第36話『陰謀がなくても、女の子には優しくすべきじゃね?』

「セスクの時はもうちょっと優しかったよね」


 翌朝、俺たちはキャンプを畳むと、歩いて街道に戻った。ルナルは別にケガをしているわけじゃなかったから俺たちと同じく歩いている。

 でもやっぱりキヨにくっついている感じだし、結局キヨの防寒具はルナルが着ていた。


「セスク、イケメンだったからかな……」

 ハヤはそう言って腕を組む。そこなのか。

「ちげーよ」

 キヨが俺たちを睨むと、おでこの辺りでパチっと音がしてデコピンみたいな刺激があった。いてえ! 俺とハヤは同時に額を押さえた。魔法でそういう事するなよ!


「無傷で、街まで行くのに特に問題もなく、なんら陰謀もなさそうだからね。キヨくん、ムダに動くの好まないし」


 コウがは言いながら首を鳴らす。

 あ、そうか、セスクの時はそれが全部盛りだったんだった。いやでも、問題なさそうだったら優しくしないって、アリなのかよ。


「陰謀がなくても、女の子には優しくすべきじゃね?」

「見習い、そういうとこはちゃんと伸ばすんだよ。でも女の子に限定せず男の子にも優しくすべき」


 ハヤは俺の頭を撫でた。だから子ども扱いすんなっつの。


 上り坂を越えると、街道の向こうに海が見えた。きらきらした光を反射する深い青が遠くまで広がっている。

 その手前にクダホルドの街が見えた。朱色の屋根が連なるベージュ色の煉瓦の街並み、どうやら街の中にも水路があるみたいだ。


「運河の街かー」


 シマが手のひらを庇にして眺めた。また新しい街に入ると思うと、ちょっとだけ気持ちが高揚する。目的地が見えたことで、何となく俺たちの足も速まった。


 クダホルドは、街道から見たとおりの運河の街だった。煉瓦造りの家は運河から直接そそり立っている。運河側には直接船に乗り込めるような桟橋が各家に付いていた。街の中の道はどこまでもキレイな石畳で、街全体はコンパクトだけどとても美しい。直接海が広がってると思ったけど、地形を見てみたら湾になっていて、外海よりも波が凪いでいるようだった。


「星読みの里、ソッコーで見つかると思うか?」

 キヨはそう言ってハヤを見る。ハヤはちょっとだけ意外そうな顔をした。

「見つかってほしいけど、どういうこと?」

「一、すぐ見つかって日帰りできる距離にある。二、見つかるが日帰りできない距離。三、見つからなくてルナル分も支払ってクダホルドに連泊」


 キヨが挙げると、みんなは「あーーー」と言って脱力した。

 この前ちょっと稼いだとは言えここまで来るのにそこまで働かなかったし、クルスダールの時並みに余裕があるわけじゃないから、見ず知らずの子の宿泊料金払って長居するのはキツイのかも。

 山賊に囚われてた子がお金持ってるはずないし、返してもらえるわけじゃないもんな。


 俺たちはまた貸し馬屋に馬を預けると、キヨについて宿を取った。正直、もうちょっと街中のところに泊まりたかったけど、ルナル分の出費を考えると贅沢は言えない。


「それ、返してもらえる?」


 宿について荷物を置いたところで、キヨはルナルにそう言った。防寒の上着のこと? ルナルはちょっと胸元を握って拒否している。

「キヨ、そんないじわるしなくても。俺の貸そうか?」


 レツがそう言っても、キヨはルナルに向かって手を出したままだった。

 彼女は星読みの里の場所を調べに外へ出るわけじゃないもんな、寒がりのキヨが返してもらいたがるのもわかるけど。


 無言でプレッシャーを与えるキヨに、ルナルはしぶしぶ上着を脱いだ。キヨはひょいと上着を受け取ると、ばさばさ広げながらさっさと部屋を出て行った。いや、着ないのかよ。

 ルナルは一瞬キヨを追いかけようと体を浮かせたけど、みんなの間を行けるわけもなくそのまままたベッドに座って小さくなっていた。


「……それでキヨリン、上着を貸してたんだ」


 俺たちはルナルをぼんやりと眺めていた。彼女は、まるで蜻蛉の羽みたいな透き通った布が幾重にも重なった、きらきらした服を着ていたのだ。

 エルフじゃないけど、まるで妖精みたいだ。こんなの見たこと無い。レツは「すごーいきれーい」と言って喜んでいる。ホント、すごいキレイ。


「これって星読みの里では普通なの?」

 ルナルはちょっとだけ俯いて首を振った。そしたら特別な格好なのかな。

「でもその格好だと、さすがにちょっとご飯とかって出掛けられないね。僕たちの服じゃ大きすぎるし、見習いのは丁度いいかもだけど、あまりにも男子だからな」

 あまりにも男子って何だよ、俺は男子なんだからしょうがないだろ。そう思ったけどハヤは既に俺の荷物を漁っていた。ちょっと勝手に探るなよ!


「っていうか貸すとか言ってない!」

「女の子には優しくするんだろ」

 シマが俺の頭をはたいた。それとコレとは違うし!

「自分の服を女の子が着るとか、普通イヤだろ!」

 するとみんな一斉にこっちを見た。それからなんだかもぞもぞ動く。

「あー、なんか……あるね、ある」

「こそばゆい……あの頃の」

「そろそろ思春期か」


 何なんだよ! お前ら! 俺が騒いでも、結局無視してハヤは俺の荷物からいくつかの服を選んで、ルナルに渡した。

「大丈夫、浄化の魔法でキレイにしてあるから」

 ルナルは何だかすがるような顔でハヤを見た。お前それ俺に失礼だろ!

「身長はほぼ同じくらいだもんね。着替えたら出てきて」

 そう言って俺たちを促して彼女の部屋から出た。


「じゃ、俺もちょっくら聞き込み行ってくるわ」

 シマはそう言って出掛けていった。俺たちはどうすんだろ。

「彼女と行動すんなら、俺抜けるわ」

 コウは棍を取って出て行った。ああ、確かにコウが居たらちょっと威圧感あるかも。

 つか俺も別に一緒にいる必要ないんだから、コウと鍛錬に出た方がよさそうなんだけど。そう思ってたら、控えめな感じに扉が開いてルナルが顔を覗かせた。


「どう? サイズとか」

 ハヤがそう聞くと、おずおずと出てきた。俺のシャツと膝丈のズボンを履いていて防寒の短めケープを羽織り、見た目だけは活発そうな女の子だ。レツは「似合う似合う」と喜んでいる。

 ハヤはケープに魔法道具のブローチを付けて留めてあげた。靴下も靴下止めで止めているから何とかなっている。でもサンダルみたいな木靴がなんだか合ってない。


「じゃ、靴を買いに行こっか」

 そう言ってルナルを促した。彼女はやっぱりまだちょっと不安そうにしていたけど、黙って俺たちと一緒に宿を出た。


 クダホルドの街は、基本的に歩きの街みたいだった。運河を渡るのに橋が多く、運河をゆく小舟を避けるように山なりになっているから、馬車だと通行できない。それに家々が結構密集しているから、大通りよりも路地が多いのだ。

 街の真ん中に広場があって、そこに市庁舎とかが集中している。海から離れた俺たちの宿のエリアには運河はないんだけど、道幅が広くなっているわけじゃなかった。


 レツは歩きながら、匂いに釣られて唐突に走り出すと、両手に美味しそうなものを買って帰ってきた。

「はい、どうぞ!」

 レツは満面の笑顔でルナルに差し出した。

 薄い生地を層にして焼いたお皿へ果物を載せ、ホイップクリームがたんまりかかっている。焼きたての生地にホイップが垂れると、甘い香りが広がった。ルナルは何だかびっくりした顔で受け取った。


「レツの甘い物レーダーはホントすごいね」

 ハヤはそう言って、レツが買ってきたデザートを買いに行った。ルコットというらしい。ハヤは俺の分も買ってきてくれた。やった!

 かりかりのパイみたいなお皿はそのままでも食べられるし、ホイップと果物を付けて食べても美味しい。最後はくたくたになったお皿生地をくるっと巻いて食べよう。


 俺たちはルコットを食べながらクダホルドの街を散策した。街には時々リボンの残骸みたいなものが舞っていた。子どもが拾って遊んでいる。キレイな街には変わったゴミがあるんだな。


 ハヤはルナルを促して靴屋に入った。店の人がサイズの合う靴を出してくるのを、ルナルはやっぱりおどおどしながら俺たちを伺う。

 無理に履かせようとしたら逃げちゃいそうだから、ハヤも靴を揃えて置いてあげるだけでルナルが自分から履くのを待っていた。


 っていうか、ルナルのこの反応って普通なのか? 俺より年上っぽいし、普通もうちょっと社交的になったりするんじゃないのかな。女の子だと違うってわけでもないよな、俺の村の子とか思い出してみても。


「ねぇ、」

 俺はハヤをちょっと引っ張った。ルナルの隣にはレツが座っていて、ルナルがちょこっと靴に興味を持って爪先で触れるのを、にこにこしながら見守っている。

「あの子、何でこんなにしてあげても、あんななの?」

 これだけ優しくされて、靴まで買ってあげるって言われても、何だか信用されてる感じがない。ハヤはチラッと彼女を視線だけで見た。


「怖がるようなことを経験しちゃったのかもしれないから、そこは突っ込まない方向で」


 怖がるようなこと……もしかして、乱暴されたりしたんだろうか。そう言えばキヨが目隠しされてたって言ってた。あれってアジトの場所をわからせないため以外にも理由があったんだとしたら……

 そうだ、目隠しされても手が自由なら自分で取れるんじゃん、目隠しされたままってことは手も拘束されてたんだ。俺は何だか気持ちが悪くなった。するとハヤが俺の頭にポンと手を置いた。俺が顔を上げると、ちょっとだけ笑ってみせた。


「それにしたって、あのキヨリンに懐くのはワケ分かんないけどね」


 そんな怖い思いをしていた時に、うっかり助けちゃったのがキヨだったからなのか。キヨの態度だって十分怖いのに。刷り込みってすごいな。

 俺たちはおずおずと靴を履いて、なんとか選んだっぽいルナルのところに戻った。


「ん、意外とセンスいいじゃん」

 ハヤが言うのは俺の服に合ってるってことなのかな。でもそれ俺の服なんだけど。

「……そうじゃん、じゃあ服も買わないとだねー」


 そう言ってハヤはルナルの頭を撫で、靴のお金を払って店を出た。ルナルが履いていたサンダルみたいな靴は、ちゃんと紙に包んでもらって持っている。ルナルはやっぱりおどおどしながらついて来た。これから服まで買ってもらうのにまだお礼すら言わないけど、ハヤのコレは懐いてもらうための投資なのかな。

 俺は隣で大事そうに包みを抱えて歩くルナルを見た。


「あの服ってどういう時に着るんだ?」

 星読みの里でも普通じゃないんだとして、そしたらなんであんな服を着てたんだろう。ルナルは話しかけられて少しだけ驚いてたけど、ちょっとだけ俺を見た。


「……お告げを、受けるの」


 お告げ?! お告げって勇者が受けるヤツ?? 勇者以外にも受けられるのか? っつかルナルって勇者なのか?

「ルナルちゃんが勇者かわからないけど、そのお告げが勇者のお告げと同じかもわからないんじゃないかな」

 ハヤがそう言ってレツを見る。レツもうーんと唸っていた。


「お告げは、コレお告げだなってわかるんだよね。だからそういう風にならなかったらお告げじゃないんだけど……でも、逆にお告げを受けようと思って受けられるわけじゃないから」


 そうか、ルナルはお告げを受けるためにあの格好をしてたんだったら、お告げを計画的に受けられるってことだよな。儀式か何かわかんないけど。そうなると勇者のお告げとは違うのかな。


 ルナルは俺たちの会話に萎縮してしまったらしく体を縮こませて、それ以上は説明してくれなかった。

 だから俺たちはそれ以上突っ込まずに、ルナルの服を買って夕飯時になったから宿に戻った。

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