第52話『うーん、キレイだけど、もうちょっとちゃんと竜だったよ』

 翌日、レツと一緒に図書館へ出ようとしたら、キヨとコウが廊下で話していた。


「見てくるだけならコウだけで大丈夫だろ」

「まぁ、キヨくんいると違う意味で危ないもんね」

「何の話?」


 笑うコウにキヨが裏拳を決めたところに声を掛けると、キヨは小さく肩をすくめただけで部屋へ戻ってしまった。完全スルーかよ。

「ちょっとおつかい頼まれてな。出掛けるなら俺も一緒に出るよ」

 コウは苦笑してそう言った。

 キヨは今日も勉強……じゃないか、お告げが来たんだから、お告げについて調べたりするのかな。俺たちは揃って宿を出た。


「でも海の竜って、何を調べたらいいんだろうね」

 レツは歩きながら腕を組む。うーん、モンスター図鑑とか?

「竜ってモンスターの括りなのかな」

「その辺だったらシマさんが調べられそうだけど」


 でも滝の竜の時に思ったけど、竜って人間を捕食するモンスターとは違うと思うんだよな。エルフも、竜は「太古の種族」って言ってたし。

「でもその太古の種族だとしても、お告げに現れたんだから、何かクリアすべき問題があるんだよね」

 レツは片手を顎に当てて考えていた。


 海の竜に? 太古の種族の? ……いや、なんでだ?


 そりゃこの前はエルフの街で、エルフには対処できない存在を解き放つってお告げをクリアしたけども、あれはレアケースだった気がする。

 お告げって、だいたい人間のためのモノだ。だから人間の勇者にお告げが現れるような気がするんだよな。


 そう考えると、海の竜に関わる問題を人間の俺たちが何とかするって、何か……何か、おこがましくないか?

 それにそんな太古の種族である竜が、人間に解決してほしい問題を持ってるとは思えない。


「海の竜……に見えたけど、海の竜じゃない何かだった、とか」

 レツはわかりやすく膨れて俺を見た。いや、見たのはレツだけなんだから、レツが海の竜って思いたいのはわかるけど。

「例えばアレか」

 コウが指さしたので、俺もレツもつられてそっちを見た。

「わあ! キレイ!」


 レツはウィンドウに駆け寄った。

 そこは硝子細工の店だった。ウィンドウには様々な硝子のグラスや花瓶が飾られていて、そこにコウが指さした竜の置物があった。そう言えばこの辺、硝子細工の店が並んでる。


「名物らしいぞ、この街の」

 そうなんだ! 昨日は観光してたけど、もっと運河沿いの路地を歩いてたから気付かなかった。

「うーん、キレイだけど、もうちょっとちゃんと竜だったよ」

 レツは笑って言った。なるほど、明らかに置物っぽい竜じゃなかったんだな。それに一度は本物の竜に対面してるんだから、その辺の違いはレツにだってわかるよな。


「そしたら、俺はこの辺で」

 コウはそう言って俺たちから離れた。

「コウちゃん、どこ行くの?」

 レツが声を掛けると、「んー」と言いながら、

「何か、港の方かな」

と言って片手を上げた。俺たちも何となく手を振って見送った。


「港におつかい?」

 キヨ、昨日の今日で何か調べられたのかな。

「コウちゃんが行くんじゃ、聞き込みとかじゃないだろうしね」

 まさか、知らないうちに俺たち聞き込みできない組から卒業してるとか……は、ないか。この前だってハルさんにも気後れしてたくらいだし。

 でも最近はレツも頑張って聞き込みしようとしてたもんな、俺もうかうかしてられない。


 俺たちはそれから図書館に向かうと、カウンターに書庫の使用を届け出てから昨日の部屋に向かった。

「あれ……?」

 閲覧の机に石板を用意して、それから本を取りに本棚に来たけど、そこに『モンレアルの冒険』は無かった。おかしいな、昨日ここに戻したよな?


「どうかした?」

「何か、本が見あたらない……」

 別に昨日の途中から続ける必要はないから勉強は他の本を使えばいいんだけど、暗号のために正しいページ数を見たいのに。

「昨日ここに返したんだよね?」

「う……ん」


 急いでたからよく見てなかったのかな。テキトーに突っ込んだのが記憶と違ってるのかも。俺は背表紙を辿ってみた。

 そうだ、赤い丸がついてたから気になって手に取ったんだった。赤い丸、赤い丸……無い、なぁ。

「図書館の人が、何かあって使ってるのかもね」

 そうか、有名な絵本ならそういうこともあるかもしれない。ページを確認したかったけど、見あたらないんじゃしょうがないか。

 俺は勉強に使う絵本を選ぶことにした。こっちの棚だけじゃなくて、向こうの棚も見てみよう。


「あれ」

 この本、青い丸がついてる。俺は本を抜き出した。別の『モンレアルの冒険』だ。本を開いてみると、青々と茂る大きな葉っぱがページいっぱいに描かれていた。

「それにする?」

 俺はレツを振り返った。

「また『モンレアルの冒険』だね。南国のお話」

 この葉っぱは南国のなのかー。シリーズだし、これにしよう。俺は本を持って机に戻った。

 本を開いて、一文字ずつ読み上げる。レツは隣で一緒に指で辿ってくれた。

「この、くにに、は、いろ、と、り、ど、り、の、くだ、も……の、が、」


 モンレアルの訪れた南国には、派手な色をした不思議な果物がいっぱいあるようだった。高い木の上に家を造って暮らす人々。これって、全部ホントの話なのかな。

 俺はレツと一緒に読みながら、行ったこともない南国の風景を想像していた。一行読んでは書き写すから、なかなか進まないのだけど。


「がけ、から、あし、を、す、べ、らせて、もんれある、は、」

「あっ」

 俺がページをめくると、俺より先にレツが声を上げた。

 そこにはまた紙片が挟まっていたからだ。俺とレツは視線を交わしてから、紙を広げた。


「また暗号だ」


 もしかしてモンレアルの冒険を読んでた子が、面白がって暗号を散りばめたとか。

「俺たちでも解けるかな?」

 本の表紙を見てみたけど、南国のお話がシリーズの何作目なのか書いてなかった。え、じゃあキヨは何で知ってたんだ。別のだと書いてあったのかな。

「じゃあキヨに聞かないとわかんないね」

 うん、とりあえずこのページが何ページかだけは覚えておこう。俺は石板の片隅にページ番号をメモした。


 二人でそうやっていたら、唐突に扉が開いた。

 びっくりして思わず本の下に暗号を隠す。別にやましいことはないんだけど。顔を上げると見知らぬ男性が部屋に入ってくるところだった。

 あ、ここ公共の施設じゃんね、別に知らない人が来てのもおかしくないんだった。


 俺はちょっと恥ずかしかったから、読む声をものすごく小さくした。男性は俺たちの脇を通り過ぎて、本棚へと歩いていく。あれ……


「あっ、その本……」

 男性は俺を振り返った。あの人、『モンレアルの冒険』を持ってる!

「ごめんなさい、昨日その本読んでたから」

 男性は一瞬びくりとしたけど、鞄と一緒にさりげなく持っていた絵本に目を落とした。


「ああ。……もしかして、君が読んだ時に、何か挟まっていなかったか?」

 俺とレツは顔を見合わせた。この人、あの暗号の持ち主なんだ! もしかして、勝手に持ってったのってヤバかったかな? 怒られちゃう?

「えと、あの……はい」


 黙ってることもできたけど、本当の持ち主には返さなきゃだめだよな。

 俺は鞄を探って昨日勉強した紙と一緒に暗号の紙片を取り出した。

「ごめんなさい、あの、勉強したのと一緒に持って帰っちゃって……」

 俺はごにょごにょと声が小さくなっていくのがわかっていた。うそです意図して持って帰りましたごめんなさい。俺は心の中でだけ謝った。


 男性は俺が紙片を差し出すと、チラッと俺が書く練習をした用紙を見た。それから何も言わずに紙片を受け取って開いた。パッと見には読めないはずの紙面を確認するように見る。

 それから俺たちの視線に気付いたように顔を上げた。

「……ああ、いや、いいんだ。子どものいたずら書きなんだが、無くしたのに気付いて探してとせがまれてね。ここで見た本に挟まっているんじゃないかと思って探していたんだ。ありがとう」

 男性はそう言うと、少しだけぎこちなく笑って書庫を出て行った。

 足音が遠くなるのを聞きながら、俺はレツと顔を見合わせた。


「子どものいたずら?」

「じゃないよね」


 うん、昨日あの暗号はキヨがちゃんと解読したんだから、子どもがいたずらで書いたものじゃないはず。

 それとも、いたずらなのに偶然暗号になっちゃってたとかなのかな。そんなことってあるか?


「っていうか、こっちの暗号のことは何も言わなかったね」

 俺はそっと本の下から紙片を取り出した。

「これは別のなのかな」

 他の子どもがいたずらしたものとか。って、そうじゃないんだった。じゃあなんでこっちのことは言わなかったんだろう。


「これもキヨに解読してもらおうよ」

 俺がそう言うと、レツはちょっとだけ考えているみたいだった。

 勉強に来たのにまだ一冊分も終わってないって言われたら、これ終わってからでもいいけど。

「ううん、そうじゃなくて。また誰かが探しに来るとよくないから、書き写して行こう」

 あ、そっか。どっちにしろこの暗号は俺たちが見つけただけで、俺たちのじゃないんだもんな。俺は石板に暗号の文字を一文字ずつ書き写した。


「これも勉強になるね、文字を一つずつ書くのも」


 レツがそう言うので、俺はさらに丁寧に文字を書いた。

 暗号だとしたら、この配置もヒントになるかもしれないから、その辺もきちんと考えて書いた。よし、完璧。

「でもこれ消せないから、今日はこれ以上やれないね」

 読むだけだったらできるけど。


 でもキヨが書けって言った理由は何となくわかってきた気がする。読むだけだと、次に読む時も同じだけ時間がかかる。一度書くと読むスピードも上がる気がする。

 たぶん書くことで、読むための文字の並びを覚えるんだ。俺は石板を眺めた。


「あ、でもキヨも図書館に来てるんだったら、これ見せて解読してもらったら消せるんじゃん?」


 別の所に海の竜について聞き込みに行ってるんじゃなくて、図書館で調べてたらだけど。レツが俺の言葉に頷いたから、俺は石板の文字が消えないように布でくるんでから鞄に入れた。

 それから紙片をもとあったページに挟んで、本を本棚に戻した。


 カウンターで札を返して、ホールに向かう。あのホールのどこを探せばキヨがいるのか全然わかんないけども。

「この前は、魔術に関する書棚に向かったんだよ」

 そっか、キヨは魔術の勉強をしてるんだから、そういう本棚の近くに陣取って本をたんまり出してきてたんだ。あれだけ積み上げるんだったら、遠くの机を使ってたら大変だもんな。それにキヨが遠くまで運ぶとは思えない。


 でも今日は海の竜について調べてるんだったら、魔術の本棚近くじゃないのかも。

「別々に探そっか」

 その方が早いかな。俺とレツは二手に分かれて、他の人の邪魔をしないように静かにホールを歩き回ってキヨを探した。


 本棚が入り組んでいるしみんな同じような棚だから、どこを見たのかわからなくなる。まるで迷路に入ったみたいだ。っていうか俺、迷子になってる?!

 同じ服を着た人を三回見かけて怪訝な顔で見られたところで立ち止まると、背後から頭の上に本を載せられた。


「こら、何遊んでる」

 振り返るとキヨがいた。よかった! これで無事本の迷路から出られる!

「キヨを探してたんだよ」

 俺はキヨたちみたいに響かない小声ができないから囁きでそう言った。キヨは近くの棚から本を抜き出すと、表紙を確認してから歩き出す。

「俺を? なんで」


 俺は歩き出したキヨについていった。今すぐ「別の暗号を見つけた」って言いたかったけど、周りに人がいるからそれはガマンした。

 机に着くとやっぱり本が積み上げてあった。革張りの分厚い本。もちろん、表紙に絵なんて無い。えーと、うみ、の、し、ん、わ……?


「海の竜について調べてたの?」

 キヨは本を置いて俺を見ると、小さく肩をすくめて「お告げだからな」と言った。まぁ、お告げだけども。俺はキヨの隣に座る。

「竜ってどういう本に載ってるの?」


 キヨはちょっとだけ難しい顔をした。モンスター図鑑に載ってるわけじゃなさそうだな。

 俺はさっきの本を手にとって開いてみた。細かい文字が並んでいて、何が書いてあるのか全然頭に入ってこない。うげぇ。


「聞きたいことがあるなら、宿に帰ってからにしろ。ここは話し合いをする場所じゃない」

 あ、そっか。図書館では喋ってちゃいけないんだった。俺は本を戻す。

 っていうか、それが目的で来たんじゃなかった。俺が鞄を探っていると、レツも俺たちを見つけて近づいてきた。

「これを見せたくて」

 俺がそっと石板から布を外すと、キヨはチラッと視線を送った。

「別の本で見つけたんだ。南国のお話」


 キヨは眉間に皺を寄せて石板を受け取った。あと前の暗号の持ち主の男性についても言いたかったけど、それは宿に帰ってからだよな。

「表紙見たけど、何作目とか書いてなかったよ」

「そういうのは奥付を見るんだ」

 おくづけ? 俺は首を傾げてキヨを見た。

「これが挟まってたページだよ」


 レツは石板の片隅を指さした。

 キヨはちょっとだけ何かを言いたげに口を開いたけど、結局小さく息をついただけだった。それから積み上げた本に目をやる。あ、俺たち明らかに調べ物の邪魔してるね。


「キヨってまだいるの? もうお昼も過ぎたから俺たち一旦出るけど」

 もうそんな時間なんだ。どうりでお腹が空いた感じがするはずだ。キヨはぼんやりと本の山を眺めていた。


「……もう少し調べる。これ借りてていいか?」


 キヨは石板を軽く上げて俺に聞いた。外に出るんじゃ書き方の勉強はできないもんな。俺が頷くとキヨは小さく笑って応えた。

 それから俺とレツは図書館を出た。

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