第48話『それにたぶん、それがルナルが望んだ解決だったと思うよ』

 翌日、俺たちは星読みの里をあとにした。

 お告げの解決自体は昼の間にできていたので泊まる必要はなかったのだけど、どうせクダホルドまで一日かかるのだったら、半日で進めてキャンプするより、もう一泊してのんびり出る方がいいだろうということになったのだ。


 それにもう一度、あの星空を見てみたかったのもある。

 前の晩に星空を見たのは俺とシマとレツだけだったから、昨夜はみんなで見ようと一緒に外へ出た。

 そしたら案の定、キヨは倒れてしまった。いつもはしゃぐ他のヤツらと違って扉付近にいるだけかと思ったら、単に立っていられなかったかららしい。もう大丈夫なんだと思っていたから、ずるずると座り込んでしまったキヨが、また気を失ってるとは思わなかった。


「魔力の奔流を泳ぐ方法、身につけたんじゃなかったのか」

 馬を引きながら歩く俺がそう言うと、キヨは後ろから背中を蹴ってきた。靴裏で蹴るなよ、汚れるだろ!

「あの魔力は星の力だっつってただろ、昼間のが弱いんだよ」

 うーん、そう言えば今日出てくる時は倒れなかったっけ。それでも広場の隅を歩いてきたけど。


「キヨ、星空は見れたの?」

 そう言って振り返ったレツをキヨはチラリと見た。

「……一瞬な」

「一瞬?!」

 キヨは拗ねるような顔でちょっと視線を上げる。


「部屋から出て、顔を上げて星空見てすげーなって思った瞬間、全部の星が光と共に降りてきてあの広場を回ってるように見えた。お前ら全員光の線が走る中に居てほとんど見えなくて、俺は回り続ける光に目が眩んで気持ち悪くなった」


 俺たちは呆気に取られてキヨを見た。えー……いや、そんなものすごいものが見えてるとはまったく思わなかったけど、それはそれですごいのでは。

「魔力ってそんな視覚的に認識できるもんなのか?」

 馬上のシマに言われてキヨはちょっと考えるように首を傾げた。

「目で見えてたんじゃないのかもしれない。ハルチカさんの同化の力も、物の記憶を聞くっつっても声が聞こえるとかじゃねーし、結局は俺の中でそう受け取るってだけなのかもな」

 じゃあキヨは目で見えてたわけじゃないけど、頭の中にはそんな映像として受け取ってたってことなのか。何かよくわかんねーな。


「キヨリンに自然の魔力の掴み方教えてもらおうと思ってたんだけど、ちょっと出来なくて安心したような残念なような」

 ハヤはそう言って腕を組む。キヨはちょっとだけ笑って「それは追々教えるよ」と言った。ハヤは唐突に元気になってキヨに背後から抱きついた。

「なになにキヨリン、何のサービス?」

「なんだ、お前のことだからお返しに教えろってんじゃなかったのか」

 お礼って、キヨがマフレズの闇魔法で暴走した時の結界のお礼なのかな。ハヤはきょとんとしていたけど、それからにっこり笑った。


「それはそれとして、体で払ってくれるんでもいいんだけど。チカちゃんと離れてそろそろ体が疼く頃じゃん……」


 そう言って胸元に手を差し入れようとするハヤを、キヨがうんざり顔で押し戻す前に、もう馬に乗っていたコウが棍の先でこつんと叩いた。教育的指導がついに体罰に!

 シマとレツは爆笑している。ハヤは叩かれた頭に触れて振り返った。

「コウちゃんひどい!」

「「ひどくない」」

 コウとキヨは同時に言った。


 ハヤのは拒否られる前提の遊びだというのがわかってきたから、俺もいちいちドキドキしなくなったぜ。俺も大人になったな。そう思いながら近くの倒木に乗ってあぶみに足をかけたけど、三回失敗したのは決して動揺してるからじゃない、絶対に。


「そう言えば、マフレズの事って誰にも話さなかったけど、ホントにそれでよかったのかな」


 星読みの里を出る時、見送りにマフレズは出て来なかった。俺たちも別に期待していたわけじゃないけど、結局あの後、会いもしないで出てきちゃったもんな。

 闇魔法の力を失ったけど魔力自体は残ってたみたいだし、体に影響がなかったのはハヤが診てわかってるから生活に問題はないはず。


「人生二度目の挑戦って大事だから」

「マフレズの場合は三度目じゃね?」


 マフレズは最初冒険者として旅に出て、それからあの里で医者になって、それで……仕切り直しの三度目なのか。二度目と同じ挑戦だけど、今度は悪い方法を使わないでいいお医者さんになれるといいな。


「それにたぶん、それがルナルが望んだ解決だったと思うよ」


 レツがそう言うので、俺たちは何となく納得した。


 ルナルは俺たちを見送る時に、もう一度キヨに話しかけに行った。キヨはお告げの勘違いで懐いてただけだと思っていたし、なおかつ滞在中はレツとばかり話していたので、わざわざ自分のところへ来たルナルに怪訝な顔をしていた。いや、もうちょっと隠そうよ……

 ルナルはやっぱり小さな声を絞り出すようにして言った。


「あの……助けてくれて、ありがとう」


 最初に里に着いた時と同じセリフ。わざわざキヨに言うってことは、山賊のところから助けたことを指すのかな。

「別に、ついでだし」

 キヨ的には馬を、っていうか酒を取り戻すついでだったんだよな。ルナルはそれを聞いて首を振った。


「それでも、あの時……あなたが聞いてくれなかったら……きっと、ずっと、変えられなかった。ありがとう」


 ルナルはまだいっぱいおどおどしていたけど、それでも真っ直ぐキヨを見て微笑んだ。キヨはそれを見て、無言で小さく頷いた。

 キヨは、何を聞いたんだろう。

 俺がそう聞くとキヨは当たり前のように、「別に、逃げたいか聞いただけだよ」と言った。でもそれだけでルナルがあんな風に言うかなぁ?


「だから普通に、『ここから出たいか、出たくないか、自分で決めて』って」

「普通は出たい一択だと思うけどな」

 シマが混ぜっ返したけど、キヨはチラッと見ただけだった。


 もしかして、キヨが言った『自分で決めて』ってのは、ルナルに取っては新鮮だった……とか。

 その能力があるからと、星のお告げを受ける神託者になったルナル。でもお告げは儀式を通して否応なくルナルに降りかかる。自分で決めることなく、ルナルはお告げを受け続けてきたのだ。

 そうやって受動的に生きていくのが当たり前だったのかもしれない。強大な魔力を持つ星のお告げは、受けるのが当たり前で拒否することすら想像しない。


「キヨくんそういうとこ丁寧だよね」

 コウがそう言うと、「丁寧っていうのかー?」とハヤが突っ込んだ。

「明らかに逃げたいシチュだったら、手を伸ばして『おいで! 助けてあげる』のが王子様っぽくて劇的じゃない?」

 舞台役者みたいに手を差し伸べるハヤに、レツが「そんな爽やかなキヨはイヤだー」と笑った。


 でもキヨは、山賊に捕らえられていて誰の目からも『出たいに決まってる』って選択ですら、自分で決めてとルナルに渡した。

 それはつまり、ルナルがそうやって選んでいいって選択肢を与えてあげたことになる。だからルナルの意志であのお告げを里の人には話さず、俺たちに解決してほしいと頼むことができた。


 きっとハヤみたいに、ちょっぴり強引に自分の望む方へ連れて行ってくれる言い方のが好きな人もたくさんいる。でもそれだとルナルには、今まで同様、言われるまま流されてしまったのと同じになっちゃうんだ。

 だからルナルはキヨに懐いたのかも。それってやっぱり恋心みたいのだったんじゃないのかな。俺はキヨを盗み見た。


「明らかに逃げたいかどうかなんてわかんねーよ、余計な事する気はねぇし」

「いやいやいや、山賊に捕らえられた女子が逃げたくないわけないっしょ」

「仲間の可能性だってゼロじゃないだろ」


 キヨの言葉に、他の四人は嫌そうな顔で見た。まぁ、あんまりそういうことないよね、目隠しまでされてたのに。

 たぶんキヨの言葉には他意がない。だからルナルがそんな風に受け取ったかどうか、キヨにはわからないのかもしれない。


 ……そんなことないか。あのキヨだし、いくら浮気する気が一切無いからって、女の子の気持ちにまったく気付かないとは思えない。

 それにキヨがもしルナルに優しくしてルナルがもっとキヨのこと好きになったりしても、どうしようもないんだ。やっぱりちゃんと切れるキヨでよかったのかも。


「そしたらこのまま一気にクダホルド?」

 レツが馬に乗ったまま振り返る。

「そうだねー、あの街まだ満喫してないし」

「ルコットもう一度食べたい!」

「今度はもっと街中に泊まれるよな?」

「……まぁ、財布が許せば」

「その前にちゃんと馬の分はカジノに返すこと」

「「「コウちゃん厳しい!」」」


 コウの言葉に三人は抗議の声を上げたけど、実行犯のキヨはとぼけるように視線を外していた。

 もしかして、馬の購入費より稼いでたりしないよな……勇者一行なのに。


「それじゃ、大事な馬に傷をつけないように、さっさと戻りますかー」


 シマはそう言って拍車を掛けた。

 えっ、そんな急にそういうのやめろよ! みんなシマについて馬を早める。俺も慌てて拍車を掛けたけど、慌てすぎて変に蹴ってしまい馬が嫌がった。うわうわ!


「何やってんだ、置いてくぞ」

 キヨはわざわざそう言ってホントに置いていく。っつかヒドくね!? 有言実行かよ!

「待ってよ!」

 俺はみんなの走る背中を追った。


 ルナルに期待させないよう優しくしないキヨでよかったとか思ったけど、前言撤回。

 優しい方が絶対いい!

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