第41話『私はお告げを受けられるから、ここにいるの』
「結局、なんだったの?」
広場の周りに建つ建物は、やっぱり里の人の家とか集会所だったらしい。俺たちはその一つ、客があった時用の建物に通されていた。こんなところに客が来たりするのかな。
入口から小さな一部屋があって、その次の間がぶち抜きの広い部屋だ。つまり建物一軒ワンルーム。床にはエインスレイの店みたいなふかふかの毛皮が敷いてあって、ベッドは厚いマットレスだけ。でも掛け布団は不思議な刺繍の入ったキルティングで、中が綿じゃなくてふわふわの羽毛だった。
普段毛布しか使ったことないから、ものすごい贅沢みたいだ。部屋の真ん中に暖炉があって、小さな火が入っている。
キヨはまだ寝ている。ハヤもちょっと調子悪そうな顔をしていたけど、それでもキヨみたいに気を失うまではいかなかったからベッドに寄り掛かって座っていた。でもなんだか病人って感じだ。ハヤは小さく息をついた。
「上手く説明できないんだけど、さっきの広場、何かすごい圧があるんだよ……たぶん、魔法の」
魔法の圧? 平気な俺たちは顔を見合わせた。
そんなの全然感じなかった。っていうか、これ感じないってことは魔法のセンス無いってことなのかな。俺の魔術師適性消えたな。
「魔法の圧で、そんななっちゃうの?」
ハヤは何だか弱々しく笑う。
「魔術師以外が全然平気なのを見ると、ヤバい方が魔法特性強いみたいだね……キヨリンに負けてるみたいで癪だな」
そう言って寝ているキヨの頬を突いた。
「キヨのは貧弱だからじゃね、こないだもそうだったし」
俺がそう言うと、ハヤは小さく笑った。
「……こんなの感じたことなかった。だいたい魔法の力は自然に存在するって学んだところで、使うのは自分の中に練った力だし。魔法陣は違うかもだけど、僕は直接感じないしね。魔術師として限界があるのは、そういうことなんだけど」
ハヤは話しながら、「あーそっかー」と一人で納得していた。どうしたの?
「チカちゃんがあんなにすごい魔術師なの、それでなんだ。あの人、同化の特性があるから、自然の力を取り込むのが得意なんだ。無意識に練った自分の魔力だけじゃない、自然の力も使えるからあんなにすごいんだ」
なるほど、あのエルフの魔導師も言ってた自然の力っていう魔法を、人は使いこなしていないんだな。エルフ並みとはいかないだろうけど、個人の力だけでなく自然の力を使えるようになれば、魔術師としてのレベルは更に上がるんだ。
「具合はいかがですか」
扉が開いて、セアドが入ってきた。ポットとカップを載せたお茶のお盆を持っている。
「ありがとうございます」
ハヤは寄りかかっていた体を少し起こした。
ベッドが揺れたからか、キヨが目を覚ましたみたいだった。ハヤが覗き込むと、少し身じろぎしてから目を開け、ゆっくりと体を起こした。
でもまだ顔は真っ青だ。大丈夫なのかな。
「無理はなさらないでください」
ハヤはセアドの言葉に少しだけ笑って応え、キヨを気にした。
「こういうことって、前もあったんですか?」
レツがそう言うと、彼女はお茶を入れながら頷いた。
「この里には不思議な力が存在します。普段は里の者が街へ降りていきますのでここまで足を運ぶ方は少ないですが、皆無ではありません。以前訪れた魔術師の方が、少々体調を崩されたことがありまして」
星読みの里が占星術を行う占いの里だとして、そこにわざわざ足を運ぶのって、やっぱ困ってる人だよな。それ以外だとしたら、他の冒険者よりは魔術師のが可能性ありそう。単なる印象だけど。
「ルナルのことは、本当にありがとうございました。山賊は……ここ最近定期的に襲撃を繰り返すようになっていて、普段はそれでも金品の強奪ばかりだったんですが」
「それならもう大丈夫だよ、キヨがアジトをぶっ潰して、シマが脅しをかけて解散させたから」
俺がそう言うと、シマはやっぱりいたずらっぽく笑っていた。
セアドは少し驚いたように俺たちを見て、安心したように笑って息をついた。
「……何から何まで、本当にありがとうございます。私たちはここで星読みをするだけの貧しい探求者です。大したもてなしはできませんが、ゆっくり体を休めていってください」
セアドはお茶を勧め、それから立ち上がって部屋を出て行った。
「キヨリン、大丈夫?」
キヨはハヤの言葉に少し嫌そうに顔を上げた。
「お前、平気なのか」
「まあまあヤな感じあるけど、そこまでは」
ハヤが答えると「うそだろー」と言ってキヨはまた俯いた。声だって掠れててホントに病人だ。
「だいたいまだここだって、全然広場から離れてねーじゃん」
「キヨくん、そんなことまでわかるの?」
コウがそう言うと「気の感じ?」とキヨは言った。ハヤがちょっとだけ複雑そうな顔をしている。もしかして負けてるとか思ってるのかな、嫉妬……みたいな。
それからハヤは振り払うみたいに小さく首を振った。
「キヨリンずるい。僕そんなの全然わかんない」
ハヤが膨れて言うと、キヨはそっと顔を上げた。それから片手を握って胸の前に上げる。俺たちがわけもわからず見ていると、パッと手のひらを開いた。
「あっ!」
そこには小さな魔法陣が浮かび上がっていた。うそ、呪文も何も言ってないのに! 一瞬で? キヨがまた手を握ると、魔法陣は消えた。
「本来、癒しを施すのに他者に関与するから、白魔術師のが自分以外の力を捉えることに長けてるはずなんだけど、団長は個人の力が強いのと、たぶん特殊能力からその必要がなかったんだ。それでその辺がおろそかになってる」
キヨは病人の顔のまま少し笑う。ハヤは拗ねるように唇を尖らせた。
「……俺はその点、いろいろ手を出して色んな力を捉える訓練してたからな」
「勉強の賜物?」
「ヤバい方のも含め」
それって闇魔法のことなのかな。ポテンシャルはハヤのが上だけど、キヨは訓練と勉強でカバーしたってことか。それにハヤは医療系に特化してるとこあるから、ハヤ自身の力が強いなら、それ以上を必要としなかったのかもしれない。
キヨとハヤはお互いを見て小さく笑った。
「それにここの力は、奔流っつか洪水だし」
そんなに強いんだ。っつか、キヨはもうその力を掴んだってことなのかな。さっきの魔法陣、まるでハルさんがやったみたいな感じだったし。
「それで、」
レツは言いながらちょっとだけみんなを見回した。
「これからどうしよっか」
俺たちはみんな、うーんと唸って天井を見上げた。
「ルナルちゃんのお告げの意味はわかんないし、俺たちのお告げじゃないから、クリアの必要はないよな」
シマは出されていたお茶を飲んだ。
ルナルがどういう経緯でお告げを受けたのかわからないけど、勇者のお告げではないから俺たちに課せられたものじゃない。レツがうっかり覗き見ちゃったのはあのエルフの力の影響で、本来なら見るべきじゃなかったはず。
「ルナルのだから、クリアしてもレツにはわからないよね?」
俺もお茶を飲みながらレツを見る。少し酸味があるのに後味が甘いハーブティー。
レツはちょっと難しい顔をして首を傾げたけど、やっぱりちょっと納得いかないながらも頷いた。
「はっきりは言えないけど、わかんないような気がする……」
だったら、手の出しようが無い。ただアレが闇魔法を指すってレツが言うんだから、それが正しいとしたらやっぱりキヨが関わってる可能性が高い。
ちらっとキヨを見てみたら、壁に寄りかかれるように少し体を動かしていた。やっぱりまだ辛いんだな。
「普段だったら一番謎に没頭するキヨリンが、ルナルちゃんの熱烈アタックのお陰でやる気ゼロだから、余計なことに首を突っ込まないで帰るんだったら今だけど」
言いながらキヨを見た。キヨはとぼけるように少し目を細めた。そしたらこのまま休んで、明日にはクダホルドへ発つのかな。っていうかお腹空いたな。
すると小さなノックの音のあとに、扉の開く音がして俺たちは振り返った。
「あの、」
そこにはルナルが立っていて、少し逡巡してから部屋に入ってきた。
俺たちからちょっとだけ離れてぺたりと座る。シマとハヤがチラリと視線を交わした。
「どうしたの?」
レツはちゃんとルナルに向き直って聞いた。ルナルはちょっとだけ顔を上げる。
「……いろいろ……助けてくれて、ありがとう」
ルナルはやっぱりものすごく小さな声で言った。
「どういたしまして」
レツがいつもみたいに優しい声で応える。ルナルはそっと顔を上げてレツを見た。それから言葉を選ぶように口を動かした。
俺たちは辛抱強く彼女が言葉を発するのを待った。
「私……お告げを受けるけど……よくわからないの。私はお告げを受けられるから、ここにいるの。でも……受けるだけ、いつも……見たものを伝えて、終わり」
ルナルは話しながら徐々に顔を伏せてしまう。レツは優しげな表情のまま、たどたどしく言葉を繋ぐルナルを見ていた。
ルナルはお告げを受ける者としてこの里にいて、お告げは受けるけど、その内容を誰かに伝えるだけなんだな。じゃあ本当に神託者なんだ。ルナルは顔を上げてレツを見た。
「でも、今回は、今回のは……私が見たお告げ、ただ見ただけの誰かのお告げじゃなくて……そこに
ルナルはすがるような表情をしていた。レツはいつものふにゃーって感じの笑顔を見せた。
「何か手伝えること、ある?」
視界の端で、キヨが傍らのハヤの肩に突っ伏したのが見えた。ハヤは寄りかかられた方の手でキヨの頭を撫でている。
「お告げを、解決……してほしいの」
レツは俺たちを振り返ってにっこり笑った。
「いいよね?」
レツの言葉を受けてシマが、「勇者命令出ましたー」と言った。
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