第38話『身に覚えがあれば、もうちょっと対策取れるっつの』
ルナルは馬に乗れなかった。
でも別にそれはそんなに珍しいことじゃない。俺だって乗れなかった。問題はそこじゃないんだ。
「絶対にイヤだ」
ルナルはキヨにしか懐いてないのに、キヨが一緒に乗るのを断固として拒むのだ。
「だーかーらー、キヨがそんなだとずっと出発できないだろ?」
「じゃあ俺歩いてく」
「そこに馬を用意した意味」
ああ、そう言えば。
「それで一昨日も歩いて帰ってきてたんだ……」
逃げた馬を引いて帰ってきたのは、荷物とルナルが乗ってたからっていうより、一緒に乗りたくなかったからなんだ。徹底してるな。
「何のポリシーか知らないけど、そういうの何とかならないの?」
キヨはハヤに言われてぷいっとそっぽを向いた。
「キヨくん、ハルさん居たってモンスターと寝ないしね」
コウは諦めてるような顔をした。キヨのこれって何なんだろ。
「ルナルちゃん、あいつどうしても誰かと一緒に乗りたくないって言うんだけど、他のと一緒に乗ってくれる?」
ルナルはそう言われて、やっぱり小さくなってキヨの影に隠れようとした。キヨがあからさまにため息をつくと、ハヤが怖い顔で睨んだ。
「お前が他のヤツと乗らないと、いつまでも星読みの里に戻れないんだけど」
それかここで分かれるか? とキヨは何でもないように言った。ルナルは目に見えて慌ててキヨの上着の裾を掴むと首を振る。
「じゃあ他のヤツと乗って。上手いのは団長だから」
キヨは裾を掴むルナルの手を離して促した。
動物のことならシマのが上手いだろうけど、もしバトルになった時に安全なのはハヤだろうな。ルナルは何か言おうとして口をぱくぱくさせた。
「絶対……一緒にいて」
やっぱりものすごく小さな声でルナルは何とか絞り出した。うっそ、それ告白ですか……
キヨはやっぱり面倒くさそうに見ていたけど、何となくちょっと考えるように小さく首を傾げる。でも何も言わずにそっとハヤの方へ促した。俺たちはぼんやりとハヤとルナルを見送る。
「……キヨ、ホントに何もしてないの?」
レツがそっと近くに体を傾けて聞く。
「身に覚えがあれば、もうちょっと対策取れるっつの」
キヨはとぼけたように言って、ハヤに手伝われて馬に乗るルナルを見ていた。
助けられた刷り込みでここまでって、助けられる前がどれほどひどかったんだろって思っちゃう。
「でも逆にキヨくんでよかったよ」
何が? 俺たちはコウを見る。
「キヨくん以外じゃ、みんな彼女を切れないし」
「お前もか」
キヨがそう言うとコウは無言で裏拳を決めた。
でも実際ルナルがどこまでもくっついて来たくても、俺たちは勇者の旅に戻るんだから、どこかで線を引かなきゃならないんだよな。だったら彼女が懐いちゃったのが、どれだけすがってもスッパリ切りそうなキヨだったのは、俺たちにとってはよかったのかも。
俺たちはそれから馬に乗って昨日キャンプしたところへ戻り、そこからはキヨの案内で森に入った。
森の木々は結構背が高く、下生えも繁り過ぎてないから思ったよりも馬で行くのに苦労はなかった。こりゃ走り出した馬が遠くまで行っちゃうはずだ。
それでもこれといった道があるわけじゃない。それなのにキヨは何となく行く先を覚えているようだった。どうやって覚えるんだこんな道程。
「あーちょっと待って」
ハヤが声を掛けたので、俺たちは馬を止めた。
「キヨリン、ここからまだかかりそう?」
「んー、もうちょっとかな」
ハヤはちょっとだけ首を傾ける。
「どんだけ見てた?」
ハヤの言葉にキヨは、ああって顔をした。
「じゃあ、シマと……見習い」
それだけ言って、頭で着いてこいって促すと馬を進めた。シマは何も言わずにキヨの後に続く。コウとレツとハヤは馬を降りていた。
えーと、俺はあっち班なんだよな。ちょ、置いていかないで!
「なに、どゆこと?」
早足で進めるキヨに追いついてそう聞くと、キヨはちらっと俺を見た。
「お前は剣士だからどっちでもよかったんだけど、あっちばっかやたら居てもな」
いや全然それ説明になってねーよ。俺がふてくされるとシマが笑う。
「コウちゃんか俺だと、俺だった?」
シマは期待いっぱいって感じに聞く。
「実際便利なのはシマだからなー、どっちにしても。でもモンスターだとあいつ怖がるかもだし。コウにしても、アジトのが対応人数多いだろうからそっちのが大変だろ」
なるほど、仲間分けに理由があったのか。つかそれ以前に、何で待機班ができたんだ?
「そりゃ、ルナルちゃんが何をどれだけ見ちゃったかによるだろ」
あ……ハヤのはそういう意味だったんだ。囚われてた時に目隠しされていたって言ってたけど、逃げおおせるまで目隠ししたままかどうかわからない。彼女がトラウマを呼び起こさないように、彼らはアジトに行かないようにしたんだ。
「じゃ、とっとと行って、サクッと帰ってこようぜー」
シマはそう言うと、馬を駆けさせた。えええ、こんなところで試験とか!
俺は何とか頑張って二人について行った。
モンスターがたまに出てきたけど、だいたいキヨが一撃で倒す。風の魔法も使ってゴールドもちゃんとゲットしていた。
キヨ、ホント強いのもあるけど、絶対面倒くさがりなのがレベルアップの秘訣だな。
俺にはどこまで行っても同じ森にしか見えなかったけど、キヨはあるところまで来たら馬のスピードを緩めた。
「シマ、モンスターって待機してる感じ?」
シマはここに来るまでに途中、何度か指笛を吹いたりしていた。あとたまに小さな鳥がシマの近くを飛んでいたのを見たな。あれもモンスターだったんだろうか。
「ん、大丈夫。威嚇程度の子たちだよ」
キヨはそれを聞いて頷いた。それからまた馬を進める。
しばらく行くと、進行方向にちょっとだけ不自然に広がる木があった。垣根みたいに葉が生い茂っていて視界を遮っている。
キヨはちょっとだけ迂回するように低木を回り込み、少しだけ茂みの薄いところをそのまま抜けた。え、どうなってんの。
低木の葉が生い茂っていると思ったけど、一部分だけ蔓がたくさん下がっていてカーテンになっていたのだ。
「前もこっから入ったの?」
「こんだけ繁ってれば足を取っても支えてくれるだろと思ったら、よろけてここから入っちゃったんだ」
なるほど、風の魔法か何かで止めようとしたんだな。そしたらうっかり山賊のアジト発見と。
蔓のカーテンを抜けると、粗末な集落が出現した。家というよりは小屋って感じの建物が並んでいる。たぶんキヨが壊したんだろうなっていう小屋もある。
キヨは茂み近くに馬を止めて降りると、歩いて山賊の居る方へ向かった。
この前ここ潰した本人だから怖くはないんだろうけど。っていうか、モンスター倒せるんだから人間なんて敵じゃないよな。俺とシマも後に続いた。
「ああ、生きてた」
キヨがそう言って近づくと、山賊はこっちを見て愕然とした顔をした。それから悲鳴を上げて逃げるように走り出す。
「あいつらにはキヨのがモンスターだな」
シマの言葉に俺は思わず吹き出した。キヨは面倒くさそうに魔法を発動すると、彼らは離れたところで足を掬われてひっくり返った。
「聞きたいことがあるんだけど、」
キヨは言いながら彼らに近づく。その向こうから剣を携えたヤツらが、騒ぎを聞きつけてやってきた。
「てめぇ、よくも!」
有無を言わさず斬り付けてくる山賊に、キヨはうんざりした顔でふわりと避けた。何度振ってもキヨには当たらない。
ぞくぞくと集まってくる一味に、シマが小さく短い指笛を吹くと、一定範囲の外の山賊に小さな鳥モンスターの一群が鋭く飛びかかった。唐突な鳥モンスターの群れに、慌てる彼らはそれ以上近づいてこない。
キヨの相手をする山賊はいらいらと熱くなって乱暴に剣を振り回した。
「あのさ、」
キヨが声を出すと、思わず相手の動きが止まった。
「こっちが黙ってるうちに、馬鹿なことはやめてくれる?」
そう言うと小さく口の中で呪文を唱え、渾身の力で腕を振ると、その先にあった小屋がぶっ壊れて吹っ飛んだ。
すげぇ……そうだよな、あのサイズのモンスター吹っ飛ばせるんだもんな、あの魔法。山賊たちは唖然として動きを止めた。
「殺すぐらい簡単なんだけど、殺さずにいるんだから大人しくしろよ」
ドスを利かせて言うと、山賊たちは次々と剣を落として手を上げ、降参を示すように跪いた。これ、シマも俺も必要なかったよね。
「まぁ、お目付役は必要だからな」
そう? シマがわざわざ外野を遠のけなくても、キヨが吹っ飛ばして終了にできそうだったけど。
「キヨだって、殺しちゃいけない縛りで力コントロールしながら大勢を相手にしてたら、いつか面倒になって加減が狂うかもしれないだろ」
あー、そういう意味のお目付役なのか。信用があるんだかないんだか。俺たちはキヨに近づいた。
「お前たちが捕らえていた女子がいただろ、あの子どこで見つけたんだ」
山賊たちは顔を見合わせると、一人が少しだけ顔を上げた。
「ノチェカンザの山の頂付近に集落があって、そこで」
「里を襲ったのか」
山賊は顔を見合わしている。こいつら山賊なんだから里を襲っていても不思議はないけども。
「へんぴなところにあるから他のヤツらは狙わねーし」
「その割りに変な物あるんで、金になるっつーか」
「壊滅させたりはしてねーです、俺たちだってそこまでやったら、二度と使えねぇし……」
こいつら、何度も襲う目的で加減したって言うのか。最低だな。キヨは小さく「ふーん」と言った。
「じゃあ俺はここ、二度と使わねぇから、壊滅させていいんだな」
山賊はヒィッと喉の奥から変な音を出した。マジ壊滅させていいと思う。
「ノチェカンザのどの辺だ?」
シマが会話に割って入った。山賊は、キヨより人相の悪くないシマを見て一瞬ほっとしたように見えた。ノチェカンザって山脈の名前なんだから、頂付近って情報だけじゃ辿り着けないもんな。
さっきの山賊が地面にざっくりした地図を描いて説明した。キヨは見下すようにそれを見ている。それからシマは「わかる?」とキヨを仰いだ。キヨが小さく頷いたのを見て、シマは体を起こす。
「それじゃ、ここはこれから壊滅するから。お前たち、命が惜しかったらちゃんと逃げて、二度と山賊なんかに身を落とすんじゃねーぞ」
山賊たちはそれぞれに「そんな!」とか「許してください」とか口々に言っている。シマはまぁまぁと落ち着かせるように両手を挙げた。
「死ぬ気でやれば、まともな生活できるようになるって。楽して稼ごうとしなけりゃいいんだ。お前らの顔は覚えちゃったから、もしまたこういう風に出会ったら、たぶんその時は命は無いと思った方がいい」
なっ、とシマはキヨに振る。キヨはものすごく不満そうな顔をした。一応脅してはいるけど、そういう優しいシマの言い方で山賊がまともになるのかな。
「ああ、お前ら、ちょっと動くなよ?」
シマはそう言って手のひらを庇にして空を仰ぐと、唐突に何かを空へと投げ上げた。すると遠くに小さな点……と思ったものが、ものすごいスピードで急降下してきた。
もしや……と思っていたら、青くて巨大な鳥モンスターだった。小屋よりでかい。羽ばたきだけで、ものすごい強風が木々を揺らせる。山賊たちは逃げたいのを堪えているが、半分くらい体が違う方へ向いてしまっているのや、腰が抜けたのもいる。
鳥モンスターは俺たちの背後に降り立つと、ばさっと鋭い刃物の翼を広げてから、シマが上げた腕にくちばしを擦りつけた。
「こういうのがお前らを襲っても、犯罪にはならないだろ。そういう死に方したくなかったら、ちゃんとした方がいいと思わねぇ?」
蒼白の山賊に、にこにこと言いながら一人に何かメモを渡した。
「真面目にやる気があるなら、そこ行ってみろ」
山賊たちはやっぱり愕然としながら、シマと背後のモンスターとキヨを見比べている。それからシマはパンッと手を叩いて「はい解散!」と言った。
その瞬間、鳥モンスターが羽根を広げて威嚇の声を上げ、キヨは魔法を発動して片っ端から小屋を吹っ飛ばした。山賊たちは悲鳴を上げてちりぢりに逃げ、あっという間に視界から消え去った。
「いやー片付いたね」
シマはモンスターを撫でながらそう言った。モンスターはなんだか満足そうな声を出している。シマに会えて嬉しいのかな。
キヨは何となく不機嫌そうにチラッと見た。
「なんであんなのにアフターケアまでしてんだよ」
シマはキヨの言葉にふふんと何だか満足そうに笑った。
「人生何事も二度目の挑戦って大事よー?」
「にしたって、あんなのが押し寄せたらお前の兄貴だって困るだろうが」
あ、さっきのメモってそういうことだったのか? シマは真面目に働くならとエインスレイを紹介したのか。山賊上がりの人間を? それって逆にエインスレイには迷惑になったりしないのかな。
でもシマはちょっとだけ首を傾げて、鳥モンスターを空へ帰した。
「こういうことしてるヤツらが、全員やりたくてやってるかはわかんねぇからな。そういう可能性も信じてやらないと。それに真面目にやる気のあるヤツでなきゃ、わざわざウタラゼプの店まで行かないだろうし、そういうヤツは変われるって」
シマはやっぱり「にしし」と笑ってキヨを見た。キヨが不満そうなのは、たぶん過去の罪も許せない俺と同じタイプだからなんだろう。
シマってすごい、山賊だって今まで数え切れない罪を犯してきたはずなのに、少なくともここから一回は更正のチャンス与えてあげられるなんて。
「変わらなかったら?」
「まぁさっきの子がヤツら覚えてるから、この辺でまた悪さしてたら襲っちゃうよ」
意外と覚えてるんだぜ? と言ってシマは笑う。それも怖い。さっきのあれ、単なる脅しじゃなかったんだ。
「キヨ!」
俺たちは声に振り返った。あれ、ハヤたち? 追いかけてきたのかな。
何だか慌てたように馬を降りる。っていうか、ルナルがほとんど転がり落ちるように馬を降りて、駆けてくるとキヨに抱きついた。えええ?!
キヨは、もうわかりきっていたけど、ものすごく嫌そうな顔をした。そして嫌そうな顔のままハヤを見る。
「暴れたんだよ、キヨリンが居なくなって。里の場所を聞きに行っただけだから戻るって説明したんだけど」
可愛い女子に抱きつかれてあれだけ嫌な顔するヤツもいないよな。抱きつくほどの何かがあるってのに気遣う姿勢すらない。何とかしてやれよ。
「一体何なんだ」
キヨはルナルの肩を掴んで、そっと引きはがした。ルナルはそれでもすがるようにキヨを見る。
「一緒に、いないと、」
「なんだよ。里までは連れて行くけど、俺は別に一緒にいたくない」
言い方! キヨ以外の全員が、がっくりとうなだれた。そうだよね、普通そういうこと口に出して言わないよね。ルナルは言葉が継げなくなって口をぱくぱくさせている。
「キヨくん、もうちょっと言い方あるでしょ」
コウに言われてキヨは面倒くさそうにガンくれた。まぁね、キヨには単なる面倒だもんね。でももう少しモテ期を喜んでもいいと思うんだけど。
「それで、里の場所はわかったの?」
「ああ」
キヨは言いながら、胸元から地図らしきメモを取り出している。
そう言えばさっき山賊に、なんでルナルを拉致したのか聞かなかったけど、よかったのかな。お告げを受けるような子なんだから、何か理由があったかもしれないのに。
「いやそれはないだろ」
俺の呟きにシマがそう言った。シマはとぼけるように肩をすくめる。
「キヨがもう聞く気なかったから俺も話切り上げたんだけどな。あの返答じゃたぶん珍しい服だったからとかで、お告げとかの狙いなんてなかっただろうな」
それって金になる変な品物と同様の理由だったってこと? それに……シマは言わなかったけど、ルナルが女の子なのも理由かもしれない。
そうか、そしたらキヨが壊滅させるって言ったのが、もうこれ以上聞くこと無いって合図だったのか。でもシマのあれは、本当に山賊たちを、人間含め壊滅させるキヨを上手く止めたようにも思えた。
キヨはもじもじして離れようとしないルナルを見た。それから深いため息をつく。
「だいたいお前が見たお告げってのが、確実に俺を指しているわけじゃないだろ。俺の顔を見たのか」
え? どういうこと? ルナルは驚いたように顔を上げてキヨを見る。
「キヨリン、それ何の話?」
キヨはやっぱり面倒くさそうにハヤを見た。
「単純なことだろ。初対面の見ず知らずの人間にここまで執着するなんて理由がある。そしたら何かお告げを見るとか言うし。それなら、そこで俺と勘違いするような何かを見た可能性が高い」
だから一緒にいようとするんだろと、キヨはルナルに言った。
えっ、じゃあルナルはお告げを見ていて、そこにキヨが居たと思ってるのか? 刷り込みとか恋心とかじゃなかったのか。
「そのお告げって、どんなのだった?」
レツがそっと聞くと、ルナルはちょっとだけ視線を落とした。言葉を選んでるのかもしれないけど、結局何も言わなかった。
レツは唇を尖らせてキヨを見る。キヨは俺の所為じゃないとばかりに肩をすくめたけど、レツは無言のまま顎で聞けと促した。最近レツってキヨに強気だな。キヨはしょうがなく彼女に目を落とした。
「……どんなのだったんだ」
ルナルはそっと顔を上げた。それから何だか泣きそうな顔をした。
「……黒い、風」
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