第3章 星の里
第34話『人を殺める勇者一行なんて居ないからね。』
街道は山間を通っていた。
ウタラゼプからクダホルドまでは街道を徒歩で行くなら一週間で着ける。でも街道をずっと行ってしまうとまったく稼げないから、街道を歩くんじゃなくて街道と平行に行く感じでモンスターを倒していた。それでも5レクス際を行くのに比べたらずっと楽な道のりだ。
小さな宿場町を出た今日はのんびり街道に沿ってクダホルドを目指していた。
クダホルドは宿場町から一日の距離だ。ただそれはちゃんと朝から出発して問題なく到達した場合のことで、街道だってのに運悪くモンスターに遭遇して手こずったり、俺たちみたいに朝からだらだらして出発したのとは違う。
もう夕方に差し掛かるってのに、まだ街に到着していなかった。この時間になると荷運びの馬車に追い抜かれることもない。
ゴールド稼ぎに寄り道しないからと安易に考えてたけど目論見が外れたのかも。もうすぐ着くはずなのに、キャンプするとかないよな。
「キヨ、道間違ってない?」
キヨは無言で頭を叩いた。いって!
「街道に沿って進んでるだけなのに間違ってたとしたら、お前が迷子になってるだけだ」
「みんな一緒に歩いてんだから俺だけじゃないじゃん」
膨れてそう言ったけど、キヨは全然聞いてないみたいだった。
「朝ゆっくりしちゃったからなー」
シマは言い訳みたいに笑って振り返る。
「今日ってクダホルドまで行く……んだよね?」
レツも同じように振り返ったまま歩く。ハヤもキヨを見た。
「まぁ、一応」
普段ならそろそろキャンプ地を決めて支度するような時間だけど、クダホルドまでホントに一日の距離ならちょっと無理して遅くなっても進むつもりなんだろう。
そうは言っても街道だから、夜になってモンスターが現れたとしても数も少ないだろうし、5レクスの外ほどの強さじゃないもんな。
山間の街道は、両側に絶壁の見える山の谷を通っていた。何だか俺の故郷に似てる。両側にそそり立つ山は高く、街道は緩やかに上っていた。
左側の山が、俺たちがサフラエルから来る時に越えたノチェカンザ山脈の東端らしい。ウタラゼプの西側から北を通ってぐるっと半周巡っているのだ。
ノチェカンザに囲まれ、さらに南側を別の山脈が蓋をするようにそびえているから、ウタラゼプのある平野は山の外側より標高が高くて寒いんだとシマが教えてくれた。ここを越えたら、たぶん海と街が見えるはず。陽が落ちてだいぶ暗くなってきたけど、もうひと頑張りって感じ。
すると唐突に、コウが手を挙げて足を止めた。え、モンスター? どこにもいないみたいだけど。
俺が周りを見回していると、街道沿いの木陰から見知らぬ人たちが現れて俺たちを取り囲んだ。……何か、今回こういうシチュ多いな?
「ケガしたくなかったら有り金置いていけ」
この人たち、山賊か。下卑た笑いを顔に浮かべて俺たちを見る。
人数は倍以上いるから強気なんだろう。街道を旅してるから俺たちのこと冒険者だと思わなかったのかも。どうすんだろ、俺はチラッとみんなを見た。
「子どもがいるから冒険者と思わなかったのかな」
キヨがぼそっとそう言った。なんだと! って俺は大人だし!
「ケガはしたくないなー、どうせ団長が治してくれるけど」
レツはちょっと唇を尖らせた。
「いやー俺、この辺で呼べるモンスター使って致命傷回避とか無理ゲーよ?」
シマは馬の手綱を持ったまま頭をかいた。
「僕は人に攻撃はしません」
ぷいっとハヤはそっぽを向く。
「え、ちょっとこの人数俺一人とか言わないよね?」
コウはちょっとだけ心配そうにみんなを見た。
「全体攻撃弱めに発動するのってやった事ないから、試してみていい?」
キヨがちょっと嬉しそうに期待してそう言うと全員同時に「ダメです!」と言った。人に向けてやっちゃダメだろ。
「痛い目見たってどうせまたやるだろ。捕まえて突き出すのも面倒だし、とっとと街に着きたいんだから、簡単に伸しとくのが一番効率よくね」
キヨが言うのももっともだ。
でもキヨの魔法が本当にちゃんと、
「……この、聞いてんのかてめえ!」
唐突に剣で襲いかかってきた山賊に、馬が驚いて
「うわっ!」
引っ張られてシマが手綱を離す。驚いた馬はそのまま森に突っ込んで行った。
「あ! 酒!」
キヨがそれに気付いて走り出し、森に入る瞬間ふわっと風に運ばれるみたいにして飛んだ。っつか、キヨ行っちゃったけど!? しかもあれ、荷物っつーより酒メインで助けに走ってたよな?!
「っあー?! マジかあれ」
シマはもう一頭の馬をなだめてハヤに渡すと、甲高い指笛を吹いた。スイッチが入った山賊は一斉に俺たちに襲いかかる。
「
ハヤはそう言って俺たちの真ん中に馬を引いて立つ。っつか、俺とかレツは剣だからそういうの難しいんだけど?!
とにかく斬り掛かってくる剣を避けつつ、押さえて押し返す。シマはモンスター用の鞭をしならせて、山賊たちの足を取って転ばせたりしていた。
チラッとコウを見てみたら、棍を使ってやっぱり踊ってるみたいにリズミカルに山賊を伸していた。突きや打つ箇所が確実に急所を捉えていて、一人当たり三攻撃で片付けている。すごいなあれ。
「うわあ!」
そこへ大きな羽音がしたと思ったら、バカでかい鳥のモンスターが上空から降り立つところだった。山賊は慌ててちりぢりになって逃げる。コウに伸されて気を失っているヤツ以外はみんな森に逃げ込んでしまった。
木々の開けたところに集まってたから、いい餌場と思われた?!
「よーしよし、いい子だね」
シマは降りてきたモンスターに近づくと、くちばしの際をぐりぐり撫でてあげていた。あ、シマのモンスターなのか、こいつ。
あーそうだよな、俺たち今、街道にいるんだから、このレベルのモンスターが現れるハズ無いんだった。でも普通に戦うレベルの小さいモンスターじゃなくて、こういうとんでもないのを呼べるなら戦わずに済む方法あったんじゃん。
「いや、近くにいるかわかんねーからさ。間に合わないかもしんないし」
シマはひとしきり鳥モンスターをあやしてから空へ帰した。ハヤは気を失っている山賊のケガの具合を見ていた。
「……襲ってきたのはそっちなのに」
「コウちゃんの攻撃に信用はあるけど、」
ハヤは検分が終わると立ち上がった。前は兵士だったからわかるけど、山賊まで殺さないようにするなんて。相手は悪いヤツなのに。
「人を殺める勇者一行なんて居ないからね。僕たちは人を助けるために旅してんだよ」
ハヤは俺の頭をぽんと叩くと、ふわっと腕を動かしてコウに回復魔法をかけた。コウは「どもども」と言って近づいてきた。
コウが伸したのは五人だから、約半数はコウに伸されてあとは逃げたってことか。
「キヨ帰ってこないね」
レツは馬とキヨが走り込んだ森を眺めて言った。風の魔法っつったって、あれ運ぶだけだって話だし、馬の速度に追いつけるもんなのか……
「先に行っちゃうとか、よくないよね?」
「追う、べき?」
シマはそう言ってハヤを見る。ハヤは「うーん」と唸って腕を組んだ。
「荷物のこともあるからほっとくわけにはいかないけど、みんなで森に入れば見つかるってわけでもないし、街道近くが一番安全となると、結局この辺で待つのが一番得策……?」
つまり今日はクダホルドに到着できないってことか。日はとっぷり暮れてしまった。キャンプする荷物も半分は向こうのに入ってるから、キヨが無事帰ってこないと満足なキャンプもできないんじゃん。
「まぁ、道の上にいる訳にもいかないから、ちょっと外れるか」
そう言ってシマはキヨが走り込んだ森の方へ向かう。
山賊が出るようなこんな時間になっちゃったら街道を行く人はいないと思うけど、それでも何かあったら邪魔になっちゃうもんな。俺たちは顔を見合わせてから、シマを追った。
街道から少し入ったところに、ちょっとだけ開けた場所を見つけた。
ここなら街道から直接覗かれることもないけど、すぐに街道に出ることもできる。俺たちはそれぞれ薪を拾いに出る。ハヤは今夜の結界を敷いていた。
「あっちの荷物に調理道具入ってたりしない?」
コウはちょっとだけ難しい顔をした。キヨの酒が入ってたのはわかってるけど、他に何が入ってたんだっけ。
「壜に当たると困るから調理道具はこっちだな。でも材料と、あと毛布があっちに半分入ってるはず」
うわ、いくらまだ冬本番じゃないとは言え夜は冷えるのに。ただ街道近くでモンスターの脅威が少ないから、少し焚き火を強く残していられるのが幸いかも。
俺たちはそれから焚き火を用意して、コウが少ない材料でご飯を作るのをお茶を入れながら待った。今日のお茶は紅茶なんだな。
「っていうか、マジでキヨくん遅くね?」
コウはエルフのパンを粥にしながら言った。森に逃げ込んだ馬を捕まえて戻ってくるだけで、こんなに時間かかるのっておかしい。
「キヨの魔法は基本的に攻撃だから、馬を捕まえる方法ってなさそうだし」
レツはお茶を吹きながら言った。そうは言っても、方向もわからないから追いかけられないのは変わらないのだけど。
「馬が疲れて止まるか、ケガして止まるかしたところで捕まえて、連れて帰る……んだろうな。ただどこまで行っちゃってるか、わからんし」
ケガしてたら戻ってこれなさそうだけど。そしたら荷物をキヨが一人で持って帰ってくるのか? 重い酒瓶を? ……ありえないな。
コウのご飯は干し肉の出汁でエルフのパンを煮た粥だった。コショウが効いていてこれだけでも十分美味しい。
「すまんね、あっちの荷物に確か瓶詰めがあったんで、それあったらもうちょっとマシなんだけど」
恐縮するコウにハヤが手をぶんぶん振る。
「全然、美味しいよ! もともとキャンプの予定なかったから材料の用意もなかったのに」
うん、普通ならエルフのパン囓って終了だよな。キヨなら干し肉囓って酒で済むんだろうけど。
すると森の奥から木をかき分けるようなガサガサした物音がした。
俺たちは一瞬緊張して立ち上がる。
「キヨ!」
森の奥から現れたのは、手綱を引いたキヨだった。何だかやたら疲れた顔。魔法で飛んだりして追いかけたからかな。
キヨは俺たちを見ると、ちょっとだけ安心したようにため息をついた。それから焚き火に近づきつつシマに手綱を渡した。え……
「……と、誰?」
俺たちは荷物を載せた馬を見た。
馬には俺たちの荷物と、見知らぬ女の人が乗っていた。
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