第61話『甲斐甲斐しく旦那様を気づかう同じ流れでアレですよ……』
「そろそろ宿を最高級のところにしないといけない気がしてきた」
ハヤは難しい顔で言って苦い珈琲を飲んだ。それはおサイフ的に難しいのでは。
「別にテラスで食わなきゃいいだけだろ」
そう言うキヨを肩で押してハヤはツッコミを入れる。
確かに、何のためにテラスで食事のできる宿にしたのかっていう感じはあるよな。今日の朝ご飯も、テラスどころか食堂にも行ってない部屋飯だ。
なぜなら、金持ちなのに金持ちじゃない俺たちが誰かに見られるとヤバいからだ。一回の潜入で終わるキャラならともかく、もうちょっと使いそうなキャラゆえにバラしてしまいたくないからだ。ツィエク宅への泥棒計画はまだ進行中なんだし。
とは言っても、いくらなんでもあそこで会ったような金持ちが、このレベルの宿界隈に来るとは思わないんだけどね。
昨日は結局、帰ってきて報告会もせずにそのまま寝てしまった。ハヤたちが起きてたか知らないけど、俺的にはもう眠くなる時間だったし。俺がベッドに突っ込む前に、キヨがタレンをボトルで持ち込んだのだけは覚えてる。カジノに居る間飲めなかったからって、アル中め。
ただ、先に帰ってきていると思ったシマとレツがまだ戻っていなかった。その報告会のために朝から部屋飯なのだ。ベッドに座って食べるから、意外と食べにくい。
「昨日、シマさんたちってちゃんと負けて来たの?」
コウに聞かれてシマは珈琲を飲みながらグッと親指を立てて見せた。盛大に負けたのにその仕草はどうなんだって感じだけど。
「俺たちより帰ってくるの遅かったよね」
「そりゃあな、せっかく盛大に負けたのに躊躇無くすぐ帰れるなら、困ってるように見えないだろうが」
あ、そっか。負けちゃったならすぐ帰るんだと思ってたけど、負けちゃって大変なことになってたら帰れないのか。怒られちゃうもんな。俺がそう言うと、レツがブフっと吹き出した。なんだよ。
「昨日は迷子みたいな感じだったくせにー」
「迷子! レツ可哀想ー」
ハヤはそう言ってレツを撫でる。
いや、迷子みたくさせたのはハヤだった気がしなくもないけども。レツは撫でられてニコニコしている。
「あ、でもあれは負けたからっていうより、執事にクラッと来てただけだけどね」
「え、あの時?」
ハヤは「何かあったっけ?」と言いながら首を傾げる。あれか、あの見下したヤツか。レツは俺の言葉に何度も頷いた。
「甲斐甲斐しく旦那様を気づかう同じ流れでアレですよ……」
レツは満足そうにほぅっとため息をついた。なんで思いっきり冷たい目で見られてご満悦なんだ。
「マジか、天然モノのドS執事発動かよ」
「えー! ちょっと僕それ見てないんだけど! キヨリン、そういうのはみんなに見えるようにやってよ!」
「何をだよ、何もしてないだろ」
いやしてたけど、あれ無意識なのか。それとも不用意に近づいてきたレツを面倒に思ったのが態度に出たのか。
「はぁー、こんな従者手放すわけないじゃんね、真面目な態度でムダのない動き、仕える俺以外眼中にないドSな姿勢で、甘い低音で囁くんだよ『旦那様……』って」
ハヤはキヨに背中から抱きついた。レツとシマは嬌声を上げている。
キヨは片手にパン皿、片手に珈琲のカップを持っているから逃げられなかったけど、思いっきり顔をしかめていた。遊ばれている。
「キヨは僕の従者で幸せって言ってたもんねーーー」
ハヤはそう言って額をキヨの背中にぐりぐり押しつける。
「言ってねぇよ、拡大解釈し過ぎだろ」
いい加減放せと、キヨは肩を揺すって逃げた。
「マジ、夜の相手もしてくれそうな従者過ぎて困るよね、僕そういう誤解されてもいいくらいの気持ちで話してたのに、あのおばさん……」
よっ、夜の……! 俺は視線を落として珈琲を飲んだ。苦い……けど、顔が赤くなるのも気持ちも紛れるからヨシとする。
シマは「それはそれで、おばさん的には更に魅力になっちゃわないのか」と言って爆笑した。もしかして、ハヤのあの仕草はそれで?
「僕にしか仕えないって強調してたの!」
「なに、キヨくん奪われそうだったの」
「すんごいしつこいのがいたんだよー、あんなおばさんじゃ、キヨリンの良さ全然わかんないと思うんだけど!」
キヨの良さって昨日の職務態度とかじゃないのか。きびきび滑らかな動きとか、何でも任せられる有能な安心感みたいな。
俺がそう言うと、ハヤは片手を振って一蹴した。
「そんなの、他の召使いだって出来ることじゃん」
「キヨの良さはドS執事だから」
「天然モノのだしな」
ハヤたちは揃って頷いていた。いやー……そうか? 全然わかんねえ。
キヨを見てみたら、俺と同じくらい全然わかんねえって顔で眉間に皺を寄せていた。
「そんでシマさん、帰り渋ってて何か掴めたの?」
コウに言われてシマは、きらーんって感じで見た。ベッドにパン皿を置くと、ベッドサイドのテーブルから小さな紙を取って、人差し指で挟んで見せた。
「声を掛けて来た人がいましたー」
みんな揃って「おおー」と声を上げた。レツは知ってるハズなのに。
「カジノで負け込んだ人に声を掛けて名刺を渡すとか」
ハヤはそのカードを受け取って見る。シマは頷いた。
「もし難しいことになってるなら力を貸せるかもしれない、簡単な仕事でそのロスを埋められるってな」
シマはちょっと横から覗き込みつつそう言った。
ハヤはカードをキヨに渡す。キヨはチラッと見てから、考えるように指先でつまんで擦っていた。少し日にかざして見て、それからカードをコウに渡した。
「質屋か」
シマは頷く。しちや? 俺が首を傾げてコウを見ると、「物を預けて金を貸してくれる店」と言った。金貸しなのか。
「もとからその辺だろうとは思ってたんだけどな。素人二人を組ませるなら、一般人が気安く出入りできるところでないと」
でもそれだったら、泥棒の仕事をさせるような悪い質屋かどうかわからないような。
「質に入れたくらいじゃ……って言ったんだよ。そしたら簡単な仕事って出してきた。そりゃそうだ、ちょっと背伸びしたカジノでバカ負けしたんだから、質入れで追いつくハズがねぇ」
最初からわかってて声を掛けてるんだ、とシマは言った。
なるほど、質入れで追いつかないのがわかってて声を掛ける質屋。お金に困った人が、入るのにも声を掛けられるのにも不自然はない入り口。
「でも質屋が入り口だとしたら、何も問題なくね?」
コウがそう言うのでみんなはコウを見た。
「盗品を引き渡す側の情報は、そこら辺の聞き込みじゃ流れて来ないって話だったじゃん。泥棒仲間から直接聞き出さないとならないような。それが普通に質屋ってことあるかな?」
「それはこっちが何の問題もない一般人だったからだよ」
キヨが珈琲に口を付けながらそう言った。
「何の問題もない一般人の俺たちが情報だけ聞き出すにはハードルは高い。向こうは知られるつもりがないからだ。だからシマは、向こうが仕掛けてくるようにこっちから餌を撒いたんだ」
ああ! そのためにシマは、背伸びしたカジノでバカ負けしたんだ。泥棒仲間が借金の肩代わりと引き替えにあの盗みを指示された、黒幕の方が近づいてくるように。
「それに、そこはたぶん質屋じゃない」
「質屋じゃないの!?」
みんな一斉にキヨに突っ込んだ。
キヨはぼんやりと「これ言っちゃってよかったのかな」と言った。もう言っちゃってるじゃん。
「え、だって質屋って書いてあるよ?」
レツはそう言ってカードをキヨに差し出す。
「それは声掛けた時に不審に思われないように、かな」
そしたら、質屋はウソなのか? でも声を掛けられた人が尋ねて行ったら質屋じゃなかったとなったら、それこそ話題になっちゃうんじゃ。
「表向きっていうか、普通の人が見かけて入れる質屋ではないだろうな」
キヨはうーんと唸ってから、「シマだし、大丈夫か」と言って立ち上がった。どういう意味だ? 俺はレツと顔を見合わせた。
「はい」
キヨはテーブルに置いていた紙束からカードを取って差し出した。あ、それ!
「昨日俺がもらったカード!」
キヨは頷いてハヤに渡す。ハヤはちょっとだけカードを指先で確かめた。
「同じ……紙?」
キヨはちょっとだけニヤリとした。それからハヤはカードをシマに渡す。シマは視線をカードに落とした。
「……これ、」
昨日俺がもらってきたのって、ギャラリーのだよね? 俺はサラッと見ただけじゃ読めないから、そこに何て書いてあったのかわからないけど。
「フィーリョギャラリー……」
それって竜のガラス像があるところ? ギャラリーと質屋のカードの紙が同じって……
「それってキヨリン、質屋の表の顔がフィーリョギャラリーって言ってる?」
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