第64話『……素人に泥棒させるメリットって何だ?』
俺とレツは、通された個室を見回していた。
殺風景でところどころ煉瓦が覗く茶色い壁。薬瓶の並ぶガラス戸棚。壁際に狭いベッドがあって、反対の壁に向かってデスクと椅子、それからもう一つ小さくてちょっと傾いた椅子が置いてある。
「ごめんごめん、お待たせ」
ハヤはそう言って、ベッドに並んで座る俺たちにグラスを渡した。あ、これ木イチゴのジュースだ。それから自分はデスク脇の椅子に座って足を組んだ。
俺たちは図書館を出て、何か飲み物を買うつもりだった。
いつもだったらその辺の飲み屋に入るんだけど、俺とレツだから飲み屋に入ってもソフトドリンクしか頼めない。お金払うんだから別に問題ないんだろうけど、何となくその勇気が出なかったのでフラフラと店を探していたのだ。
カフェもあったけど俺とレツの二人で入るにはおしゃれで明らかにハードルが高い感じだった……くそっ、観光的に栄えた街め。
ルコットの屋台は見かけるけど、飲み物だけってあんまり売ってない。そりゃ雪も道の片隅に積もってるくらいだもんな、夏だったら違ったかもだけど。温かい飲み物はフルーツの入った甘いホットタレンばかりで、俺が飲めるものじゃなかった。
「そうだ、飴を買おう」
レツは唐突に行き先を変えた。レツ的には俺の喉を潤せればよかったらしく、今度は薬屋を探すことになった。
それで、路地裏に古くて狭いけどそれなりに清潔そうで、何より店主っぽいおじいさんの見た目が優しそうって言う理由で入った薬屋で飴を物色していたら、背後から肩を叩かれたのだ。それがハヤだった。
「まさかこんなところで会うとはねー」
ハヤはそう言ってグラスに口を付けた。
「ここって……」
「ん、一時的な僕の職場」
やっぱハヤのモグリの診療所なのか。っていうか、そういうの簡単に始められるもんなのか。ハヤは俺の言葉ににっこり笑った。
「モグリの医者自体はどこにでもあるよ。どこでやってるかを見つけられるかどうかで。僕の場合は儲け目的じゃないから、こういう薬屋の影みたいなとこで小規模にね」
あんまり縄張りを荒らすつもりはないしと、ハヤは笑って付け加えた。
ハヤの場合は圧倒的な魔力での治療がメインだろうから、魔法以外の医療設備が整ってなくてもできるもんな。それに今回はお金持ちとして潜入したりしてるから、こうやって隠れたところでお金持ちじゃない人しか来ない診療所の方が安全なのかも。
この辺は下町だから、あんなカジノに居たようなお金持ちとその辺でばったりってこともないかもしれないけど。
俺たちを通した後も、数人の貧しそうな患者が訪れていた。
ハヤは子どもの患者からは小さな果物を貰ったり、大人の患者でもほんの少しのお金を貰うだけだった。ハヤの魔術はてきめんで、おそるおそる訪れた患者の全てが笑顔になって帰って行った。
「今日って図書館行ってたんだっけ?」
うん。俺は頷いてレツを見た。レツは俺の視線を受けて、思い出したように顔を上げた。
「あ! そうそう、そこでね、」
レツが竜の挿絵を見つけた顛末を話すと、ハヤは顎に手を当てて考えるように首を傾げた。
「挿絵がレツの見たお告げの竜……」
「ウタラゼプで見た家紋が刺繍か看板かって、何となく関わりあったじゃん? だからそういう感じで同じ竜でも本の挿絵と違うのって、何かあるのかなって」
レツは言ってからジュースを飲んだ。やっぱり、レツもそう思ってたんだな。
「その辺はキヨリンの管轄かなー、僕はその話を読んでないし」
「キヨって今日は結局どこへ行ったんだ?」
ツィエクの屋敷には別に行かなくてもいいって事になったから、俺はレツと一緒に図書館に行けたんだけど。
「ツィエクの周辺を探るって言ってたけど。僕もその辺の情報、偶然手に入っちゃったんだよね」
「偶然」
ハヤは頷いてグラスに口を付けた。
「ツィエクの事業、竜の鱗に関係してるっぽい」
「ええっ!」
竜の鱗って、何かヤバい薬っていう?! あ、でもヤバいのは効果があるからなんだっけ?
「こういうところにいるからね、やっぱそういう話が出てきて。何の気ナシに聞いてたら、ツィエクがそういう薬絡みの交易を担う事業をやってるみたいなんだよね。ただレア度は高いからそうそう出ないみたいだけど。
それにヤバい薬ではあるけど本物の竜の鱗なのかは疑問かな。やっぱりモンスター由来の麻酔か麻薬的な働きをする薬なんじゃないかなーとは思ってるんだけど」
「それって悪いことなの?」
レツがちょっとだけハヤを伺いながら聞いた。ハヤは少し笑って応える。
「とりあえず違法ではない、かな。僕も存在を知らなかったし、レア過ぎて法の制定が追いついてないだけかもしれないけど。ま、どんな薬も使い方次第で毒になるからね。使う人の判断によるから、薬だけに罪を問えないよ」
そしたらツィエクは悪い方法でお金を稼いでいるわけじゃない……のかな。
俺に蔵書を見せびらかしてる時のあのおじさんは、そんなに悪い人には見えなかった。でも、人は見かけじゃないんだよな。ツィエクだって俺がお金持ちのお坊ちゃまだと思ってるから、いい人そうに対応しただけかもしれないし。
「あ、でもそしたら……」
そしたら? 俺は言葉を止めたハヤを見た。ハヤはちょっとだけ笑う。
「いや、そしたらお告げの情報のつもりで集めた『海の竜』が、今回の暗号泥棒騒ぎの関係者に当てはまったなって思って」
! 俺とレツは顔を見合わせた。
シマの調べてきたギャラリーが黒幕で、ハヤの調べてきた竜の鱗がツィエクだとしたら、海の竜の情報に関係してる。あれ、そしたらキヨは?
「そのお話の挿絵がそっくりなら、それでいいんじゃない?」
でもキヨはあのホールで調べていたから、『竜と神話』を読んだんじゃないと思うんだけど、それでもいいのかな。
まぁ何が何でも全部直接関係してる必要ってないんだけどさ。じゃあやっぱりこの暗号騒ぎを解決するってのが、お告げの目的だったのかな。
「ってことは、借金のカタに泥棒させるのを潰せばいいってことか」
今回、誰かのためになるとしたら、そこだよな。借金するまでギャンブルするのだって良くないことだけど、借金はきちんと真っ当な手段で返済すべきだし。
でもハヤは何だか難しい顔で腕を組んでいた。あれ、違うのかな。
「いや、だとしたら余計に引き渡しまでに周りを固めないと。今回の引き渡しを潰したところで黒幕が今後何も出来ないわけじゃない。クルスダールの闇賭博を再開不能にできたのは、キヨリンが徹底的にぶっ潰したからだし」
あ、そうか。一回失敗したくらいじゃ、表の顔を持つフィーリョには大した損失はないのかもしれない。
だいたい元から借金のカタに素人を泥棒に使ってるんだから、失敗はつきものだろう。……ん、あれ?
「……素人に泥棒させるメリットって何だ?」
俺がそう言うと、レツはきょとんとして俺を見た。いやだって、素人だからすぐ失敗しそうじゃん。
レツはうーんと唸って腕を組む。
「赤の他人だから捕まっても累が及ばない……とか」
それは確かに。でもそれだけだと、本来の目的の成功率下げる理由になってる気がしないんだけど。ハヤもうーんと唸る。
「借金する人が多いから、人手が足りなくならないとか」
そうか、それならあり得るのかな。泥棒の使い捨て。でもそれがあっても、泥棒が目的だったら失敗のリスクが高すぎる気がするんだけどなぁ。
「そう言えば、キヨリンってツィエクの屋敷内を見回ったりした?」
俺と一緒に行った時? そんなにしてなかったような……
「普通に通されて、それから二階の図書室に行って一日調べてて、あと水を持ってくるって出て行ったかな」
図書室内の窓とかは調べてたけど。召使いなのに俺だけ一人放置してるわけにいかないもんな。ハヤはちょっと考えつつ「それでかな」と呟いた。
「ま、キヨリンのことだから色々考えてるでしょうし、その辺は僕が今更考えなくても大丈夫かなー」
あ、また考えるの放棄して。ホント任せっきりだよな。
すると店の表の方がにわかに騒がしくなって、数人の男性が怪我人を運び込んできた。
「先生! こいつ船の隙間に足を挟んじまって」
俺とレツは慌ててベッドから立ち上がって壁際に移動すると、男性たちは患者をベッドに寝かせた。
狭い部屋はあっという間に人でいっぱいになってしまったし、ハヤはてきぱきと周りの人に指示をしているから、俺とレツは邪魔をしないようにそっと診療室を出た。
うっかり持ったままだったグラスを店主に返して、俺たちは薬屋をあとにした。
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