第59話『それをナンパと言うんですー!』
負けてくる?! え、何でわざと負けに行くんだ?
「どうせ返すお金だからそれは問題ないんだけど、今日と明日の二晩しかなくて間に合う?」
「二晩しかないからそれなりに印象づけたいんだけど、どうすりゃいいかな……」
シマはそう言って腕を組んだ。何を誰に印象づけるんだか、全然わかんない。するとハヤはニヤリと笑って俺を見た。俺?
「じゃあ、お坊ちゃまにカジノで社交レッスンしようか」
「えっ、俺がカジノ行くの?!」
いや、クルスダールでも行ったけど、あれは召使いだったから横についてただけだし。ハヤは同意を求めるみたいにキヨを見た。キヨはちょっとだけ難しい顔をしている。
「……俺、今夜ちょっと出るつもりだったんだけど、どうすっかな」
なんだ、また飲み足りないヤツか。このアル中め。俺がそう言うと、キヨは睨んだだけで魔法のデコピンを送ってきた。いてぇ!
「そうじゃねぇよ、あの屋敷のメイドに話聞こうと思って、」
「「ナンパしたの!!」」
ハヤとレツは同時に突っ込んで、キヨは何らかの圧を避けるみたいに体を傾けた。
そういえばあの時、誰かと話してる風だったな。あれメイドをナンパしてるところだったのか。
「キヨリン、ほんとチカちゃん居ないと見境無いね」
「ハルさんにチクっちゃうよ!」
「ナンパじゃねぇよ、内情聞くだけだっつの、ちょっと気になることあったし」
「それをナンパと言うんですー!」
キヨはレツのツッコミをスルーしてタレンを飲んだ。
気になること、あったのか。俺には何もわからなかったけども。ツィエクがお金持ちでキヨも楽しめる大層なコレクションを持ってるってことだけで。いや、それは行く前からわかってたんだった。
「……でもその辺は明日でも大丈夫かな、どうせ盗まれる側だし」
キヨはそう言って小さくカルツァを食べた。ツィエクは被害者予定なんだから、詳細に調べる必要ないんだよな。そこしか調べる先がなかったから、盗みに入る部屋を見るつもりで潜入したけども。
「召使いなしでもいいんじゃないの?」
コウはみんなを見回した。あー確かに。だいたいシマが行きたいのに、俺が行く必要性だってよくわからない。
「いや印象づけるためだから、まずうっかり勝って、はしゃいで気が大きくなってからごりっごりに負けないと」
ハヤは何だか面白そうに言った。
なるほど、ただじわじわ負けていくだけなら誰の目にもつかないもんな。その必勝のためにキヨが必要なのか。負けるために勝つのだから、そこはコウも文句は言わないだろう。
「そしたら、俺とキヨと、シマでカジノに行くの?」
「キヨが執事なら俺も行く!」
レツは勢い込んで挙手した。だから執事じゃないってば。
「お坊ちゃまが執事とカジノに行って社交が学べるわけないでしょ。僕も行くよ。あとシマが一人で盛り上がると不自然だからレツが連れ。ただし、キヨリンには近づいちゃだめ」
ハヤの言葉に、レツは猛烈に愕然とした顔をした。そこまでか。
「まぁ、一般人がお金持ちの従者に近づくとか、不審すぎるな」
レツ、不審者になった。いやまだ近づいてないけども。
「コウちゃん一人お留守番で悪いけど、泥棒班としては面が割れるとヤバいから」
「いいよ、俺もともとそういうの得意じゃねぇし」
コウは苦笑して手を振った。
前みたいに、何かあったときのボディガードには最適だと思うんだけどね。あ、でも今回は乗り込むのはむしろシマたちだから危険は無いのか。
「あ」
何? 唐突に声をあげたキヨをみんな見る。
「いや、もしツィエクに会ったらヤバいなって」
「何したの」
途端にコウが厳しい顔でキヨの袖を引っ張った。
「違うって、こいつが蔵書を読んでる事になってるんだけど、その辺のネタ仕込んでないから、会って聞かれたら答えようがないだろ」
……そうだった。俺、あのコレクションの希少価値の高い蔵書を見せてもらったんだった。全然読んでないんだけど。っつか読めないんだけど。
「ちょっと教えるとかじゃダメなの?」
レツに言われてキヨは難しい顔をした。
いやだって、魔術に関する貴重な本だもの、ちょっとで覚えられる気がしない。キヨは熱心に読んでたけど、教えてもらったところできちんと答えられる自信ないぞ……俺は何となく情けない気持ちで、助けを求めるようにハヤを見た。
「うーん、じゃあツィエクがいたら上手く逃げよう。シマの勝負は、着いてすぐ対応できるように小芝居ナシで取りかかってもらって」
「じゃあ、俺たち先に行くわ。地味に遊んでるから、キヨたちが来たところでルーレットに移動」
シマは皿を片付けてカップのタレンを飲み干した。レツも急いでカルツァを頬張って「ごちそうさま」と言って立ち上がる。二人は上着を取ると、ハヤから資金を受け取ってすぐに部屋を出て行った。
「キヨリン、これから従者役なんだから、そんなに飲まないの」
二人を見送ったハヤは、そう言ってキヨのカップを取り上げた。キヨがこの程度で酔ったり、顔色変わるとは思えないけど。
「この位なら
ハヤはキヨの顔に近づいて匂いを確かめた。キヨは不機嫌そうに体ごと逃げる。
「他人の従者にそんな近づくヤツがいるかよ」
確かに。不審者レツならわからんけども。
「でも時間置くってどのくらいで出掛けんの?」
コウはみんなの皿を片付けようとして、キヨの残りを見て視線だけで咎めた。俺はキヨが半分残したカルツァに手を伸ばす。
「シマたちはちょっと遊ぼうと思って乗り込んだ一般人だから、最初は遊ぶものを吟味して少しずつ参加する。そうは言っても金持ちみたいに社交の必要がないから、賭け事だけやってるなら資金が少ない分すぐ終わってしまう。どのくらいの一般人として印象づけたいのかわからんけど、まぁ三十分か一時間てとこかな」
「じゃあ支度してたらすぐだね」
ハヤは両手で俺を急かす。俺は慌ててカルツァを口に押し込んだ。
でも俺、今日この格好でお坊ちゃまだったし、このままでいいんじゃないのかな。
「昼ならね。でも夜のお坊ちゃまなら変えないと」
そう言って荷物から黒い半ズボンを取り出した。俺、そんな服持ってたっけ?
「……お前、どこまで用意してんだ」
キヨの言葉に、ハヤはニヤリと笑って振り返った。どういうことだ。
「この位なら使い回せるでしょー? 他には別に買ってないよ。ジレくらいで」
ハヤは楽しそうに俺に黒いジレも渡した。俺はきょとんとしてハヤを見た。
着たら、お坊ちゃま度がバージョンアップするのかな。どう考えてもキヨと似たよな格好にしかならない気がするんだけど。
「召使いと同じ気がするのは、召使いが常に正装だからってこと。それに差を出すのは、お子様がお坊ちゃま感を出せるかどうかにかかってるね」
えっ、俺にそんな演技力を求められても!
俺はとりあえずあたふたと着替えた。ハヤはジレを着た俺を自分に向かせ、シャツブラウスの襟元に何かを巻いた。鏡に映る自分を見たら、黒くて細いリボンを何本かまとめて結んであった。おお、おしゃれなタイみたいだ。それからまた丁寧に髪を梳かして撫でつける。
「お金持ちが正装して行くようなカジノなの?」
ハヤは着替えながら、そう言ったコウを見た。
「シマさんたち、そんな店に行くかな」
そう言われてみると、一般人として負けるところを印象づけるために行くのに、金持ちが正装して行くようなレベルの高い店じゃおかしいのかも。
キヨは着替えながら、ちょっとだけ首を傾げていた。
「……逆にシマが盛大にギャンブル負けした一般人になりたがることを考えると、もとから一般かそれ以下のカジノでの客狙いじゃないって読んでるんだと思う。気安いカジノで常習的に借金作って落ちるとこまで落ちた一般人じゃなくて、一度の借金で首が回らなくなった、もしくはそれを隠し通したいタイプの一般人。だとしたら、少し背伸びしたカジノに遊びに行って負けたヤツ狙いって考えるのは、わかる気がする」
「泥棒仲間の二人って、そんな感じだった?」
ハヤも着替えながらコウに声を掛けた。ハヤは白いスリムパンツに鮮やかなターコイズブルーのシャツを着ていた。しかもそこにシルバーっぽい光沢のある白いスカーフを軽く巻いている。何この圧倒的イケメン……
白魔術師の格好だとその上から長い上着やコートぴっちり着てるからいつも気付かないけど、手持ちの服が一番おしゃれなのはこの人なんだった。
つかマジ反則。白黒で正装っぽさ出さなくても金持ち感出せるとかズルすぎる。
「あー……そうか、うん。そうかも」
コウはぼんやりとそう答えた。
どうしても借金を隠したくて、何かを引き替えにできるならそれに飛びついた人たち。なるほど、あの必死さはそれなのか。脅されているのとは、また違うのかもしれない。
ハヤはキヨのクロスタイを直すと、キヨが適当にかき上げていた髪を櫛できちんとオールバックにした。それから眼鏡をかけさせる。
「キヨくんもちゃんと召使いだねぇ」
コウはにやにやしてキヨを見ていた。
「お前だって、やるなら護衛だから同レベルだろ」
いやキヨのが金持ちぼんぼんから召使いって振り幅激しいからすごいと思うけどね。キャラはそんなに変わらないのに、何となくそんな人と思わせるのはなんなんだろうな。そんなにやる気満々で潜入してる感じは、いつも無いのだけど。
「そしたら、社交レッスンに出掛けますか」
ハヤが満足そうに俺たちを見て、そう言った。
俺としてはレッスンより、ツィエクに会わずに無事帰って来たいけども。
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