第35話『なんでこんなのに懐いたかなぁ……』

「説明」


 ハヤはそう言ってキヨを睨む。キヨは面倒くさそうに傍らの女の人を見た。


 たぶんキヨたちよりも若い。俺よりは年上だろうけど、まだ十代っぽいかな。

 明るい赤毛の長い髪、毛先だけふわふわっとカールしている。ぱっちりと大きな瞳。額の真ん中に小さな模様が入ってて、美人と言うより可愛いって感じ。

 おどおどとして半分くらいキヨの影に隠れようとしている彼女は、キヨの防寒着を着ていた。キヨはその身をかけて取り戻したベスメルをボトルから飲む。


「馬が逃げた先に山賊のアジトがあったんだ。さっさと引き上げるつもりだったんだけど、一味じゃないのがいて」


 そう言ってキヨはチラッと視線だけで彼女を見た。

「ほっといて帰るつもりだったんだけど、逃げたそうだったんで連れてきた」

 いやそれつまり囚われてたんでしょ、まずほっといて帰ろうとかするなよ。


「それ、山賊に追われるんじゃ……」

 レツが言うと、キヨはベスメルを飲みながら、

「いや、アジトなら潰してきたから」

 潰してきたんかい! それで時間がかかったのか。どう潰したのかはわからないけど、さらっとそんな……


「殺してないでしょうね」

 ハヤは真剣な顔でキヨを見た。キヨはちょっとだけ唇を尖らせる。

「たぶん」

 ハヤは怪訝な顔で睨む。

「しょうがないだろ、俺一人でいちいち確認できるわけねぇし。基本的には風で吹っ飛ばしただけだよ。打ち所が悪いとかはあるかもだけど、直接狙って殺してない」


 キヨはそう言ってベスメルを飲む。狙って殺すとかしないでくださいマジで。コウが粥をボウルに入れてキヨに渡した。さすがに疲れてるからか大人しく受け取る。

 続けてもう一つ渡されて怪訝な顔をしたけど、コウが視線だけで彼女に渡せと伝えた。キヨは自分で渡せよとばかりに、顔はこっちに向けたまま彼女にボウルを突き出した。彼女はキヨを見上げてからおずおずと受け取った。


「君、名前は?」

 ハヤがそっと聞くと、キヨの影に隠れるように体を引いた。

 キヨは体を寄せられて、粥を食べながらあからさまに逃げた。お前、失礼だろ!


「なんでこんなのに懐いたかなぁ……」


 ハヤは顔は笑ってるけど、明らかに憤慨しながらそう言った。

 情報収集とかの必要がないと、この人全然気を使わないな。せめてキヨ以外だったら、もうちょっと優しくしてもらえるのに。助けてもらった刷り込みなんだろうか。

「つか酒だけじゃ温まんねーわ、毛布毛布」


 キヨは立ち上がると、キャンプの荷物へと歩いて行った。キヨの影に隠れたかった彼女は、唐突にひとりにされてしまって更に体を縮こませた。ホント、容赦ないな……

 あ、でもキヨは自分の防寒着を彼女に貸しちゃってるから寒いんだよな。返せって言わないのって、もしかして優しさなのか?


「名前だけでも教えてくれる?」

 レツもそっと伺うように聞いた。彼女はチラチラとキヨを伺いながら、ものすごく小さい声で「ルナル」と言った。レツは名前を聞いて満足したみたいに笑った。え、それだけ?


「ルナルは、どうして山賊のアジトに囚われてたんだ?」

「別にいいだろそんなこと。今日はどうしようもないけど、とりあえず明日安全にクダホルドまで行ければいいんじゃね?」


 キヨは毛布にくるまって立ったまま粥を食べながら俺に言った。山賊に囚われてたってのに、どうでもいいわけないじゃん!

「……まぁ、経緯聞いても何にもならないっちゃ、ならないな」

 シマもとぼけるような顔で同意した。そりゃとりあえずアジトから逃げられたんだから、それでOKかもしれないけどさあ!

「しかも山賊もキヨくんに手痛くやられてんだろ? 万事OK以外の何ものでもなくね?」

 確かに、囚われたのは山賊に襲われたからだろうし、そこから逃げられた上に山賊もやられちゃってるなら、だいたい解決してるけども。


「でも気になるじゃん」

「気になるだけで、個人的なこと聞いていいわけじゃないね」


 ハヤはそう言って俺を見た。うー……そう言われると、そうなんだけど。

「でも連れてく先については、ちゃんと聞かないとね。ルナルちゃんはクダホルドに行ければいいの?」

 ルナルはハヤに言われてちょっとだけ顔を上げ、少し逡巡してから小さく首を振った。え、クダホルドの子じゃないのか。チラッとキヨを見てみたら、ものすごく嫌そうな顔をしていた。


「そしたら、どこに連れて行けばいい?」

 レツがやっぱり伺うように聞いた。ルナルは何だか恐る恐るレツを見る。

「……星読みの、里」


 キヨ以外のみんながめっちゃ集中して、やっと聞き取れるくらいの小さな声でルナルはそう言った。星読みの里?

「知ってる?」

 レツはハヤを見たけど、ハヤは肩をすくめた。

「キヨリン」

「知らねーよ」

 キヨが知らないんじゃ、誰も知らないよな。俺たち全員この辺の人間じゃないんだし。


「ルナルは、そこまでの行き方わかる?」

 レツの言葉に、彼女は首を振った。わかんないの?!

「目隠しされてたよ、そいつ」


 目隠し!? いや、アジトがどこにあるのかわからなくするためとかなら、あり得るのか?

 そしたら、どこかで山賊に襲われて、それでここまで連れてこられたけど、自分のいた里がどっちの方向にあるのかわからないってことなのかな。里から出たことがないとか?


「本人がわからないんじゃ、クダホルドに行って情報を得るしかないねぇ」


 コウがそう言ってお茶を入れた。言いつつ、お茶のカップは俺に回してきた。ルナルに渡せってことか? 俺は手を伸ばしてルナルに差し出す。

 でもルナルには思いっきり手を伸ばしてカップを取るようなことは、まだハードルが高いみたいだった。キヨがルナルの隣に戻ってくれればいいのに。

 キヨは粥を平らげてボウルを片付けると、ベスメルのボトルを持ったまま火の近くのコウの隣に座った。あ、これわざとですね。


「キヨくん」

 コウが怒った顔を作ってお茶のカップをキヨに渡す。キヨはうんざりした顔でコウを見、ちょっとだけ顔を寄せた。

「俺に懐かせてどうすんの?」

「とりあえずだってば。みんなに慣れるまで」

 小さな声でやり取りすると、キヨはため息をついてカップを受け取って立ち上がり、ルナルに近づいてぞんざいに渡した。

 ルナルはちょっとだけ安心した顔でカップを受け取る。これ絶対刷り込みだ、こんな態度のキヨがモテるとかあり得ない。


「そしたら、明日は結局クダホルドに向かうでいいのかな?」

「そこは勇者が決めていいんじゃない?」


 ハヤはベスメルを少し垂らしたお茶を飲んだ。レツはちょっとだけ考えるように視線を上げる。

「じゃあ、明日はクダホルドに行って星読みの里の場所を調べ、わかったらルナルをそこまで送って行きます」

 そう言ってにっこり笑った。

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