第58話『この中で一番萌える執事っぽさあるのはわかる』
キヨはせっかくの召使い扮装を、早々に解いてしまった。
髪をぐしゃぐしゃにしてジレを脱いでクロスタイを取り、眼鏡を外してシャツの裾を出す。
俺も髪を混ぜて長靴下をたるませサスペンダーを取ったら、お坊ちゃまはどこにも居なくなってしまった。あーあ、キヨを召使いにして歩くの、もうちょっと堪能したかったのに。
宿に戻ると、もうみんな揃っていた。ちょうどご飯でも良さそうな時間だったから、結局また食事を持って部屋に集まった。
盗みに入る家に潜入してきたなんて、まさかテラスで話せない。
今日のご飯は小麦の生地に野菜たっぷりの煮込み載せて焼いたものだった。パッと見は生地も薄いし、あんまりお腹に貯まりそうじゃないけど、一人分の大きさがお盆くらいある。カルツァという料理らしい。とろけるチーズが美味しそうだ。
コウなら再現できそうと思ったけど、焼くのに窯が必要だから旅のご飯には無理らしい。ちぇ。
「キヨの執事見たかったよ!!」
レツが俺たちを見て開口一番そう言った。執事。
「別に執事じゃねぇだろ」
「あれか、紳士おそば付き紳士」
「いいじゃん執事で! 堪能したのが見習いだけってズルすぎる!」
ズルいと言われても、別に俺は何もしてもらってないんだけど。俺が首を傾げていると、キヨも首を傾げていた。
「まぁ、この中で一番萌える執事っぽさあるのはわかる」
「レツのわんこ系、シマのお兄ちゃん系、コウちゃんの忠義系もいいけど、やっぱキヨリンの病みドS系はね……」
ハヤがにやにやしながら言うと、キヨはわけわからんって顔で見た。
「ドSなのにかしずく……かしずくのにドS……」
シマがほうっとため息をついて言うと、レツも力強く頷いた。
今日は別にドSとか無かったけども。そしたらハヤは何系になるんだろ。王子系? 王子系執事ってなんだ。
「俺がいつドSとかしたよ」
キヨは普通にそう言ってタレンを飲んだ。いやこの人マジで言ってんのか、無自覚かよ。それを聞いたコウも苦笑してる。
「そんで、今日は結局どこに行ってきたんだ? やけに早く出てたけど」
キヨは話を振るようにコウを見た。コウはちょっとだけ考えるようにして、タレンを一口飲んだ。
「朝から出掛けてたのは、この辺の地理の確認だよ。まさか強盗の協力って声掛けられたのに実は旅人で場所もわかりませんじゃ、いくらでもつけ込まれるだろ」
なるほど、知らない事を弱みにしないためにコウは朝から出掛けてったんだな。昨日の時点では、盗みに入る協力とは明言されてなかったようだけど。
「二人には会えたのか」
「その辺は一応。同じくらいの時間にあそこでって事になってたんで。どうやら二人も青の暗号を手に入れてたよ」
そう言ってチラッとキヨを見た。キヨは小さく頷いた。じゃあ俺が朝から図書館に出掛けてたらホントに鉢合わせしてたんだ……危ない危ない。
「でもあの暗号には、盗むものが書いてない」
「え! 書いてなかったの!?」
レツは驚いてキヨを見た。キヨが『それっぽいもの』って言うくらいだもんね。
「うん、そこは一応聞いてきた。青の暗号を解読している時に「それが解けると何になるんだ」っつったら盗みに入る家だって言うんで、何を盗むんだって」
コウ、ちゃんと情報収集できてる!! 聞き込みできない組存続の危機! いや、そこは存続しなくていいのか、俺も負けていられない……ちゃんとお坊ちゃまはできたけど、俺が情報収集したわけじゃないし。
「何を盗むの?」
「『竜の爪』」
竜の……爪……? それって……なんだ? 俺はキヨを見た。キヨは俺の視線を受けて小さく肩をすくめた。
「何か、抽象的だね」
ハヤの言葉にコウはちょっと笑って応えた。
「あいつらも漠然としてる感じだったな。あんまり突っ込んで聞かなかったんで」
「どうして?」
暗号にも載ってなかったんだから、そこが一番重要なのに!
「いやそれでよかったと思うよ、あんまりやる気見せて横取りとかって危惧されても困るし。だいたいスカウトされてる時点で、彼らよりコウちゃんのが技術的に上なのは明白だしね」
「あくまでヒマ潰しってことにしておかないと、逃げられても困るからな。だから二人がわかっていて通称『竜の爪』を盗むつもりでいるのか、それっぽいものを盗み出せばいいと思っているのかはわかんねぇ」
そう言えばあの二人にとってコウは、俺を簡単に処分してきたヤツなんだよな……ちょっと強く押しすぎたらビビって逃げるのはあるかもしれない。まぁ、弱み握られて泥棒を強要されてる時点で何かが麻痺してるのかもしれないけど。
じゃあ、あの部屋に『竜の爪』はあったんだ。でも爪って感じのものは無かった気がするなぁ。
「それで、盗みに荷担する経緯は?」
「簡単に言えばギャンブルで借金」
やっぱり借金で首が回らなくなって、悪いことしなきゃならなくなったんだ。
「もうちょっと何かねぇ?」
キヨが呆れたように言うと、コウはちょっとだけ拗ねた顔をした。
「どこのカジノか聞いたって俺にはわかんねぇし、借金してる先なんてどうやって聞けばいいんだか」
別に借金もないのに、『どこに借金しようとしたら、泥棒仕事渡されたのか』なんて聞きようがない。それにコウがあんまり興味なさそうにしていないとならないなら、突っ込んで聞き出すのって逆の行為だもんな。
しかしギャンブルで借金した人じゃ、泥棒の手伝いじゃなくても人助けにはならない気がするけど。
「俺たちが手を出すのはそのシステムの方だろ」
キヨがそう言うので俺は顔を上げた。システム?
「ギャンブルで借金したって普通に返すなら悪人じゃない。返すのに悪い手を使うなら悪人だけど、悪い手にそそのかすヤツが居たからそっちに手を出したんなら、それが無ければ道を誤る機会は減る」
そっか……それに、あの人たちも借金で冷静な判断できなくなってるのかもしれないもんな。
「そんなにギャンブルでドーンとやらかす感じの人には見えなかったけどね」
レツは同意を求めるように俺を見た。あの書庫で見かけた時は、緊張してる感じだったけど意外と普通の人っぽかったような。ギャンブルに大金をつぎ込んで破滅する感じには見えなかった。
「でも人は見かけじゃないから」
ハヤはカルツァを頬張った。ナイフとフォークで小さくまとめて口へ運ぶ。俺にはあの技ができないから、ナイフで切ったカルツァを手で食べていた。
「ギャンブルで借金だと、どの辺から借りてるかによるよなぁ……」
シマは難しい顔で視線を上げていた。
あ、そうか、あの二人の盗みに荷担するんじゃなくて、黒幕をあぶり出すのが目的なんだった。
「あとあの二人、別に連れってわけでもないらしい。この仕事のために引き合わされただけで、つまりどっちが裏切ってもどっちもやばいっていう一蓮托生で逃げられないっていうやり方なんだと」
「なるほど、双方、情に訴えられないってやつか」
相手の人間性を知らないから、とにかく一緒に成功させないと自分が困るんだ。逃げたところで借金は消えないし、盗みと引き渡しさえできれば二人分の借金が消えるならお互い協力するだろう。
「盗んだものを持ち逃げした方が儲かるとかないのかな」
俺は飾ってあった絵画だの剣だのを思い出していた。アレを売ったら結構な額がつきそうだし。
「ギャンブルだから簡単に高額の借金になっていてもおかしくない。目利きでもないのにカバーできる代物を盗めるかは疑問だな。それに素人が盗品を価値通りの金額で売るのは難しいだろ」
キヨはそう言ってタレンを飲んだ。カルツァも食べろよ。コウが皿を示して睨むので、キヨはちょっとだけ肩をすくめてカルツァを切った。
話を聞いていたシマは、思い付いたように無言で何度も頷いていた。なんだろ、何かいい考えでも浮かんだのかな。
「……団長、」
「んー?」
シマに声を掛けられて、ハヤはもぐもぐしながら応えた。
「ちょっと盛大に負けてきたいんだけど、予算ある?」
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