第65話『盗んでいいものなんて無いだろ』

「あれ、キヨだ」

 レツの言葉に顔を上げると、離れた桟橋の先にぽつんと立っているキヨがいた。

 レツって地味に目がいいよな。街とかでも何か見つけるのって、レツが一番早い気がする。

 桟橋に係留している船はない。何してるんだろう。俺とレツは顔を見合わせて、キヨに近づいていった。


 ハヤの診療所を出てから、まだ午後の時間があるから散歩がてら港に来てみたのだ。一昨日は迷子になっちゃったけど、ハヤの診療所のある下町からだと結構近かった。

 どうやら一昨日は最初にうろついてた時に、大通り近くを彷徨ったのが悪かったらしい。大通り近くは下町ではない。


 ただこの辺は港と言っても大きな帆船が着く方じゃなくて、小さな船ばかりだ。たぶん魚を捕る漁船なんだろう。街の近くなら5レクス圏内だろうけど、海の上のどの辺までなら魚を捕るのに安全なんだろうな。

 何か白いものが視界に入ったと思ったら、雪だった。うわ、また降ってきたんだ、寒いはずだ。


「おーい」

 レツが声をかけたけど、声は潮風にさらわれちゃったみたいでキヨに届いてる感じはなかった。キヨは少し視線を下げて、それから集中するみたいに目を閉じた。

 ふわりとキヨのマントが膨らんだけど、それは魔法を発動してるからなのか潮風が吹いたからなのか、ここからじゃわからなかった。


「おーい、キヨーーー」

 俺たちは桟橋の端くらいまで近づいたところでもう一度声を掛けた。

「キ、」


 桟橋に入ろうとしたところで、何かが顔に当たった気がした。あれ?

 レツも不思議そうな顔で俺を見る。おそるおそるキヨが居る方へ手を伸ばすと、何かがぱちぱち当たる刺激があった。何これ?! 思わず手を引っ込めたけど、刺激は俺たちが立っているところまで達した。うわうわ、いててて!


「キヨ!」

 俺が思わず声を上げると、キヨがふわっと振り返って刺激が途端に止んだ。あれ、何だったんだ?

 キヨはきょとんとした顔でこっちを見ていた。何だよもう! 俺はキヨのいるところまでずかずか歩いていった。


「何だお前ら」

「何だじゃないよ! 無差別に攻撃すんなよな!」

 何かの粒が当たるような刺激。あれ魔法のデコピンみたいなのだろ! でもキヨはやっぱり心当たりがないような顔で首を傾げていた。

「あー……そうなんだ。へぇ……」

 キヨはそう呟いて自分の手のひらを見た。まったく、何なんだよ。


「何してたの?」

 レツがそう聞くと、キヨは顔を上げた。

「ちょっと確かめたくて。あと自然の魔力を掴む練習」


 それって、星読みの里で体得したヤツ? 自然の魔力も使えるようになったら、ハルさんみたいにすごい魔術師になれるんだっけ。

 キヨって図書館で勉強以外にも、こんなところで練習もしてたのか。俺もコウと練習できないからってサボってちゃダメだな。っていうか、レツの質問に答えてないような。


「お前ら、また散歩か? さらわれる前に帰れよ」

 言われなくても! 俺が憤慨して言うと、レツが吹き出した。

「っつか、今日はキヨのがさらわれる可能性高いんじゃ」

 キヨは拗ねるような顔をして「この格好で同一人物に見えるかよ」と言った。そりゃ今日の見た目は普通に黒魔術師ですけど。

 でもあのおばさん、そこまでキヨにご執心だったら、ちょっとくらい変装したくらいじゃ見つけてくるかもだし。

「変装はあっちだっつの」

 キヨは俺に裏拳を決めた。でもあのおばさんにはこっちが変装だもんねー。


「キヨはまだ練習してる?」

 レツがそう聞くと、キヨはちょっとだけ湾を見やった。

「んー、そろそろ船も帰ってきそうだし……人が居ないからここでやってたんだけど、お前らの言う通りなら近くにいると影響あるみたいだから、俺も引き上げるかな」


 俺たちは街の方へ向かって歩き出した。キヨだって朝から出掛けてたんだよな。ツィエクのことを探ってるみたいだったけど。

「あ、そうだ。これ」

 キヨは鞄の中から本を取り出して俺に差し出した。なにこれ? 俺はわからないまま受け取る。

「分量は絵本より多いけど内容は難しくないし、大きさもちょうどいいから、これなら旅に持ち歩いても邪魔にならないだろ」

「よかったじゃん! これで旅に戻っても勉強できるね」

 レツは俺の肩を叩いた。俺は何だか呆然としていた。


 ……キヨ、わざわざ俺の勉強のために本を買ってくれたんだ。俺にちょうどいい本なんてキヨじゃなきゃ選べない。自分の勉強とかお告げを調べるとかいろいろあるのに。


「あ、ありがとう」

 俺は本を抱きしめて言った。でもキヨは小さく頷いただけだった。本って高くないのかな……ホントに貰っていいのかな……

「ちゃんと勉強するのが一番のお礼だよ」

 レツはそう言って笑った。俺も頷いて、きちんと鞄に本をしまってからまた歩き出した。


 チラチラと降る雪は、舞っているだけで積もりそうな感じはなかった。

 キヨは嫌なものを見るように、少しだけ雪雲を見やる。この街は海からの温かい風があるから、積もるほど降らないんだっけ。


「そう言えば、ハヤがツィエクの仕事って薬の交易って言ってたよ」

 あ、これって夜に報告会でハヤが言う方がいいのかな? 言っちゃってからレツを伺ったら、レツはちょっとだけ苦笑してた。

「お前たち、団長の診療所に行ってきたのか?」

 そう言われて俺とレツは顔を見合わせた。場所を知ってたわけじゃないけど。

「偶然にね」

 キヨはハヤがここでもモグリの医者やってるって知ってたんだな。キヨは小さく頷いて俺を見た。


「ああ、そうだな。そのお陰でツィエクは街の外からもコレクションを集められるんだ」

 なんだ、キヨは知ってたのか。そうだよな、ツィエク周辺を調べてたんだから、キヨが知らないはずないか。じゃあ報告会を待つ必要はなかったんだ。

「今日ってキヨ、ツィエクのこと探ってたんだよね?」

 キヨはちょっとだけ眉を上げて肯定した。

「それってどういうところで聞き込みしたの?」


 ハヤはお金持ちネットワークに入るとか言ってたけど、召使い役のキヨが昼間からそういうところに行かないだろうし。聞き込みできない組卒業のためには、聞き込み方法を学ばないとな。

 キヨはそれこそ予期しない質問だったみたいな顔をした。


「……あの屋敷の召使いが立ち寄るような店だな。基本は世間話で、立ち寄る頻度とか買い物の量とか。そういう情報から何をやっていてどのくらいの人が詰めているのかを推し量る。それから、さも知っていたかのようにそのネタで話を展開する」


 なるほど。それってつまり、推し量れる頭がないとダメってことですね。ここでもやっぱり妄想力か。

「その、『目的を隠して情報に関わる言葉を引き出す違う話』ってのを、すぐに思いつけないんだよなぁ」

 レツは頭の後ろで手を組んだ。キヨは小さく笑う。

「別に出来なくてもいいだろ、うちには出来るヤツが三人もいるんだし」


 それはそうなんだけど。でもキヨは時々「行って来い」って無茶振りするくせに。それで今日の聞き込みで何がわかったんだろう。

「ツィエクはもともとウタラゼプ出身。屋敷は確かにでかいんだけど、ツィエクの家族はすでに独立していてウタラゼプに住んでいるから、現在あの屋敷に住んでるのはツィエクだけらしい。奥さんは他界。執事が一人、メイドは二人、下男が一人、料理人が一人。屋敷の運営っつっても最近は客をもてなすことも減ったから、ほぼ掃除がメインなんだと」

 俺とレツは揃って「おおー」と声を上げた。でもそれがキヨが知りたかった内情なんだろうか。


「……あの広い屋敷に泥棒が入った時、すぐに気づける人数はいないな」


 あっ! そうか、どの辺に使用人の部屋があるのかわからないけど、これだけしか居なかったら、近くに居ない限り泥棒が入っても誰も気づかないかもしれない。もしかして、フィーリョはそういうお金持ちを狙ってるのかな。


「ハヤはツィエクの仕事関係のこと、何か言ってたか?」

 俺はレツを見た。詳しくは言ってなかったよね。

「あ、でも『竜の鱗』に関わるって」

 そうそう、それでツィエクの事業が薬関係の交易ってわかったんじゃんね。

「だからお告げの海の竜にみんな関係するねって話してたんだ」

 キヨはそれを聞いて、何となくきょとんとした。あれ。


「ツィエクの蔵書にもあったっていう『竜と神話』って本に、俺がお告げで見た竜が挿絵であったんだよ。それで」


 あ、そうだ。そっちの話を先にすべきだったんだった。キヨはレツの話を聞いて、ちょっとだけ首を傾げたけどそれから浅く頷いた。話繋がったのかな。

 っつか、お告げの竜がそこにあったことに突っ込まないのな。

「挿絵じゃ透き通ってないだろ」

 まぁ、そうなんだけど。そこは厳密にしたがるんだ。


「じゃあやっぱあの挿絵の竜は、お告げの竜じゃないのかなぁ」

「俺が読んだのはその本じゃないからな、大筋は変わらないだろうけど『竜と神話』にある話が、お告げに関わるバージョンなのかどうかはわかんねぇな」


 児童書だったんだなと、キヨはレツに言った。俺たちが見つけたってことで、絵本を置いている書庫にあったって気付いたんだろう。

「ツィエクの図書室で読まなかったの?」

「魔術書がレアって言ってたから、そっちを重点的に読んでたんだ。気になるのもあったし……」

 キヨはそう言って何となく考えているようだった。


 じゃあお告げの竜は、やっぱりそういう風に関係するかもしれないのか。お告げの竜そっくりの挿絵のあるお話が、一番お告げで伝えたいバージョンのお話。でもああいう昔話的なのって、そんなに変わったりしないよなぁ。


「勇者が街のために海の竜と戦って、竜が勇者の健闘を讃えて爪を街の護りにくれて、勇者は竜の鱗で回復する」

 レツはざっくり説明した。

「俺が読んだのもそんな感じだな」

「これだと『竜の爪』って、盗んだらヤバいものって感じしない?」

 キヨはチラリと俺を見た。


「盗んでいいものなんて無いだろ」


 ……いや、それはそうなんだけど。

 レツは隣でブフって吹き出した。キヨなんかカジノでなら平気で悪いことするクセにー。膨れる俺を、レツは面白がってつつく。


 っていうか、やっぱりキヨは伝説のお話から『竜の爪』の意味するところに気付いてたんじゃん。なんで何も言わなかったんだろう。

「でも街の護りなんだよ? 盗んだりしたら、街が大変な事になっちゃうかもじゃん」

 伝説での街は、護りが無い所為で荒廃していたんだ。『竜の爪』が盗まれたらそういう状況になっちゃうかもしれない。

 でもキヨは、あんまり気のない表情でちょっとだけ首を傾げただけだった。


「街の護りをただの金持ちが持ってるとは思えないし、逆に街の護りをただの金持ちが持ってる時点でヤバいだろ」


 それから俺を見て「本物ならな」と付け加えた。

 ……あー、なるほど。そうだよな、街がそのお陰で護られてるようなレアものだから、コレクション好きの金持ちが欲しがったりするんじゃないかと思ったけど、そんな護りの品を私物化したら護りにならなくなるんじゃんね。

 街が健在ってことが、ツィエクの持っているのが偽物かただ名前だけの別の物って証明なのかも。


「それなら、やっぱりあの部屋にあった『竜の爪』って名前の剣が、盗みの目的なのかなぁ」

 宝石の嵌った装飾用の剣。あれなら泥棒が狙うのに妥当な気はする。


 キヨは小さく「そうだな……」と言ったけど、何だかぼんやりしていて俺の言葉に答えたのかわからなかった。

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