第55話『襲われてる誰かを助けたくて相手を殴っても、殴る行為は暴力なんだよね』

「ど、泥棒ーー!?」


 同時に叫んだ俺とレツに、キヨはまるで風圧でも浴びたみたいに傾いた。シマが苦笑して「声落とせよ」と言った。いや泥棒って、なんで唐突にそんな展開に??


「住所は調べて見てきた。まったくの個人宅だ、ただ普通に金持ちの」


 前の暗号は倉庫街だったから何らかの待ち合わせみたいにも思えたけど、個人宅を指定してるとなるとそうは考えられない。

だから泥棒に入ろうしてるってことになるのか。狙う物の場所って、何階とか部屋とかそういう文なのかな。


「こっちが盗みの指示書だとして、倉庫の住所と日時は何になるんだ?」

 シマは石板を覗き込んだ。

 そっか、盗みの指示自体はこっちだけで完結しているなら、なんで倉庫の場所と日時が必要になるんだ?

 キヨはパストの皿を脇へ置いてグラスを取った。


「それが引き渡しの場所と日時なんだろ。盗んだものは、そのまま別の誰かに渡るんだ」

 それからハヤが持っている石板を指す。

「こっちの暗号には『赤』って入ってる。たぶん指示書はどっちから読んでもいいんだと思う。片方が狙いの物の在処、片方が引き渡しの日時と場所」


 なるほど、先に赤い方を読んでしまったから違和感あるけど、青い方を先に読んでいたら自然に見えるのか。でも青の暗号がまだあそこにあったってことは、あの人たちも俺たちと同じ順で読んじゃってるんだよな、キヨみたいにわかったのかな。


「そりゃあいつらは最初から何が書かれてるか知ってるだろ」


 コウは皿をサイドテーブルに置いた。皿に肉のソースの汚れがほとんど残っていない。どうやったらあんなにキレイに食べられるんだろ。


 そうか、あの人たちは最初から泥棒の指示を待ってたんだな。それじゃ、コウをスカウトしたのって……

「盗みの手伝いをして欲しいんだろうな。コウ、高いトコに登ってて揉め事見かけたんだろ?」

 キヨに言われて、コウはちょっとだけ驚いたように目を見開いた。


 なるほど、ごろつきをした強さだけじゃなくて、コウの軽業師みたいな身のこなしを見てたかもしれないのか。

「……泥棒の手助けなんてするわけねーじゃん」

 コウは嫌そうな顔で首筋を撫でた。

 ある意味このパーティーで一番良識あるコウが、泥棒するとは思えない。悪い手使って賭博場カジノで稼いだのだって、ちゃんと返させるのに。


「えー、でもちょっと面白そうなのにな」

 ハヤは屈託なく言った。いやいや勇者一行が泥棒してちゃダメでしょ、仮にも人助けの旅してるってのに。

「まぁ、面白そうなのはわかる」

 シマもそう言って笑った。いや、わかるなよそこ。

「だってわざわざ指示を暗号にして、使われてない図書館の書庫の本に忍ばせてんだぜ? ちょっと面白いだろ」


 うーん、まぁ暗号を解いたりとかパズルみたいで面白いかもしれないし、解読できたら指示がわかるとか冒険っぽさはあるかもしれないけど、でも結局やるのは泥棒だからなぁ。


「でもほっといても泥棒は発生しちゃうんだし、それなら何かした方がよくない?」


 ハヤはみんなを見回した。

 ハヤのは面白そうだから何かしたいってヤツだろー。解決なら、単純にあの人たちを衛兵に突き出せばいいんじゃないか。コウが明日会ったところで捕まえて。


「たぶん、それだと何の意味もないと思う」

 みんなそう言ったキヨを見た。

「なんで?」

「暗号にした指示書を公共の施設に置いて動かされてんだ。そいつらはただの下っ端、いやむしろ、何らかの負い目があってやらされてる一般人なんじゃねーかな」


 あ、そうだった、あの暗号、図書館にあったんだった。

 もっと怪しい店とかごろつきがたむろする裏路地でのやり取りとかなら、悪い人同士かなって感じがするけど、誰でも入れる公共の施設に置いてるってことは、指示される側が普通の人って可能性がある。


 ……指示書が読めなくてあんな風に俺の首を絞めた、あの追いつめられた感じ。脅されている人なら、なんとなくわかる気がする。


「それにただの一般人だとしたら、盗みに入る前はただの一般人だ。指示書だってそう読めるだけで『盗みに入れ』とは明記されていない。そしたら捕まえたところで何にもならない」


 レツに危害を加えたけども、とキヨは言って肩をすくめた。

 あー、まぁ確かに、レツを昏倒させた罪はあるな。俺の誘拐もあるけど、ある意味仲間だったコウに助けられたからノーカンなのか。

「それ……」

 レツが何となく口を開いたので、みんなレツを見た。

「その人たち、困ってるんだったら、助けた方がいいんじゃないのかな」

 いやいやいや、そりゃ人助けはすべきだけど、この場合そうじゃなくね?

「レツくん、助けるってことは泥棒に荷担するってことなんだよ?」

 コウがそう言うと、レツはぶんぶんと首を振った。


「そうじゃない、そこじゃなくて。その人たちが泥棒をしなきゃならないんだったら、何か弱み握って泥棒させてる人がいるんだろうし。それってよくないことじゃん?」


 それは……確かにそうだけど。シマとハヤは腕を組んでうーんと唸った。

「キヨリン」

 キヨはタレンに口を付けたままハヤを見た。やっぱキヨに全振りかい。キヨは小さくため息をついた。

「盗むにしても盗まないにしても、引き渡しの期日は四日後の二十二時だから、それまでに状況がわからないとならない」

 キヨはタレンのボトルから手酌でグラスに注いだ。


「盗みの片棒を担ぐわけにはいかないけど、盗むものが本当に盗んだらヤバいものなのかどうかもわからない」


「どういうこと?」

 キヨはハヤを見る。盗んでもヤバくないものなんてあるのかな。

「情報が足りなさすぎるってこと」

 まぁ、確かに。暗号を見つけちゃったから、どうやら泥棒計画があるってことがわかっただけで、俺たちはその経緯も背景も知らない。

「それに、俺たちが関わっていいものなのかもわからない」

 キヨはそう言ってレツを見た。


 俺たちはお告げをクリアする勇者の旅をしている。レツは今回お告げを受けているのだ。これがお告げに関わるものなのかわからない以上、手を出すべきかはわからない。こんなことにかまけていないで、お告げについて調べるべきなのかもしれない。

 そりゃお告げじゃなくても人助けはすべきだけど、行き当たる人の全てを助けてはいられない。レツは拗ねたような顔でキヨを見た。


「前に勇者が集められた時も、お告げかわからなくても動いたじゃん」

「アレはお前がお告げを隠してたからだろ」

 キヨの言葉に、レツはわざとらしく顔をしかめて「ぶーー」と唇を鳴らした。キヨはその顔を見て笑う。

「何か手ある?」


 キヨはちょっと口をゆがめてうーーーーんと長く唸ってから、

「コウ次第かなー……」

と言った。コウはやっぱり嫌そうな顔をした。

「まぁまぁコウちゃん、これも人助けなわけだし」

 シマはそう言ってコウの肩を揉んだ。コウは複雑な顔をしている。


「仲間として盗みに入る必要はねーよ。ただ引き渡す側の情報はその二人から聞き出さないと、他からはたぶん得られないと思う」

「え、なんで?」

 シマとかハヤが飲み屋とか聞き込みに行けば、いつもみたいに情報得られるんじゃないのかな。ハヤもきょとんとしている。

「公共の施設に指示を置ける人間だ、最初からごろつき相手の商売じゃない。暗号にしても、まったく解けないわけじゃないけど念には念を入れてる。あの文面からは逆探知は不可能。そんなのが、酒場の噂になりたがるか?」


 ハヤとシマは顔を見合わせて、それからため息をついた。

「……なるほど。情報自体が流れてくるまでに信用得る時間が必要だね。一日二日じゃ無理か」

「引き渡しが港界隈ならその辺りの下っ端って思ったけど、それたぶん上層は表向き一般人として仕事してるな。裏の顔が出回ってる可能性はゼロじゃないけど……」

 シマは言葉を濁して顔をしかめた。ゼロじゃないけど、ほぼゼロってことなのか。


「だから直接やり取りしてるその二人から聞き出すしかない。別にどこの誰って直接的なことじゃなくて、盗みをさせられる経緯だけでもわかれば、そこから探れる」

 キヨは何となく説得するみたいにコウに言った。コウはまだ複雑そうな顔をして首をかいていた。


 って事は、コウが今回の謎を解く鍵を調べてこなきゃならないのか! それって、何とかなるのかな……普段は人三倍人見知りなのに。

 今日は自然に話してたけど、あれって聞き出すことがあったわけじゃなかったもんな。


「……とりあえず明日、会えばいいのか」

「コウちゃんありがとう!」


 本当に、本っっ当にしぶしぶといった感じのコウに、レツは喜んで抱きついた。

「会ってなるべく世間話して」

 キヨが簡単に言うと、コウは情けない顔をした。腕っぷしを見せつけるとかだったら簡単でよかったのにね。

「だいじょうぶ、コウちゃんならできるって」

 レツはニコニコしてコウの肩を叩いた。他人事だなぁ。


「いずれにしろタイムリミットは三日。正確には四日目の夜までだけど、盗みに入る必要ができたら昼間に可能かわからない分、三日の間に状況がわかってないとならない」

「三日目の夜に盗んでも、即バレたら受け渡しまで時間がありすぎるな」

「その悩みは盗まざるをえない状況になってから考えて」

 コウに突っ込まれてシマは誤魔化すみたいに笑った。


「じゃあ僕はちょっと箔を付けるために、キヨリンとデートして来ようかな」

 ハヤはそう言って立ち上がった。箔を付ける? なんでそれがキヨと出掛けることになるんだ? キヨも何となくきょとんとしている。

「必要経費をね」

「あー」

 キヨが立ち上がろうとしたら、コウが唐突にその腕を掴んだ。

「キヨくん」

「わかってるって」

「いやわかってないでしょ、団長も。そういうことを簡単に選択肢にしちゃってるところが」


 あ、これまたカジノで悪い手使おうとしてたのか。だいたい泥棒に入るとかそういう事調べるのに、何でカジノで稼ぐ必要があるんだろ。必要経費。

 キヨは腕を掴まれたままチラッとハヤを見た。ハヤもちょっとしゅんとしてる。


「……俺の金は、全部寄付しちゃったからな。お告げの旅が楽になるように残しておけばよかった、ごめん」

 キヨが少しうつむき加減に言うと、コウは言葉に詰まって居心地の悪そうな顔をした。

「人の金に手を出すようなのがダメなら、夜の街に出て金持ってそうな人探しておねだりするとか、」

「キヨくんそういう思ってもないこと言うのやめてくれる?!」


 コウが慌てて口を挟むとキヨは「あはは」と笑った。

 あ、これ本気じゃないんだね。そうだよな、キヨがおねだりするとかあり得ないもんな……いや、酒が絡むならやりかねないのか?

 コウは深いため息をついて手を離した。

「そういう冗談にしちゃうのもよくないよ」

 キヨはいたずらがバレたみたいな顔をして小さく「ごめん」と言った。コウはハヤを見やる。


「理由は?」

「盗みのターゲットが金持ちだから、情報収集には金持ちネットワークに入る必要がある。金を持っているように見せられて身元のバレにくい旅先のカジノが最適」

 ハヤはさらりと答えた。

 つまり情報収集のためで、楽してお金を稼ぐだけじゃなかったんだ。まぁ、それでもカジノで負けられるお金はないし、金持ちに見せるためにはたぶんキヨの魔法で勝つつもりなんだろうけど。


「あと金で解決できる場合に備える意味もあるな。どうせ一般人を犯罪に引き込むなんて借金か何かだろ」

 シマはそう言ってタレンを飲んだ。シマは同行するつもりなかったみたいだったけど、カジノ行きの意図はわかってたのか。


 コウはちょっとだけ考えて、「どうせ止められるとは思ってないけど」と言って顔を上げた。

「わかった。でもキヨくんのやり方は盗みと変わらないんだから、ちゃんと返すんだよ」

 キヨとハヤは揃って「はーい」と答えて、それから上着を取って出掛けていった。


コウがいなかったら、ホントに犯罪集団にもなりかねないな、このパーティー。なまじ才能あるだけに。

「娼館の時みたいに、ハヤだけで金持ちって思わせるのじゃだめなのかな」

 俺がそう言うとシマは、「あれは相手が成り上がりだったからなー」と言った。でもエインスレイもお金は持ってたんだよな。何か違うのかな?


「相手がこんな街の本物の金持ちじゃなぁ、身につける物から違うだろうから、『持ってるけどそこに使ってない』と思わせるためには、本当に分厚い財布が必要だろうな」


 そういうもんなのかな。俺は生まれてこの方、金持ちだったことなんてないからわかんねーけど。

 っていうかみんな金持ちだったことなんて無いのに、なんでそんな事わかるんだ。あ、キヨは一瞬金持ちだったか。


「必要があれば、何でもしていいなんて免罪符は持ってないからね。勇者ですら」


 そう呟いたコウの隣で、レツがふわふわと揺れていた。

「……複雑だね。誰かを助けるために面倒な手順を踏まなきゃならなくて、それがあんまり胸を張れるやり方じゃなくて、それでもそうしてくれる仲間がいないと助けられない」

 それからチラッとコウを見る。コウはレツを見なかったけど、一瞬眉根を寄せた。


「襲われてる誰かを助けたくて相手を殴っても、殴る行為は暴力なんだよね」


 コウはそれを聞いて、天井を仰いで深いため息をついた。レツはふわふわしたまま続けた。


「俺も、誰も殴らずに助けたいけど、殴らないと助けられない時もある。そんな時仲間が殴ってくれたら、俺は殴ってないけど、殴らずに助けられたわけじゃない。他にやり方があったんじゃないかって思っちゃうけど、殴った仲間を否定したいわけじゃない」


 ……それって、なるべく悪い手は使わずに何とかしたいレツやコウと、お告げのためなら芝居して騙すような手を使ってでも情報を掴んでくるキヨやハヤたちのことなのかな。


 悪い手は使わないに越したことはないけど、そうしないでお告げのクリアなんてできない。それがわかっているから、簡単に否定できない。そして彼らは確実にその成果を上げてくるのだ。

 ウソや芝居で直接人を傷つけたりはしてないけども、それだっていつまでも無事とは言えない。

 コウはふわふわ揺れるレツを肩で押した。


「勇者がわかってくれてるならいいよもう」


 コウがそう言うと、レツはちょっとだけ笑った。

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