第62話『坊ちゃま、そういうことはちゃんと報告しないと』

 俺とレツは同じ顔して驚いていた。

 いやでもカードの紙が同じだからって、同じ人の所ってことあるかな?


「紙だけならな。でもこれはインクも同じ」


 キヨはカードを取って日に透かした。インクってそんなに違いがあるもんなのか? っていうかそれだけで?

 俺がそう言うと、キヨはちょっとだけ不満そうに息をついた。


「……これ、高いんだよ。退色しにくくて定着も速い。しかもそれ、装飾に金が混ぜてあるシリーズのだ。ただの質屋がそこまでのインク用意するか?」


 キヨは「面倒だから同じのを使って書いたんだろうな」と言ってシマにカードを渡す。シマも両方のカードを日に透かしていた。

 キヨがそんなに不満そうな顔してるってのは、使いたいけど高くて買えないってことなのか。あれだけインクを使うキヨなら、より良いインクで書き物をしたいだろう。かといって気安く買えない高価なインクを、がしゃがしゃ旅の間持ち歩くのも怖いもんな。キヨの勉強には金の装飾は要らないんだろうけど。


 じゃあ、金持ちを相手にするようなギャラリーだから、そういう質のいいものを使ってカードを作っていて、実は裏でやってる質屋の方のカードも面倒だから同じ紙とインクを使って作ったと。


「質屋自体は存在しないかもしれないね、ただ呼びつけるための口実で」

 ハヤは優雅に珈琲を飲みながら言った。

 盗みを手伝うと決めた人が訪れられればいいのか。店と思わせる部屋があれば質屋として営業してなくても問題はない。それならわざわざ質屋用の紙とインクを用意したりしないかも。

「記憶だけど、たぶんあの暗号の紙も同じだったと思う。インクまでは確認しなかったけど」

 そう言えばキヨ、俺に渡すまでしつこくあの紙触ってたっけ! もしかしてただの暗号にしては、紙の質が良すぎるって気にしてたのかな。暗号を忍ばせたのが金持ちの子どもだとしたら、あり得ないことじゃないから何も言わなかっただけで。

 仲間内で一番紙に触れてるのってキヨだから、普通に使う紙よりずっと高級なのだったらすぐにわかったのかもしれない。


「そしたら、泥棒仲間に盗みをやらせた黒幕は、フィーリョギャラリーの人ってこと?」

 そうなると、昨日会ったあのおじさんなのか。お金はあるけど堅実そうな感じだったのに。俺がギャラリーに興味あるって聞いてカードを渡してくるくらいの。

「じゃあ、シマは今日そこに行ってみるの?」

 シマは左右に首を傾けた。

「行ってみないとその裏掴めないしな。フィーリョギャラリーが黒幕だとしても、まだ質屋側からはどう関わってるか見えてねぇし」


 じゃあフィーリョギャラリーが関わってるってことは、知らない振りで行かないとならないのか。

 なるほど、キヨの言う「シマだし大丈夫」ってそいう意味か。俺とかレツだったら、絶対顔に出ちゃうしうっかり聞いちゃう。あ、そしたらレツは一緒に行かないのかな。


「レツは……どうすっか。昨日一緒にいた連れではあるけど、コウちゃんの泥棒仲間が一人ずつのを組ませてる事を考えても、俺とレツが一緒に行って、一緒の仕事を振られるとは思えない」

「離されたら危険度が上がるね」

 レツは不安そうにみんなを見回している。シマとハヤは腕組みしてうーんと唸った。

「っつっても、質屋の顔は見ちゃってるだろ。ドフリーにしても問題ないかどうかはわかんねぇな」

「それでも一緒に顔出すよりはシマさんだけのがいいでしょ。借金を何とかしたいんだったら、レツくんがニセ質屋の表の顔知ったとしても悪いようにはできないんだし」


 そしたらレツは待機なのかな。レツを見てみたら、ちょっとだけ安心したように息をついていた。

「他は今日どうすんだ? コウちゃんは泥棒仲間の動向伺いに行く?」

 コウは小さく肩をすくめて肯定した。

「どうやって盗むつもりなのか、それがわかれば妨害もできるかなと」

 コウの場合、妨害しなくても協力しなかったら盗みに入ることもできなさそうだけど。キヨは空中に簡単な図形みたいのを描いた。


「図書室は門のある通りの脇の路地を入った北東側の二階だ。あの一角が全部ツィエクの屋敷。明日か明後日に忍び込むにしても今日中には盗みの計画を立てるだろうから、屋敷を見に行く可能性は高い。今日は黒じゃない方がいいかもな」

 確かにあの黒い扮装は、あの辺の高級住宅街じゃ目立つ。

「キヨリンは? メイドの子とデートすんの?」

「するわけないだろ、日中は仕事してるし」

 メイドだもんね。住み込みだったら余計に、夜仕事が終わるまでずっと勤務中だよな。


「あ、そしたら、俺がまたツィエクのところに行けばいいんじゃね?」

 一応昨日許可は取ってるし。そしたらキヨは召使いとして一緒に行ける。

「でも、そんなに毎日押しかけたら不自然じゃない?」

 あっ……そうか、まだ昨日行ったばっかりなんだった。レツの言葉に俺はちょっとだけ気持ちがしぼんだ。しかもほぼ一日居たんだった、あの居心地のいい図書室。


「まぁ、一応旅行中の金持ちって事になってるし、滞在期間がどれくらいか言ってないから、行ける間に尋ねるのは理由がつくけども」

 ハヤはそう言いながらも、うーんと考えていた。ただ俺だけがちょいちょい尋ねて行くのは、金持ちのマナー的にどうかってことなのかな。子どもだからいいってことにしてくれればいいのに。

 でもキヨはちょっとだけ首を傾げていた。

「……正直、中から見るものってもう別に無いかな。狙いの竜の爪が明確になってない以上、盗みの際に注意すべきことも変わってくるし」

 あ、そういえば。


「竜の爪だったら俺、何のことか知ってるよ」

「ええっ! なんで!」


 レツが唐突に俺を掴んで揺さぶった。あわあわあわ……昨日ツィエクに会ったときに聞いたんだってば。

「坊ちゃま、そういうことはちゃんと報告しないと」

 ハヤは俺の脳天にチョップした。いって! 俺は叩かれた頭を撫でた。マジで入れてきやがった……


「ハッキリとこれって言われたわけじゃないよ。そう呼ばれるのはいくつもあるって言ってたし」

 なんか一瞬失言した感もあったしね。苦し紛れに聞いただけだから、ちゃんとした答えがあるとは思ってなかったけど。するとキヨが怪訝な顔で俺を見た。

「あ、いや俺が『竜の爪』って言った時に、ちょっと表情変わったから」


 盗みの狙いにされるような代物なら、ツィエクのコレクションの中でも高価な物なのかもしれない。俺が何も知らないハズなのにピンポイントで指摘したから、怪しまれたのかもしれないけども。

 そう言うとキヨは軽く頷いて興味を失ったようだった。

「でも壁に飾ってあった竜の付いた剣は『竜の爪』って呼ばれてるって言ってたよ」

 キヨは何となく思い出したみたいな顔をした。コウがサイズを聞いている。

 宝石の付いた剣。あれなら、ちょっとした借金だったらチャラにできそうだけど、素人には売ることができないからダメなんだっけ。


「キヨリンが内側から見る必要がないのは、盗みに入るための構造は把握してるから?」

 キヨはちょっとだけ肩をすくめた。盗み計画は泥棒仲間が考えるんじゃないのか。

「じゃあそれでもメイドには話を聞きたいのは何で?」

「言っただろ、ちょっと気になることがあって、」

「内情でしょ? それメイドじゃないと聞けない感じ?」


 キヨはちょっと唸って視線を上げた。

「メイドである必要はねーかな、単に手っ取り早いからそうしただけで。ツィエクの仕事関係の状況が知れれば」

 手っ取り早いとかホント失礼だな! あ、でもそういう期待させるナンパじゃなかったら別におかしくないのか?

 っていうか、ツィエクの仕事? 盗まれる側のそんなことが、何で必要なんだろう。

「だから背景が見えてないって言っただろ、盗む側の状況はシマが探れそうだけど、こっちはまだツィエクが金持ちってことしかわかってないから」

 盗みに入られるなんて、金持ち以外の理由が必要かな。俺が首を傾げていたら、レツも同じように首を傾げていた。


「キヨリンが一人でうろつくのはいいんだけど、うっかりあのおばさんにさらわれたらシャレにならないんだよねぇ」

 いやいくらなんでも、さらって召使いにするとか無茶過ぎないか。そんな雇用主いたら逃げるって普通。

「旅に連れてきてる召使いに休みなんかねぇだろ。昼間に一人でうろついてんなら他人のそら似だと思うんじゃね」

 シマは笑って珈琲を飲み干した。

 そっか、おつかいってことはあるかもだけど、正装してなかったら仕事中とは思わないもんな。っていうか普段のキヨの髪型じゃ、あの召使いと同じ人には見えないと思う。


「じゃ、とりあえず今日は各々情報収集ってことで」

 シマがそう言って立ち上がったので、俺たちもめいめい朝食を片付けた。

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