第47話『首突っ込む前からやりたがらないとか、うちの策士からは考えられない』

「やっぱあれ、突っ込むとこだったか」


 シマがそう言うのでみんなシマを見た。

 俺たちは自分の部屋に戻ってきて、キヨをベッドに寝かすとお茶を入れた。キヨ、帰りは完全脱力の前に諦めたので、コウにおんぶしてもらって帰ってきた。おんぶの方がお姫様抱っこよりは恥ずかしくないもんな。

 キヨはやっぱり調子悪くなってたけど、慣れたいと言って広場寄りのベッドに寝ている。慣れるもんなのか。


 っつか突っ込むとこって、どういうこと?


「マフレズの部屋、どこにも山賊に襲われた感がなかったんだ。俺はマフレズの部屋しか見てなくて比較対象がねぇし、もしかしたら患者のストレス考えて、めちゃめちゃ頑張ってそう見えないようにしたとかもあるかなとは思ったけど」


 最初にマフレズの部屋に行った時、俺はただ居心地のいい綺麗な部屋だと思ったけど、シマはそこに違和感を感じてたのか。

 ハヤがセアドの部屋で観察して見つけたのと逆の違和感。


 でもわざわざそこを比較させようとしたってことは、キヨはマフレズが怪しいって気付いてたのかな。本人に会ってもいないのに?

 俺がそう言うとキヨは「本棚がいっぱいって言ってただろ」と言った。言ってたっけ。やっぱシマと同じとこ気になってたのか。


「魔術師じゃなきゃ闇魔法なんて無理だろ。明らかな冒険者がいないなら、医療の心得があるモグリの医者が一番魔術に近い」


 キヨは掠れた声で答えた。

 白魔術をまったく学ばない医者は少ない。少しでも魔法の力があるのなら絶対に助けになるからだ。もちろん魔法を使えない人も多くいるから、そういう医者はちゃんと免許を取ろうとする。

 つまり逆に、医療の心得がありながら免許を持たないってのは、白魔術師崩れってのが多いってことになる。ハヤほど医療に通じているのは珍しいけど、治癒を任されてる分それ以外の医療的な部分も白魔術師頼みだもんな。


「消去法でいけばそうか」

「闇魔法が使えるかどうかを調べなかったのは、」

「使ってる事実があるんだから、使えると仮定すればいい」


 キヨは少し寝返りを打ちながら言った。いや、使ってる事実は無かったんじゃね? だいたい何の事件も起きてなかったんだから。

「事件ならあっただろ」

 キヨは顔半分まで布団に潜って言った。あったっけ?

 俺がみんなを見回すと、レツが頷いた。


「うん、あった。奥の部屋に人形」


 人形!? それって……あのモンスターの罠になってたヤツ?

「え、じゃあアレってマフレズが作ってたの?」

 いやいや、何で? どういう経緯で? みんな寝ているキヨを見る。

 調子悪いのに、説明しなきゃならないって大変だな……でも解決した今聞きたいし。せめて部屋の奥のベッドに移動してくれないかな。


「経緯かどうかわかんないけど、ルナルちゃんを喜ばせようとして山ほど人形をプレゼントした人がいたみたいなんだよね。残念ながらウケなかったって。あれマフレズだったのかな」


 ハヤはそう言ってお茶を飲んだ。そう言えばそんな話セアドがしてたっけ。でもルナルって十代後半っぽいよな、もう人形遊びの年代は終わってそうだけど、その辺気付かなかったのかな。

「じゃあ、きっかけはそれかもな」

 キヨはゆっくり起きあがった。コウが手を貸そうとしたのを少し笑って辞退した。え、大丈夫なのか? みんなが見てる中、キヨは小さく「ちょっと待って」と言って呼吸を整えた。それからしばらく集中する。


「……あ、何かわかったかも」

「何が?」

 キヨは俺をチラッと見て笑った。

「ちょちょちょ、キヨリンまだそんなレベルアップしなくていいから、据え膳のまま寝ててよ!」


 ハヤが慌ててキヨを押し倒そうと肩に手をかけた。いやどういう理由で何してんの!

 キヨはハヤに押されて「うわっ」とか言ってたけど、明らかに顔色が良くなっている。それ、さっき出掛ける時もやったヤツなのか?


「キヨリンずるすぎ!」

「何だよ、説明いらないのかよ」

「それとこれとは話が別! 僕が楽しくあんなことやこんなことする前に復活しなくていいのに!」


 もしかしてキヨ、ここの魔法の奔流を掴めるようになったのか。だから魔法の圧にやられちゃわずに済むようになったんだ。それってどうやったんだろ。


「イメージするなら、見えない奔流がガンガン流れてんだけど、見えないお前らには何の影響も無い。団長はわかるけど、半分は見えてない分顔出してられるからそこまで大変にならない。俺は溺れてしまうから、その流れから顔を出していられるように泳がないとならない」


 なるほどわかりやすい。じゃあキヨは散々流されて、やっと泳ぎ方がわかってきたってことなのか。

 ハヤってば医者なのにキヨが回復するのに反発するなんて、それってキヨの魔法の力に対する嫉妬とかあるのかな……あるいは単にじゃれたいだけなのか。


 キヨは体をちゃんと起こして、それから壁に寄りかかった。いくら掴めても、ずっと奔流の流れの中にいるんだからそれなりに大変なのかな。キヨはぷりぷりして隣に座るハヤを、ちょっとだけ笑って見た。


「そんで、さっきの話の続きだけど」

 コウは言いながらキヨにお茶を渡す。キヨはカップを受け取って「ありがとう」と言った。

「モンスターがこの里に現れないのは、あの魔法の力のお陰だ」

 それって魔法の力だったの? あ、でも元々結界も魔法の力で作られてるんだった。結界を敷く元々の力なんだから、モンスターが嫌がってもおかしくないのかな。


「モンスターがまったく現れなくても、ここまで辺鄙だとそれだけじゃ移住しようとは思わない。でもモンスターをまったく寄せ付けないほどの魔法の力となると別だ。それほどの魔力なら移住の動機になるけど、そういう移住者は居ない。つまりこの事は、団長が聞いた印象通り、外に知られていないんだ」


 うん、それにセアドもあのおじさんも、俺たち同様、まったく魔法の力を感じてる風じゃなかった。

 セアドの話し方からも、キヨみたいに倒れるほど魔力の奔流に飲まれる人っていなかったんじゃないのかな。だったら誰もその事を外で話したりしないかもしれない。


「じゃあ闇魔法が使えるレベルの魔術師が、どういう理由ならここへ移住するのか。あの魔力目的ならわかる。更に強い魔法を使えるようになるだろうし。でも情報が外に出てない以上それは無い。それなら逆に考えればいい」

「逆にって?」

 レツに言われてキヨは少しだけお茶で唇を湿らせた。


「闇魔法が使える魔術師が外から来たんじゃない。あの力のお陰で、ここの住人がうっかり闇魔法を会得したんだ」


 うっかり!? 俺は何だか驚いてみんなを見回した。

 だって、呪文も発動も難しくて、キヨみたいな物好きしか勉強しないような嫌われた魔法なのに?


「闇魔法ってのは人間の内にある力なんだけど、まぁあの感じでわかるとおりネガティブな魔力なんだ。そうは言っても単に負の感情から生まれるわけじゃない。負の感情を生み出す部分……って感じかな。だから掴みにくいし難しいんだけど、ここの魔法の奔流が間違った方向で助けになったら、強い負の感情から一足飛びで闇魔法の発動に結びついちゃった可能性もあるかなと」


 それってつまり、本来闇魔法が使えるほどの魔術師じゃなかったんだけど、ここの魔力のお陰で運良く発動できちゃったってこと?

「よかれと思った行為が、全否定されて面目丸つぶれ」

 コウはそう呟いてお茶を飲む。

 いくら小さい里でみんな家族みたいとは言え、ルナル結構可愛いしみんなに愛されてる感あるもんな。そんな子に喜んでもらおうとたくさん人形買ってきたのに、全然ウケなかったとかちょっと落ち込むし、恥もかかされたら少しは恨んでしまうかもしれない。それがきっかけとなって、闇魔法を発動する負の感情を抱いた。


「……人形に闇魔法を移植しようとしたんじゃなくて、制御できない闇魔法が人形に移っただけだったのかもね」

 ハヤはボンヤリと前を見たままそう言った。シマはちょっとだけ眉を上げる。でもそれが山賊とどう結びつくんだろ。


「最初は街へ降りていく時に売ったんだと思ったんだ。混ぜるのは失礼かもしれないけど、呪術師みたいな業界も知ってるかもしれないし。だから頻度と誰が行ったか順番がわかれば、当たりが付けられるかなと。でも山賊に襲われた跡がない部屋って聞いて……もし山賊と繋がってるなら、もっと怪しいルートで売ることができるかもしれない」


 最初は強奪だったかもしれない。でも上手いこと高く売れた山賊が味を占めて、マフレズに作らせようとした。

 だけどそう簡単には作れないし、マフレズはここでしか闇魔法が使えないから、山賊は拉致ったり脅したりしようがない。それでマフレズと山賊は同等の立場で、マフレズが作って山賊に売るって形ができた。


「その方がウタラゼプにこっそり流れる可能性はあるな」

 シマはカップの中でお茶を回しながら言った。それで、エインスレイがモンスターの罠に使った。


「山賊が一応普通に里を襲ってたのは、山賊と繋がってるのがバレたら追い出されるからだろ。でも印象聞いても完全に悪人て感じじゃねぇし、街へ出て行かないのはこの力がここにしか無いからだとしても、私利私欲にしては現在の生活も並み過ぎる」

 俺は自分の腕に巻かれた包帯を見た。


「薬……買ってたのかも、この里の人のために」


 星読み様の収入のどの位が医療に回されてたのかわからないけど、患者がいない時にどれだけ予算を割いてもらえてたのかわからない。だとしたら、安くない薬をコンスタントに購入するにはお金がいる。

 ハヤみたいに白魔術の才能がすごくあればそこまで必要がないかもしれないけど、冒険者を辞めたくらいだから魔術師としてはそこまでじゃなかったんだ。

 第一彼は、ここの魔力の奔流を感じてる風じゃなかった。


「……そう、だな。その怪我にその処方だ。最初は無免許医っつっても、魔術師じゃないんじゃないかと思ったくらいだし」


 キヨは無免許医と聞いた段階で、もしかしたらって思ってたのか。俺の怪我を見てくれた時のマフレズは優しくて丁寧で、山賊と取引して里に危害を加えたいようには見えなかった。

 もちろん山賊との取引なんか無い方がいい。でも取引しなくても、山賊は里を襲うだろう。だったら、少しでも山賊から取り返せる方がいい。


「キヨリンいつから気付いてたの」

 キヨはチラリとハヤを見た。

「お前は今回そればっかだな」

「だってキヨリン、絶対最初からわかってたじゃん。首突っ込む前からやりたがらないとか、うちの策士からは考えられない」

 キヨはちょっとだけ拗ねるように視線を外したけど、小さく息をついてお茶を飲んだ。


「ルナルのお告げ、レツが闇魔法って言うんだからそうなんだろって思った。しかもあれだけ固執するんだったら、ルナル自身、里に関わるって感じてたんじゃないかと。しかもお告げに現れるように解決が必要ってことは、いい使い方じゃねぇ。初めから面倒なのは目に見えてる」


 えーと、それってレツが闇魔法だって言ったところで考えたんだよね。さすがっていうか、怖いな。

「着いたら案の定小さい里だから、この規模で内部犯とかマジしゃれになんねーとか思って」

 そう言えば着いた途端に帰りたがってたな。

 ハヤを見たらお茶を濁すように明後日の方を向いていた。


「里に入ったら入ったでとんでもない魔法の力流れてるし。これで暴走した系なら、並みの魔術師でも闇魔法とかあり得るかなと。でもそういうのが居るって事実だけ伝えても解決にはならない。人によっては、むしろコミュニティーを壊す可能性すらある」

「だから爆弾だけ落とせなかったのか」


 シマはそう言ってとぼけた顔をした。解決のためには、誰が何のためにどうやってそれをやっているのかを暴いて、さらに止めないとならない。

 ん、待てよ。でもそれだと、いつから闇魔法の人形に辿り着いたのかわかんないな?


「それで、どこから罠の人形に結びついたんだ?」

「ここに闇魔法を使う魔術師が居たとしても、誰かに危害を及ぼす問題がなかったらお告げに現れるはずはない。闇魔法自体が結構レアな代物だ。お告げとして闇魔法が見えたって時点で、それならあの人形に関わるんじゃないかって繋がるだろ」


 ……いや、全然繋がらなかったけどね。つまりルナルのお告げが闇魔法だとわかった時点で、罠の人形と繋がるんじゃないかって思ってたのか。


 人に危害を及ぼす闇魔法の罠の人形を流通させてるのが小さな里の住人で、誰もその事実を知らないのを里の人間関係を壊さずに暴かないとならない。

 うん、確かに解決が面倒そうで、キヨが嫌がるのも無理はない。しかも俺たちのお告げじゃないんだし。


「そういえば、さっきなんでキヨくん調子悪くなったの」

 コウがそう言うのでキヨも顔を上げた。

「マフレズが闇魔法を発動したんだろ。でもあいつのはここの魔法の力で目的の呪文が無いままだだ漏れにしてるんで、同じ魔法の流れの中にいる俺のがそれに引っ張られた感じ?」

「それで急いでたんだー」

 レツは言いながらお茶のお代わりを注いだ。それでキヨは今行かないとって言ったのか。マフレズが作業中のうちに証拠を掴めるように。


「作業中を狙ったのもあるけど、闇魔法は術者本人が意図して出さないとならない魔法だからな。たぶん発動中か発動直後くらいでないと、奪うのは難しいんじゃないかと」

「奪う気だったの」

 キヨはきょとんとした顔で隣のハヤを見た。当たり前だろって感じ。

「話してわからないんだったら、二度と使えないようにするしかない。でもあんな風にだだ漏れなだけだと、術を弾いて壊せない。だったら魔力そのものを奪うしかないじゃん」


 ハヤは難しい顔をして目を閉じると、指を額に当ててうーんと唸った。

「魔力を吸い上げる鉱石とかモンスターもあるし、そういう魔法があるのは知ってるけど、狙って魔力を吸収するとか結構大変な術のような……」

 たぶんここの魔法の力があったから、キヨも出来たんじゃないのかな。キヨはとぼけた顔でお茶を飲んでいる。


 とにかくキヨは、マフレズから闇魔法の力を奪ってしまったのだ。これでマフレズは二度と罠の人形を作ることはできないし、万が一出来たとしても売れる山賊はもう来ない。

 それに本当にマフレズが里の薬のために稼いでいたのだとしたら、里が嫌いなわけじゃないから、俺たちがバラさないならこれからもここで医者として暮らすんだろう。


 俺たちがお茶のお代わりを注いでいると、ノックの音がして扉が開いた。

 振り返ると、ルナルが顔を出していた。今回は一番扉に近いベッドにみんないるから、入りづらいのかもしれない。ちょっとだけスペースを空けてあげると、おずおずと入ってきて、やっぱりちょっと離れて座った。


「あの、あの……ありがとう、ございます」

 何の事とは言わなかったけど、たぶんお告げがクリアになったのがわかったのかな。俺はレツを見た。

「どういたしまして」


 レツはやっぱりふにゃーって顔で笑った。クリアしたのはレツなのか、キヨなのか。

 ルナルはそれからの言葉を継げずに、床に敷かれた毛皮をいじっている。レツはそんな彼女を優しく見ていた。


「あのね、」

 レツがそっと声をかけると、ルナルは弾かれたように顔を上げた。


「きっとお告げを見るのが辛い時とか、あると思う。でもちゃんとみんなを信じていれば、君が見たお告げは誰かが受け取って助けてくれるから、大丈夫だよ」


 ……それって、この前のキヨがいなくなっちゃうようなお告げの事なのかな。

お告げは本来、勇者が見るものだ。お告げに選ばれた勇者は、お告げを頼りに誰かを助ける旅に出る。


 でもルナルは違う。この里で星からの魔力を受けて、勇者でもないのにお告げを見る。勇者のように自らお告げをクリアに行けないし、そういうものじゃないのかもしれない。

 それに……望んでいないのかもしれない。だったら、何か辛いお告げだってあるかもしれない。それでも、誰かが受け取ってくれるから大丈夫とレツは言うのだ。


 ルナルは何か言おうとして口を動かした。

 でも何だか言葉にならなくて、ちょっとだけ泣きそうな顔で顔を伏せると、やっぱりものすごく小さな声で、「ありがとう」と言った。

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