第71話『それは私の家から盗まれたものだ!』
「いやでもホントにヤバいの?」
レツが不安そうに聞くと、キヨはちょっとだけ首を傾げた。
「まぁ、金額的にはヤバいんだろうな」
っていうかその言い方だと、中身を微妙に知らないみたいだけど。
キヨは懐中時計を取り出して時間を確認した。
「そろそろいい時間だから、引き渡し会場に行くか。あっちは下男たちの出番は無いんだけど」
今回の下男はあんまり働きなかったね。せっかくレツがデビューしたのに。
「荷物運ぶだけだから失敗しなかったけど、何かあったら困るからこのくらいが丁度いいよ」
レツはそう言ってえへへと笑った。
勇者がいつも下男とかカジノでバカ負けする役ってのも、どうかって気がするしね。たぶん俺たちがこの時間に集合だったのって純粋に人手が必要だったからなんだろうな。
俺たちはキヨについて倉庫街へ戻った。引き渡しの場に着く前にコウに振り返る。コウはきょとんとしてキヨを見た。
「……いくら髪を出していても、俺とセットじゃバレるかな?」
「その金髪でそれはないんじゃない?」
レツはキヨの髪に触れようとした。髪色が黒から金に変わるなんてあり得ないから、他人のそら似と思うんじゃ。
「護衛が近くにいないとヤバいんだったらしょうがないけど、その必要がないなら、必要な時に出てくようにしようか?」
つまり乱闘になるなら出て行くと。キヨはちょっとだけ顔をしかめた。
「……まぁ暗いし、なんとかなるか」
そう言ってまた歩き出す。やっぱり護衛は近くに必要なのかな。
危害を与える規模を無視していいんだったらキヨだけでも問題ないんだろうけど、街中で倉庫ふっ飛ばすとか、まさかやれないもんな。
煉瓦造りの同じような倉庫が並ぶ倉庫街の、十三番倉庫の手前の路地でキヨは立ち止まった。ここなのかな。口の前に指を立て、俺とレツは路地を回れと指示する。回って、上?
レツと一緒に路地に入ると、粗末な階段が付いていて二階から入れる扉を見つけた。路地から顔だけ出してわかったことを手を振って伝えると、キヨたちは頷いて倉庫の入り口へ向かった。
俺とレツはなるべく音を立てないように階段を上ると、扉をなんとか静かに開いて中へと入る。
倉庫の二階部分に取り付けられた回廊は、入ったすぐのところは広く雑多なものが置かれていた。荷物のような木箱と、荷物のクッションにする藁の束。思ったよりも体を隠せる感じ。
俺たちはなるべく体を低くして、下の様子が見えるギリギリのところに場所をとった。倉庫の一階には灯りがいくつか付いているけど、この辺まで届かないからたぶん静かにしていれば潜んでいるのはバレないだろう。
っていうかむしろ、階下からすでに揉めているような声がする。キヨが入ってきたのかな。護衛っぽい人が止める声と、それを引かせる声。
「どういうことなんだ!」
押し殺した声。ん、この声って……
「何してるんだ。ここへ来てちゃいかんだろう、もうすぐ引き渡しだぞ」
「それはわかってる。だからここへ来たんだ」
いったい何の話だ? レツもきょとんとした顔で俺を見た。
(引き渡しの人じゃないみたいね)
レツは囁きでそう言った。うん、泥棒仲間はあんなに強気に出るタイプじゃなかったし。俺はもうちょっと体を乗り出して下を伺った。
(あれって、)
ツィエク?! 泥棒の被害者がなんでこんなところに?!
もしかして、泥棒に入ったのが彼らだってバレたのか? それで引き渡しの場に乗り込んで来たとか……
「必要な書類は全て用意されているはずだろう、私の商品は『竜の爪』だったはずだ」
商品? 商品ってどういうことだろ。『竜の爪』って、盗みのターゲットだよな。
「それは間違いない。何か問題でも?」
「ブツが違うと言っていたぞ!」
ツィエクはそう言って、書類を木箱に投げ置いた。一体なんの話をしてるんだ?
「ばかな、だいたいモノはこちらで登録しているんだ、『竜の爪』には変わりない……」
もう一人の男は書類を取って読んだ。
あれ、あんまり顔が見えないけどフィーリョかな。
引き渡しの場には本人が来たんだ。盗んだものを確認しないとならないからとか?
っていうか、ツィエクがフィーリョから何か美術品を買ったんだったら、こんなところに来ないでギャラリーで会えばいいのに。
「だがこの証書には『竜の爪』のことは書かれていない。だからここに示された品物にしか効力がないと言われた」
「あんたのところから盗まれたのは、何だったんだ?」
「それは、」
「それならここにあるよ」
そう答える声がして一同が顔を上げると、キヨが泥棒仲間を引き連れて入ってきた。キヨがチラリと見せた小さな箱は、確かにコウが言った通り手のひらサイズだった。
一瞬、泥棒仲間の一人がツィエクを認識したような気がした。ツィエクはさりげなく顔を背けて暗がりに下がる。
「お前、誰だ」
「ああ、先にこの書類にサインを。彼らの仕事はここまでだからね」
彼らのサインはもう入ってると言いながらキヨは書類を取り出すと、木箱の上に置いてペンにインクを付けてフィーリョに差し出した。あれって借金を取り消す証書なのかな。
「……ブツを渡してもらわなければ、サインはできない」
キヨはそれを聞いてにっこり笑う。
「じゃあ、私がサインしてこれをもらおう」
「なっ、」
慌てるフィーリョをよそに、キヨは簡単にサインして満足そうに書類を取り上げると、懐から紙に包まれたものを取り出して泥棒仲間に手渡した。
それまで呆気に取られていた泥棒の二人は恐る恐る紙袋を受け取ると、慌てて一礼して立ち去った。キヨは軽く手を振っている。あれってカジノのお金で足りる金額だったのかな。
「貴様、何を」
キヨは丁寧に書類を折って懐へしまう。
「何って、取引だよ。書類に書かれていた金額を支払う代わりに、このブツをいただく。君が始めたんだから、わかっているだろう」
「だがそれは」
「それは私の家から盗まれたものだ!」
ツィエクが横から口を挟んだ。キヨはゆっくりとツィエクに向き直る。
「それは私の家から盗まれたのだ。だから私の物だ」
ツィエクはキヨの手から小箱を奪おうとした。キヨは難なくその手を避ける。
「……どこにそんな証拠が?」
「そんなもの、それが私の家にあったものなのだから、それが証拠に決まっている」
キヨは呆れたように苦笑した。
(でもあれ盗んだの俺たちだから、それが証拠だよね)
レツは囁きで突っ込んだ。
キヨが持ってる『竜の爪』は、どうやったのかわからないけど、昨日俺たちが盗み出したものだ。だからツィエクの家にあったことを知っている。盗んだのが俺たちだから、それが紛れもない証拠になる。
でもツィエクは? 何をもってツィエクの家にあった証拠になるんだろう。
「それを購入した時の保険の証書だ。こいつから買った時につけたんだ」
ツィエクはフィーリョが持っていた書類を奪うと乱暴に振った。
「彼から買ったんだ?」
キヨがにっこり笑って言うと、フィーリョは小さく「余計なことを」と呟いた。今のフィーリョは表向きのギャラリー経営者じゃないってことかな。
「ではそこに、このブツが何であるかが書かれているのかな」
二人は一瞬言葉に詰まって固まった。
「箱の中身が何であるかそこに書かれているのなら、当ててみせてくれ。中身が同じだったら、もしかしたら盗まれたものかもしれない」
ツィエクとフィーリョは、顔を見合わせた。
できない、のかな。さっきの話からすると、何だか証書の内容が行き違ってるみたいだった。
フィーリョが売った商品の『竜の爪』と、昨日盗まれた『竜の爪』は違うものだったみたいだ。
(でも違うものだったのなら、その違うものを言えば当たるのに)
本当に盗まれたものが別にあるなら、それを言えばいい。
でも保険の証書を証拠として提示してしまっている。フィーリョが売って昨日盗まれたものは同じ物だとツィエクは言っしまっているのだ。証書の内容が行き違っているのに?
(手近に証書があったから、違うけどそう言っちゃったのかな)
俺がそう言うと、レツは難しい顔で首を傾げた。証拠って言われたら、何か明確な物を提示したくなるじゃん。
キヨは無言で睨む二人に、罪のない顔で首を傾げて見せた。
「当てられないのか? それならこれは、私が先程彼らから購入した私のものだ。それに当てられたとしても、単に同じものの保険証書なだけでこれを示しているとは限らないけど」
キヨは言いながら小箱をコウに渡した。これで力ずくで奪うとか不可能になったな。
「……貴様の言うのは詭弁だ」
「どこが? 盗まれたと言う者もそれを売ったと言う者も、正しく何であるか言えないのに、私の言葉の何が詭弁だと?」
キヨはだんだん機嫌が悪くなってきたみたいだ。なんかクルスダールの二の舞にならないか心配。仲間が危険にさらされてないから、そこまでキレたりしないだろうけど。
(でも何で言えないんだろうね)
レツはぼんやり階下を眺めながら言った。俺も、もう一度下の様子を見る。
ツィエクは盗まれてるんだから、あの箱に何が入ってるか知ってるはず。フィーリョは商品として売ってるんだから何か知ってるはず。なんで中身を言わないんだろう。
もしかして、ホントにキヨはまったく違うものを盗んできたのか?
(違うもの盗んでたら、泥棒仲間への支払いってどうなってたのかな)
(そりゃ違うのだったらダメだろ)
本来はこの場で中身を確認して、それから支払いのサインをしたのかもしれない。でも間にキヨが入ったから中身を見ていない。
見てないから支払いできないのだけど、支払いしたのはキヨだから問題がない。
(でも支払いしないんだから、フィーリョは何も困らないよな)
借金肩代わりして盗品を手に入れるんだとしても、肩代わりしたのはキヨで、お金払ってないんだから損はしてない。
そりゃ泥棒までさせて盗ませたものだから、どうしても欲しいものだったのかもだけど。
(でもそれ売ったのってフィーリョなんだよね?)
俺とレツは顔を見合わせた。
そうじゃん、フィーリョって売った人じゃん。なんでわざわざ盗んでんだ?
キヨたちはしばらく無言で睨み合っていたけど、先にしびれを切らしたのはフィーリョだった。
無言で頭を振って護衛たちをけしかける。暗がりの中から、屈強な男性が数人飛び出して来た。キヨはあんまり興味なさそうに一歩引くと、すかさず前に出たコウが掴み掛かって来た腕を軽く叩いて受け流した。
「箱を壊すなよ」
キヨは数人を相手するコウに無責任にそう声掛けた。
コウは殴りかかる手を振り払い、箱を持った手で止めようとして軽く箱を投げた。箱が落ちてくる前に手の甲で鼻を潰し、膝を折らせて簡単に護衛をなぎ倒す。
箱をキャッチしてまた投げると、次のパンチを押さえ、足を払って膝でのど元を蹴り上げた。二人目が伸びたと同時に箱をキャッチする。
箱が落ちてくる場所も時間も、コウが操ってるみたいだ。蹴りも突きもターンも、動きにムダがなくて捕まえられる気がしない。まるで踊るような動きの中で、小箱だけが時々宙を舞う。
敵の護衛もキヨを狙っちゃえばいいのにって思ったけど、キヨを見てみたら掴み掛かる敵からフワフワと避けていて、まるで風に舞う羽毛を捕まえようとしてるみたいだった。間合いを詰めれば外される。あれって風の魔法なのかな。
コウがキヨを狙う護衛に手を出すと、キヨはコウすらもふわりと避けていた。
最後に落ちてきた小箱をキャッチすると、辺りには気絶して倒れる護衛たちが転がっていた。少しだけ上がった息を整えながら、コウはキヨの背後に下がる。
フィーリョはあっという間に倒された護衛たちを愕然とした表情で見回した。
でもこれでハッキリした。
フィーリョは売った商品を盗み出した上に、力ずくでも手に入れようとしている。
「そこまでするなら、なんでサインしなかったんだ」
キヨは呆れたように言って懐から書類を取り出して眺めた。
中身が確認できてないから? ブツを渡してなかったとは言え、あの場でサインしたらキヨはブツを渡したんじゃないのかな。その上で違うものだったら、それでも支払いはされたんだろうか。フィーリョはどうすべきだったんだろ。
「わかった、サインする! サインするからそれを渡せ! ええい、元からそのつもりだったんだ」
フィーリョはキヨの手から書類を奪うと乱暴にサインして懐から出した紙袋と一緒に押しつけた。キヨは何だか気圧されたように胸元の書類と紙袋を受け取った。
それからサインを眺めて小さくため息をつく。
「おい、ちょっと待て。お前はそれでいいかもしれんが、私はどうなる!」
「知るか、ここの取引は俺のだ。お前のはとっくに終わっているだろう」
「何だと! お前の不備ではないか! そいつは私が盗まれたものだから、この取引は無効だ!」
「どうしても欲しいなら俺から買うんだな」
「貴様……」
「それはちょっと無理じゃないかなー」
やけに明るい声がしてそっちを見ると、ハヤがにこにこしながら歩いてきた。転がる護衛たちを見回して「何か派手にやったね」とか言ってる。
「ハヤ……? なんでこんなところに?」
「ツィエクさん、申し訳ないんだけどそれ買い戻すのは難しいですよ。っていうか、今の生活続けるのも不可能かも」
ハヤはそう言ってツィエクに書類を手渡した。
「これは、」
「召喚状。あなたの交易ルートと取引先の街での盗難事件について、詳しく聞きたいとのことです」
ツィエクは驚いた顔でハヤを見た。
盗難事件?! いや、え、ツィエクはむしろ盗難事件の被害者だよね?
「まぁ、本来それだけじゃ動かないけど。残念ながらあなたのコレクションから該当の盗品が見つかっていて、そっちはすでに完全に押さえられています」
「なんだと?! そんなことはない、私のコレクションはこの男から購入したもので、」
「詐欺の被害者ってことですか。うん、たぶんそういうポジションて言うだろうなと思ってた。詐欺の被害者か盗難の被害者か。でもそれちゃんと品物が流動してる時だけだし、流動してる時はあなたも詐欺の加害者でしょう?」
ハヤは木箱の上の書類を指先で叩いた。あれは、保険の……
「事業については安心してください。俺がフォローしておきました」
「どういうことだ……」
ハヤはにっこり笑う。
「盗品密輸の件で交易の権利はすでに剥奪されてます。でもそれだと従業員が路頭に迷うし、ツィエクさんも気がかりでしょう? だから俺がその権利を買うよう指示しました。貴方の事業は丸ごと引き受けたので大丈夫ですよ。安心して逮捕されてください」
安心して逮捕って……昨日までよくしてくれたお金持ちに、ハヤって時々すげぇな。っていうか、泥棒仲間の借金肩代わりしたのに、事業買い取るってそんな金どこにあったんだ?
「二人揃って逮捕なのか? こっちの商品が差し押さえられることはなさそうだけど」
「時間の問題かなー、書類をあされば繋がりがバレるだろうから、こっちの方も無傷じゃいられないだろうね」
どこか遠くに逃げないと、とハヤは言って肩をすくめた。キヨはさりげなく時計を取り出して時間を確認する。
すると唐突にフィーリョはコウに走り寄ると、小箱を奪って走り出した。
「待て!」
ツィエクはフィーリョを追って走っていった。俺とレツは顔を見合わせて、体を起こすと急いで倉庫の表側に回った。
キヨたちは倉庫を出ると、真っ暗な港の岸壁から桟橋の方へ走る二人を見送っていた。逃がしちゃっていいの?!
「そうだな、ちょっと借金させる必要はあるんで」
キヨはそう言って、少し俺たちから離れた。それから集中して魔法を使う時みたいに、軽く腕を開いて立つ。ふわりとキヨのマントがなびいた。キラキラと光る魔法の粒が現れて、キヨの周りを旋回する。あれ、いつもこんな風に見えたっけ?
「いてっ」
旋回する光の粒が当たると、あの時みたいに刺激を感じた。おいおい、この範囲広がってきてるけど!
俺たちは光の粒の渦を避けて慌ててキヨから離れた。
これって自然の力を捉えた魔法なのか? 光の粒はどんどん増えて明るさを増し、金髪のキヨは大きな光の渦に包まれているみたいだった。
「……ブラニシャルカイニサーガラ」
キヨが呪文を唱えると、光の粒が一斉に海へと走った。
魔法の光の粒はまるで波間に遊ぶように、水面に潜ったり跳ねたりしながら進む。次第に海水を巻き込んで跳ねるようになり、そのまま透明なうねりとなって立ち上がった。あれって……
「海の竜!?」
透明な体を海上に立ち上らせた竜は、いたずらに体をうねらせて大きな波を起こした。波の模様が鱗に、白い波飛沫が竜のひれになる。
鋭い咆哮が空気を揺らした。それから体を震わせると、口から滝のような勢いの水流を発射して桟橋に停泊していた船を破壊した。
すげ、一発であの船ぶっ壊した……桟橋には、フィーリョとツィエクが腰を抜かして転がっていた。
レツを見てみたら、あんぐりと口を開けて驚いた顔のまま俺を見た。
レツ、口開いてる。
「お前もな」
コウに言われて俺も慌てて口を閉じた。
竜はそのまま岸壁のキヨに近づいてくる。
キヨは少しだけ顔を上げて、顔を近づける竜に手を伸ばした。竜はなんだか満足げにそれに応え、それから体を起こすと音もなく海の中へ消えていった。
「今の……」
俺が言うと、レツは無言で何度も何度も頷いた。
やっぱりお告げの海の竜だったんだ。でも、さっきキヨが魔法で呼び出したよね? キヨ、竜をどうやって……?
「キヨくん、船ぶっ壊しちゃって大丈夫なの」
キヨは明らかに疲れた顔でチラッとコウを見た。
「『街の護り』がやったことだよ、誰も突っ込めねぇだろ」
呆然とする俺たちの脇を、衛兵が走り抜けて行った。
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