第53話『短絡的過ぎんだよ、騒ぎになる前に放してこい』
「港の方に行ってみよっか」
俺とレツは路地の片隅でクレスノを食べていた。
近くの屋台に売っていた、薄く焼いた生地に魚介と野菜を一緒に炒めたものを巻いた食べ物だ。溢れんばかりの中身がこぼれそうで食べにくい。思いっきりかぶりつかないとならないから、俺もレツも口の周りがベタベタになっていた。
っつか、港の方?
「あっちの方、まだ行ってないじゃん。石板貸しちゃったから勉強はできないし、海の竜について調べるとかもみんなほど上手くできないだろうしさ」
レツは鞄を探って口を拭くために手拭きを取り出した。まぁ、確かに。
俺たちが頑張っても、たぶんみんながすでに知ってる事を聞ける程度だろう。俺は立ち上がって手の甲で口を拭った。俺の食べこぼしを鳥が狙ってる。
「港って、あっちだっけ?」
俺とレツは何となくの記憶で歩き出した。俺たちの宿は街の中心より北側にある。
街の中心に庁舎や図書館があって、港はそのさらに南側にあるのだ。クダホルドを抱く湾は、街より北側に伸びる半島が大きく湾曲していて、南へ向かって開いているような形をしている。
「この辺は何だか、高級そうだね」
港の近くの方が、イメージ的に下町っぽい感じはあるよな。そこからいくと、この辺は違う気がする。
石造りの建物の壁も、何となくキレイにされていてちょっとした路地も掃き清められている。建物の上階を見上げると、ベランダに美しい花々が掛けられていた。あんな高さに庭があるみたいだ。
つまり今、俺たちは港近くにはいない、と。
「前に見たマレナクロンの高級さとは、また違う感じだね」
「うーん、マレナクロンのは中心街だけど、こういう住宅街じゃなかったからじゃないかな」
そうか、この辺は高級は高級でも住宅街だからか。
そう言えば道に面した一階が店舗じゃないや。クダホルドは大通りがほとんど無いから、店舗が軒を連ねているところばかりじゃない。
細い路地に店がぽつぽつあるのが当たり前だったけど、全然店舗がない通りもあんまり見たことなかった。なるほど高級住宅街。家から店が遠かったら買い物大変じゃないのかなって思ったけど、きっと召使いとかがするんだろうな。
街の中は運河が張り巡らされているから、水辺が近いからと言って海側に近づいてるとは限らない。
クダホルドの建物は土地が少ないからか、みんな結構な階層で、見晴らしがよくないから簡単に方角を見失う。加えて路地が多くて、行き止まりも多い。
「迷子になって……ない?」
俺が言うと、レツはちょっとだけ難しい顔をした。うわ、マジで。
「でもほら、俺たち別に目的地があるワケじゃないし」
俺はレツを先導して歩き出した。うん、そのうち港っぽいところに出られればいいんだし、今日の午後は歩いて運動するのが目的。
すると少し開けたところに出た。通りの真ん中に噴水がある。小さな広場だ。
「わあ!」
レツが声を上げたのも無理はない。広場に面した建物の壁に、大きな青い竜の絵が描かれていたからだ。海から体を持ち上げて、荒々しい波間からこっちを見ている。俺たちは壁に近づいて見た。
「フレスコ画かな」
ふれすこ。俺はレツの呟きを頭にメモした。今度調べる。でもこんなところに竜の絵を描くなんて。
「何か、伝説とかあるのかな」
「かもね、その辺はキヨが調べてそう」
そう言えばキヨが調べてた本に、海の神話とかってあったな。クダホルドのお話にあるのかも。
「レツが見たのは、この竜?」
レツはちょっとだけ苦笑した。聞かれると思ったって顔。
「残念ながら、ちょっと違うかな」
そっかー、レツの見た海の竜って、どんなのだったんだろう。俺たちは竜の壁画を見ながら通り過ぎ、目に付いた路地を入った。
「あっ! 危ない!」
唐突にレツが声を掛けたので、俺は咄嗟に振り返った。
「うわ!」
路地沿いの建物の扉が突然開いたのだ。俺はびっくりしてしりもちをついた。突っ込むところだった。あぶねー……避けられたからよかったけど。
「大丈夫?」
レツが俺に手を貸してくれたので立ち上がろうとした。
「おい、ちょっと待て、こいつだ!」
え? こいつって、俺?
顔を上げたら男性が俺を指さしていた。わけがわからず周囲を見回すと、いかつい感じの男性が唐突に腕を伸ばして俺を捕まえた。ちょっ、何!
「なにすんだよ!」
俺を捕まえたヤツは簡単に俺の両手の自由を奪うと、まるで荷物みたいに担ぎ上げた。なんだこれなんだこれ!
「レ……」
暴れて顔を上げたら、レツが延髄を打たれて気絶して倒れるところだった。え……
「連れて行け」
他の男性がそう言って、俺は担がれたままその建物に連れ込まれた。うそ、レツ……大丈夫なのか……?
でも何も出来ないうちに俺の目の前で扉は閉まった。俺は麻袋を被せられ、後頭部に鈍い痛みを感じたと思ったら、気を失ってしまった。
気付いたら椅子に座っていた。
両手は後ろで縛られているし、体の回りを椅子に縛り付けられていた。後頭部がずきずきする。どのくらい時間が経過したんだろう……俺は少しだけ顔を上げてみた。
麻袋は目が詰んでいて、うっすらと影が見える程度だ。音がやけに響くから普通の家の中ではなくて、がらんとした倉庫みたいなところのような気がした。
口は塞がれていない。大声で騒ぐことはできると思う。でも何が起こってるのかわからないのに、ただ騒いでもいい結果が出るとは思えない。
それに……声が出るとは思わなかった。俺はなんだか体が固まってるのを感じた。たぶん、怖いからだ。
そりゃ冒険の旅の間はモンスターが襲ってくるし、あいつらは基本的に食欲で襲ってくるんだから、怖い。でもこの怖い感じとは違う。
モンスターが襲ってくるのはある意味わかりやすいけど、あの人たちは何で俺やレツを襲ったのかまったくわからない。わからないし、俺は勇者の旅に参加する冒険者だから、もし本当に悪い人だとしても剣で戦うわけにはいかないんだ。
……街の中では帯刀してないから、素手で傷つけられるとは思えないけど。
俺をさらった人たちは、ちょっと離れたところで話をしているらしい。話し声が聞こえる。でも小声だから何を話しているのかわからない。
それからちょっと諍いになってるみたいだった。俺をさらったことでケンカになってるのかな。だったら放してくれればいいのに。
「ガキに手ぇ出すとか聞いてねぇぞ」
のんびりした声がして諍いの声が止んだ。あれ、この声……
「鞄には何もなかった」
「いや、でもこいつが覚えてるはずなんだ」
「なんつって聞くんだ、そんなこと聞いたら身バレすんのがオチだろ」
俺に、何か聞こうとしてる……? 一体何を聞こうとしてるんだろう。俺、こんな風に人をさらうようなヤツらが聞きたいような情報持ってたか?
「ガキがいなくなりゃ家族も騒ぐだろ。短絡的過ぎんだよ、騒ぎになる前に放してこい」
騒ぐ家族、いないけどね。でも仲間が騒いでくれるかな……
のんびりした声は俺を帰すことを促している。話し方はのんびりしてるけど、隙がないように感じた。きっとこの人、強い。他の二人も何となく逆らえないみたいだった。
「こいつ一人だったか?」
「いや、もう一人連れがいたけど、転がしといた」
小さく舌打ちするのが聞こえた。
「じゃあ明らかに人さらいを見られてんじゃねーか。どうすんだよ」
無言の間があった。たぶん俺をさらった二人は考えてる。でも一体何を聞こうとしてるんだろう。それを聞いたら身バレするってことだよな? でも俺この街の人なんて知らないし、絶対人違いだよ……
「……消すなら身バレも関係ないか」
のんびりした声が、一層低い声でそう聞いた。
消す、って……俺は血の気が引くのを感じた。
何だか考えるような間があって、それから意を決したように俺に近づいてくる足音がした。俺はうっかり逃げようと身じろぎした。ヤバい、まだ寝てるふりするべきだった!
「おい、お前」
近づいて来た人は、俺の頭を麻袋ごと掴んで揺すった。
「お前が絵本で見つけたメモ、どこのページに挟まってた?」
……え? メモって……まさか、あの時の暗号……?
俺が黙っていると、更に強く揺すぶられた。でもこれ答えたら、俺、殺されちゃうんじゃ……
「お前が見つけて抜き出したヤツだ。どこのページにあった」
そう言って手を離すと、今度は麻袋ごと俺の首を掴んだ。息が、できない……答えなくても、殺されちゃう……!
「……竜に、飲まれた、口の中」
途端に手を離され、俺は激しく咳き込んだ。聞いた男性は、俺から離れて何かを話し合ってるみたいだった。
「そしたら、こいつは処分してくる」
こいつの金手間賃に貰うぞとのんびりした声が言うと、他の二人は少し離れた距離から応えていた。
俺は緊張して途端に寒くなった。縄を解かれたら逃げるか? どのタイミングで逃げればいいんだ?
でもその男は縛めを解く時に俺の首を後ろからしっかり握っていて、逃げられる瞬間なんて無かった。ごつごつした男の手は大きくて、俺の首を
男は椅子に縛り付けていた縄を解くと、そのまま俺を立ち上がらせた。後ろ手に縛られた状態で、俺は促されるまま歩き出した。
「おい、俺は帰るが、続きは明日でいいんだな?」
男はまた二人に声をかけた。二人は遠くから了解するような声で応えた。男は俺の首を持ったまま促し、扉の前に立った。俺、俺……
「動くなよ」
思ったより近くで男の声を聞き、俺は震えるように頷いた。
男は俺の麻袋を取ると扉を開いて外に出た。ああこれ、麻袋被って外に出たら、見た人が怪しむからだ……ゆっくりと、背後で重い扉の閉まる音がする。
完全に扉が閉まった音がして、背後から深いため息が聞こえた。それから、俺の手の縛めが解ける。え……?
俺は自由になった両手を見て、恐る恐る振り返った。
そこに立っていたのは、黒い布で髪と顔半分を隠し、見慣れぬマントを着たコウだった。え……!?
「感動の再会はあとだ、見られる前に離れるぞ」
コウはそう言って、素早く路地を進んだ。
俺はわけがわからなくなって、コウについて走り出した。
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