第66話『ただちょっとそこで面白いもん見つけて』

 宿に戻ると、コウとシマも戻っていた。

 泥棒計画のこともあるから結局また部屋飯にすることになり、俺たちは食事を部屋に運んだ。食べ始める頃にハヤも戻ってきた。


「団長、おつかれ」

「何かホント、ご飯が美味しいだけにテラスでないのが残念過ぎる」


 ハヤは言いながらコウから皿を受け取って座った。ホントに何のためにテラス食堂付きにしたのかっていう感じ。結局泊まり始めた翌朝の朝ご飯以来、テラスでご飯なんて食べてない気がする。

 今日のご飯は小さなパストと野菜たっぷりの炒め物だ。独特の香りのするオイルと香草、あとにんにくが効いていて食欲をそそる。


「それで、タイムリミットまであと一日にして泥棒計画はどんな感じ?」

 ハヤが面白そうに聞くと、コウはもぐもぐしながら眉間に皺を寄せた。

「……まぁ、ざっくりと」

 ざっくりなんだ……そりゃそうだよな、あの人たちだって素人なんだし、泥棒の計画なんて普通そんなに綿密に立てられないよな。


「屋敷の周りから観察はしたけど、あの辺の建物って言うほど外側に装飾無くて足場になるところがないんだよね。だからたぶん彼らには、外壁つたって忍び込むのは難しいんじゃないかと」


 そこらの一般的な街の人が壁登るのに長けてたら、その方がびっくりだよ。きっとその辺はコウ頼みなんだろうな。そのためにスカウトしたんだろうし。

「屋敷に潜入するって計画はないの?」

「なんかの業者に化けて、口八丁で屋敷内に入り込む……」

 コウはパストを口に運びながらあからさまに嫌そうな顔をした。……コウには難しそうな手だな。それなら壁登る方が成功率高そう。


「でもそいつらが入れなかったら何を盗むかわからないよな? それに泥棒は彼らなんだから、コウちゃんだけ侵入できても意味ないだろ」

「剣一本だったら、コウちゃんなら簡単に盗めそうだよね、隣の家からこうひょいひょいって」

 レツは指で空中にぴょんぴょん飛び移るみたいな動きを描いた。あの窓デカかったし、開けられればすんなり入れそう。

「でも屋敷があの一角を占めてるから、隣っつっても路地を挟んでるぞ」

 そんなに幅の広い路地じゃなかったけど、それでも向かいの建物から飛ばないと無理だな。コウなら出来そうだけど。っつかコウじゃなきゃ無理そうだけど。


「でもコウちゃんをスカウトできなかったら、どうするつもりだったんだろうねー」

 レツは言いながら木イチゴのジュースを飲む。

 コウがスカウトできたから、そんな計画になったのかな。でもそんなざっくりな計画しか立てられない素人じゃ、やっぱり泥棒なんて成功する可能性がほとんど無い気がする。

「何で素人に泥棒させるんだろ」

「それ今日言ってたヤツだね。赤の他人だからだっけ」


 うん、赤の他人でフィーリョに累が及ばないからじゃないかって。あと借金する人が多いから人手が足りなくならないとか。

「その辺はシマの話を聞いてみないとだね。闇の質屋はどんな感じだったの」

 シマは話を振られて、もぐもぐしていたのをタレンで流し込んだ。


「フィーリョギャラリーとはまったく違う地区だった。あっちはもともと高級街だし。それでも下町までいかないくらいか、あの辺にそんな闇の質屋があるとは思えないくらい普通のエリアだった」

「でもそれだと、フィーリョには繋がらなくね?」

 コウの言葉に、シマはちょっとだけ顔をしかめて頷いた。

「店にもフィーリョは出て来なかった。昨日声を掛けてきたのがフィーリョだったとして、だけど」

「仕事渡されたの?」

「いや、まだ今後の説明されただけ」


 それって図書館に暗号で指示があるとか、そういう説明かな。今回の泥棒計画がまだ終わってないからとかあるのかもな。


「ただちょっとそこで面白いもん見つけて」

 そこって、闇の質屋?

「ああ。質屋っていうより、ただ物置に使ってる部屋だったんだ。申し訳程度の机と椅子が置いてあって、それ以外は布にくるまれた何かが色々置いてある」

「それって質草とかじゃ?」

 コウに言われて、シマはタレンを飲みながらにししって感じに笑った。


「一応質草ってことになってたな、それより机の上に書類が散らばってて」

「読んだんだ」

 シマは誤魔化すみたいにわざとらしく目をぱちぱちさせた。いや、今更。

「なんだったの?」

「船の出入港の一覧」


 船の? そりゃこの街は海の玄関口だし、そういう一覧があるのが珍しいかな? 何でそこにあるのかはわからないけど。

「……じゃあ船便なんだ」

 キヨは普通にそう応えた。え?


 みんなキヨを見たけど、キヨは全然違う方を見ながらぼんやりパストを食べていた。今、会話繋がってたよね? シマは苦笑している。

「キヨの独り言がなにか俺にはわからんけど、一応船の動きが必要なのは、ギャラリーが美術品を運ぶのに使うからじゃねーかなと思ったわけだ」

 質屋には要らねぇからなと、シマは付け加えた。

 そっか! じゃあ、ギャラリーが売買したものを船で送るなら、そこにそういう予定表があるのがギャラリーと関係あるって証明できるかもなのか。


「いや、一覧があっただけじゃ証明にならないでしょ。そんなの必要があれば誰でも手に入れられるんだし」

 じゃあ他に何か、質草とかが関係したりとか……

「関係、するだろうね……」

 レツがそう言ってシマを見ると、シマはやっぱりにたーって感じに笑った。やっぱりこっそり見てきたんだ。


「質草、マジ質草だった。あんなの質に入れられるなら、借金帳消しにしておつりが来るぜ……」


 それってつまり、質草じゃなくてギャラリーの商品だったってこと?!

 高級街にあるお金持ち相手のギャラリーが売買するような品物だったら、一般人の質草のハズはない。でもいくら布で隠してたって、そんな風に置いておいたらバレちゃわないのかな。


「闇の質屋とフィーリョギャラリーが繋がってるって知ってるのは俺たちくらいだし、誰もその情報を必要としてないだろ」

 あ、そっか。フィーリョはお金持ちにはギャラリーのカードを、バカ負けした一般人には質屋のカードを渡すんだった。バカ負け一般人はギャラリーのカードをもらえないから知らないし、知ったところで負い目があるから何も出来ない。

 じゃあこれで、晴れてフィーリョギャラリーと闇の質屋は繋がったわけだな。でもハヤはちょっと首を傾げていた。


「うーん、完全には繋がってないね。いくらギャラリーにありそうな品物がそこにあったとしても、倉庫として別の業者が使ってるだけかもしれないんだし」


 じゃあその品物がフィーリョギャラリーのものかどうかを調べないとならないのか。えー、もうそこ端折っちゃってよくね?


「フィーリョじゃないと困る理由は別にないか……? 逆にフィーリョだと仮定して動いた時に、問題があるかどうか」

「別に俺たちそこの品物を盗むわけじゃないんだから、どうでもいいんじゃ」

「でもこれがお告げだとしたら、その泥棒仲間に盗みに入るのを断念させればクリアとは思えないね。たぶんこの素人泥棒計画自体を潰すくらいしないとって気がするんだけど」


 借金返済を餌に一般人を泥棒に仕立て上げる計画。

 コウが知り合った泥棒仲間が泥棒に入るのをやめて真面目に借金返したところで、シマがまた計画を持ちかけられてるのを考えても、いくらでも続いていきそうだ。その一切を止めるのなら、お告げに現れてもおかしくない気がする。


「だとしたら、黒幕は明確にしておかないとならないか……」

 シマはそう言ってタレンを飲んだ。

 そう言えばフィーリョと質屋を繋げているのは、あのカードが同じ材質で同じ夜に配られたって事だけなんだった。

 みんなが何となく考えるように黙っていると、ハヤは隣のキヨの脇を肘で突いた。

「なんだよ」

「キヨリン静かじゃん。この辺まで別に目新しくない?」


 え、現在進行形でみんなで話し合って考えてるってのに、キヨはもう先に行ってるのか? キヨは小さくため息をついた。


「あのカジノは、借金作った一般人狙いの質屋がただうろついてて許される気安さは無い。でも質屋はコンスタントに借金一般人を捕まえてる。カモが毎日現れるわけじゃないのに通わないで運良く発見するのは不可能に近い。だとしたら質屋として通ってはいない。つまりカジノに通っていて不自然じゃない人物のもう一つの顔と考えられる。その上で、あのレベルの材質の同じカードを、同一人物が配るのと同じ夜に別個の二人が配る可能性を考えたら、同一人物とする方が理に適ってる」


 だからフィーリョと、キヨはフォークを振りながら言った。

「ろ、論理的……」

 カードが同じってのは論拠じゃなくて、その仮説を固めるためのものだったのか……

「確かに一般人の俺たちがチップに変える時、額が少ない客にやんわりお断りとかしてたな……」

 シマはちょっとだけ、とぼけるように眉を上げた。マジで! それじゃ冷やかしだけにうろつくとか出来ないな。


「高級な質屋だったら、金持ちと社交のために通っててもおかしくないかもじゃーん」

「高級な質屋が店舗もなく物置で取引するかよ」


 キヨに即返されてレツはとぼけるように肩をすくめた。

 金持ちだって一時的に金が必要になることはあるだろうから高級な質屋はありえるけど、だとしても物置みたいな店じゃないよな。

 つまりシマが行ってきたことでその可能性も潰せたのか。


「それに調べるなら調べてもいいけど、その質屋の部屋、家主でも借り主でもいいけど、フィーリョには繋がらないと思う。だからフィーリョのなんだと思う」


 いやそれ全然意味わかんないけど。

「だからで繋がる文章じゃなくね?」

 俺がそう言ってハヤを見たら、小さく肩をすくめていた。

「そしたら、素人に泥棒させる理由とかはー?」

 レツはちょっと膨れて言った。明らかに失敗が目に見えている素人の泥棒計画。


「可能性は二つ。一、最初から成功させる気がない。二、素人でも成功できるようになっている。今回がどっちなのかはまだわかんねぇけど、」


 キヨはやっぱり考え中らしく、ちょっと視線を外したままそう言った。

 赤の他人説も使い捨て説も出て来なかった……

「成功させる気がない泥棒……」

 でもシマも泥棒仕事の話はしてきてるんだよね。だとしたら、失敗するために何度も一般人を集めてきてるってことになる。一体何のために? でも誰も何も言わなかった。


「やっぱ盗みに入るのは日中かな……」

「えっ!!」


 キヨの呟きに、みんな一斉にキヨを見た。

 いやいやいや、唐突にそこ行ったね?

「キヨくん、こっちのざっくり計画だと、日中壁伝いに忍び込むのは難しい感じだったんだけど」

 コウはいつもながらほぼ使ってないくらいキレイに食べきった皿を片付けながら言った。

 そりゃコウの言う通りだ、慣れない素人が何とか二階に忍び込むんだったら、昼間にやったら即バレちゃう。でもキヨは首を傾げたままぼんやりしていた。


「……成功させる気がないんだったら成功させないとならないし、素人でも成功できるようになってるんだったら、成功するから問題ないだろ」


 いや全っっ然わかんねんだけど。説明を求めるようにシマを見たけど、俺の視線を受けて首を振られた。

 キヨはパストの皿にフォークを置いてサイドテーブルに置いた。残した量にコウが律儀に視線で突っ込む。キヨは気づかないフリして話を続けた。


「引き入れ係も無く、たった二人の素人泥棒が成功するはずはないんだ。でも最初から失敗させるつもりだったら、成功報酬だとしてもそれなりの借金肩代わりまでしてやらせる理由がわからない。あり得るとしたら泥棒の結果が賭けの対象になっている可能性」


 あ……なるほど。みんな思い至ったように体を引いた。

 それだと失敗が目に見えていても問題ないのか。もしかしたら成功するかもしれない程度の可能性なら、賭けを盛り上げるスリルになる。全っっ然思い付かなかったですね。

 ハヤはシマを見る。


「何かそれっぽい事聞かれた?」

「体力はどうだとか言われたな。忍び込む際の話かもって思ったんで、荷運びしてたから自信あるって答えといたけど」


 シマがしてるのは荷運びじゃなくて獣使いだけどね。泥棒に入る人のポテンシャルがオッズに関係してくるのかも。


「でも今回失敗するつもりないし、賭けの対象に介入とかは暗号を考えてもなさそうだから、手を貸してでも成功させる。明らかに俺たちが疑われるようなやり方はしないけど。それに素人でも成功するようになってるんだったら、誰が手を貸してても問題にはならないし」


 それは暗号での指示が手が込んでいて、泥棒班と直接やり取りしない方法を採っているから、介入の心配がないってことなのかな。

「キヨリン、昼間ってことは、僕たちで乗り込むってこと?」

 ハヤに言われてキヨは普通に頷いた。コウだけじゃなくてみんなで泥棒するの?

「そうじゃなくて、金持ちとお坊ちゃまと召使いだろ」

 シマはベッドに後ろ手をついた。

 ああ! そっか、コウが窓から入るためには、内側から鍵を開けないとならないから!


「そこまでして成功させる必要ある?」

 コウは静かにそう言った。

 手伝って成功したら、つまり泥棒で解決することになるからかな。キヨはきょとんとして見た。

「成功させないと引き渡しできないだろ」


 そう言えば。俺たちの目的は盗んだものを引き渡して、黒幕に近づく事だった。

 コウはできたら妨害するつもりでいたけど、泥棒が目的じゃないから逆に成功させないとならないんだ。コウは納得したように小さく頷いた。


「日中にする理由は他にもある。コウ以外に関わられると面倒だからな、盗んだものに傷つけられても困るし」

 真っ昼間に忍び込むんだったらコウ以外には無理だろう。そしたらどうしてもコウだけが実働部隊になる。引き込み役の俺たちが仲間ってバレるのは困るもんな。それに素人泥棒がうっかりして狙いの物を壊してしまったら、ツィエクに問題なく返せない。

「でも泥棒仲間しか、盗むモノを知らないんだよね?」

 レツは木イチゴジュースを飲みながら首を傾げた。コウが聞けてるんだったらいいんだけど。

「だから聞けねぇって。そこまでしたら俺が横取りすると思うだろ」

 うーん、でも無事図書室に忍び込んで目的のものを手にしたところで、コウに奪われる可能性だってあると思うんだけど。俺がそう言うと、「だからその可能性を低く見せてるんじゃん」とハヤに突っ込まれた。そうなのか。


「キヨには『竜の爪』が何かわかってるの?」

 キヨは首を傾げて、やっぱりちょっとだけ視線を外した。

「たぶん、」


 ……たぶん、考え中なんだな。

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