第43話『でもここ、何だか安らぐし、留まりたくなるのもわかるかな』
里の人かな、微笑んで俺たちを見ている。人の良さそうなおじさんだ。
「いえ、そんな風に星を見ているから。首が痛くなっちゃいますよ」
確かにあのままずっと見てたら、首が変な風に固まっちゃいそう。俺たちは顔を見合わせて笑った。
「里の人ですよね?」
「ええ、ルナルを助けてくださったんですよね。ありがとうございます」
「みんなに言われてるね」
俺がレツにそう言うと、男性も笑った。
「ここは小さなコミュニティーですから、みんな家族みたいな感じなんですよ」
そう言って歩き出したので、俺たちもなんとなくついて歩く。
「お連れさんが急病みたいでしたけど、大丈夫ですか?」
小さいコミュニティー、ある意味なんでも筒抜けか。まぁ、キヨは広場でぶっ倒れたんだから、みんな見てたのかもだけど。
「まだちょっと大変みたいで、部屋で寝てます」
「そうですか、里には医者の役割をする者がおりますので、もし何かあったら声をかけてみてください」
男性は近くの家を指さした。あそこに医者がいるってことか。シマは「ありがとうございます」と言って笑って会釈した。
シマはいつもよりちょっと丁寧な感じだな。相手が年上だし、飲み屋の会話じゃないからかも。
「里にもお医者さんがいるの?」
「正式に医者として働いてるってわけでもないかな、医術の心得のある者がこの里に流れ着いたって感じです。ここは街からも離れているので、とても助かっています」
「そう言えば、クダホルドで星読み様の話を聞きましたよ。こちらの方のことなんですよね?」
シマは話題を振るように男性を見た。
笑うとめちゃくちゃ人懐っこい顔だけど、元が精悍なタイプだからきちんとした話し方をするとやたら誠実に見える。いや、実際シマは誠実な人だけど。
男性は嬉しそうに頷く。
「ええ、この里の占星術師のことです。たまに街へ下りて、街の方の星読みをするのです。研究だけでなく実践も必要だと、今の
占星術って、ただの占いだからテキトーなこと言ってると思ってたけど、ここの人はちゃんと研究してるんだな。ちゃんとした占いと、ちゃんとしてない占いの違いなんて俺にはわかんないけど。
「たまにって、俺たち一日くらいかけて来たんだけど、結構大変じゃないですか」
レツに言われて男性はちょっとだけ苦笑した。
そう言えばそうだ。この辺5レクスの際だし、一応圏外ではないけど街道よりはモンスターだって出る。そんな距離を冒険者でもない彼らが行き来するって、結構危険なんじゃないのかな。
「まぁ、それなりに対策もして行きます。魔法道具もありますし。ここではほとんど自給自足で生活していますが、それでも足りないものがありますからね」
占いの稼ぎが貴重な財源ってことか。自給自足で賄えないものがあって、研究している占星術がお金になるなら、そこ使うべきだもんな。
「じゃあ、本当にたまになんだね、月に一回とか?」
男性はちょっとだけ首を傾げたけど、なんとなく「そうですね」と答えた。
「街の人が待ち望むはずだ」
シマがそう言って笑うと、男性も応えるように笑った。
それから男性は「それでは」と言って建物に入っていった。俺たちは小さく手を振ってその場を離れた。
離れながら、シマは軽く俺の頭を叩いた。
「お前、がっつきすぎ」
レツはなんだか苦笑している。だって! キヨに言われたヒントのこと聞かないとじゃん!
「だからって何が何でもそれだけ聞こうとしたら、怪しすぎるだろ」
俺は唇を尖らせた。
あー、でもこれじゃ、もしキヨがわかってること教えてくれたら、絶対それありきで話聞くようになっちゃうな。もうちょっと聞き込みのやり方を教わらないと。
「でもキヨのヒントで、一体何がわかるんだろね」
街へ行く頻度と順番。今、頻度は月一くらいって聞けたけど、それで何がわかるのか、全然わかんない。
「そこはキヨがわかってる事に足せば、何かが解決するってヤツだから、わからん俺たちにはどうにもならん」
シマはくるっと振り返ると来た方向へと歩き出した。っていうかどこへ行くんだろ。
「今の会話から行けるとこっつったら一個だけだろ」
そう言って、さっきの男性が指さした家に向かう。
あ、お医者さんの! 俺とレツは顔を見合わせてシマを追った。
シマはためらいなく扉につくと、軽くノックした。中から呼ぶ声が聞こえたので、俺たちは扉を開けて中へ入る。
「どうかなさいましたか?」
扉を開けると、ちょっと広い部屋だった。
この里の家の造りって玄関開けるといきなり居間なんだな。部屋の真ん中に向かってソファが向かい合わせに置いてある。その奥には大きな机。壁は一面本棚で、別の壁には暖炉があって火が入っているから温かい。診療所って感じはないかも。
「連れが体調崩してぶっ倒れたんですが、まだこちらのご厄介になるほどじゃないんです。すみません、暇つぶしに偵察に来ました」
シマは人懐っこく笑った。立ち上がって声を掛けてきた男性もつられて笑う。短めの濃い茶色の髪で褐色の肌をした、シマたちよりも十歳くらい年上っぽい男性だ。
「お忙しいようでしたら、退散しますんで」
「いえ、大丈夫ですよ。どうぞ」
男性は腕を開いて俺たちをソファへ促した。
「里にお医者さんもいるって教えてもらったんだ」
俺がそう言ってる間に、男性はグラスに水を入れて俺たちに出してくれた。
「正確には医者ではないんですよ、心得があるだけで。医師免許を持っているわけではないので」
つまりモグリの医者ってことはハヤみたいなもんかな。
「でもこんな山奥の里じゃ重要でしょう。街まで出るのに馬で一日かかるんだし、モンスターだっているんだし」
彼は自分の分のグラスを持って俺たちの向かいのソファに座ると、マフレズと名乗った。俺たちも流れで名乗る。
「そうですね、幸い、大病や大怪我など手に追えないようなことは今までにはありませんでしたから、私も運がいいのかもしれません」
「えっ、一人でこの里の全員みてるんですか?」
レツが水を飲もうとしながら言うと、マフレズは真っ直ぐ彼を見た。
「小さな集落ですし、ここに住んでいるのは二十数家族だから私が一人で診ています」
「それでも大変ですね。一人ってことは、他の方はみんな星読み様なんだろうし」
星読み様も大変なんだろうけどと、シマは続けた。マフレズは笑って手を振る。
「いえ、全員じゃないですよ。他の仕事をしている者もいます。確かに研究者がメインですがその家族もいますし、それに星読み様と呼ばれるのは一握りです」
あ、そっか。マフレズが言うのは占星術の研究じゃなくて、農業や牛や豚を飼ったり、狩りをしてる人もいるってことなんだろう。自給自足って言ってたし。
それに家族でここに住んでるのなら、親が研究者でも子どもは違うもんな。まだ小さい子どもを見かけてはいないけど。
「じゃあ星読み様って選ばれた人なんだね」
レツがそう言うと、マフレズは少しだけ誇らしげだった。俺は部屋をもう一度見回した。
「ここ、あんまり診療所ぽくないから、ここならいつも来たいなぁ」
俺の集落の診療所は何だか狭い部屋でいつも固い椅子に座らされたから、あんまり行きたい感じしなかったんだよな。
今思えばあの人もマフレズと同じだったんだと思う。あんな小さな貧乏集落にちゃんとした医者が居るわけない。マフレズは俺の言葉に楽しそうに笑った。
「少しでもリラックスできた方がいいからね。それにここは私の家でもあるから、あんまり堅苦しくしたくなくて」
マフレズは言いながら俺の腕をチラッと見た。
「おや、怪我をしているね。ちょっと待ってて」
ああ、この前のバトルでついた傷。かすり傷程度だから、わざわざハヤに治してもらわなかったヤツだ。
ハヤは毒とかの危険が無かったら、回復魔法や浄化魔法はかけてくれるけど、小さな傷まで治さない。そういうのを治すのは人の体の役目だと言う。
マフレズはトレイに処置用のセットを載せてくると、俺の前に跪く。しっとりした小さな紙に少し変な匂いのするペーストを塗り、傷に載せて包帯で固定した。薬草とかなのかな。こういう処方も久し振りだ。
「これでよし」
「ありがとう」
マフレズは俺の頭を撫でた。子ども扱いだけど、マフレズはめっちゃ大人だからしょうがないよな。
「薬草とかってお医者さんが採ってくるの? 薬とかも作る?」
「薬までは作らないかな、私にはハーブの処方がせいぜいだよ。薬は街で買うようにしてる」
「それじゃお金いっぱいいるね」
「お前もその治療にお金払わないと」
え、やっぱ払った方がいい? 俺は笑っているシマを伺い見た。
「いえいえ、このくらいのことにお金は取りませんよ。薬とかになったら別ですが」
マフレズは笑ってそう言った。そりゃ街まで行って買ってくる薬は、タダってわけにはいかないもんな。
「マフレズさんはここの生まれなんですか?」
シマはグラスに口をつけた。ん? 流れ着いたって聞かなかったっけ?
「いえ、自分はもっと南の生まれです。流れ流れて、気付いたらここまで来ていました」
「それじゃ冒険者なの? 俺たちと一緒だね!」
マフレズは俺の言葉にちょっと苦笑した。
「うーん、どうかな。旅に出た時は確かに冒険者だったけど、どうやら向いてなかったみたいで。結局は旅の生活をやめてここに留まっていますから」
そっか、俺なんか旅をやめたいなんてまったく思わないけど、もしかしたらたくさん年を取って大人になったら、旅から離れたいって思ったりするのかな。
そう言えば軍の人も冒険者を辞めた人たちって言ってたっけ。
モンスターはいくらでも存在するし、手っ取り早く稼げるから冒険者になる人は多い。でも誰でも冒険者として適性があるとは限らない。
レベルが一向に上がらない者、日々命をかける危険と隣合わせの旅に辟易する者、そういう人たちは冒険者を辞めて普通の職業に就く。
「……でもここ、何だか安らぐし、留まりたくなるのもわかるかな」
レツはそっと言った。マフレズも少しだけ笑う。
あんなにすごい夜空に護られているなら、なんだか安心できるのもわかる。夜空は等しく俺たちの上にあるものなんだけど。
「そうだなー、こんなすごい星空が見れるし。そう言えばルナルちゃんの服もすごかったな。あれってお告げの儀式で着る衣装だって言ってたけど」
シマは俺に向かって言った。レツは「きれいだったねー」と言ってる。それからシマは「見たことあります?」とついでのようにマフレズに聞いた。
「ええ、お告げの儀式はこの広場で行われますから。神託を受ける者があの塔に入ってお告げを受けるんですよ」
「それって俺たちも見れる?」
マフレズはちょっと難しい顔をした。あれ、やっぱ見れないのかな。
「俺たち部外者なんだから、そう簡単に見れるわけないだろ」
シマは俺をたしなめたけど、マフレズは手を振って否定した。
「いえ、先日執り行われたばかりだからですよ。その、山賊が襲ってきた時に儀式の最中でして」
「じゃあそんなに頻繁にやらないんだー……一週間くらい居たら、またやるかな?」
「依頼者がくればやるかもしれないけど、そうじゃなかったら星を読んでやるので、確実なことは言えないかな」
「ちぇー、依頼者こないかなー」
俺が膨れると、レツもシマも笑った。
「そしたら、いつまでもお邪魔してるのも悪いので、この辺で失礼します」
シマはグラスを置いて立ち上がった。レツも「お水、ありがとうございました」と言って立ち上がる。
「いえ、またいつでも来て下さい。患者さんがいない限り、話し相手は嬉しいですし。次は旅の話も聞かせてください」
マフレズは見送るように立ち上がる。
「お連れさん、ここが必要ないように祈ってます」
そう言って笑うので、俺たちも笑って部屋を出た。
「いい人だね」
外へ出て広場を横切りながら俺がそう言うと、シマは俺をチラッと見て「だな」と真顔のまま小さく言った。
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