第79話『いやー、俺は敵作りたくないかなー』

 いや、無い無い。

 コウが食べ物を粗末にするとか、天変地異が起こってもあり得ない。

 それがもう明らかな俺たちにとっては、そんな言及、聞く耳も持たない感じの戯言なんだけど、コウを知らない船員たちにとってはうってつけのネタなんだろう。


 俺たちはそのまま船長につれられて真ん中の甲板へ集まった。

 風は適度に吹いていて、今はこれと言った操作が必要ないのか、船員たちのほとんどが甲板に出ている。

 俺たちは船員たちと同じく、甲板の真ん中を開けて周囲を囲んで立っていた。上甲板から覗き込む船員も多く、上からもぐるりと囲まれてる。


 その開けた真ん中にコウは立たされていた。

コウにとっては全く事実無根な濡れ衣だけど、これだけの人に囲まれて見下ろされてるからやけに落ち着かない表情をしている。


「こいつが、魔導士が食べた毒入りの飯に最後に触れていたのを、何人もの水夫が見ている」


 俺たちはその舞台を見ていた。

 コウの隣で声を上げて演説している船員が、クダホルドで見た円形劇場で周囲の客にアピールする役者みたいだからだ。彼の言葉に何人かの水夫が応えた。

「俺たちの航海を妨害するために、魔導士の飯に毒を盛ったのだ!」

 船員たちから「吊せ!」だの「海に投げろ!」だの物騒な声が飛ぶ。


 助けなくていいのかな……俺はチラッとキヨを見上げた。キヨは上甲板を支える柱に凭れて何か考えてるみたいに目を細めていた。

「どうする」

 シマがキヨの背後から小さく聞いた。キヨは少しだけ口をゆがめる。

「乗っておいた方がいいのかな……」

 乗っておくって、何の話?  キヨは視線を動かさないまま肩越しに聞いた。


「お前、やる?」

「いやー、俺は敵作りたくないかなー」


 キヨは無言で背後のシマを小さく蹴った。シマは小さく笑う。そりゃ誰だって敵は作りたくないと思うけど。

 それからキヨは諦めたみたいに息をついた。


「勇者一行の一人が、航行に必要な魔導士を殺す動機をあげろ」


 キヨは不機嫌そうに柱に凭れたまま声を張った。

 役者な彼はさらなる敵を見つけたようにキヨに振り返った。それからゆっくり近づいてくる。


「動機? 動機ならお前たちが持ってるんだろう。それにお前はさっき船長室でヤツとよろしくやってるところを見られてんだ、何を言っても言い訳にすぎん!」


 彼に同意するような怒号と、下卑た笑いが同時に起こる。

 キヨはうんざりした顔をしていた。それも全然あり得ないもんな。抱きついてたのは事実だけど。キヨは小さく「人間の言葉が通じるヤツと話したい」と呟いた。


 動機なら俺たちが持ってるって、それ、あの本のことなのかな。キヨの腰辺りを見てみたけど、上着の上からはあそこに本があるようには見えなかった。何か魔法で厚みを隠してるのかな。

 キヨは弾みをつけて柱から離れた。


「護送している本が目的なら、それを持って逃げる必要がある。それなのに魔導士を殺したら、陸に帰ることすら難しくなる」


 キヨは甲板の全員に聞かせるような声で言いながらコウの隣に立った。役者な彼は忌々しそうな顔でキヨを見る。

 キヨはコウの肩に腕を置くと指先で自分の唇に触れ、少しだけ挑発するように微笑んだ。まだちょっと顔色が悪いから、明るい日の下ではやけに白く見える。


「それに、本ならまだ俺が持ってる。あんたの言う通り、俺とこいつがいい仲だったら、俺にお願いすればすぐ出してやる。俺を殺して奪うならわかるが、魔導士を殺す必要性がない」

 だろ? と首を傾げて言うと、キヨは周囲を見回した。


「その毒入りの飯はどうしたんだ?」

「そんなもの、捨てたに決まっている」

 彼の言葉にキヨは、嘲るように「証拠の飯は無いのか」と言った。


「最後に飯に触れたと言ったが、それだけでは毒を盛った証拠にはならない。その前に誰かが毒を盛っていたとしても、触れただけのこいつには毒が入っていたかすらわからない」


 役者な彼に引けをとらない張りのある声でキヨは訴えた。いつもは低めのハスキーな声なのに、そう言えばキヨ、歌った時も声違ってたっけ。

 レツが体を折って俺の耳元に近づき「キヨも結構役者だよね」と面白そうに言った。これも潜入の時の芝居みたいなもんなのかな。

 役者な彼は苦々しい顔をしていた。


「……詭弁だ」

「水夫にしては難しい言葉を知ってるな、じゃあ聞こう。この中に、こいつの作った食事を食べた者はいるか」


 途端に周囲の船員たちがざわついた。え、どういうこと?

「ここで正直にならないと意味がないぞ、ヤジだけ飛ばしてウソをつくなら魔導士を襲った犯人と同じだ。こいつの料理を食べた者は手を挙げろ」

 船員たちはお互い顔を見合わせたりしながら、おずおずと手を挙げ始めた。その数、およそ三分の一。役者な彼は戸惑って周囲を見回した。


「どういうことだ……」

「どうもなにも、食事を作っていたのがこいつだ。だからあの時間に食べた者はみんな同じ物を食ってる。こいつが触れたのは魔導士の皿じゃなくて、今手を挙げたヤツら全員の皿だ」

 しかもいつもより断然美味かっただろう! とキヨが楽しそうに言うと、手を挙げた水夫たちは激しく頷き、手すりを叩いたり足を踏みならしたりして同意した。

 そりゃそうだろう、俺が食べたスープなんてめっちゃ薄かった。コウが作るなら俺もそっちが食べたい。


 キヨはずっと寝てたんだから、コウが食事を作ったかどうかなんて知ってるはずはない。でも最後に食事に触れていたって情報から、コウが厨房の手伝いをしていたと考えたんだ。そして実際その読みは正しかった。


「じゃあ今度は俺があんたに聞こう。なぜ毒だとわかった」

「な、なんだと?」


 やけに狼狽えた顔で、役者な彼はキヨを見た。

「魔導士が倒れた理由。なぜ毒を盛られたとわかった? 彼を処置した白魔術師も、原因が毒だとは一言も言ってない」

 周囲の船員が、静かにざわめいていた。キヨは無表情のまま彼を見ている。

「なぜ毒だと、知っていた?」

「あ、あんな風に倒れたんだ、毒に決まっているだろう!」


 彼は落ち着かない様子で周囲を見回し、慌てたようにそう言った。

 何か周りの船員の見る目が変わった気がする。さっきまで彼を援護しコウを責めていた雰囲気が一変した。役者な彼の言葉を、疑う空気が漂う。


「どうかな、単なる病気でも急に倒れることはある。それを毒だと明言できたのは、他に理由があるんじゃないのか? たとえば、誰かがそう教えてくれた……とか」


 キヨの言い方は、何だかもう知っていた事実を突きつけているようで、ちょっとだけ怖くなった。

 ホントに、この人は誰かに吹き込まれて、コウを犯人に仕立てようとしたのか?


 彼は言葉を継げなくなって、キヨを見たまま口をぱくぱくさせていた。キヨは見下すように彼から視線を外すと、

「どうしても気になるなら、こいつの荷物を調べればいい。毒なんて見つからないよ」

 そう言ってコウの肩を叩き、エメリに近づいた。


「もういいか? 疲れたから船室に戻る」

 言いながらエメリの脇を抜けて行くキヨは、舞台から降りた途端に何だかフワフワとふらついていた。コウはふらつくキヨが気になったみたいだけど、話題の中心が勝手に退場するわけにもいかない。

 でもシマがするするっとキヨに追いつき、支えて歩いて行った。


 エメリはそれを見送ってから、舞台に上がるように一歩踏み出した。


「聞いた通りだ。勇者一行の者が魔導士の毒殺を試みたというのは、動機も証拠もない疑惑でしかない。ただ、犯人ではないという証拠も無い。今後、彼の飯を食いたくない者は、いつも通り我々の水夫の作ったものを食べればよい。今日のところは以上だ。仕事に戻れ」


 エメリはそう言って解散を促した。

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