第42話『っつか、占星術師って魔術師じゃなくね?』

 ルナルが出て行ったあと、里の人たちが俺たちに夕食を持ってきてくれた。

 マッシュポテトのついた赤っぽいシチュー。どうやら野菜の色でこんな風に染まっているらしい。マッシュポテトはいっぱいあるけど、のんびりしているとシチューに溶けていってしまう。あとこれって兎の肉かな。


「結局、こうなるんだねぇ」

 コウはぼんやりと言った。

 レツはその言葉にニコニコしている。まぁレツは最初から、無視して帰るつもりなんて無かったと思うけど。

「でも黒い風ってだけで何かわかるかな?」


 それが闇魔法を指すってレツが言うんだから、風っていうより闇魔法を調べるんだろうけど、闇魔法っつったらキヨのことだろうし。

 キヨは部屋の一番奥のベッドに移動していた。なるべく広場から遠いところがいいらしい。入口が広場に面しているから奥が一番遠いんだけど、そこまでか。


「っていうか、星読みのお告げってどの範囲のものなんだ?」

 どの範囲ってどういうこと? 俺がそう聞くと、シマはスプーンを振りながら言った。


「勇者のお告げは俺たちが今後関わる何かだろ。自発的に関わりに行くとは言え、俺たちの行動範囲にネタが転がってる。でも星読みのお告げは、儀式で受けるもんだから、誰用のお告げかわからなくね?」

「あーそっかー。ルナルもお告げは受けるけど普段は伝えて終わりってことは、第三者に伝えてるってことだもんね。ルナルが関わる範囲に留まっていない」


 そうか、そしたら黒い風ってどういう経緯で受けたお告げだったんだろう。誰かがお告げを必要として儀式を執り行ったんだとしたら、闇魔法を見たお告げは、誰かが必要としてる内容ってことになる。


「たぶんそこは考えなくていい。この里を探るだけで」

 キヨは寝たまま言った。さっきまで体を起こしていたけど、結局横になっている。仰向けに寝たまま辛そうに腕で顔を隠している。ご飯も食べられそうにない。

 でもキヨがそう言うってことは、何か理由があるんだろうな。

「キヨくん、何かわかってる?」


 キヨはため息をついたみたいだった。それから背を向けるように寝返りを打って布団に潜る。答える気はなさそう。

 キヨは今回使い物にならないだろうな、だいたいこの建物から出るだけで広場に出ちゃうんだから、またぶっ倒れるのがオチだ。


「キヨリンがあんなだから、聞き込みするなら僕とかシマが行くけど、でも闇魔法についてこの里の人に聞くってのも難しいよね」


 闇魔法は禁忌じゃないけど、誰も使わないしあまり好ましい魔法じゃない。

 会得するのがかなり難しい魔法だとは言え、使っていることを大っぴらにはしたくないはず。それが大きな街とかならまだしもこんな小さな里じゃ、知られたら居づらくなるんじゃないのかな。


「闇魔法、使う人がいるのかな……」

 俺たちなんて、ついこの前まで闇魔法の存在すら知らなかったのに。黒い攻撃魔法なら見たことあるから、あれと同じって言われたら闇魔法だとは思わないかもしれない。

「っていうか、この里ってどんな人が居るんだ? セアドは探求者って言ってたけど」


 ハヤはスプーンを咥えたままうーんと唸った。

「占いを生業としてる占星術師だろうな、星読み様っていうのが。占星術自体は占う対象の星を読むことで今後のアドバイスとかするもんだから、そういう星の読み方を研究・勉強してる人たちってことかな」

 じゃあ、占星術師の集まりなのか。

 シマがシチューをキレイに平らげて、お皿とスプーンを脇に置いた。おお、俺もキレイに食べないと。コウはお茶のカップを取ってみんなに回した。


「まぁ全員じゃないだろうけどな。それなりの実力ある占星術師と、その家族とかサポートする人みたいな感じじゃね」

「それでも里になるくらいだし、あの広場の魔法の圧を考えても、ここだといい星読みができるんだろうね」

 空の星から降り注ぐ魔法の力。そういうのがあったら、やっぱり占いの当たる確率も上がるんだろうか。


「……っつか、占星術師って魔術師じゃなくね?」


 コウがそう言うと、みんなきょとんとして見た。ん?

「……あ」

 えっ、そうなの? ハヤは難しい顔をして腕を組んだ。

「あー……確かに、魔術師の必要はないわ。占星術師は冒険者じゃないんだし。どっちかっつーと吟遊詩人や学者に近い」

「そしたらまず魔術師を捜して、その人が闇魔法を使えるほどの魔術師かどうかを探るってこと?」

 レツがそう言うと、みんな嫌そうな顔をした。うん、わかる、ものすごくあり得ない感じの話になっちゃったよね。


「キヨリン、これでも里に限定すべきなの?」

 ハヤは寝ているキヨを振り返って声をかけた。キヨはああ言ったけど、状況的にどう考えても望み薄な気がする。

「……だからやりたくねぇっつっただろ」


 キヨの返答は、答えになってるような、なってないような感じだ。

 俺たちは顔を見合わせた。どっちにしろ、里に限定するのを否定しないってことは、里に限定すべきってことなんだな。


「キーヨーリーン」

 ハヤがわざわざキヨのベッドまで行って、寝ているキヨの布団の上から寄りかかった。ハヤ、一応その人病人みたいなもんだから……

「何かわかってるなら教えてよ。今回結構わけわかんない感じよ?」

 キヨは布団の下から「お前らはいつもだろ」とくぐもった声を出した。いやそれは残念ながら間違ってないけども。


「俺がわかってることだけ伝えても解決なんかしねぇ。お前ら、何も解決しないで爆弾だけ落として帰るつもりか?」


 俺たちは顔を見合わせた。キヨは「それならいいけど」と言って、ごそごそと布団の下で寝返りを打ったみたいだった。

「……ルナルちゃんの依頼は、お告げの解決だったな」

 シマはとぼけるように言ってお茶を飲む。


 聞いたところで解決しないって言われちゃった以上、突っ込めなくなってしまった。それにキヨがわかってることを俺たちが知っても、たぶん調べ方に偏りができるだけだろう。

「キヨくん、せめて何を調べてきたらいいのかくらいは」

 コウは丸まった布団に向かって言った。ハヤがふわふわの羽毛布団を指先で突いている。

「……街へ行く頻度、順番」


 キヨは布団の下からそう言った。俺たちは顔を見合わせる。何かこういう明確なヒントもらうのって初めてでは。


「じゃあ、その辺踏まえて里の人に話しを聞きに行くか」

「でも里に飲み屋があるわけでもないよね、どうすんの?」

 シマは立ち上がってからちょっと首を傾げた。

「じゃあ、ついてこい」

 やった! 俺は立ち上がって部屋を振り返った。


「みんなはどうすんの?」

「僕はもうちょっとキヨリンの添い寝してる」

 ハヤは布団に潜るキヨの隣に寝転がった。明らかに嫌そうな声が布団の下から聞こえる。あんな言い方だけど、たぶんキヨの体が心配なんだろうな。コウは苦笑していた。

「レツは?」

「そしたら俺も行こうかな」

 俺は頷いて、レツと一緒にシマについて部屋を出た。




 夕飯も終わる時間だから、もう辺りはすっかり夜だった。建物の前は広場だから、やたら視界が広く感じる。

「うわぁ、すごいね」

 振り返ると、レツは空を見ていた。何が? 俺も空を仰ぐ。

「うわあ!」

 空には満天の星! いや今までだっていくらでも星は見た事あるけど、こんなに星ってたくさんあったっけ?

「空気が澄んでるのかな、やたら見やすいな」


 夜空一面に、砂をこぼしたみたいに星が瞬いている。俺たちはしばらくそのまま星を眺めていた。なんだか吸い込まれそうだ。

 これだけあったら、キヨがぶっ倒れるくらいの魔法の力が降り注いでいてもおかしくないな。

「すごいねぇ」

 うん、すごい。何か色んなことが全部ちっぽけに感じるくらい。


「こんばんは」


 声を掛けられて、俺たちは夜空から目を離した。

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