第78話『何がこの船に仕掛けられてるのか』

 エメリは俺たちが話し合う時には、船長室を使っていいと言った。船員に聞かれたら困る話になっちゃったしね。

 エメリとカソルラは、船員たちに目的地と航路の変更を伝えに行った。俺たちがその場に居る必要はないから、そのまま船長室にいるのだ。キヨはやっぱり机に寄りかかって斜めになっている。


「無理しないで、部屋に戻って寝た方がいいんじゃない?」


 レツに言われて、キヨは目を閉じたまま「んー」と応えた。

 そりゃ犯人捜すとなったらキヨ頼みなとこはあるけど、それでも万全の体調でない時から酷使することもないよな。その分俺たちを使ってくれれば。

 そうしていたら、扉が開いてハヤが戻ってきた。


「あ、団長お帰り」

「魔導士の様子、どうだった?」

 ハヤはみんなに笑顔で応えた。

「大丈夫、今のところは眠らせてる。とりあえず片割れの方にも回復魔法かけてきた」

 話しながら入ってくるハヤに、キヨがむくりと起きあがって振り返る。

 ハヤはキヨに視線を落とした。


「なにキヨリン、体調不良押してまで僕のこと待ってたの」

 かわいいとこあるじゃん、とハヤはキヨの頬に触れた。キヨは珍しく邪険にもせず黙ったままハヤを見た。

 キヨが部屋に戻らなかったのってハヤを待ってたからのか。でもそれってなんでだろ?


「……今なら船長も航海士もいない」

「なにそれ、誘ってんの?」


 ハヤは混ぜっ返したけど、無言で見るキヨにちょっと視線を彷徨わせてから、根負けしたみたいに両手を挙げた。

「わーかった。どうせ僕だけで考えててもしょうがないしね」

 ハヤは手放すように言って、さっきまでシマが座っていた椅子に座った。


「キヨリンみたいに妄想力逞しくないから、僕が引っかかってることだけ言うね」

「こっちじゃなければ団長の妄想力には定評があるのに」

 レツが言うと、ハヤも面白そうに笑った。こっちじゃなければ、とは。


「僕が気になったのはモンスター除けの結界の構成。ギルド登録しても稼げない程度の魔導士が作るにしては、ちょっと複雑な気がすんだよね」


 そう言えば倦厭の結界の話してた時に、何か引っかかったような言い方してたっけ。シマは立ったまま首を傾げた。

「もともとえらい魔術師が船用に作った魔法陣を引き継いで、魔導士が敷いてんじゃね?」

 与えられた航海用の魔法陣を敷いてるだけなら、ギルド登録が無くてもいいレベルの魔導士でも何とかできるよな。


「それはそうなんだけど、何というか……」

 ハヤは唇を尖らせてうーんと唸った。

「団長、ちょっと手貸して」


 キヨは机の上で手を伸ばした。ハヤはちょっとだけきょとんとして、それからレツを見る。レツは黙ってキヨの隣から立ち上がりハヤと入れ替わった。

 ハヤは何か混ぜっ返そうとして口を開いたけど、キヨがまだぐったりしたままだったから黙ってキヨの手を握った。キヨは目を閉じて集中する。


「……シガサクロルム」


 キヨは小さく呪文を唱えた。キヨの体から、最近よく見る魔法を発動している感じのキラキラした光の粒がふわふわ現れていたけど、何かが起こるわけじゃなかった。手を繋いだハヤはちょっとだけ怪訝な顔をしている。

 光の粒はしばらくして落ち着いて消え、キヨはハヤの手を離した。


「……なるほど、要素が多いんだ。モンスター除けが目的なのに、ところどころに違う目的の魔法文字が入ってて、無駄が多く見える」

 俺たちは顔を見合わせた。いや、今何が起きたんだ。

「キヨリン、今の」

 キヨは体ごとまた斜めになった。

「ちょっと団長の力借りた。俺には敷かれている結界の知覚ができないから」


 それって、ハヤが結界を読むことができるけどキヨにはできないから、ハヤが見ている結界の内容を見せてもらったってこと!? そんなことできるの??

「あの本にあったんだ。原初の魔法って白とか黒とかないんだよな」

 その辺もうちょっと調べてみたくなったと、机に突っ伏したままキヨは言った。いやこんな時でも勉強の話ですか。


「キヨリン覗き見しちゃうとかずるい! 僕だけがわかってたことなのに!」

「言語化できてなかっただろうが。ちゃんと説明してくれてたらやらなかった」


 ハヤはぷりぷりしてたけど、キヨはまたぐったりしながら話すので、再度回復魔法をかけてあげていた。このぐったりは体力がないからなのか。


「でも……そうだな。団長が説明しにくいのもわかる気がする。ただ洗練されていない、レベルの低い魔術師が作った魔法陣って言いきれない感じが。なるほど、これが根拠か」

 根拠って、さっき言ってたやつなのかな。

「どういうこと?」

 レツはきょとんとしてキヨとハヤを見た。キヨは視線だけでハヤを促す。ハヤは小さくため息をついた。


「……あの魔導士が襲われたの、本……っていうか寄港させるのが目的じゃない気がするんだよね」

「ええ!」


 俺とレツは揃って声を上げた。っていうかコウも驚いた顔で見た。

 魔導士がこのタイミングで襲われたのは、本を奪いたいヤツらが待つグースドゥアールに船を向かわせるためじゃないのか?


「結界の要素がね、」

 ハヤはそう言ってキヨに振る。

 結界自体は白魔術だけど、たぶん知識はキヨのがあるんだろう。あの本だって読んでるのはキヨだけで、ハヤは読む気もなさそうだし。キヨは大変そうに体を起こした。


「意味もなく散りばめられているように見える魔法文字の作用が、感知の阻害をしてるんだ」

「それならモンスターからの目くらましだと思えば、珍しくないんじゃね?」


 シマは首を傾げて腕を組む。モンスターが俺たちを感知するのを防ぐ目的ってことか。

「うん、一瞬そういう風に見える。でも別の魔法文字がそれを結界内にも発動させてる」

「だよね! そこら辺が変だと思ったんだ」

 ハヤは納得したように頷いた。え、ちょっと待って、こんがらがってきた。


 整理すると、もともとの魔法陣はモンスターが避けていく倦厭の結界。

 そこに感知を阻害する魔法も載せてあって、それ自体はモンスターからの目くらましも兼ねている。けど、感知を阻害する魔法自体は結界内にも効くようになっている。


「つまり、結界の中で感知の魔法が効かないようになってるってこと?」


 レツは机に両手で頬杖を付いて揺れながら言った。

 でもハヤはあの魔法陣がどういうのか、見えてたよね? それにさっきキヨが使った魔法だって、感知系だったんじゃないのかな。


「団長のは魔法発動してない。むしろ特殊能力に近いよ。たぶん患者の容態を診るのに特化して使ってる能力なんで本人も特殊だと思ってないんだけど、繊細なものを読む感覚だから隠されてない限り魔法陣も読めるんだ」


 レツは「そうなの?」と首を傾げてハヤに聞いた。言われたハヤは「そうなんだ?」と首を傾げて答えた。

 なるほど、ポテンシャル高すぎて無頓着なヤツか。言われてみれば、敷いてあるけど目に見えない魔法陣に触れる人なんて見たことないや。じゃあキヨの魔法は?


「俺がさっきやったのは感知じゃない、団長の力にシンクロして団長が見られるものを知覚しただけ」

 っつーことは、直接的に感知の魔法を使ったわけじゃないから問題なかったってことなのか。

「感知の魔法って、何ができるんだ?」

 何となく、どういう魔法陣が敷かれているかわかるっぽいのは知ってるけど、それってモンスターからの目くらましとどう関係するんだろう。俺はシマを見た。


「モンスター向けの目くらましって基本的に感知の阻害なんだ。あいつらが持ってる能力は魔法発生だと考えられてる。そんで、そんなモンスターが俺たちを捕食するために研ぎ澄ましている感知能力が、その結界に引っかかる」

「魔法の内容を知ろうとする魔法が、ごはんを見つけるための能力と同じなの?」


 レツは思いっきり難しい顔をして首を傾げて言った。

 シマの説明だと、モンスターが捕食対象の気配を探ることが、魔法の内容を探るのと同じになっちゃう。


「その辺も難しいところなんだけどな。俺たちも向き不向きはあれど魔力を掴むことが出来る以上、魔法の存在だろ。モンスターにとっての人って、魔法みたいな、感知で読み取らないとならない存在なのかもな」


 とにかくモンスターには、感知の魔法を無効化するこの結界の中に俺たちがいると知ることができないのか。じゃあ倦厭の結界に載っててもおかしくない効果なんだな。そしたら内側に効かせても問題なさそうだけど、何ができなくなっちゃうんだ?


「感知の魔法は、基本的には魔力や、かけられた魔法や敷かれた魔法陣の内容を知るための魔法だね」


 そう言えばこの前ツィエクの図書室にかけられていた防御の魔法が警報系ってキヨが言ってたっけ。魔法自体の存在を知るのと、魔法の痕跡を辿ることができるのか。それでハルさんがあの闇魔法の人形の存在を知ることができたんだな。でも感知の魔法を妨害して何ができるんだろ。


「知られずに済むだろ」

「何が?」

 俺は窓辺に立ったままのコウを振り返った。コウは小さく肩をすくめる。

「何がこの船に仕掛けられてるのか」


 俺は目を見開いてコウを見た。

 え、そしたら、この船に何かヤバい魔法とか仕掛けられてるの!? でも船内で感知の魔法を使うことはできないから、何があるのかわからないってこと?


「最初はさー、キヨリンの言うように洗練されてないんだと思ったんだ。だからまぁ、下手に結界内にも作用しちゃってるけど何もないからいっかーって。そんで魔導士のごたごたが起きたけどまだ原因はわからないからさ。そしたら港に寄らせるために狙ったとかって話になって、でもそれにしては攻撃が早すぎるとかって言うから、」

「むしろ何かを隠すために魔導士を襲ったのかもと」


 言葉を継いだシマに、ハヤはそれと言う風に指さした。

 それで慌てて魔導士の様子を見に行ったんだ。

 本のために港に向かわせるのが目的じゃなくて、魔導士自身を狙ったものだとしたら、命を取り留めた魔導士をもう一度狙う可能性がある。


「でも、魔導士が何か別の目的で狙われたんだとしても、感知が使えないんじゃ、何が仕掛けられてるかわからないね」

「広い範囲ではだよね。そこに魔法陣があるってわかってるなら、団長になら読めるんだし」


 でもそれって魔法陣がある前提じゃんね。何が目的がハッキリしないまま、どこかに魔法陣があると思って探せるのかな。

「それにたぶん、隠されていたら団長には読めない」

 魔法陣って隠せるの! 俺が言うと、キヨはものすごく面倒くさそうに俺を見た。

 ……ぐったりしたままそういう顔すんなよ、自分がものすごくダメなヤツになった気がする。


「隠されてなかったら城の防御とか敵にバレバレになるだろうが」

 目だけで突っ込むキヨに代わってコウがそう言った。

 あ、そう言えば、お城にはいろいろ結界が敷いてあったんだよな。あの時は感知の魔法が使えたから、ハヤにはどういう結界とか知ることができたんだな。

「でもまだ本当に本以外に目的があるのか、それともこれも本を狙う作戦の一部なのかはわからないから、どっちも調べないとだな」

 シマは面倒くさそうに言って首をかいた。

 どっちが目的でも、魔導士を襲った人の捜査は託されちゃってるしね。


「でもとりあえずの目的地はグースドゥアールになったんでしょ? そしたら、捜査っつっても二日しか猶予無いってこと?」

 コウは首を傾げた。そうじゃん、グースドゥアールに着いたら、犯人は船を降りちゃうはず。

「どうかな、それは本を狙って港に寄らせる目的だったらの話だからな。寄港させるのが目的じゃないなら、船を降りるかわからない」


 そしたら、もし別の目的があるんだったら犯人にとってはグースドゥアールに寄港するのは予定外なのか。

 でも寄港させるのが目的じゃなかったとしても、魔導士を補充しないと航海は続けられない。そしてどっちにしろ、本を狙ってるヤツがいるのなら、途中寄港するかもしれない可能性は読んでいる。

 ……なんか、グースドゥアールに寄るのって、危険しかないような気がしてきた。


「そう言えば、あの本ってどうしてるの?」

 そこまでされる大事な本なのに、今部屋に置きっぱなしだったら狙われちゃったりしてるんじゃ!?


 するとキヨは机に頬杖をついてぐったりしたまま、上着をめくって見せた。

 腰にベルトで固定する四角い鞄を身につけていて、それがだいたい本のサイズだった。ホントに肌身離さずにいる!!


「本を盗むつもりだったら、キヨリンを脱がさないとならないね……」

 ハヤはキヨの腰に手を回すと、反対側から本に触れるようにして引き寄せた。

 途端にふわっとキヨが消えた気がしたけど、次の瞬間、キヨはコウの胸に飛び込んでいた。っていうか咄嗟に手を着いたからむしろ壁ドンだ。シマとレツが嬌声を上げる。


「キヨくん?!」

「悪ぃ、」


 反射的に抱き留めたコウは驚いてキヨを見たけど、キヨ自身も何だか驚いてるようだった。不調だから魔法にも出ちゃったのか、な……?


「キヨリン、僕から逃げてコウちゃんに抱きつくとか、浮気!」

「なんでだよ」


 キヨはそう言ってガンくれたけど、コウに抱きかかえられたまま体を起こすのは大変そうだった。

 座ってたって辛そうだったのに、うっかり魔法使っちゃったんだからそうだよな。たぶん条件反射的に使ったんだろうけど。ハヤは苦笑しながら回復魔法をかけた。

 コウはそのままキヨを支えて、とりあえず座らせようと促した。


 すると唐突に、勢いよく船長室の扉が開いた。俺たちは揃って顔を上げた。


「こいつ、こいつです!」

 エメリとカソルラの前に、船員が一人いてコウを指さしていた。

 コウはキヨを抱きかかえたままきょとんとした。エメリもカソルラも、厳しい表情でコウを見る。


「こいつが毒入りの飯を魔導士に出したんです!」

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