第45話『ここに暮らすのに問題がなければ過去は問いませんから』

 ボウルやお茶をお盆に載せて、俺たちは外へ出た。

 そう言えば、ハヤだってちょっとは体調崩してたのに、大丈夫なのかな。

「んー、全然大丈夫とは言えないけど、キヨリンほど感じてるわけじゃないんだよね」

 癪だけどと言いながらも、できるだけ広場の中心に近づかないように一番外側を歩いていた。そうなんだ、キヨは自分が広場の近くにいるかどうかもわかるくらいだったもんな。


「それに今は昨日より楽だよ。何か違うのかなー」

 それって慣れたってこともあるんじゃないのかな、キヨだって今朝は起きあがれてたんだし。

 ハヤは「慣れるより掴めるようになる方がいいんだけどね」と笑った。それから近くに居た人にセアドの家を訪ねる。


「あらあら、お客さんにそんな。私が持っていきますよ」

 人の良さそうなおばさんはハヤからお盆を受け取ろうとした。

「いえ毎食持ってきてもらってますから、この位はしませんと」


 ハヤはそう言ってにっこり微笑んだ。おばさんも何だか嬉しそうに微笑む。

 うん、イケメンに親しげに微笑まれて、嫌な気持ちになる人はいないよな。しかもどちゃくそいい人風味の笑顔。キヨほど普段との落差がない分、ハヤのが嫌味がないけども。

 おばさんは、それならセアドの家まで案内すると言った。さすがハヤ、目的地を指さして終わりにならないとこがプロのお仕事か。


「この里はほとんど自給自足と聞きましたよ、さぞ大変でしょう」

 ……俺の集落もほぼ自給自足だったけどね。もうちょっとここより住民は多かったけど。俺は黙ってハヤのあとについて歩く。

「まぁ贅沢はできませんけど、でも余所に比べたらいい方ですわ」

「いい方、なんですか?」

 おばさんはちょっとだけ陰りのある顔で頷いた。


「私、占星術をやっている人と一緒になってここへ移り住んだんです。うちの人は街道を移動する冒険者について旅をしながら占いで生活していて、私の村に来て知り合ったんですけどね。私の村も裕福なところじゃなかったし、護りはあるもののモンスターの脅威はありましたから。でもここはそういう心配だけはありませんし」


 え、モンスターの脅威って、どこでもあるよね? そりゃ大きな街の中や街道が集落の真ん中通ってる宿場町じゃあり得ないけど、小さな村とかはうっかりモンスターが現れることは皆無じゃない。

 一応村や近郊の田畑には、諸国を巡るエルフの魔導師がかけてくれる護りの魔法があるから生活が脅かされるほどじゃないけど、それだって完全じゃない。

 そうでなくてもここは5レクスの際なんだから、それこそヤバいモンスターが現れたっておかしくないのに。


「いえ、ここにはモンスターはまったく現れないんですよ。少なくとも、ここの集落の近くには寄ってこないんです。星読み様のお陰かしらね」

 おばさんはちょっとだけ誇らしげにそう言った。

 いやそんなことってあるのか? 星読み様って占い師だろ?

「それなら、少し不便でもここに留まりたくなるのはわかりますね。星読み様がそれほどの方々なら」


 ハヤはまったく否定しないで、そんな顔されたら嬉しくなっちゃうような微笑みを見せた。

 おばさんが誇りに思っていることを、持ち上げる感じでその微笑みを見せるわけだな。プロだな。


「星読み様って選ばれた方々と聞きましたが、何人くらいいらっしゃるんですか?」

「星読み様は、この里の長のセアド様含め六人です。うちの人はまだ星読み様にはなれないんですよ。星と人の両方をきちんと読めないとならないですからね、難しいんです」

 おばさんはそう言って一人で頷いた。


「クダホルドの街の人は、星読み様はたまにしか来ないから貴重なんだって言ってましたよ。待ち望まれてるみたいですけど、六人しかいないのでしたら頻繁に行くのは難しいですよね。馬で一日走れば着くでしょうけど、道中はモンスターも出ますし」

 ハヤが何だか心配そうに言うと、おばさんはちょっとだけ手を振った。


「一人で行くわけじゃないんですよ。星読み様が街へ下りる時は、星読み様と他にお付きが三名で行くんです。防御の魔法道具を使って一気に街まで行くんですよ」

「色んな人が移り住んでるんだったら、元冒険者とか居そうなのに」


 俺がそう言うと、おばさんは今初めて気付いたみたいに俺に振り返った。……イケメン以外は眼中に無かったか。


「そうね、元冒険者も居るんだろうけど、ここに来る前のことを深く聞く人もいないかしら。お付き役は挙手制でその時仕事が空いている者がやるので、もしかしたらそういう人が手を挙げているのかもしれないけどね。星読み様が星読みをしている間、里のための買い出しも兼ねてるんです」


 俺へ返答してたはずなのに、気付いたらハヤに話しかけていた。

 うん、いいよー堪能してください。この里にはハヤレベルのイケメンは居ないんだろうな。まぁ、そこら辺の街でもそうそう見かけないけど。


「なるほど、街の中では危険もないでしょうし、一石二鳥というわけですね。最近も下りて行かれましたか? クダホルドでは先日祭りがあったようで、ご覧になったのかな」

「ええ、その頃に下りて行きましたよ。祭りの時は人が増えますからね、確か星読み様も二人出て、お付きも五人ついていったかしら。いつも冬本番の前の買い出しをその時にするんです」

 おばさんは立ち止まると、片手で目の前の家へと促した。きっとセアドの家なんだろう。


「わざわざ案内ありがとうございました。お話しできて楽しかったです」

 ハヤはやっぱり惚れ惚れする笑顔で笑いかけた。おばさんも幸せそうに笑うと、「またいつでも声かけてくださいね」と言って戻っていった。

 そんなに長く居ると思わないけどね。俺はチラリとハヤを見た。


「クダホルドで祭りなんてあったの?」

「ん、気付かなかった? 街にリボンが落ちてたでしょ。あれ飾り付けの残骸だよ」

 あー! なんか子どもが拾って遊んでたやつか! もしかしたらカジノに行った時にちゃんと聞いたのかな。

「さて、そしたら里長に話を聞きに行きますか」

 ハヤはそう言って扉に近づいてノックした。





「わざわざご足労いただいて申し訳なかったです」

 セアドはそう言って、俺たちのお盆を受け取った。

「いえ、ごちそうさまでした。すみません、まだ連れの体調が戻らないので、一人分部屋に残してるんです」


 セアドは運びながら俺たちを家の中へと促した。ハヤと俺は「お邪魔します」と言って中へ入る。セアドの家も玄関入るといきなり居間だった。

 向かい合うソファと暖炉、マフレズのところほどじゃないけど本棚もある。でも何だかちょっと空いた棚が目立った。

 壁には星や星図の絵が掛かっていたけど、「飾る趣味はないけどお気に入りだけを掛けました」みたいな中途半端な飾り方だった。飾るならもうちょっと飾ればいいのに。

 奥の壁に離れて二つ扉があって片方が開いていて、どうやらそちらに台所があるようだった。セアドがお盆を持っていくので、俺もついていってお盆を渡した。


「それはいいんですが、お連れの方は大丈夫ですか?」


 俺はセアドと一緒にハヤのいる部屋に戻った。セアドに促されてソファに座る。セアドはボトルから、少しとろっとした飲み物をグラスに注いで出してくれた。

 ものすごく薄い琥珀色。飲んでみると少し酸っぱくて甘い。何か花のコーディアルかな。


「ええ、今日は起きあがることもできましたから。自分も白魔術師ですので体調管理には気を配っているんですが、あれは元々体力のないヤツですのでご心配には及びません」

 ハヤはそう言って笑った。セアドも少し安心したように笑う。


「そうは言っても無理をさせるつもりもないので、差し支えなければ滞在する間の宿泊費を払わせてください。自分たちはルナルを送ってくるだけで滞在の予定は無かったんですが、長居すれば皆さんにも負担になりますし」

「いえ、それこそお気遣いなく。皆さんはルナルの恩人なのですから、お礼をさせてください」


 セアドはそう言って手を振った。祭りの星読みでめちゃくちゃ儲かったとかなら、お言葉に甘えちゃうんだけどね。

 現金収入が月イチの出張占いだけとわかっちゃってるし、これから冬になれば作物だって取れなくなる。雪の間、街に出られるのかも疑問だ。そうなると唐突に六人も無料滞在が増えるとかって結構な負担だよな。


「おもてなしは十分していただきました。今夜からはただの旅の宿泊者ですから。僕たちも、せっかく助けた彼女の里の負担になりたくありません」

 セアドは少し眩しげにハヤを見た。

「そう言えば、僕たちルナルに会うまで星読みの里って知らなかったんですが、この辺では知られた里なんですか?」


 ハヤは唐突に話題を変えた。

 そう言えばクダホルドじゃ場所を知られてなかったけど、この里って占星術を勉強してる人が移住してきてるんだよな。業界じゃ知られてるってことなのかな。


「星読み様のこともありますし里の存在は知られていると思いますが、場所までは知られていないかもしれませんね。ここまで訪れるのはお告げを必要とする方くらいですし、街道が通っているわけでもありませんので、来訪に危険を伴う分あまりオープンにはできなくて」


 そうか、ここから街まで行く分には強い魔法道具を使って一気に馬で行くって手を使えるけど、場所を知らない人が地図とコンパス頼りに来るんじゃかなり危険だもんな。


「ルナルの衣装を見ましたよ。ものすごくキレイな衣装ですね」

「あれはお告げの儀式の衣装です。星の位置がある一定の並びの時に、広場の塔に入ってお告げを受けます。ルナルは昔からお告げを受ける栄誉を授かっていまして。先日の星のお告げの時に……」



 セアドはそこで言葉を止めた。山賊に襲われたことを思い出しているのかもしれない。


 そう言えば、ここの人たちってルナルを助けに行こうとしたのかな。

 いや、相手は乱暴な山賊なんだから追いかけたところで逆に命の危険があるだろうし、どうしようもないのかもしれないけど。ただ諦めちゃってたんだろうか。


 ……諦めちゃうか、普通は。

 あんな風に家を焼き破壊を繰り返す、定期的に里を襲う山賊に何の対策も取れない集落なんだ。下手に抵抗したら殺されかねない。そんなヤツらを追いかけて無事にルナルを取り返せるほどの人なんて、ここには居ないんだ。

 それからセアドは振り払うようにちょっとだけ首を振った。


「そう言えばルナルの服も買っていただいたようで。重ね重ねありがとうございます」

「あの衣装で街を歩いたら、みんなに聞かれてルナル困っちゃうもんね」

 俺が言うと、セアドは少し笑う。


「ここで生まれて里から出たことがなかった子ですから、かなり内気な性分で。しばらく前に人形をたくさん買ってきて楽しませようとした者がいたけど、残念ながらあまり受けがよくなかったみたい」

「ここにルナルの友達は……?」

 セアドはちょっとだけ寂しそうな表情をした。

「ここにコルシャの木はあるんですか?」

「いえ、ここには無いんです。一番近くてクダホルドですが、ここの者は基本的に探求者ですので、パートナーを得ても子どもを生み育てることに執着はなくて」


 生命を生むコルシャの木。俺たち人間を生むのはコルシャの木の鉱石だ。ここには無いってことは、それ以外に人が集まる理由があったってことだよな。


 それに子どもが生まれるためには、コルシャのオルに長くに渡って祈りを捧げなくてはならない。研究に没頭している人だと、そういう余裕はないのかも。

 そしたらやっぱり子どもは少ないんだな。それに年の差ありすぎたら友達にはなれないし。


「でも皆さんには、かなりうち解けているようでしたよ」

 マジで。そんな風には見えなかったけど。いやキヨには懐いてたけども。

 じゃあシャイなのは元からで、山賊に乱暴されたからとかじゃなかったのかな……なかったらいいな。

「俺たちの話をしたの?」

「そうね、優しい冒険者の方々に助けていただいて、クダホルドへ連れて行ってもらって甘いお菓子を食べたって」


 優しいはキヨにかかる形容詞じゃないよな、たぶんハヤとかレツのことだろう。ルコットは美味かった。俺ももう一度食べたい。


「モンスターの脅威のあるところへ出るわけにいかないですしね。こちらの方は冒険者ではないようですし」

「移住して来た者の中には元冒険者もいますが、ここに暮らすのに問題がなければ過去は問いませんから」

「え、それって悪い人が来たりしないの?」

 それこそ山賊みたいのが偽って忍び込むとかできちゃいそうなのに。


「これは内緒なのだけど、移住希望者は星読みさせてもらってるの。悪意があれば星読みに出るので、その場合はお断りするわ」

「わかっちゃうの?!」


 俺がびっくりして言うと、セアドはにっこり笑った。

 そういうの占いに出るのか……でも出なかったら移住できちゃうんだな。あれ、でもそしたら闇魔法を使うような悪い人が移住しようとしても、できないってことだよな。


 いや、闇魔法自体はキヨだって使えるんだし、それだけじゃ悪い人じゃないのか。それに特に裕福でもないこんな辺鄙な里に、わざわざ住みたがる悪人もいないか。


「うーん、みんな星読みの勉強してる人だし、お医者さんはいるけど飲み屋みたいなお店も武器屋もルコットもないし、俺は街の方が楽しいなぁ」

 俺がそう言うと、ハヤは「こら」と笑いながら俺の頭を軽く叩いた。あ、ハヤのこれは俺のフリ正しかった感じだな。

「あら、お店ではないけど、里のみんなの交流にこの先の集会場がいつも飲み屋みたくなるのよ。みんなで持ち寄って、ご飯を食べたりお酒を飲んだり。果実のお酒を造る人がいてね、その人がジュースも作ってくれるのよ」


 そう言って俺たちが飲んでいるグラスを示した。これ、果実のジュースだったのか。何の果物なのか全然わかんないや。

「でも俺みたいに出て行きたくなる人とかいないのかな。だって近くにクダホルドがあるんだし、遊びに行きたくなっちゃうよ」

「そうねぇ、月に一度はクダホルドで星読みをするから、その時に一緒に行って済むならそれでいいんじゃないのかな?」

 セアドはそう言って俺を見た。それってお付きの人のことか。


「里を出る方もいらっしゃるんですか?」

 ハヤがきょとんとしてそう言うと、セアドはちょっとだけ苦笑する。

「移住して来た方には、ここの生活が合わない場合もありますから」

「星読みの研究を持ち出す恐れとかは……」

「星は等しく誰の上にもありますし、読み方はその土地によって違うでしょう。ただここを出るのに勉強中の者でしたら特に問いませんが、星読み様になっている場合は辞めたとわかるように印を施します」


 なるほど、一応ここの里の星読み様って名前は使えなくなるのか。でも簡単に出て行かれちゃうなら、下手すると住民が減って生活大変になったりしないのかな。

「畑仕事や家畜の世話は手の空いた者も手伝いますし、里の規模としては最適でしょうね。星読みを悪用されないよう制限はしていますが、今のところそういった問題もありませんし」

「星のご加護ですか」

 ハヤがそう言って笑うと、セアドも「かもしれません」と笑った。


 すると唐突に鋭いノックの音がした。何となく急を要する感じの。俺たちは玄関扉を振り返った。

「すみません、返事待たずに」

 扉を開けて顔を出したのはレツだった。どうしたんだろ。


「団長、ちょっと来て、キヨが」

 俺とハヤは顔を見合わせると、セアドに一礼してから立ち上がり、レツについて部屋を出た。

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