第57話『それっぽいもの』

 メイドは俺たちを図書室に通すと、一礼して出て行った。


 図書室の奥の窓には厚いカーテンが掛かっていたけど、入ってすぐの辺りはカーテンが開けられていて部屋の半分は明るく感じた。この辺はそんなに重要なコレクションじゃないのかな。奥に行くとカーテンは閉じられている。


 でも室内は無数の魔法道具のランタンが灯っていて、あまり暗く感じなかった。窓から離れた壁際に並ぶ本棚は様々な本が並んでいて、いくつかはガラスのカバーのついた閲覧机のようなところに開いて置かれていた。

 部屋の中ほどにはゆったりしたソファがいくつか配置されている。サイドテーブルには既に水差しとグラスが用意してあった。

 壁紙もカーテンも調度品も、どこまでも金持ちの絢爛さに溢れてる。


 っつか、俺の対応アレで正解だったのかな……一応、問題なく来れたし、キヨが怒ってないから良かったんだろうけど。

「でもこれだったら、キヨが一人で来ても大丈夫だったんじゃね?」

 俺は適当に本棚を物色しながら言った。

 もちろん俺には背表紙を読むのが精一杯だ。しかも集中しないと全然頭に入ってこない。こんなのが造詣が深いと紹介されてて実際ここにツィエクが居たら、一発でバレるよな……


「召使い風情を大層なコレクションのある部屋に一人で入室させるわけないだろ。お前がお坊ちゃまだから俺が入れるんだ」


 なるほど、お坊ちゃまが見たいからついて入れたんであって、お坊ちゃまのために一人で来たんだったら勝手に見たりできないと。

「ここが、目的の部屋なの?」

 キヨは本棚を見たまま小さく頷いた。

 暗号に書かれていたのは図書室だったのか。ハヤが繋ぎを取ったのは「大層なコレクションの閲覧」だったから、案内される前から図書室と明言できなかったんだろうけど。

 じゃあ俺たちが何もしなかったら、あの人盗みに入られちゃうんだな。結構いい人っぽいのに。


「そんで、何を探すんだ?」

 キヨは難しい顔で視線を上げた。

「それっぽいもの」


 それっぽいもの! つまり指示書に盗むものは載ってなかったのか! でもここにわざわざ盗みに入るって事は、ここにあって希少価値が高い物なんだよな。

 俺はずらりと壁際に並んだ本棚を見回した。……あっても見つけられない気がする。

「とりあえず、お前はこの辺読んでる振りをしておけ」

 キヨは何冊かの本を取り出してサイドテーブルに置いた。俺はその脇のソファに座る。えーと、まほう、の、な、りた、ち……?

「魔術の本?」

「基本書なんだ。魔術関係にしては珍しく魔法陣の図解が多い。ただ魔法陣は複雑な魔法載せるのに利用するもんだから、ある程度学んだ人間がこういう基本書を手に取ることはあまりなくて。その上で、これ初版だから結構珍品」


 俺は本を開いてみた。確かに文章はみっちりあるけど、それは図解した魔法陣の説明文みたいだった。魔法陣を分解して説明してるなんて、こんな本があるんだ……

「キヨ、これ読んだの?」

「既製の魔法陣も分解構築が可能ってのは、最初そこからヒントを得たんだ」

 キヨは簡単にそう言ったけど、それってつまり『勉強する人間が手に取ることがあまりない』ような本も読んでるって事だよな。この人やっぱ本の虫だ。


 キヨはそれからいくつかの本を取ってきて俺の脇に積み上げ、それから自分は本棚を丁寧に見ていた。俺は一応、キヨが持ってきた本のタイトルだけはきちんと読んで、それから魔法陣の本を見ていた。

 説明も頑張って読んでみたけど、なんだかサッパリわからなかった。でも描かれている魔法文字(とキヨが説明してくれた)は、並んでいるとキレイな模様みたいだった。

 この一つ一つに意味と魔力があるんだな。俺にとっては本の文字と同じだな。


 キヨは時々、俺の脇に詰んだ本を違うものに取り替えていく。俺はその度にタイトルを頑張って読んだ。魔術の本もあるし、地理の本もある。歴史の本も数学の本もあった。

 直射日光は入らないけど明るい光も感じられる図書室はなんだかすごく居心地が良くて、ゆったりと魔法陣の美しさを堪能していると時間の経つのを忘れてしまいそうだった。


「どうだい、楽しめているかい?」

 唐突に扉が開いて、きちんとした服装のツィエクが現れた。俺はびっくりして顔を上げた。あれ、今何時だ?

「すごいよ、ここにある本、ほとんど初版じゃないですか! それに同じ魔術に関する書物でもちょっと変わり種が多いし。これとか」

 俺はそう言って読んでいた本を上げた。ツィエクは俺の持っている本を見て、満足そうに頷いた。さすがキヨの見立て。


「魔術に関する本に興味があるんだったら、こっちにも面白いものがあるぞ」


 そう言って奥へと促した。俺は本を丁寧に閉じ、サイドテーブルにそっと置いて立ち上がった。ツィエクは本を置く俺を見て、それから呼び込むように手招きした。

 部屋の奥は視界を遮るように置かれた本棚の向こう側だったから、まだキヨも見ていない辺りだ。俺は促されるままその本棚を回り込んだ。


「この辺はこの地方で書かれた魔術書でな、全国に行き渡っていない分希少価値も高い」

 俺は言われた辺りの本を見た。本の並びに「竜と神話」というタイトルが目に入った。竜?!

「竜と神話……」

「ああ、それは魔術書ではない、この地方の伝説伝承を集めた私家版だ。以前寄贈されたのでついでに置いていてな。クダホルドは竜とは切っても切れない縁があって」

 ツィエクは軽く片手を振ってそう言った。別に重要な本じゃないって感じ。


 伝説とかならキヨが図書館で調べてたから知ってるヤツだな。俺はふーんと言いながら何気なく本棚の脇を見た。

 その壁には、壮麗な剣がいくつも飾られていた。どの剣にも宝石のような鉱石が填っていて、一本の剣は柄の部分に竜が巻き付いている彫刻がある。やたら美しいけど、使うとなったら手を怪我しそうだ。


「ここの本、読んでもいい?」

「ああ、いいとも。君は本の扱いを心得てるようだしな。ただし貸し出しは厳禁だ。この部屋で読んでいくこと」


 俺はその言葉に頷いて、それから本を物色するように本棚に近づいた。ツィエクは満足そうに頷いて、それから俺の肩を叩くと、

「私はこれから仕事で出なくてはならん。帰る時にはメイドに声をかけるといい」

と言って部屋を出て行った。


 俺が振り返ると、出て行くツィエクに丁寧に礼をしていたキヨが、顔を上げてこちらに近づいてくるところだった。

「この辺か」

 キヨはそう言ってツィエクが示した辺りの本を物色した。


 どれも盗んだら金になりそうな本っぽいけど、指示書が盗む物を明記してない以上何でもありだよな。それより壁に飾られている剣とか絵画の方が、盗みの目的っぽい気がするなぁ。

 俺は竜の柄のついた剣を見た。あの鉱石、攻撃魔法属性っていうより明らかに宝石だし。


 俺は本棚の無い壁に飾られている剣や絵画を見て歩いた。あ、ここにも竜の絵がかかってる。これきっとハイバリー湾の伝説とかなのかな。あれって結局どういう話なんだろう。

 振り返ってキヨを見ると、何だか難しい顔で本を読んでいた。やっぱあの辺のが珍しい本だったのか。ものすごく真剣に読んでるからなんだか声が掛けづらい。

 俺はソファに戻って、さっきまで見ていた魔法陣の本を開いてキヨの邪魔をしないようにした。


 それからどの位時間が経ったんだろう。メイドが持ってきた軽食のパイも食べて、魔法陣の本が終わる頃になってふと顔を上げると、キヨが俺の前を通り過ぎてカーテンの開いている窓に近づいたところだった。もう調べ終わったのかな。

 キヨは少しだけカーテンを引いている。


「もういいの?」

 俺が声を掛けると、キヨは窓枠をぐるっと見回してからカーテンを戻した。それから俺の座っているソファに近づく。

「ちょっと待ってろ」


 そう言って水差しを持って部屋を出て行った。ん? ちょっとってどれくらいだろ?

 俺はぼんやりキヨを見送っていたけど、途端に手持ちぶさたになって本を閉じて立ち上がった。別に本を見ている間キヨが何かしてくれてたわけじゃないけどさ、何となく一人取り残されると落ち着かない。

 何か『それっぽいもの』でも探そうかな。そうは言っても、本以外は絵画と剣くらいしか見かけなかったけど。


 俺はとりあえず図書室をぐるっと一周した。

 ちゃんと見てみると、本以外にも剣だの絵画だの宝石を散りばめた皿だの蓋付きの豪華なゴブレットだの羽根と宝石で飾られた仮面だの、金目の物がたくさん飾られている。

 ……こりゃ泥棒に入れたら、何持っていっても正解な気がする。入れたら、だけど。俺は窓に近づいた。

 こっちは路地に面していたんだな。門のある大通りじゃないんだ。

 路地はそんなに広くないから、向かい側の建物はそんなに遠く感じない。ちょっとだけ左右を伺ったら、屋敷の裏手は運河に面しているようだった。きらきらと西日を反射している。コウはどうやって忍び込むのかな。


 ……キヨ、いつ帰ってくるんだろう。

 俺はなんだかやることがないから、ちょっとだけ部屋から出てみようと思った。誰かに会ったらトイレに行くとか言えばいいよな。

 俺は扉を開けて外を伺った。あれ、キヨ?


 キヨは廊下のちょっと先当たりに居た。何してんだろ?

 俺が近づくと誰かに声をかけたみたいにして、それから振り返って何事もなかったかのように俺に近づいてきた。

「何してたの?」

「お待たせして申し訳ありません、水をお持ちしました」

 あー、それで水差しを持っていったのか。でも何か誰かと話してたみたいだったんだけどな。ちょっと廊下の奥を伺ったけど、誰もいないみたいだった。


「それで、まだ探す?」

 俺が小声で聞くと、キヨはチラッと周りを伺った。

「とりあえず、今はこれ以上調べることはないな」

 それじゃ撤収。

 俺は頷くと、部屋に戻って本を片付けてからキヨを連れて玄関へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る