団長もそのこと、何も言ってなかったよね」

 予断を許さないとは言ってたけど、どういう病状なのかは何も言ってなかった。毒を盛られたんだったらわかりそうだけど。


 ハヤは船員が集まってしまうこのタイミングで何かあるとイヤだからと、魔導士を見に行っていた。たぶんついでにもう一人の回復もさせるんだろう。

 寝たり休んだりすること自体が回復するためにやるんだったら、ハヤが無限に回復させてあげてればグースドゥアールまで保つんだろうか。

 俺たちは何となく上甲板に上ると、舷縁に寄りかかって船の向きを変えている船員たちの仕事を眺めた。


 っていうか、エメリは証拠も動機も無いって言いながら、さりげなく疑惑自体は肯定したよな。

「俺じゃないって船長が言い切ったら、それはつまり船員の中に犯人が居るって明言することになるからな」

 コウは言いながら腕をさすった。

 そうか、そしたら船員の間で疑心暗鬼が起こる。それで結局、勇者一行に犯人がいるかもしれない可能性を潰さなかったのか。コウの荷物を調べれば毒なんて無いってわかるけど、そう指示しなかったのはそういう狙いもあるのかも。


「でもキヨがあんな言い方をしたんだから、船長が言わなくてもみんなにその疑いは植え付けられちゃったんじゃない?」

 キヨはあの船員が、誰かにコウが毒殺したと吹き込まれたって言ってたんだ。それはつまり、他の船員がそう言ったってことになる。

 コウは腕を組んでうーんと唸った。

「船員の間の方が絆が強いから、それなら俺たちの中に犯人がいると信じる方を取るって思ったとか」

 仲間より部外者ってことか。それなら同じことが俺たちにも言えるもんな。コウが犯人ってのはあまりにも動機も証拠も薄いから無いって言えるけど、疑惑度が高くてもきっと違うって信じると思うし。


 あれ、でもキヨにしては、そう言うに留めたのも珍しいような。理由もなくあれだけで引くかな?

「聞きたいことがあったら、裏の裏まで聞く人が」

 もうちょっと突っ込めば、あの人から誰に吹き込まれたか聞けたんじゃないのかな。レツとコウは顔を見合わせた。


「キヨくんのことだから、何か目的があってそこまでにしたんだろうけど」

「でも誰が吹き込んだかわかれば、それってつまり犯人なんじゃないのかな」

 魔導士の症状が毒によるものと知ってる人は、犯人以外にいないのだ。それならすぐ犯人捕まえられるのに、何でそこ押さなかったんだろう。

「さっきのシマとの会話が何かあるのかな」

「乗っておくってヤツ?」


 でも何に乗っておくんだろう。さっきの流れからいくと、コウの弁護をするかどうかって感じだったけど。

「え、そしたら乗らない方向だったら、俺見殺しにされてたの」

 コウは自分を指さして情けない顔をした。

「そんなことするわけないよ!」

 レツはそう言って否定したけど、シマとキヨの会話からすると意味があってあんな弁護になったような気もするんだよな。だから何か狙いがなかったら、弁護しなかった可能性もありそうな……最終的には助けるつもりなんだろうけど。っつか、コウは犯人じゃないんだから、そこは問題ないんだし。

 コウは二人に考えがあったってことは納得したけど、それでも複雑そうな顔をしていた。


「コウちゃん、筋トレ仕事するんだと思ったけど、結局厨房にいたんだね」

「船の仕事って、基本的に重い物を動かす仕事なんだよね。そりゃ筋トレにはなるんだけど、無駄に筋肉つけたところで重くなるんじゃ意味ないから。俺の場合、重いクリティカルヒットは狙いたいけど、動き自体が重くなるのは得策じゃないっつーか」


 コウは速攻型だもんな。体が大きくなっても、速さが失われたら意味がない。

 一撃の重さは確かに魅力だけど、コウの場合は動く相手の急所を確実に狙える速さが武器だから、船仕事は筋トレに向かなかったのか。


「そう言えば、ホントにコウのご飯食べてから魔導士って倒れたのか?」

 コウは少し口をゆがめて考えるように視線を上げた。

「……俺は、見てねぇんだ。流れ作業的に作って盛ってってやってたんだけど、ちょうどその鍋の最後の皿が魔導士の分で。皿を受け取って離れて行ったあとに、俺は鍋とかの片付けを始めてたからな」


 じゃあコウは魔導士がどこで食べてたのかも知らないのか。

 厨房は俺たちが寝てるのと同じ層にあって、食堂的な机とベンチも少なかったから受け取ったらめいめい好きなところで食べてたし、なんなら皿を持って持ち場に戻っちゃう人だっていた。

 っていうか、魔導士が倒れたのって交替に来たときって言ってたから、それだと最後に皿に触れたってだけでコウが犯人なんて全然おかしいじゃん。


「時間差で効く毒だったとか!」

「レツくん、俺そんな毒持ってないからね」


 自信満々に答えたレツに、コウが真顔で突っ込んだ。レツは「えへへ」と笑って誤魔化す。

「それじゃ、魔導士がどこで食べてたのかが重要なのかなぁ」

 レツはそう言って舷縁にもたれ掛かった。いやそれ、毒をご飯に盛られたとして、だけどね。


「……あんま飯に不信感持ちたくねぇな」


 コウはぽつりとそう言った。

 コウって食事を大事にしてるもんな。武闘家じゃなかったら絶対料理人になってると思うし。同じ素材でも、コウが作るとびっくりするほど美味しくなるから、これだけ武闘家の素質ある人じゃなかったら料理人になった方が世の人を幸せにできると思うんだけど。

 でも武闘家で勇者一行の仲間じゃなかったら、旅のご飯が美味しくなくなっちゃうもんな。世の人たち、この才能を仲間だけで満喫してごめんなさい。


「ああいた、コウ!」


 俺たちが顔を上げると、人懐っこく笑った船員が近づいてきた。

 コウたちくらいの年格好、コウより背が高くてコウくらい筋肉質。クセのある髪をバンダナで押さえている。シマとハヤを足して割った、ちょっとハヤ寄りみたいなイケメン。誰?

 コウを見ると「厨房にいたヤツ」と小さく言った。それじゃ一緒に仕事してた人なのかな。彼はもう一人ちょっとおじさんの船員を連れてきていた。おじさん船員はチラッと周りを気にしながら近づいた。


「さっきは悪かったな、吊るし上げみたいなことになって。意見のあるヤツは平等に発言できるのが船のルールなんで」


 やっぱりそうなんだ。レツの言ってたとおり、疑念とかはみんなの前で発表していいってルールなんだ。

「ただ俺たちとしちゃ、あんたに飯を作ってもらいたいんだよ。水夫の飯炊きなんて材料管理して煮るだけの係だ。目的地まで乗組員を飢えさせなきゃいいだけなんだが、同じモンでも美味い飯が食えるとわかったら」

 船員はそう言って「頼む」と両手を握って訴えた。

 俺とレツは複雑そうな顔をするコウを見て小さく笑った。胃袋掴まれちゃったね。コウはがしがしと頭をかきながら、「あー、まぁ……うん」とか言ってる。


「俺も、コウの作る料理が食べたいな」

 最初にコウを呼んだ船員が、やっぱりにこにこしながらそう言った。

 今まで自分が厨房預かってたってのに。さっきみたいな言い方されても何も言わないのを見ると、料理人として船に乗ったわけでも望んでやってる仕事でもないのかな。

「まぁ……食う方がいいなら、俺は別に」

「ありがとう!」

 その船員はコウの手を握ってぶんぶん振ると、満足したように去っていった。船員を連れてきた彼は、その背中を見送った。


「どうしてもコウの料理の方がいいって言われちゃって」

 屈託なく笑う彼は、けなされてるのに気付いてないみたいだ。

「いや、別にショラだってそこまで悪いわけじゃ」

「俺はだめだよ、とりあえずぶち込んで塩入れるだけだもん。食材が可哀想」


 ショラと呼ばれた彼はやっぱり楽しそうに笑ってそう言った。自覚はあるんだ。

 でもコウに比べちゃったら、みんな並み以下の料理人になっちゃうよ。俺たちはぐいーっと船首を傾けた船に、体を傾けながら笑った。

「でもそしたらさ、」

 話しながらレツを見たら、レツはものすごく目を見開いて俺の背後を見ていた。え、なに? 俺は恐る恐る振り返った。


 ものすごく巨大な、竜みたいなサイズの蛇にひれを付けたみたいなモンスターが、帆船の脇に飛び出して、そのまままた海に潜って行った。

 跳ね上げる尻尾が、大量の水を甲板にぶちまける。


「うわああ!」


 俺は咄嗟に手近のロープに取りついた。大波に船が傾き、モンスターがぶちまけた海水はそのまま反対側まで流れていった。唐突にびしょ濡れになった甲板が滑る。

 レツは俺と同じくずぶ濡れになって上甲板の手すりに掴まっていた。驚いたことに、ショラはコウを庇って抱き留めたまま手すりに掴まっていた。コウは助けられる必要なさそうだけど、目の前にいたから咄嗟に庇ったのかな。


 俺はロープに取りすがって何とか立ち上がると、舷縁から乗り出して海面を見た。でも巨大な蛇モンスターは、そのまま海中から上がっては来なかった。これ、上手くすり抜けたってことなのか?


「あれ、ヤバいサイズのモンスターだよね……?」

 何とか立ち上がって船尾を望むと、舵に取りつくエメリが見えた。

 さっきまでは操舵士がいたはず。だとしたら、やっぱなんかそういう危険を察知したとかだったんだろうか。それで唐突に方向転換みたいなことになってたんだ。

 俺たちはびしょ濡れの自分たちを見た。


「いくら火に近い仕事でも、この季節じゃ体を壊す。着替えに行こう」


 ショラはそう言ってコウを促した。

 そう……かな? 周りを見てみたけど、他に着替えようって船員は見あたらなかった。陸の旅の俺たちなら着替えるかもだけど、船旅の彼らはこのくらい気にしてなさそうだけど。

「お、おう……あとで行く」

 コウがそう言うとショラはちょっとだけ首を傾げ、それから頷いて上甲板から降りていった。一緒に行ったところで荷物は別のところにあるもんね。

 コウはチラッと俺たちを伺った。なぜかレツはニヤリと笑った。


「コウちゃん、なんだかいい雰囲気では?」

「レツくん絶対言うと思ったけど、そんなんじゃないからね」

「うっそ、だってコウちゃんがほぼ初対面でここまで話せるとか、奇跡に近くない?!」


 それはいくらなんでも言い過ぎでは……って思ったけど、そうでもないか。俺自身、慣れたから忘れかけてたけど。

 コウは眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔を作った。でもあれ、キヨみたいな明らかに不機嫌な顔とは違って、そう見せてるだけっぽい。これはこれは。


「向こうが陽キャ過ぎんだよ、だから会話が成り立つだけで」


 コウは言いながら袖で顔と頭を拭ったけど、濡れた服で拭っても変わらない。もしかして照れ隠し? レツはやっぱり面白そうに笑っていた。

「まぁまぁ、それでも待たれてますから。コウちゃん、お仕事行ってらっしゃい」

「俺たちも、あとから食べに行くね」

 俺とレツがコウの肩を叩くと、コウはちょっとだけ逡巡したけど、「変なことあいつらに言うなよ」と釘を刺して降りていった。変なこと、とは。


「いやぁ、こんなところでコウちゃんに春が来るとは」


 レツはなんだか晴れ晴れとした表情でそう言った。

 季節的にはめっちゃ冬だけどね。

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