第51話『この暗号を解くと、お宝が手に入るわけよ』

 シマは俺のために石板を買ってきてくれた。

 石板なら何度でも書き直して使える。紙とペンは格好いいけど、俺が絵本を書き写す勉強に使うにはもったいない。


 シマにもあの紙を見せてみたけど、首を傾げるだけだった。

 文字の羅列は意味をなさないし、唐突に挟まる数字にも意味を見いだせなかった。俺みたいに勉強をしてたのかな。


「その割りには、この絵本のどこにもこんな羅列はないよね」

 『モンレアルの冒険』は俺が読めたくらいなんだから、レツにもシマにも読めない羅列のハズはない。じゃあ、単に文字の練習とか。

「普通文字だけ練習しようとしたら、こんな意味のない順番に書かないと思うぞ」

 そうか、それに数字が挟まってるのも変だもんな。

「まぁ、子どものいたずらかもしれねーし」

 でもいたずらにしては何か……丁寧だな、文字の書き方が。俺が首を傾げていると、シマは気にしたように見て、それからもう一度紙片を手に取った。


「それか……何かの暗号か」

「暗号?!」

 シマはニヤリと笑って俺たちを見る。

「この暗号を解くと、お宝が手に入るわけよ」


 俺とレツは顔を見合わせた。それから一緒に吹き出す。

「なんだー、やっぱ子どものなんじゃん」

「そりゃそうだろー、絵本に挟まってたんだから子どもが楽しむヤツじゃなくてどうするよ」

 シマも面白そうにそう言った。

「でもこれどうする? 元あったページに挟んでおいた方がいいのかな?」


 レツがさっきのページを開いた。竜に飲まれた帆船が口の中で波に乗って流されていく絵が描いてある。

 この後、竜のお腹の中でモンレアルは宝物を見つけるから、意外と間違ってないのかも。


「でもここ長らく使われてないらしいからなー、この持ち主だってもう子どもじゃないかもしれねぇよ」

「誰かに見つけてもらうつもりで挟んだのに、誰にも見つけてもらえず今まで放置じゃ、何だか可哀想だね」

 レツはそう言って苦笑した。ホントに。でもコレが本当に暗号だったら、キヨとか解読したがるかも。


「じゃあ、俺がもらっちゃってもいいかな?」

「お宝の暗号も、お子様に渡るなら本望だろ」


 お子様じゃねーし! 俺はシマに裏拳を決めてから紙片を折りたたむと、今まで勉強したメモと一緒にまとめた。

 すると背後でノックの音がした。

 三人で顔を上げると女性の図書館員が覗いていた。


「この書庫に使用中の札が出てるなんて、初めて見たからまさかと思ったけど。もう閉館時間ですよ」

 え、もうそんな時間なんだ! 

「すみません、すぐ出ます!」


 シマは響かない声でそう言って、ばたばたと荷物を片付けた。俺は絵本を閉じて、元あったところへ戻す。二人は先に部屋を出ていた。

 ちょっ、待ってよ! 俺は自分の書いた紙片をまとめて鞄に突っ込み、慌てて部屋を出ようとしたら知らない男性とぶつかった。


「ご、ごめんなさい」

 男性はチラッと俺を見たけど、何も言わずに部屋に入っていった。あれ、図書館の人かな。

「何してんだ、行くぞ」

 抑えた声で呼ばれて、俺は慌てて二人を追った。





「なになに、暗号?」

 ハヤは面白そうに俺が出した紙片を眺めた。

「いや、ホントに暗号かどうかはわかんないんだけどね」


 レツは今日の顛末を話している。

 運河のテラスで食べるはずの夕食は、夜は冷えるって理由で室内に移動していた。それでも窓から見えるテラスに置かれた蝋燭の灯りがものすごくロマンチックだ。

 今までの宿併設飲み屋みたいな雑多な感じがない。まぁ、食べているのはいつもの一皿料理ではあるのだけど。


 今日の料理は小麦の練り物が入った魚介の煮込みだった。こう言うのってトマトスープが多いけど今日のはコンソメと香草のスープで、塩味のシンプルな味付けだけど魚介の出汁が出ていて美味しい。

 もちもちした小麦の練り物が入ってるからお腹に貯まりそうだ。


 ハヤが机に置いて見ている紙片を、隣からキヨがチラッと覗いた。

「ダメ! キヨリンはまだ見たらダメ!」

 ハヤは紙片を反対側のコウの方へ移動した。キヨはちょっとムッとした顔をした。

「キヨくんにソッコー解読されたらつまんないもんな」

 コウはそう言って笑った。キヨは小さくため息をついてベスメルのグラスに口を付けた。ハヤは紙面を見て、首を捻っている。


「でも暗号だとしたら、普通これだけで解読できるもんじゃなくね?」

 え、そうなの? 俺の言葉にコウは「解読するためのキーは別にしておかないと」と言った。

 そっか、これだけでわかっちゃったら、誰でも暗号解読できちゃうから困るんだ。

「でも子ども向けでしょ? だったらこれだけでわからないと意味ないじゃん」

 あー、子ども用なら逆に、難しくて解読できないと楽しくないよな。俺は暗号の紙面を覗き込んだ。

 たぶん俺が普通に文章を読めるんだったら、解読できるはずなんだろうな。でもハヤも考えてるし、やっぱり解読キーが必要なのかな。


「えー、何か意外と難しいー。書く物欲しい」

「俺の石板貸そうか?」

 ここにはないけど部屋に行けば。ハヤはチラッと俺を見て笑う。

「あーもう降参。何かわかりそうでわかんないや」

 そう言って紙片をキヨに差し出した。キヨはちょっとだけ笑って暗号を受け取ろうと手を伸ばした。


「あ!」

「何だ、どうした」


 唐突に声を上げたレツに、シマがびっくりして聞いた。

 レツはまるで壊れた人形みたいにぎぎぎって音がしそうな動きで首を傾げた。同じく驚いたハヤとキヨは、二人で一つの紙片を持ったまま止まっている。


「……お告げ、来た」


 お告げかー……みんな一斉に脱力した。

 なんだ、今更お告げ自体は珍しくないのに、なんでそんな声出してんのさ。

「いや、お告げなんだけど……うーん」

「何だよ、何か問題があるのか?」

 キヨは受け取った紙片を開きながら聞く。レツはやっぱり難しい顔をして腕を組んでいた。また言いにくい映像だったとかなのかな。


「うーん……あれ、海の竜だと思うんだよね」

「海の竜?!」


 海の竜って、モンレアルの冒険にあった帆船をひと飲みにしちゃうヤツ?! 今回そんなのと戦ったりするっての?

「戦うかどうかはわかんねーだろ」

 キヨは冷静にそう言った。いやまぁそうだけど、お告げにモンスター的なのが出てきたら戦ってたからさ。


「今回も意味わかんねーな……」

 シマは呆れたように言ってグラスに口を付けた。

「戦うにしても戦わないにしても、海の竜の情報って聞き込みできるものじゃなくない?」

「竜自体がそこら辺にいるもんじゃないしねぇ」


 ハヤは頬杖を付いて言った。

 あの滝の竜の存在ならハラーは知ってたっぽいけど、でも竜だと知っていたかどうかはわかんないよな。何かすげーモンスターだと思ってたかもしれないし。


 ハヤは紙片に見入っているキヨの肩越しに覗き込んだ。

「わかった?」

 お告げが来たってのにキヨは暗号見てたのか。どっちも謎だからキヨ的には同じなのかも。


「これ、『モンレアルの冒険』に挟まってたんだよな?」

「そう。海の竜にあうヤツ」

「結構有名な絵本だよね、シリーズになってるし」


 キヨは考えるように視線だけ少し上げ、それからもう一度紙片に目を落とした。それから難しい顔で首を傾げる。

「長らく閲覧もされていない、使われてない書庫の児童書だったんだよな?」

 俺はシマとレツを見た。うん、机に埃が積もってるくらいには誰も使ってなかったね。図書館の人も、部屋を使用してるの初めて見たって言うくらいだし。

 キヨはちょっとだけ首を傾げて、指先で紙片を擦っている。


「どういうこと?」

 キヨは紙片から顔を上げた。

「暗号自体は難しくない。ただキーはやっぱり必要」

「解けたの!?」

 早っ! っていうか、子ども向けなんだからキヨにはその程度なのか?

「キーって?」

「モンレアルの冒険の、海の竜の話がシリーズの何番目か」


 だからあの本に挟まってたんだ! でも俺はあの本だって初めて見たんだから、何番目かわかんねーや。

 俺はみんなを見回してみたけど、難しい顔をして首を捻っていた。まぁ、絵本読んだのって何十年も前なんだろうし。


「そこまで年寄りじゃねーよ」

 シマは俺の言葉に裏拳で突っ込んだ。

「キヨくん覚えてる?」

 キヨはちょっとだけ眉を上げた。

「確か十八作中の八番目」

 途端にみんな、なぜか嫌そうな顔をした。……気持ちはわかる、この年までシリーズものの絵本の順番覚えてるってのも、確かにね。


「シリーズものは順に読むタイプですか」

「十八あったかどうかも覚えてないよ……」

「生きるのに要らん知識蓄えて」

「お前ら解けなかったクセにうるさいな」


 キヨはそう言って紙片を机に投げ置いた。ハヤが隣からまぁまぁと、なだめるようにくっついて肩を叩く。

「それで、どうすんの?」

「文字を八つずらすんだよ。数字も同じく八を足す。数字はたぶん九の次がゼロで。それでもちょっとおかしいから、たぶん挟まっていたのが何ページかとかが絡むんだろうな。その箇所の文字を外すんだ」


 じゃあ、あのページが何ページだったかわからないと解けないのか。

 俺とレツは顔を見合わせた。覚えて……ないよな。俺たちは揃って肩を落とした。お話は覚えてるんだけど。


「いやでも絵本だし、そこまでページ数のある本じゃなかったと思うんで、テキトーに読めるように外してみて、だいたい解けたんだけど」

 それじゃ、わざわざあのページに挟んでた意味ないじゃん! って、子ども向けだからいいのか?

「それって結局、何になるの?」

「日時と場所」

「おおー」


 みんな同時に声を上げた。じゃあやっぱり宝のありかなんだ。その時間にそこへ行くと宝物がある的な。きっと宝を隠す方の人もずっと置いておいたら誰かに取られちゃうから、取りに行く日を決めていたんだろうな。

「なるほどねー」

 俺たちは謎が解けたことでスッキリして力を抜いた。

 手の込んだ遊びだなぁ。文字がわかるようになったらそういう遊びもできるんだな。キヨは指先で紙片を擦りながら眺めていた。


「そんで、何がそんなに納得いかないの」

 ハヤがそう言ってキヨの頬を指先でつつくと、キヨはうるさそうに手で払ってため息をついた。

「ページがわからないから間違ってる可能性はある。でもこれ以外だと他の部分が成り立たないし、たぶんあってるとは思うんだけど、」

 キヨは紙片をもてあそびながら言った。何か問題ある?


「俺の解読だと、宝を取りに行く日が五日後なんだ」

「五日後?!」


 え、でもコレ、誰も読まない書庫の絵本に挟まってたんだよ? 部屋だって全然使われてなかったし。

「だから聞いたんだ。何年も前に挟んで忘れ去られていたにしては、日付がおかしい」

「俺が聞いたのは長らくって程度だから、厳密に何年使われてないかは知らねーよ。それでも尋ねた時に驚かれたんだよな、だからそういう話まで聞いたんだし」


 シマはチラッとレツを見た。レツも小さく頷く。あの時の図書館員の反応を見ても、利用率の低さはお墨付きだ。だいたい使われてるのを初めて見たって相当だし。


「年号まで入ってなければ別に」

 コウの言葉にキヨは「入ってる」と言って紙片を指さした。年号入りなの!?

「じゃあじゃあ、日付じゃなくて時間とか」

「時間も入ってる。めっちゃ厳密に書かれてる。場所に関しては、俺はこの街の住所とか知らないけど番地みたいな番号も入ってるから、そういう意味では正確だ」


 みんなは、さっきとは違う感じで嫌そうな顔をした。なんだこれ、ただの子どもの遊びを楽しむハズが、妙なモンを手に入れちゃったぞ。


「……挟まってたページ番号が正確になったら、この気持ち悪さが無くなるとか、あるかな?」

 一気に年号が昔になって、ああやっぱり子どもの遊びでしたーみたいな。

「どうだろうな、『モンレアルの冒険』自体は有名だし本屋にもあるかもしれないけど、同じ版でないと合わない可能性はあるし」

 でもとりあえず、また図書館であの本と照らし合わせてみたい気がする。外す文字が間違ってたらスッキリするかもしれないし。


「あのー」

 コウが控えめに手を挙げた。

「コウちゃん、どうかした?」

「これって、モンレアルの冒険の海の竜の話だよね?」

 そうだね、竜に飲まれるページに挟まってた。

「お告げに関わるってこと、ないかな?」


 みんなは一斉にレツを見る。

 レツは難しい顔をして腕を組むと、うーーーんと唸った。でもお告げに関わってるかどうかって、レツにはわからないんじゃなかったっけ。

「お告げの竜は、あの絵本の竜よりも、もっと透き通ってキラキラしたのだったんだよね」

 そういう差か。海の竜の話に挟まってた暗号が海の竜をのお告げと関係があるって言われたら、そんな気がしなくもないけども。でも暗号を手に入れたのが、お告げを受けるよりも早かったからなぁ。


「まぁお告げじゃないから深追いすることないけど、見習いは勉強のついでもあるからいいんじゃん?」


 ハヤは何となく他人事みたいにそう言った。じゃあ明日は図書館に行ってまた勉強だな。レツも一緒に行ってくれるといいけど。

 そう思ってレツを見たら、ふにゃーって笑って頷いてくれた。しばらくはレツが俺の先生か。


 キヨは紙片を指先で弄びながらぼんやりと眺めていたけど、俺の視線に気付いて机越しに渡してくれた。

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