第37話『勇者のお告げ、来るとき選ばずだもんな』
宿に戻るとキヨもシマも戻っていて、向かいの飲み屋でコウと一緒に飲んでいた。ご飯はこっちの飲み屋で食べるんだったな。
飲み屋みたいな場所でルナルから何か聞けるとは思わないけど、どっちにしろ会話に加わらないなら同じだろとキヨが言うので、俺たちが楽な方を取って飲み屋でご飯を食べることにした。
「はいはいおつかれおつかれー」
酒が届くとシマはいつものように、グラスを一方的にみんなのに合わせるので、みんなグラスを上げる。今日のご飯は魚介が入ったトマトのスープだ。スープの底に米が沈んでいて堅めの粥っぽい。
「そんで、星読みの里の情報はあったの?」
ハヤはベスメルのソーダ割りを飲みながら言った。キヨはチラッとシマを見る。
「端的に言うと、場所はわかんねぇ」
えー! 見つからなかったのか? キヨもシマも何となく難しい顔をしていた。
「星読みの里っていうと、何となく知ってる風ではあるんだ。ただどこって明確な場所は誰も知らないって言うか」
「星読み様って呼ばれる占い師? みたいなのが、街へ来ていろいろ占いやったりするらしくて認知はあるんだ。でも里っていうと……」
シマはため息をついてスプーンを口に運ぶ。
里ってくらいだから、きっとそういう占い師が集まって暮らしてるところなのかな。でも占いをしに街へ出てくるけど、街の人がそこへ行く事はないんだ。だから誰も里の場所は知らない。エルフの街みたいなもんかな。
「じゃあ、その星読み様を探し出したら、里までの行き方がわかるんじゃない?」
「行き方も何も、関係者が見つかったら引き渡せばいいだろ」
キヨはそう言ってベスメルを飲む。こいつ、絶対面倒なだけだろ。
「そうだけど、今街に来てるのはいないっぽい。っつか大々的に宣伝しながら来るわけじゃないんで、相当運がよくないと巡り会わない可能性もあるってさ」
シマは言いながら海老の頭を取った。
たまに来るだけなら街のどこかに店を構えてるはず無いもんな。辻占みたいに道端で占ったりするんだろうか。そりゃ、運良く行き当たらないと。街中捜すとか無理過ぎる。
俺はちらっとルナルを見た。キヨの隣で小さくなってスープのご飯を食べている。
「ルナルも、星読み様をやるの?」
俺が聞くと、ルナルは怯えるように首をすくめてからそっと視線だけ上げた。それから小さく首を振る。え、あんな特別な服を着てたりするのに、星読み様の占いはやらないのか。
「じゃあ、お告げを受けるだけ?」
俺がそう聞くと、ルナルは小さく頷いた。
「なんだそれ、聞いてねぇ」
キヨは俺を見、それからハヤを見た。
「昼間に話したんだけどね、あの服は『お告げを受ける』時に着るものなんだって」
「それって」
シマは何となくレツを見る。レツもちょっとだけ難しい顔で首を傾げた。
「ああ、そう言えば」
キヨは軽く言ってベスメルに口を付けた。
そう言えば? 俺は一向に減らないキヨのボウルから、立派な海老をそっと盗み取ろうとした。キヨはちらっと俺を見て、取りやすいようにボウルを押した。コウが咎めるような視線をキヨに送る。
「お告げを受けるのは勇者だけだけど、お告げを受けても自分を勇者だと思わなければ単なる神託者になるって話」
俺は海老の頭を取る手を止めた。……キヨ、やっぱあの時俺が隠れて聞いてたの、気付いてたんだ。でなきゃ俺が勇者になるまで秘密って言ってたのに、こんなに簡単に言うはずない。
俺はちょっとだけ居心地の悪さを感じた。
「でもキヨくん、お告げを受ける時に着るってことは、お告げを受けようとして受けられるってことだし、それって無差別な勇者のお告げとは違くない?」
コウはスープを平らげてからそう言った。ボウルに残っているのは海老の殻と貝殻だけだ。
「勇者のお告げ、来るとき選ばずだもんな」
シマが言うと、レツは無言で何度も頷いた。キヨはしばらく考えるように黙っていて、それから面倒くさそうに顔をゆがめた。
「……失敗したな」
え、何を? でもキヨはそれ以上何も言わなかった。俺はみんなを見回したけど、誰も何のことかわかってなさそうだった。
「それで、これからどうする? 明日も情報収集に出たところで、星読み様が街に来てなかったら結局同じなんじゃない?」
ハヤは誰ともなく見回した。まぁ聞いてるのは主にキヨになんだろうけど。
そう思ってキヨを見たら、ちょっとだけ目を細めて何かを示すように頭を振った。それからハヤを見たら、ちょっと唇を曲げて眉を上げていた。ここ二人、何か意思疎通できてるな?
「まぁ、星読み様の来訪がどれだけ気まぐれかわからんし、明日になってから考えるかー」
シマは水割りを飲んだ。あ、シマも何か受け取ってますね。
俺たちは結局そのままご飯を食べ終えると、めいめいの部屋に戻った。
女の子のルナルだけ一人部屋なので、廊下から彼女を見送ると、扉が閉まった瞬間にハヤがキヨのいる部屋に滑り込んだ。俺も続くと、結局みんなこっちの部屋に集まっていた。
「キヨリン、もったいぶって焦らした話ってなんなの」
キヨはベスメルのボトルを開けたところだった。ウタラゼプでもらった酒、あっという間になくなりそうだ。
「もったいぶったワケじゃねーよ、団長だって気付いてるだろ」
ハヤはうーん? と言いながら首を傾げた。気付いてないっぽい。
「失敗したって、何が?」
俺は言いながらベッドのコウの隣に座る。キヨは窓辺に立ったままボトルに口を付けた。
「山賊、生き残ってるかなと思って」
いやいや殺してないって言ったじゃんか! っつかそれがどう失敗に繋がるんだ。失敗して殺しちゃってるってことか?
「ルナルがお告げを受けるのってどこでやるのかわかんねーけど、それ聞けねーよなぁ……」
なんで? 聞けばいいじゃん、っていうか星読みの里でやるんじゃねーの? 俺がそう言うと、ハヤが「あ、」と声を上げた。
「里でやってたんだとしたら、里が襲われたことになる……」
キヨは肯定するように目を伏せた。
そうか、あの格好のまま連れ去られたんだったら、儀式か何かの途中だったはず。それを里でやってたのなら、山賊は里を襲ったんだ。里以外の場所でやってたなら彼女だけ連れ去られた可能性もあるけど、もし里だったら……確かに聞くのは難しい。それで失敗って?
「山賊に聞けば、星読みの里がどこかわかるだろ」
行ってきたんだからとキヨは続けた。なるほど。とりあえずアジト潰して来ちゃってるもんな。確かに失敗かも。
「もし里が大変なことになってたら、場所を見つけて帰すってだけで済まないかもね」
レツがぽつりとそう言った。
山賊に荒らされた里に彼女を戻して、それじゃって帰って来れるんだろうか。俺たちは人助けする勇者一行なのに。
でも暇つぶしに国を救ったりするけど、ボランティアじゃないから里の再興に力を貸して留まるとかできるわけじゃないし、第一この人たちそういうタイプじゃない。
「そう言えば、なんだか不思議なことに巻き込まれてる感じなのに、レツはお告げを受けてないね」
俺が言うと、レツもぴょこんって感じに背筋を伸ばした。
「まぁ、いつ来るもんかわかんないから、その内来ちゃうかもだけどね」
そう言ってふにゃーって笑った。その隣でシマがうーんと伸びをした。
「そしたら明日、馬借りて旅支度して全員で出るか? アジトまでは大した距離じゃねーだろうけど、それでも何度も往復することもないだろ」
ここから俺たちがキャンプした場所まで歩いて半日。そこからキヨが馬を引いて戻れる数時間の距離なら、アジトまで馬で行けば半日あれば十分だ。
それでもそこから里まで行くなら、みんなで行動していた方が効率がいい。アジトから里までが近いとは限らないし。
「それが一番現実的だな」
「借りて行ってこれるほど近いのかな?」
レツはちょっと首を傾げてみんなを見回す。
そうか、その星読みの里がどこかわからない以上、借りて行くのが現実的なのかどうかわかんないな。借りて返せないとペナルティあるから買った方が安くなってしまう。
「じゃあ、買う?」
「っていうか人数分の馬って……」
俺は何となくみんなを見回した。
人数分の馬買う余裕あるのかな、ルナルの宿泊代だって微妙な感じだったのに。そう言えば前に馬を全員分揃えたのって、クルスダール後だったよな。俺たち唯一の大金持ち期。
「コウちゃん……」
キヨ以外の三人が懇願する目でコウを見た。それってつまり……コウはものすごく嫌そうな顔でいる。でも背に腹は代えられない。
コウは徐々に、徐々に体を引いてみんなのプレッシャーを避けようとしていたけど、負けるように脱力した。途端に三人がガッツポーズする。
「おかあさんのOK出ました!」
「じゃ、キヨリンはがっつり稼ぐ係。僕も行こうかな」
「がっつりじゃないです、必要最低限です」
コウに言われてキヨも「わかってる」と笑いながら上着を取ると、ハヤと出掛けていった。やっぱり、賭博で稼ぐんだな、悪い手使って。
「一応犯罪なんだって、わかってんのかな……」
コウは何となく呆れたように言った。勇者一行が犯罪で稼いでちゃいけないよね……
「借りるんだと思えば。コレが終わったら馬を売って、同じだけ
シマは笑って、キヨの飲んでいたボトルを煽って盛大にむせた後、「めっちゃ強っ……」と呆然とボトルを眺めて言った。やっぱ強いんだ。レツはそのボトルを取って置くと、
「じゃあ俺たちはもうすることないから、明日に備えよ」
と言ってシマを促して出て行った。待っててもすぐ帰って来そうにないしね。
俺も二人を追って部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます