第39話『案外、知らされてないんだな』

 黒い風の何がキヨを指すのか全然わからない。

 でもお告げを見た本人にしかわからない何かがあるのかもしれない。ルナルの言葉を聞いて、やっぱりキヨはうんざりしてた。執着される謂われがないって思ってるんだろう。


 俺たちは結局、そのまま馬に乗ってアジトの残骸をあとにした。

 シマ的には、もしかしたらまた戻ってきてしまう奴らがいるかもしれないから、あそこに一晩泊って二度と戻れないとわからせられた方がよかったみたいだったけど、星読みの里までの距離が読めなかったからそのまま出発することになったのだ。

 キャンプの用意はしてきているけど、それも数日分なんだし。山賊のアフターケアのために一日分ムダにはできない。


 そこから半日、ノチェカンザの山中を進み、適当なところでキャンプを張ることになった。ルナルがいるから、なるべく危険の無いようにゆっくり進んでいるらしい。確かに馬でかっ飛ばすとかしてないもんな。

 いつものように馬を繋いで結界を敷き、薪を集める。


「黒い風って、やっぱキヨが風の魔法を使う黒魔術師だからなのかな」

 俺がそう言うと、ハヤはチラッと俺を見た。

「その連想でいくなら、これ以上ないくらいキヨリンのことだよねー」

 うん、俺もそう思う。っつかキヨはそう思わないのかな。

「だいたい風に色なんて付いてないんだから、どういうお告げを見たのかわからないけど、黒い風って表現できる以上、キヨリンぽさはあるよね」


 きっとキヨはうっかり紛れ込んだ山賊のアジトで、馬を無事に連れ出す際に小屋に囚われたルナルを見たんだ。

 キヨはあんな言い方してたけど、目隠しをされた女の子が望んで山賊のアジトにいることなんてない。キヨのことだからルナルに逃げたいか確認もしてから、風の魔法でアジトを潰すくらいの混乱を起こして救い出したんだろう。そんな風使いの黒魔術師を、お告げにあった黒い風と思ってもおかしくない。


 でもルナルのお告げが、勇者のお告げみたいに誰かが救われることに関わるのかはわからない。あんな儀式用の服を着て受けるお告げなんじゃ、勇者のお告げとは違う気がするし。それこそ神託って感じがする。


「神託だとしたら、クリアすると誰かが救われるっていうのとは違うのかな」

 俺の言葉にハヤはちょっとだけ難しい顔をして、持っていた枝で頭をかいた。

「神託ならね。でも神託だって必要になるのはだいたい困ったことがあった時って気がするから、そう言う意味では同じなのかも」

 そっか。どっちにしろ誰かが困っていることには変わりないのか。

「でも星読みの里で、誰が困ってるんだろ」


 あんな風に神託を受けるための衣装があるってことは、定期的に行っていたんだろうから、そしたら星読みの里には困ってることがいっぱいあるみたいだ。

「……そう、だね。でも星読みの里に関わるかどうかはまだわかんないけど」

 ハヤはそう言って、なんだかぼんやりしながらみんなのところへ戻った。


 今夜のご飯は乾燥した貝を使ったスープで炊いた米の粥だった。

 粥ではあるけど、どろどろじゃなくてもっと米の感じがある。昨日のご飯のスープにヒントを得たのかも。具材はダシにもなっている貝としゃきしゃきした葉物の野菜。コウに言わせると「一日目だけの贅沢」だそうだ。確かに二日目以降のキャンプじゃこのしゃきしゃきは味わえない。

 俺は粥を味わいながらみんなを見回した。何となく口数が少ない。


 やっぱルナルを気にしてるのかな。いつもの、コウが教育的指導を入れるような会話はできないし、今回の星読みの里や、彼女自身のことだって話せない。

 ルナルはやっぱりキヨの隣に座っている。キヨにこだわる理由が思い過ごしだと思われてるってのに、健気だよな。


「星読みの里までって、あとどれくらい?」

 ハヤはもぐもぐしながら聞いた。コウが小さい声で「団長」と睨む。

「この辺の地図は俺が描いてきたヤツしかないから正確なことは言えねーけど、明日には着くだろうな」


 キヨはベスメルをボトルから飲みながら言った。

 里を金づるだと思っていた山賊が無事に行ってこれる距離だもんな。もしかしたら安全なルートを知っていたかもしれないけど、それでも街道近くのアジトよりもこの辺や山頂のが危険は多いはず。

 そう言えば、慣れたエリアだけとは言え山賊って冒険者みたいな暮らししてたんだな。その危険性考えたら、真面目に冒険者目指してもやっていけたんじゃないのかな。


「えっ」

 レツが唐突に声を上げた。しかもスプーンを口の前まで運んだ状態でだ。何か入ってたのか?

 レツはそのままみんなを見回すと、そのままの体勢で首を傾げた。

「どうかしたか?」

 シマが同じように首を傾げてレツを見る。レツは何だか難しい顔をしていた。

「お告げ……じゃないんだけど、これは……」

 お告げが来たの?! って、お告げじゃないのか? どっちなんだ。

「どういうこと?」


 みんな難しい顔をしているレツを見ている。

 すると唐突に、キヨとハヤが顔を上げた。何、何か察した?! でも動いたのは二人だけで、いつもだったら同じくらいに察知するシマはきょとんとしている。


「ほほう、こんなところでキャンプですかな」


 暗闇から現れたのは、白くて長い髪と長いあごひげの老人だった。

 尖った三角帽を目深に被り、キヨみたいな毛皮のついた上着を着て長い杖を持ち、柔和な笑みを浮かべて近づいてくる。キヨとハヤだけが緊張した表情でいるけど、他のみんなは何だかわからないって顔をしていた。


「あなたは、」

「名も無き旅の魔導師ですよ。お気になさらず」

 そしたら、俺の集落とかにも来て護りの魔法を見てくれてた……

「エルフなの?!」


 俺が言うと、老人はふぉふぉふぉと期待通りの笑い声を上げた。

 彼はちょっとだけ被っている帽子を動かすと、尖った耳を見せてくれた。やっぱりエルフなんだ。もしかして、さっきハヤとキヨだけが気付いたのって、魔法の力を察知したとかなのかな。


 ハヤがそっと動いて老人の座るスペースを空けた。老人は丁寧にお辞儀してそこへ座る。コウはお茶のカップを回した。ゲスト用のカップなんて無いけど、たぶん酒飲んでるキヨの分だろうな。魔導師はやっぱり丁寧に捧げ持って感謝した。


「この辺を巡ってるの?」

「うむ、北を回ってきたのだよ。だがそろそろ寒くなる時期だから、南の方へ向かおうかとね」

 エルフだから魔法の力はハンパ無いけど、自然の寒さに勝てるわけじゃないもんな。寒いものは寒い。

「妖精王も言ってたけど、旅に出ちゃうエルフって旅先で何を見てるの?」

 すると魔導師は少しだけ眉を上げて俺たちを見回した。それから一人で頷いた。

「なるほど、おぬしたちがあの勇者一行なのだな」


 あのって、一体どんな話を聞いてるんだろう。ハヤたちはちょっとだけ視線を交わしている。でも別に悪いことしてないし。魔導師は何だか楽しそうにしているから、たぶん悪い噂になってるわけじゃなさそう。


「そうだな、エルフの森を出る理由はさまざまだろうが、ひとえに人の営みが楽しいからだろうな。その地方独自の文化を創り、実に活き活きと暮らしておる」


 魔導師は優しい笑顔で言った。……活き活きとは言えない部分もたくさんあるけどね。俺はラカウダロガの粗末な集落や、自分の故郷を思い出していた。

 でもたぶんそんな貧乏で不自由な集落でも、生きていこうとする人間が彼らには眩しいのかも知れない。


「でも今はエルフだって寿命も人間と同じくらいって聞いたし、似てきたりしてないのかな」

「そうかの? 短くなったとは言え、人間に比べたら短い者でも倍以上はあると思うぞ」


 えっ! それじゃ全然同じくらいじゃないじゃん! もしかして合コンでそんなに変わらないって言ってたのって、サバ読まれてたのかな。女性だったしな。


 気付いたら、魔導師と話すのは俺だけだった。みんなは俺が話すのを聞いている。

 俺がいた集落じゃ、魔導師が来たら子どもたちがみんな囲んで話をせがむのは普通だったけど、みんなは小さい頃から選抜されて勉強してたから、こうやって魔導師を囲んだことがないのかもしれない。

 それでも、不必要に緊張している感じはなかった。たぶん俺が変なことを聞かない限り、自由に話させてくれてるんだろう。


「そしたら、星読みの里も行ってきた?」

 星読みの里は街道沿いじゃないけど、魔導師ならそういう集落に寄って守りの魔法をかけてくれたりするし。

「星読みの里か。あそこはまた違う力が流れておるからの、あまり介入はしないのだ」

「違う力?」


 キヨが思わず呟いた。魔導師はキヨを見る。

 キヨは失敗したとばかりに一瞬眉間に皺を寄せて視線を外した。魔導師はしばらく無言でキヨを見て、それからやっぱり柔和な笑顔のまま深く息をついた。


「なるほど、おぬしが。ならばわかりがいいかもしれんが、違う力というのはエルフが持つものではないということだ。エルフの力はこの地の自然が基盤となっておる。つまり他の星の力は別なのだ」

 キヨはそっと魔導師を見、それから視線を落としてボトルに口を付けた。

「そしたら、星読みの里のお告げと、勇者のお告げは別の物ってこと?」


 レツがそっと言った。魔導師はレツに向き直る。それから小さく頷いた。

「そうだな、この星の力が勇者のお告げを引き起こすとしたら、星読みのお告げは他の星の力が引き起こすのだから別物になる。ただし星の力という意味では同じだな」

 星の力……って、魔法って星の力なの? 俺がそう言うと、魔導師はまたふぉふぉふぉと笑った。


「自然の力だよ。エルフも、人も、自然の一部なのだ。だから、」

 そう言ってキヨに向き直った。キヨはちょっとだけ体を引く。


「おぬしの力も、結局は自然の一部。侮らんように」


 魔導師はエルフだから、きっとキヨが魔術師ってわかってるんだよな。それって、ばんばんレベルアップしてやたら強い魔法を使うキヨをたしなめてるのかな。

 キヨはちょっとだけ視線を落としたけど、小さく頷いた。魔導師はそれを見て満足そうに笑うと、「さて」と言ってカップを置いて立ち上がった。


「では皆さん、ごきげんよう」

 え、夜なのにまだ移動するの? 一緒に泊まればいいのに。

「なに、老いぼれの足で雪に追いつかれないよう行くのだから、のんびりしていられないのだよ」

「道中、気をつけて」

 ハヤがそう言うと、魔導師はハヤの肩をぽんと叩き、笑って杖を振ると焚き火から離れていった。キヨは脱力するように俯いて深いため息をついた。


「……今夜は見張り無しで寝られそうだな」

 えっ、どういうこと?

「さらっと全員分全回復させた上に、ここの結界めちゃくちゃ強固にしてったね」

 ハヤも肩をすくめて言った。そうなの?

「馬含め、な」

 シマもとぼけるように眉を上げる。うわー、さすがエルフ。お茶のお礼とかなのかな。


「それにしても、魔法ってそういうもんだったんだね」

 レツがそう言うと、ハヤとキヨは視線を交わした。

「……いや、実を言うとそこまで学ばない。魔法自体はもともとエルフが使っていたもので、ベースとなる力を練ることができる人間が居るってだけで。エルフだから自然が基盤ってことはわかっていたけど」

「星の力とは習わないよ。空の星からの力は別物ってこともね。あとキヨリンに言ってたのって闇魔法でしょ」

 キヨはちょっとだけとぼけるような顔をした。あれ、強い魔法ってだけじゃなかったんだ。闇魔法までバレてたとは。


 この星の力=エルフの魔法。その派生系が人間の魔法。ここまではエルフベース。さらに人間だけが持つ闇魔法。闇魔法は人が生み出したからエルフには対処できない。

 でも人も自然の一部だとしたら、人が生み出すとはいえ人が完全にコントロールできるものじゃないかもしれない。魔導師はそう言ってたのか。


「案外、知らされてないんだな」

 コウはぽつりと言った。

 知らずに使える方がいいのか、全てを知って使う方がいいのか。キヨなんて新しい魔法を会得するのに図書館通ったりして勉強してるんだから、そこに無いのは知らされてないからなんだろう。そういう情報は明かされてないんだ。


「じゃあ星読みのお告げは、この星の魔法じゃないんだね」

「なるほど、それで」

 レツが言うのでみんなレツを見た。

「さっきお告げっぽいのを見た気がしたんだけど、でもお告げじゃない感じだったんだ。あれたぶん、星読みのお告げなんだと思う」


 星読みのお告げ?! レツはそれも見れたの? でもレツは俺の言葉に首を振った。

「たぶん俺が見たのは、ルナルの受けたお告げだと思う。さっきの魔導師の魔法の影響かなんかで、漏れ見えたみたいな」

「それって、」

 レツは頷いた。


「黒い風。でもあれはキヨのことじゃないと思う」


 ルナルは唐突に顔を上げた。キヨはやっぱり「ほらね」って顔をしている。


「俺がこの前見たお告げの時はちゃんと顔が見えてたけど、そうじゃなくても仲間ならわかると思う。ルナルのお告げの黒い風はキヨじゃない。でも、キヨが無関係でもない」


 レツはそう言ってキヨを見た。

 ハヤは「あーあ」と言って肩を落とした。なるほど、もう言わなくてもわかる感じだけどね。キヨも何だかいたずらがバレたみたいな顔で視線を外した。


「あの黒い風、あれは闇魔法だよ」

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