第67話『わかってる。盗んじゃいけないものは盗まないよ』

「そんで、どうすればいい?」

 コウはちょっとだけ情けない顔で言った。

「……別に、そのままでいいよ。決行しても問題ないし」

 キヨは掠れた声でそう言って、ぼんやり珈琲を飲んだ。そのぼんやり具合が説得力ないんだけど。


 翌日、コウは朝ご飯を食べてから泥棒仲間のところへと行ったのだ。昨日話していた通り日中にコウが忍び込むんだったら、その旨伝えないとならないし。

 でも、コウは思ったより早く帰ってきた。

「問題発生」

 コウの帰りを待って出掛けるつもりだった俺たちはのんびりしていたのだけど、切羽詰まったコウを見てまだ寝ていたキヨを起こしたのだ。


 コウの話では、だいたいの予想通り、夜に人目をはばかって忍び込むつもりの彼らは今夜決行すると宣言したらしい。引き渡し当日の明日に忍び込んで、時間が足りなくなっても困るだろうしね。

 コウも先にそう言われてしまうと、日中に自分だけ忍び込むという上手い言い訳ができなかったらしく、その予定で押し切られてしまったそうだ。

 キヨはまだぼんやりと珈琲に口を付けていた。聞いてんのかな。


「別に彼らの泥棒に協力するわけじゃないんだから、彼らが夜に忍び込むんだとしても、こっちは日中に入っちゃえばいいんじゃないの?」

「いやいくらなんでも一日に二回泥棒に入られたら、バレるんじゃね?」

 シマはベッドに後ろ手をついて言った。

 一回ならバレても逃げてるから大丈夫かもしれないけど、二回目の人たちのハードルを上げることになる。その二回目が素人泥棒なんだから成功できないかもしれない。

「泥棒自体は、俺たちが成功してれば彼らの手柄になるからいいんじゃない?」


 レツはみんなを見回した。

 俺たちは盗んだものを自分たちのものにしようとはしてない。コウだけで忍び込んでほしいのは、仲間の俺たちが引き込み役をしているのをバレないようにするためであって、俺たちが着服するためじゃないもんな。


「コウが上手く言いくるめられなかったら、夜に決行するだろうってのは織り込み済みなんだ。だからいいんだよ、俺たちは明日やればいい」


 あ、なるほど。俺たちの方を二回目にするのか。俺たちならハードル上がっちゃっても大丈夫ってことなのかな? ……大丈夫か??

「簡単に言うけど、素人の彼らが勝手に忍び込んで成功できる?」

 それを言ったら俺たちだって泥棒は素人だけど。

 でも素人の二人を連れたコウが何とか窓から忍び込むんだとして、中からの手引きもないんだから窓の鍵とかどうすんだろ。俺がそう言うとシマは「まぁ、窓を壊すんだろうな」と、とぼけたように言った。


「下手したらコウちゃんが捕まったりしちゃうんじゃ……」

 失敗するってそれもある……っつかそれって困るじゃん! シマは腕を組んでうーんと唸る。

「コウちゃんが手を貸さない限り明らかに無理で無謀な計画だから、コウちゃんがやらないって言えばいいんじゃね?」

「回避は無理だろ。あいつら借金背負ってるし」

 コウは苦いものでも口にしたように顔をゆがめて言った。


 ああ、そうだった……借金の所為で、こんな荒唐無稽な泥棒しようとしてるんだった、素人なのに。

 そしたら逆ギレして自分たちだけで忍び込もうとしちゃうかも。

「でも逆に彼らだけで成功したらどうするの? 俺たちが入る必要なくなるよ?」

 ん? 言ってて変な気がしてきた。成功したら俺たちは泥棒しなくてよくなるだけか。別にそれなら問題ないな。


「成功しなきゃいい」

「えっ!」

 俺たちは揃ってキヨを見た。成功……させるんじゃなかったのか。

「キヨリン、手を貸してでも成功させるって言ってなかった?」

「成功させるさ。ただ続きも含めてな」


 キヨはそう言って珈琲のカップをサイドテーブルに置いた。うーん、泥棒だけが成功するのでは意味がないってこと?

「泥棒が成功して盗品を引き渡しするだけじゃ、何も解決しないだろ」

 俺たちは顔を見合わせた。

 ……そうでした、コウが泥棒に巻き込まれてるから、そこばっか目が行っちゃうけど、借金した素人泥棒を助けるのが今回の目的じゃなかった。すぐ忘れちゃう。


「じゃあ、俺たちが手を貸して泥棒が成功する必要があるってこと?」

 手を貸すことに意味があるのかな。俺たちを引き渡しの場に連れて行くみたいな。キヨはちょっとだけ視線を上げて、考えるみたいに唇を曲げた。


「いや、コウに狙いの『竜の爪』以外の物を持ち出してほしいんだよね」


 それっていけないことでは! 案の定、コウもものすごい形相でキヨを見た。

「キヨくん、何言ってるかわかってる?」

 キヨは罪のない顔でコウを見た。

「わかってる。盗んじゃいけないものは盗まないよ」


 いや逆に盗んでいいものがあるのかっていう話なんだが。それ昨日キヨが俺に突っ込んだクセに。

 コウは普通に返されて、何だか複雑な顔をした。

「持ち出してほしいものって、一体……」

 レツはちょっとだけ心配そうにキヨを見たけど、キヨは何だか考えているみたいでちょっと違う方を見ていた。ハヤが焦れて隣からキヨをつつく。


「キヨリン、ボーッとしてると襲うよ?」

 キヨは今気付いたみたいにハヤに向いた。明らかに、何も聞いてなかったって顔に書いてある。

「わかった、襲っていいんだね」


 ハヤがそう言って肩に手をかけて押し倒そうとすると、キヨは一瞬びっくりした顔をしてふわっと消えた。とたんにハヤがベッドに腕をつく。キヨは不機嫌そうな顔で傍らに立っていた。

 えっ、あ、風の魔法? でも何か、前とちょっと違う感じで消えて見えたけど、魔法のレベル上がってるのかな。ハヤはそのまま恨めしそうに見た。


「キーヨーリーン?」

「ビビらすお前が悪い」


 キヨはため息をついて別のベッドに座る。見ていたシマは思いついたっぽく指を鳴らした。

「キヨも忍び込めるんじゃん」

 俺たちは揃ってシマを見た。ああ! 確かに。

 強い風で運ぶだけって言ってたけど、そう言えばこの前走る馬を追いかけられたんじゃん。つまり、馬並みの速さで自分を運べるんだ。それだけ操れるんだったら、壁を登らなくても忍び込めるのかも。


「俺は忍び込む必要ないだろ、玄関から入れるのに」

 そりゃまぁ、執事キヨならそうなんだけど。

「それを言ったら団長だって、目くらましで見えなくすれば誰でも忍び込ませられるだろ」

 俺たちは揃って「おおー」と声を上げた。


 そうでした、前にその魔法でお城から逃げおおせたんじゃん。あれ、そう考えるとこのパーティー、めっちゃ泥棒に適してないか。

 そしたらわざわざコウに頼まなくても、俺たちだけでその持ち出したいものを、盗めばいいんじゃね?


「いや盗まれた時に事件が起きず俺たちが現場にいたら、いくら旅行者の金持ちでも衛兵に突き出されて終わりだろ。そうされないために、計画された素人泥棒が盗んだようにしないとならないんだ」

「素人泥棒だって衛兵に突き出して終わりでは」

 コウの言葉に、キヨはちょっとだけ笑みを浮かべた。

「それはたぶん大丈夫」

 大丈夫なのか。何がどう大丈夫なのか理由聞いても教えてくれないんだろうな。ハヤは何となく首を傾げる。


「そういえばコウちゃん、実は仲間がいて泥棒を成功させてモノだけ渡して立ち去る……って、悪い意味でいい人過ぎて胡散臭いね」


 コウはわかりやすく嫌そうな顔をした。超絶不本意だもんな、それ。

 でも泥棒仲間から見たら、俺たちってそういう人になるんだ。悪いことしてるのに、全部やってあげて何の見返りも要求しないとか、確かに気持ち悪いほどのいい人だ。悪い意味で。


「キヨリンの言い方だと、いつ無くなったのかわからなければコウちゃんたちを待たなくてもいいってこと?」

 ハヤの言葉に、キヨは肩をすくめる。

「それなら、僕とキヨリンの魔法で盗みに入っちゃえば、バレなくない?」

 キヨはちょっと難しい顔をして首をかいた。

「あの図書室の魔法結界は、俺が見た限りだと警報系だった」


 それってつまり、魔法を使って侵入したら、うるさい音が鳴るってこと?

「俺の魔法は発動して運んだら終わりだから移動自体は引っかからない。団長も屋敷に忍び込むまで使って、あとは解いておけば図書室に侵入可能だろう。ただ信用ないのは調べた俺の感知」

 あ、そっか。感知は白魔術だからハヤが調べたんならまだしも、キヨはまだ勉強中だから正しく読めてるかわからないんだな。そりゃそうか、大層なコレクションなら防御魔法とか敷いてるよな。だからなるべく魔法使わない方法で侵入したいんだ。


「……しょうがねぇな、やっぱ今日、昼間に決行するか」

「ええっ?!」


 俺たちは揃ってキヨを見た。

 昼間って、これから? いや昨日の予定ではそうだったんだけど。キヨは顎に拳を当てて、うーんと考えるように天井を見上げていた。

「今夜忍び込むのを止めるのに、誰かが近くをうろついたりしてたら明日に延ばしてやめるかなと思ったんだけど、逆ギレして無理に侵入しようとして捕まる可能性が無いわけじゃないなと」

 あれ、さっきは大丈夫って言ってたのに。


「盗みに入って失敗して突き出される可能性については大丈夫だけど、盗みに入ろうとしていて捕まる可能性はある」


 それ、どこが違うんだろう。俺が首を傾げていたら、レツも同じように傾げていた。

「でも昼間にって、泥棒仲間はどうすんだ?」

 キヨはそれと言う風にシマを指さした。

「待ってれば借金帳消しになるようなモン盗んできてくれる超絶いい人だとさすがに胡散臭いんで、泥棒仲間も引き入れるしかないだろ。あくまでそいつらが盗みを決行してくれないと」

 でもそうしたら俺たちがコウの仲間ってバレちゃうから、困るんじゃないのか。

「何がバレたらヤバいかの線引きがな……」

 キヨはそう言って首を傾げた。線引きってなんのことだ。キヨはしばらくぼんやりしていたけど、ふと顔を上げた。


「とりあえず諸々の準備とか考えても昼過ぎ……午後くらいが妥当かな。コウ、ちょっとまたヤツらのとこに戻って、その時間に図書室側の路地で落ち合うよう伝えて」

 諸々の準備? 一体何をするつもりなんだろう。


「でもキヨくん、何つって昼間に予定変更するって言えば」

「そのまんま伝えればいいよ、連れでも知り合いでも、中に居るヤツに引き込みしてもらえるって」


 えっ! それバラしちゃって大丈夫なの?! キヨの線引きってどこでしてるんだ?

 コウは難しい顔をしていたけど、ため息をついて頷いた。下手なウソじゃないから、コウには伝えやすい内容ではあるけども。


「そしたら、シマたちにはおつかいをお願いして、」

 あ、ここ他にも作戦あるんだ。みんな作戦の発表を期待するようにキヨを見た。

「俺と団長と見習いは支度するだけだから……もうちょっと寝られるな」

「「「「いや寝るのかよ!!」」」」


 すごい、めっちゃハモった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る