第44話『そんなこと言ってると唇塞ぐよ?』

 翌日、キヨはベッドから体を起こせるまで回復していた。

 昨日はあのまま寝ていたので、無理に起こさなかったのだ。もともと病人みたいなもんだったし。だから何の報告もしていない。


 セアドは翌日も俺たちにご飯を持ってきてくれた。

 パンとスープの簡単なご飯だったけど、自給自足の集落で予期しない客が六人も来てるんだから、ありがたく思わないとな。


「それで、シマレツが掴んで来たことって?」


 ハヤはそう言ってパンをちぎる。俺たちはキヨが聞きやすいようにキヨのベッドの近くに座っていた。キヨはそんなことしなくていいって言ったけど。


「星読み様が街へ行くのは月一くらい。あとお告げの儀式は広場の真ん中の塔でやるって。依頼者があった時と、それ以外は星を読んでやるんだって」


 俺の言葉にシマも頷いた。でもキヨは何か考えてるみたいにぼーっとしていた。聞いてたかな? それともまだ調子悪いのかな。

「これで解決できるの?」

 レツに声を掛けられて、キヨは初めて気づいたみたいに顔を上げた。

「いや、それだけじゃまだ……」

「そう言えばルナルに解決頼まれちゃったけど、俺たちいつまでここに居ていいのかな」

 まだぼーっとしているキヨを見ながらコウがそう言った。どういうこと?


「俺たちルナルを送ってきただけだろ。ちゃんと送り届けたんだから長居は無用だし、居ればいるだけこの里の負担になる」


 そうだった……俺たちはルナルの恩人なんだから、彼らからは請求しにくいだろうし。星読みが目的じゃないのに宿泊費を払うからしばらく居させてってのもなんだか変な話だ。


「じゃあ、キヨリンがちゃちゃっと解決しちゃえばいいんじゃない? この前のエルフの街だってほぼ一日で何とかしたようなもんだし」

 ハヤがキヨのベッドに寄りかかると、キヨは小さくため息をついて「あれはお前らが何とかしたんだろ」と言った。

「それに……ルナルが何のつもりで解決っつったのかわかんねぇ」


 俺たちは顔を見合わせた。え、だって、お告げだから、解決するもんなんじゃねーの?

「いや、そうとも限らねーな」

 シマは言いながらちぎったパンを口に放り投げた。

「何か困ったことがあってお告げに助けを求めたとして、それが何らかの解決のヒントになる。それはわかる。でも星を読んでやる儀式の場合には、解決を必要とする何かが提示されてない」

 そうか、だったらルナルが今回見た黒い風ってお告げは、星を読んでやった儀式の方なのかな。


「だとすると、解決の必要はないの?」

「そうじゃない、たぶんお告げ自体は儀式の意図に左右されないと思う。問題はルナルが、あのお告げを誰にも伝えてないことで自分で何とかしたいと思っただけなのか、この里に関わる何かだと感じてそう言ったのかがわかんねぇってことだ」


 ん? なんだかわかるようなわかんないような。

 ルナルが解決したいのは、昨日話したようにお告げを他人事みたく感じなかったからなんじゃないのかな。


「っつか、誰にも伝えてないって、何でそうなるの」

 ハヤはパンをスープに浸しながら言った。キヨはチラッとハヤを見る。

「誰もルナルがお告げを受けたことを知らない。儀式の途中で襲われてるからな。たぶん、お告げの内容も、お告げをを受けたことも伝えてないんだろう。だから俺たちのところに来た」


 そうか、儀式の途中で襲われて、その後キヨに助けられて俺たちと一緒に里に戻ってきた。でも昨日のうちにお告げのことを誰かに話しているなら、俺たちに解決を求めに来ることないんだ。

 いつもの儀式のお告げなんだから、普通に星読み様に告げればいい。


「キヨリンそれ、いつから気付いてた?」


 ハヤに聞かれてキヨは少しだけ目を伏せたけど、何も言わなかった。

 いつからって、昨日ルナルが来たからそう思ったんじゃないのかな。ルナルが解決したいと思ったお告げ。

 でも星からの魔法の力でお告げを受けてるんだとして、それって何のお告げなんだろう。


「なんだろうな……勇者のお告げだって、でかい話の時も小さい話のときもあるし。それって関わる人によるんじゃね?」

「まぁ神託だと思えば、こんなお告げがあったからみんな気をつけろよーって、預言的な感じもあるかもだけど」


 コウはスープの最後の一滴まで、パンで拭ってキレイに平らげた。

 預言か……でもお告げは星の魔法で見るんだったら、ちょっと違う気がしちゃうけど。

「じゃあ、お告げ自体が変化しないんだったら、ルナルが解決を求めてきても普通なんじゃない?」

 レツの言葉に、キヨはやっぱりちょっと視線を外した。キヨには何がわかってるんだろう。


「お前たち、どこで聞き込みしてきたんだ?」

 話題を変えるようにキヨがそう言ったので、俺はシマを見た。

「出たところで里の人に会ってその人からちょっと聞いたのと、あとは無免許医」

「マフレズって言うんだ。この広場の反対側の家に住んでて、本棚がいっぱいで暖炉とソファがあって居心地のいい部屋なんだよ」


 いい人だったねとレツに言うと、レツも笑って頷いた。

 キヨはちょっとだけ考えるように視線を上げたけど、何も言わずにスープのボウルを傍らに置いた。水分摂っただけっぽい減り方。パンなんか一口しか食べてない。


「キヨくんもうちょっと食べないと」

「気持ち悪いんだよ、食べられる気がしねぇ」


 キヨは顔をしかめて胸をさすった。気持ち悪いって、二日酔いみたいな感じなのかな。俺がそう言うと、キヨは不思議そうな顔で俺を見た。

「二日酔いになったことねぇから、どんなのかわかんねぇけど」

 あーはいはい、だろうな、でなきゃあんな飲み方できないよな。コウは苦笑してる。

 それからキヨはちょっとだけ不思議そうに俺を見た。正確には俺の腕だ。これ? これはマフレズが昨日怪我の処置してくれたんだよ。


「それで、キヨリンが他に欲しい情報ってなんなの」

 ご飯もまともに食べられないんじゃ、結局シマとかハヤが情報集めてくるしかないもんな。


「ホントは正確な日にちとかわかれば、それで問いつめてとりあえず自白って手もあるんだろうけど、たぶん欲しいのはそういう解決じゃないよな」

 キヨはため息をついた。自白?

「お告げって、黒い風で、闇魔法なんだよね?」

 俺がそう言うと、キヨは何でわからないんだって顔で俺を見た。

「闇魔法なら、人が使うもんだろ」


 あ、そうか……黒い風とか言ってたからイメージみたいに思ってたけど、闇魔法って人にしか使えない魔法なんじゃん。だからキヨが関わるって思ったんだった。

 キヨ以外に闇魔法を使う魔術師がここにいるんだ。


「じゃあ、結局昨日はヒントに加えなかった、闇魔法の使える魔術師探しが今日の情報収集のメインってことー?」

「でものんびりはできないんじゃ。俺たち長居はできねーし」

「とりあえず、キヨくんが回復してないって理由で居座るしかないね」

 まぁそれは事実だから何とかなるのかな。できればキヨが情報収集に動ければ、もっと早く解決しそうなんだけど。


「闇魔法使いを捜す必要はないかな……」

 キヨがぽつりと言ったので、ハヤが鋭く振り返った。

「えぇ?! じゃあ何探ってほしいの、ちゃんと言ってよ!」

 キヨはやっぱり何となくやる気なさそうに、ぼんやりと首を傾げていた。


「私利私欲のためにやってるんじゃなさそうだけど……どうなんだろ、ここにいるのは必要だからだけなのかな……」

「キヨリン、独り言わけわかんないから。そんなこと言ってると唇塞ぐよ?」

 ハヤはキヨの顎を持って自分に向かせた。キヨはそれで初めてハヤに気付いたみたいにびっくりして体を引いた。あれは全然聞いてなかったな……


「何、キヨリン、キス待ち?」

「んなわけねーだろ」


 キヨは迫るハヤを押し返そうとして、ふと止めた。

「……なぁ、お前はもしここの魔法みたいに強大な力のお陰で自分の力が増したら、ここから離れたくないか?」

「それ、ここの魔法の力を捉えられてない僕を嘲笑わらってる?」

 キヨは混ぜっ返すハヤに「ちげーよ」と言った。ハヤは少し目を伏せたけど、小さく首を傾げた。


「僕の魔法は誰かを助ける魔法だからね、ここにいれば増幅されるんだとしても、僕が助けるべき人がここにいないのなら意味がないよ」


 キヨはそれを聞いて小さく「そうか」と言った。

 キヨはここの魔法を捉えてるんだよな、キヨもしかして魔法のために留まりたいとか思ってんのかな……いや、こんだけ体調不良で動けないんだから、それは無いか。


「それで、キヨリンがいいならこのまま押し倒すけど、そうじゃなかったら何について情報収集してくればいいか言って」

 ハヤはそう言いながらも体半分くらいキヨに迫っていた。答える隙も与えてねぇ!

「別になんでもいいからこの里とか人のこと聞いてこいよ、他人のお告げの解決以前に、俺たちまだここのこと全然知らないだろ」


 そう言えばそうだな。ルナルに頼まれちゃったから、まずお告げの解決のための情報収集してたけど、星読みの里がどういうコミュニティーなのかちゃんと知らないんだった。


「二十数家族が暮らしてて、星読み様って呼ばれる占星術師は一握りってことくらいかな」


 でもそれだとたぶん、里の雰囲気を知ってるとは言えない。

 ルナルを助けた俺たちに、見ず知らずの人まで礼を言うような里のこと、たぶんちゃんと知る方がいいんだろう。ハヤはちょっと肩をすくめてキヨから体を引いた。


「でもぞろぞろ行くのも変だよね」

 俺とレツとコウは戦力外だから、シマかハヤについて行くしかない。だけど普通の街と違って、ここの広場の周りにある家が里の全てみたいな小さな集落では、ぞろぞろとみんなで話を聞き歩くのも不自然だ。

 飲み屋とか聞き込みしやすい店があるわけでもないし。


「じゃあとりあえず昨日はシマレツが行ってくれたから、今日は僕が先に出るよ」

 ハヤはみんなのご飯のボウルを片付けた。

「一人じゃ持てないから、見習い手伝って」


 えっ、俺だって昨日行ったじゃんか。俺はしぶしぶボウルとお茶を片付けた。

「っていうか、俺でもいいならコウでもよくない?」

 コウは昨日だって聞き込みに出てないし。どうせ行かないならどこかで鍛錬してるだけだろうけど。ハヤはわかってないなぁって感じのため息をついた。


「キヨリンに何かあった時に運べるのはコウちゃんだけでしょ」


 あー、それは確かに。昨日も当たり前のように運べてたよな。キヨがずばぬけて貧弱だからなんだろうけど。

キヨは納得のいかない顔をしていたけど、事実なので何も言わなかった。


「キヨくんのスープは置いていって」

 コウはそう言ってボウルを取った。キヨは拗ねるような顔でコウを見た。ハヤはちょっとだけ笑ってボウルを置いた。

「胃が空っぽだと余計気持ち悪くなるんだよ、少しでも楽になったら食べる努力をすること」


 ハヤは反応を待つようにキヨを見る。キヨはしばらく嫌そうにしていたけど、嫌々小さく頷いた。ハヤはそれを見てにっこりすると、

「それじゃ、行くよ」

と、俺に声を掛けて立ち上がった。

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