第70話『俺、こういうの初めてかも!』
「今日って引き渡しは二十二時なんだよね?」
俺が聞くと、レツは一応と言って頷いた。
「じゃ、なんで集合は二十時なの?」
俺がコウを見ると、コウは「俺に聞くな」と言って顔をしかめた。
「いろいろあるから、遅れないようにとか」
いろいろって、俺たちには何の用意もないけども。それにしたって二時間も前って早すぎないか。
キヨはいつもよりちょっと早く起きていた。それでも十時くらいだ。よく寝過ぎて頭が痛くなったりしないよな。
俺たちは別に気を使って静かにしていたわけじゃないけど、無言でむくりと起きあがるから攻撃されるかと思ってビビって一斉に隠れたのは秘密だ。
「キヨリン、起きた?」
ハヤはわかっていたのか、出掛けていたけどキヨが起きるくらいに一度戻ってきた。寝惚けたまま苦い珈琲を飲んでいるキヨに近づくと、
「はい、ご所望の品」
と言って何かの一覧を渡した。横から覗いて見たけど、何か難しい単語とか地名とかで、何の一覧なのかわからなかった。
「それとこっちはシマから」
そう言ってもう一枚の紙を差し出す。
そう言えばシマは頼まれ事してるって今日も出掛けてるんだった。シマがいつも携帯している紙に書かれたメモ。こっちは日付とかが書いてある。キヨは二つの紙を並べて見ていた。
「まだ何か探る? 僕行ってこようか?」
「……いや、探る方はこれで。シマも動いてるし」
「それで、ちゃんと動けそう?」
ハヤに言われて、キヨはちょっとだけ顔をしかめた。
「完全に潰すには、公的手段じゃ弱いな……下手に法に訴えたら、主犯を裁いて絞首刑とかだろ」
そういうのはちょっと、と言ってキヨは小さくため息をつく。え、一体何の話だ。
「そしたらどうすんの」
ハヤはキヨの隣に座って足を組んだ。キヨはやっぱり考えるように視線を落とした。
「ちょっと団長に……」
半分くらい寝落ちしそうなキヨの口元に、ハヤは眉根を寄せて思いっきり耳を近づけると、何かを聞き取ってニヤリとした。
「……面白いけど、それ一日でって結構人使い荒い」
「シマも使って。シマって言うか、」
「うん、わかるけど」
ハヤは面白そうにそう言った。いやわからんけど。
結局そんなやり取りのあと、ハヤもキヨも出掛けて行った。
外に出られないコウと行くあてもない俺とレツは、部屋の中で布を丸めた球を使って瞬発力の訓練なんかをやっていた。これも練習だけど、部屋の中じゃ本気で動いたりできないし、結局は遊んでるようなもんだ。
図書館に行くことも考えたけど、シマの泥棒仕事が現在進行形だとしたら、俺たちがあそこに入り浸っていると暗号の設置方法を変えてしまうかもしれないとキヨが言うので、なんとなく諦めてしまった。
その割りに、コウは外に出ても大丈夫だとキヨは言っていた。
理由は話さなかったけど、でもツィエクの家に泥棒が入ったことが明るみになっているのに、その泥棒として一番疑われる怪しい業者だったコウが外に出ても安全ってどう考えてもわからない。
考えられない組の俺たちだけど、そこの意見は一致していたので、結局部屋で時間を潰すことにしたのだ。
俺はちょっとだけ、キヨに貰った本で文字の勉強をした。でも絵本からいきなりのレベルアップに苦戦して思ったほど進められなかった。
夕飯の時間になってもみんな帰ってこなかった。きっと色んなところで聞き込みしたり、用意したりしてんのかな。
「一応待ち合わせだけは教えてもらってるんだし、その時間に行けばいいんだよね」
レツはもぐもぐしながらそう言った。コウはちょっとだけ咎めるような顔で見る。
今日の夕飯は筒型のパストとトマトと肉の煮込み。肉は筋張っているけど、ダシがめっちゃ出てる感ある。一緒に食べるトマトソースに深みがあってめちゃくちゃ美味い。みんなこれ逃すとか絶対損してる。
「正直、俺たち行っても何にもならない気がするけどな」
コウはそう言って赤いタレンを飲んだ。う、それを言ったらおしまいなんだけど。
今日のキヨたちのやり取りや昨日の行動考えても、今夜のために何かの準備をしている。でもそれって俺たちが手伝えるタイプのことじゃないから、まるっきり蚊帳の外だ。準備の時間を割いて俺たちに説明に来る必要もないもんな。
何にもならないって言っても、コウはごろつき現れたら活躍の場が約束されてると思う。
「でも一応見届けたいじゃん」
レツはちょっとだけ口を尖らせる。そりゃね、レツは勇者だし、何らかの解決があるならその場にいるべきかなって思うけど。
俺たちは夕飯を食べ終えると、何となく黒っぽい地味に見える服に着替えてから港に向かった。一応誰に会うのかわからないから、これまでも変装に使ってたキャスケット帽を被る。
待ち合わせは、最初の暗号に書かれていた倉庫街よりも港の近くだそうだ。
いきなり引き渡し場所に乗り込むわけにはいかないもんな。コウはもうお役御免になったはずの仲間だし、俺は処分されてるはずの子どもだし。いや、俺は子どもじゃないけど。
「誰もいないね」
レツは辺りを見回した。
待ち合わせは港のはずれの小さな小屋だった。ロープなどが置いてある物置だ。壁の掲示板に色んな一覧表が貼り付けてある。
一応これから何をするのかわかっていないから、人に見られそうな広いところに出るわけにはいかない。
倉庫街から外れたこの辺は、どちらかというと一昨日キヨを見かけた桟橋に近い。この辺は下町のエリアだったから漁船がメインの小さな港だと思っていたけど、この時間にそこそこのサイズの船がついていた。
でもまったく灯りがついていなくて夜の闇に溶け込んでいる。停泊中は中に人が居ないのかな。
俺たちが着いた頃に二十時を知らせる鐘が遠くで響いたけど、みんなが来る気配はまだなかった。いろいろ用意してるから遅れてるのかもしれないな。俺は時計を持ってないから正確な時間はわからない。
っていうかたぶん、仲間で時計を持ってるのってハヤだけだ。魔法道具の懐中時計は高価な物だし、冒険の仕事をしているとそんなに必要になったりしない。この前召使いキヨの扮装のために貸してたけど、持ってることも知らなかった。
「もう来てたのか」
背後から声がしたので振り返ると、そこにキヨがいた。っていうか、
「そっ、」
俺が声を出した瞬間にレツが俺の口を塞いだ。わわわ、ごめん! レツは俺が頷いて理解を示すと、そっと手を外した。
「その髪どうしたの!」
俺は声を殺して言った。
キヨの髪は明るい金髪だったのだ。辺りは真っ暗いってのに淡い月明かりを吸収したみたいにキラキラ光ってる。それって俺の髪の色を変えたハヤの魔法?
「すごーい、きらきらだね」
レツは恐る恐るキヨの髪に触れた。
キヨはあんまり気にしてないみたいだ。自分からは見えないもんな。それにしても、まるっきり慣れないしまるっきり別人に見える。キヨは持っていた小さな灯りのついた魔法道具のランタンをレツに渡した。
「全員面が割れてるんだ。お前らがやれるんならいいけど、そうはいかないだろ」
キヨはそう言ってマントのフードを被った。ん、誰に対して面が割れてるんだ? 俺はレツとコウを見てみたけど、二人とも難しい顔をしていた。うん、俺たちがやれるとはあんまり思えないね。何をやるのかもわかってないし。
「キヨくん、とりあえずこの時間に集合って、何すんの?」
コウに聞かれてキヨはちょっとだけ頭を振って示した。
「あの船?」
キヨは小さく頷くと俺たちを振り返って、一人ずつ指さした。
「護衛、下男、下男。行くぞ」
えっ、ちょっと! でもキヨはそのまま足早に真っ暗な船に向かって行ってしまう。それ何の説明にもなってないけど!
「説明したら何かできるのか?」
俺は何もできないけど、コウとかレツは違うかもじゃん!
「いや、俺も別にできねぇけどな」
コウは肩をすくめて言った。えー、護衛ならいつもやってるのに!
「先に何か説明されてやったことなんてねぇよ」
「俺、こういうの初めてかも!」
レツはなんだか嬉しそうにランタンを差し出してキヨの前を照らした。小さな灯りはキヨの足もとをかろうじて明るくしている程度だ。
そう言えば、レツと潜入ってしたことないような。おつかいとかはしたけど。
そしたらホントに、説明ナシでも説明アリでも同じかもしれないのか。あー。
桟橋に辿り着くと、船に乗り込むタラップが外されていた。そんなに大きな船じゃないと思ったけど、近くで見るとそれなりだな。
コウがすぐにタラップに気付いて動かして来たので、俺とレツは慌てて手伝う。キヨは船を見やっていて手伝う気配もない。っつか下男って言うくらいだから、キヨはやっぱお金持ちキャラなのかな。
「こういうのって、どういう芝居すればいいの?」
レツがタラップを押しながら声を殺してコウに聞くと、コウはチラッとレツを見た。
「別に、召使いなんだから、キヨくんがやりやすいようにしてあげればいいんだよ。キヨくんが何かするのを全部やってあげるつもりで」
なるほど召使いの極意。キヨが従者の時も、俺がちょっと見ただけで来てくれてたもんな。難しい設定背負わされてるわけじゃないから、とにかくご主人様の助けになればいいのか。
キヨはタラップが設置されると、俺たちを気にしないで上り始めた。コウはすぐランタンを取ってあとについて上ったけど、最上段でさらっと追い抜いて甲板へ乗り込み、舷門から手を伸ばしてキヨを引き上げた。俺とレツは慌ててよじ登る。
船の中は真っ暗だった。キヨのランタンはものすごく灯りを絞っていたから、暗さに目が慣れていて困る感じはなかった。それでも、月明かりが出ている外だけだよな。きっと船内に入ったら何も見えないだろう。
キヨは金持ちキャラのハズなのに、灯りをつけろとは言わなかった。
「誰だ」
船内から男性が出てきた。この寒いのに意外と薄着で筋骨隆々。船員なのかな。
俺たちが勝手に乗り込んでるってのに、声を上げたりはしていない。コウが無言でキヨと彼との間に立った。
「舟番は君一人だな」
キヨはチラリと彼を見て、懐から紙を出して軽く振った。
「暫定の責任者ってとこかな、前の主はいろいろあって権利を手放さざるをえなくなって。君たちにはとりあえず私の仕事をしてもらう」
キヨはつかつかと船室の方へ近づいた。怪訝そうな船員は反射的にキヨの前に立ちふさがる。キヨはちょっとだけ首を傾げた。
「……ああ、先程積み込んだ荷物は船室、かな? まさか下へ積み込んではいないだろうね?」
その言葉に船員は顔を上げた。話が通じているとわかったみたいな顔。
「もちろんです、今回は量も少ないんで二等の船室に」
「結構。だが今回この便では運ばないんだ。悪いがもう一度降ろしてもらう」
キヨはそう言って頭を振ってコウを促した。コウはすかさずキヨを追い抜いて船室に入る。
「えっ、でもこのあと別の荷も届くって」
「ああ、そうだったな」
キヨは懐から懐中時計を取り出して眺め、「一時間くらいか」と呟く。船員は小さく頷いた。
「取引はあるが、今夜の便ではなくなったんだ。そこまでの量じゃないから予定の変更が可能だったんで」
船員は少しだけ戸惑っていたけど、キヨの話す内容に頷くとコウに続いて船室に入った。俺とレツも慌てて続く。っていうか船には彼しかいないのかな。
キャビンの廊下は狭く、すぐ先の右側に細い扉が開いていた。覗き込むとリレーのようにコウが木箱を渡してきた。俺とレツは渡された木箱をキヨのところまで運ぶ。案外重いなこれ。
大きさは俺が一人で抱えられるサイズだから、そんなに大きくない。
「これで全部です」
キヨは俺たちが運んだ木箱を数えると、確認するように手元の紙と見比べてから頷いて、運び出せって感じに片手を振った。俺たちは黙って船から荷物を降ろす。
なんとなくだけどすごい大事な荷物のような気がしたので、なるべくゆっくり落としたりしないように注意してタラップを降りた。
「これ以外の船荷は、穀物と酒だったか」
キヨは降ろし終わった木箱を見ながら言った。
「はい、あと芋ですね」
キヨはそれを聞いて頷いた。
「港に掛け合っておいたから舟番の必要はない。
キヨは船員に硬貨を差し出した。
船員は臨時収入に嬉しそうに笑って「ありがとうございます」と言うと、新しい主の気が変わらないうちに急いで街の方へ向かって小走りに去っていった。
「さてと、」
キヨは木箱を振り返った。これって一体何なんだ? っていうか、
「キヨ、この船買ったの?」
キヨはあからさまに顔をしかめた。
「んなわけねぇだろ」
でも船員たちの新しい主みたいに言ってたのに。キヨが言うんだから、まるっきりウソとは思えない。今下ろした積み荷の量まで知ってたし。
「それは舟番が言ってただろ。何聞いてたんだ」
キヨはそう言うと、コウがどこからともなく持ってきた手押し車に木箱を積み込んだ。あれ、そうだったっけ?
俺が首を捻っていると、コウが手押し車に積み込めない分を俺とレツに押しつけた。
「どこまで運ぶ?」
「とりあえずさっきの小屋に」
それって地味に距離あるね。
俺とレツは、途中何度か立ち止まって休みながら運んだ。なるほど、これは早めに集まる必要あったな。
「これって何なの?」
完全に息が上がった状態でやっと辿り着いた小屋に木箱を置くと、レツは一息ついて言った。
「ヤバい荷物」
コウはそう言って木箱を小屋の隅に置いて、キヨが何か言う前に手近のロープを木箱に載せて隠した。ヤバい荷物?!
「キヨくんが芝居して取ってくるんだから、ヤバいもんに決まってんだろ」
「そういう判断基準やめろよ」
キヨが裏拳を決めると、コウは笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます