第63話『「竜の爪」って、盗んでいいものじゃなくね?』

「そう言えば、レツってフィーリョギャラリーのガラス像見たんだよね?」


 俺がふと思い出して顔を上げると、レツもきょとんとして俺を見た。

 昨日、俺とキヨは一日中ツィエクのところにいたから、レツたちがいつ頃帰って来たのか知らないのだけど。


「うん、行ってきたよ」

 あれ、そしたらカジノで声を掛けてきた人はフィーリョじゃなかったのかな? 会ったりしなかったんだろうか。

「俺たちが行った時にはまだギャラリーが開いてなかったんだ。でもガラス像はギャラリー内だけど、外から見えるように置かれてたから」


 レツはガラス戸の手前に鉄の格子があって中に入れないウィンドウの説明をした。じゃあその時にフィーリョに会って、面が割れちゃったりはしてなかったんだな。

「やっぱ、それもお告げの竜とは違った?」

 レツはやっぱりちょっと困ったように笑う。違ったのかー。

「結構精巧に作られてたけどね、でもうん、透き通ってキラキラしてるのは同じだけど、あれじゃなかったなぁ」


 じゃあホントにレツの見た海の竜ってなんなんだろう。まさか本物をお告げで見たとかなのかな。だとしたら、一体どこで遭遇することになるんだ。


 俺たちは結局、二人で図書館に来ていた。

 勉強するって決めたのに結局一日しかまともにやってないんだし。それに旅に戻ったらこんな風に色んな絵本を使って勉強することもできない。でも結構読むのに慣れてきた気がしてるんだよね。


「そう言えば、ハイバリー湾の伝説って、レツ知ってる?」

 レツは律儀に俺が読むのを止めた文字を指さしたままで首を振った。

 そしたら他の街の子が読むような有名な絵本になったりしてるわけじゃないんだな。地方のお話だからかな。

「そっか、そういうのを読んでみればいいのか」


 レツはそう言って席を立った。あ、クダホルドの図書館なんだから、絵本でそういうのもあるかもしれない。俺は絵本の棚に近づくと、適当に本を抜き出した。

 『ニコラとまほうのなべ』……違うな。俺とレツは顔を見合わせた。

「タイトルすらわからないから、片っ端から出して見るしかないね」

 うん、結構手間かもしれない。でもこれが俺たちにできるお告げの情報収集だから、やるしかない。キヨに聞けば済むってのは、とりあえずおいといて。


 タイトル読むだけでも勉強になるからと、レツは本を抜き出しては俺に渡す。俺はレツが次の本を渡してくる前に、タイトルを読み上げて棚に戻す。何だか面白くなってきた。

「これだけいろいろあると、タイトルだけ見るのも面白いね。一体どんな話なのか全然わからないのもあるし」


 興味を引くタイトルもあれば、何となく展開がわかりそうなタイトルもある。でも興味を引かれても、今それを読み始めるわけにはいられないのだけど。

 結構ペースよく読み上げられるようになって、本棚の一段を全部終えた時に俺は思わず咳き込んだ。レツは慌てて本を戻すと、俺の背中をさする。


「大丈夫? きっと埃だね」

 レツは俺を促して机についた。そう言えばこの書庫、俺が使い始めるまで誰も使ってなかったんだった。そりゃ埃も大量に積もってるわ。

 レツは心配そうに俺の背中をさすっている。大丈夫、何となく落ち着いてきた。喉が渇いたところに埃を吸い込んでたんだな。咳は落ち着いたけど、喉がいがらっぽい。


「何か飲みたい」

「じゃ、一旦出ようか」

 俺は頷いて荷物をまとめると、レツと一緒に机を回り込んで扉に向かおうとした。

「あれ」

 俺はふと壁の本棚に目を止めた。これって……俺は目に付いた本を抜き出す。

「どうかした?」

 レツが振り返って俺を見、それから俺が持っている本に目を落とした。

「『竜と神話』。これ、ツィエクの蔵書にあったんだ」


 地元の伝説伝承を集めたものだって言ってたな。

 つまりこれにならハイバリー湾の竜の話が載ってるんだ。俺は本を開いてみた。絵本よりも文章が多くて細かい。挿絵はあるけどごく稀だ。

「児童書なのかな、挿絵もあるし」

 レツは俺の手から本を受け取った。それから目次を確認する。

「あった、海の竜」


 レツはパラパラとめくって目的のページを開いた。うみのりゅう。

 レツはどうやら黙読しているようだった。俺が一字ずつ読むより速いもんな。俺はレツが読み終えて、あらすじを説明してくれるのを待った。

「……うえっ」

 えっ、なにその感想。俺は眉間に皺が寄るのを感じた。一体どんな話なんだ。俺はレツを突っついた。


「えーと、どうやら護りを失って荒廃してしまった海辺の街に勇者が訪れて、街を脅かす海の脅威をなんとかしようと海の竜と戦うんだけど、結局勇者は街を護って倒れ、竜はその意志を高潔として護りのために爪を街に渡すんだ。それで街は平穏をとりもどし、勇者はその後『竜の鱗』を煎じた薬のお陰で回復したらしい」


 なんか似たような展開を見たことがあるね。きっとその海辺の街がクダホルドってことなんだろうな。っていうか、その展開って……


「『竜の爪』って、盗んでいいものじゃなくね?」

「だよねぇ……」


 レツは困った顔をして本に目を落とした。

 でもキヨはたぶんこの話を知ってるんだよな。だとしたら『竜の爪』が盗んだらヤバいものだってわかってるはず。それなのに、そこには何も言わなかった。

 レツは文章を指さす。


「この本だと『竜の爪』とは明記されてないんだ、ただ爪を渡したってだけで。だからホントに街の護りを指すのか、それとも単にこのお話からインスパイアされた『竜の爪』って何かがあるのかはわかんないけどね」


 そうか、そういう名称が付けられてるだけだったら、別に街の護りだったりしないのか。でも街の護りが『竜の爪』なら、そういう名前はむやみやたらに付けちゃったりしなさそうだけど、相当……貴重なものなんじゃないだろうか。

 そう言えばツィエクに聞いた時、そう呼ばれるものはいくつかあるって言ってたっけ。やっぱり単なる名称なのかな。


 っていうか、あの時この本はあんまり重要じゃないみたいにツィエクが紹介しててよかった……でなかったら、読んでない理由にはならないし、読んでるハズだったら俺の質問って完全アウトだったんじゃん。


「? レツ?」

 俺は何だか呆けたように本を見ているレツを覗き込んだ。どうしちゃったんだ?

「これ……」

 レツは本を指さす。ん? 挿絵?

「お告げの竜だ」

「は?!」


 いやいや、ちょっと待って、ハイバリー湾の竜のお話の挿絵が、レツが見たお告げの竜だとして、それだとどうなるんだ?

「どうも何も、この竜の挿絵が一番、俺が見たお告げの竜にそっくりなんだってば」

 でも挿絵だし、まさかこの挿絵を書いた人が実際その時代に竜を見た人のハズないんだから、つまり創作なんじゃないのか?


「でも滝にだって竜は居たんだし、どこかで海の竜に会ったことがある人かもしれないじゃん」

「それはそうだけどー」


 そりゃ竜は存在するんだし、超レアだけど俺たちだって遭遇してるんだから、他にもそういう人は居るだろう。だとしても、その挿絵が本物のハイバリー湾の竜とは限らないのは変わらない。

 いくら何千年も生きるような長命だとしても、これだけ栄えたハイバリー湾に出現したら民話の挿絵どころじゃ済まないだろうし。


「っていうか、これだと透き通ってキラキラしてなくね?」

「これが透き通ってキラキラしてたら、完璧にお告げの竜なの!」


 えーーーそれじゃ、この竜とは言えないじゃん。俺はもう一度挿絵を見た。

 そう言えばこの前のお告げも、石で出来た家紋の看板もあったけど布にされた刺繍だったことに意味があったんだよな。だったらこの挿絵をそのまま見たんじゃなくて、透き通った竜として見たことに意味があるのかもしれない。


「この本、みんなに見せた方がいいかな?」

「でもここの本は貸し出ししてないって」

 あ、そうだった。だから俺もわざわざここに来て勉強してるんだった。借りて行ければ宿でも勉強できるんだけど。

 でもこの挿絵がそのお告げに一番近い絵だとしても、みんなに見せる事もできないんじゃどうしようもないな。ツィエクの蔵書だって貸し出し厳禁って言われたし。


「そう言えば、泥棒仲間の人、絵本持って帰ってたよね」

「あれは泥棒です」

 レツは軽く俺の脳天にチョップした。う、でもあの人だって返してたし、俺も借りパクするつもりじゃなければいいんじゃないのかな。


「ダメ。その年で、あとで何とかすれば許されるっていう考え方してたらダメです」


 ……それってこの前の話かな。間違ったやり方は、正せたとしても、間違ったやり方が正しかったわけじゃない。俺はちょっと唇を尖らせて頷いた。

「とりあえずお告げに一番近い竜の絵が、どの本のかわかっただけでも収穫ってことにしよ」

 レツは本を閉じると棚に戻して、俺達は書庫をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る